第一章7『その出会いは必然か偶然か。だけどその後の流れは当然で』


 ● ● ●


 タクミ達と別れ、教室を後にしてからツトム=ハルカは学園内を歩いていた。

 多少道に迷いながらも歩を進めると、ようやく目的の場所へとたどり着く。

 目の前に聳え立つのは巨大な建造物。

 四角錐型のそれは、高さもかなりの物ではあるが、それ以上に縦横に広い。

 その巨大な施設の名は≪修練塔≫と言った。塔と呼ばれるほど高さが特徴的なわけではないが、内部の階層分け構造から“塔”と名付けられたらしい。

 ガイダンス書や学校のパンフレットに詳しく書かれているが、この施設は全三階層からなる。

 下層の≪大競技場≫は、途轍もなく広大な面積を誇り、大規模な集団競技を最大四つは平行して行える造りになっている。その広さたるや、一周すればかなりハードなトレーニングになるほどらしい。

 中層の≪競技場≫は、下層の半分程の広さを持ち、小規模な集団競技や個人競技が八つ近くは平行して行える作りになっている。こちらであっても一般的な見知からすれば十二分な広さを持っていると言える。

 この下二層は学内での使用だけでなく、様々な公式試合などでも使われるため、巷でも結構有名だ。

 だが、最上層に位置する≪闘技場≫はそれ以上の知名度を誇っていた。

 ≪闘技場≫に備えられるのは、たった一つの“戦場”だけ。

 そこは最新鋭の魔法結界によってあらゆる魔法や物理を場内のみで完結できるようになっており、誰しもが全力でぶつかれる“場所”として万全に造られていた。

 そうして出来上がる最上の試合場は、多くの有名選手、有段者達の熱戦を盛り立てる。

 ならば必然、それを見届けるスペースもまた大いに用意されていた。

 “戦場”と“観客席”。

 ≪闘技場≫と呼ばれるその場所を、ツトムは既に知っている。実体験として。

 そこはかつて、“試験”を受けた場所。

 己の人生における最難関の“挑み場”だ。

 しかし今回訪れたかったのは、そんな強い印象を残す≪修練塔≫ではない。

 ≪修練塔≫に通ずる東西南北に伸びた四つの大通り、その道が≪修練塔≫へと至る少し手前。

 四つの道の両側に建ち並ぶ、≪修練塔≫と比較すれば随分と小さな建物が今回の目的地だ。

 名を≪修練場≫と言った。

 ここは個人や少人数専用の訓練場。

 利用申請すれば、学年も、生徒教師も関わらず、一部屋自由に使うことができる場所だ。

 そのため、自主練や補習、個人レッスンなどで幅広く利用されているらしい。

 そんな場所に、ツトムが来た理由はひどく単純だった。

 今後大いに利用していこうと、心に決めているから。

 せっかくこの学園に入れたのだ。こういう施設を利用しない手はない。

 己は他の生徒達よりも劣っている以上、より多くの鍛錬が必要で、これは当然の選択だった。

 いざ、と心の中で呟いて、ツトムは入り口を潜っていく。

「――――」

 ≪修練場≫のロビーには、入学式の日ということもあってか、あまり人がいない。

 それでも奥の方ではまばらに人が行き来していた。

 受付に向かい、利用申請をすると、一年生であることに多少驚かれるものの、丁寧な説明と共に無事部屋を貸してもらうことができた。

 借りた鍵を手に、部屋へ向かおうとツトムは進み出す。

 その寸前で、

「お待ちを」

 後ろから、凛とした声が響いた。

 振り返った先、声の主と視線が合う。

 相手の顔とその綺麗な声には覚えがあった。

 新入生集会で、Sランクとして前に並んだ内の一人。

 それも確か、アマネ=ムトウに発言を求めた女子生徒だ。

 名は確か――

「エレナ=トールブリッツさん、だったかな?」

「よく覚えていましたわね、ツトム=ハルカさん?」

 小さく驚いた彼女に、そちらもだろう、と苦笑を返す。

 彼女は長くウェーブ掛かった金の髪をさらりと手で払い、ニコリと微笑む。

 その立ち居振る舞いや仕草の節々からは育ちの良さがにじみ出ていた。

「それで、俺に何か用かな?」

 そんな気品ある彼女が、一体どうして自分などに声を掛けたのだろうか?

 ツトムが問い掛けた先、彼女は少し考えて、

「用、という程ではないのですけれど、同じ上位者として興味がありますのよ、あなたに。ご一緒してもよろしくて?」

 告げられた台詞に、今度はこちらが驚いてしまう。

 突然のことではあるが、彼女の提案を拒否する理由はない。

 むしろ歓迎すべきことなのだが――

「興味、っていうのはどういう意味で、かな?」

 答えは分かり切っているが、何となく聞いてみる。

 すると彼女は首を傾げ、

「あなたの実力以外に何かありますの?」

 それ以外まるで思いつかないという風に困惑を返すだけだ。

「はは。まあ、そうだろうね」

 予想通りの反応に苦笑しつつ、

「いきなり誘われたから、まさか、と思って一応ね」

 こちらの続けた言葉に、彼女は、ああ、とようやく得心して、

「さすがに話したこともない相手に恋するほど、頭の緩い女ではありませんのよ?」

 呆れ気味に苦笑する。

 中々酷い発言だな、とそんな風にツトムが思っていると、

「それで? 私のデートの誘いには乗ってくださるのかしら?」

 彼女は皮肉めいてそう告げた。

 だから、

「謹んでお受け致しますよ、お嬢様」

 こちらもまたわざとらしく大きな礼をして、二人して笑い合う。

 そうして彼女と共に、ツトムは訓練室へと入っていった。


● ● ●


 訓練室内に備えられた更衣室で、それぞれは自前の戦闘服に着替えていく。

 まず先に更衣室から出てきたのはツトム=ハルカだ。

 次いでエレナ=トールブリッツが別の更衣室から出て来る。

 無手のツトムと違い、彼女はその傍らに“ある武器”を手にしていた。

 彼女の身の丈程もある、重厚で大型の槍。

 それは中央部を硬い魔導機殼で覆い、穂先はどこまでも鋭利に研ぎ澄まされていた。

 彼女はそれを長年連れ添った愛器だとツトムに紹介する。

 ツトムとエレナは、まずウォーミングアップがてらに、それぞれが日頃行っているトレーニングをこなしていく。

 二人は少し離れ、慣れた調子でトレーニングを進めていると、時折目が合うのをお互い感じていた。どうにも相手の訓練が気になるのだ。

 片や徒手空拳。片や槍術。

 違う分野の訓練法ではあるが、それでも興味がない訳がない。

 だから不意に目が行ってしまう。

 そんなこんなで、

「そろそろよろしいですの?」

 両者は体を温め終えると、エレナがツトムに呼び掛けた。

「ああ、大丈夫だ」

 彼女の言葉に、ツトムも軽い調子で応じてみせる。

「組み手、ということでよろしいんですわよね?」

 更衣室に入る前、二人は共にどんな訓練をするのか話し合い、その形に落ち着いた。

 実力を測る上でこれ以上のものはない。

 そうしてツトムは彼女に頷きを返し、そして、

「ルールは決めた方がいいのかな?」

 問い掛ける。

 それに彼女は首を振って応えた。

「特には。まぁ、急所に寸止めあたりでよろしいんではありませんの?」

 続いた提案に、ツトムもまた同意する。

 ならば後はただ、互いに距離を取って向かい合うだけ。

 これで開始の準備は整った。

「何か賭けるかい?」

 ツトムが冗談めいてそんな言葉を投げる。

「そういうのがお好きで?」

「いや、何かあった方がメリハリがつくかと思ってね」

 エレナの呆れた反応に、ツトムが苦笑しながら答えると、そうですわね、と彼女は少し考え、

「言うことを何でも一つ聞く、なんて安直なものでよろしいんではないですの?」

 笑いながら告げる内容は、自分が勝つと思っているからこその発言だった。

「いいのかい? それで」

 自分で言い出しておきながら、相手が乗ってきたことにツトムは内心驚きつつ、告げられた内容について改めて確認する。

「無論ですわ。負けた時の代償が大きい方が燃える、そういうモノでしょう?」

 それに対し、エレナは実に楽しげに笑って答えてみせた。

 彼女の言葉に、

「まるで俺が酷いことを命令するみたいな言い方だな」

 ツトムは呆れながら、両の拳をグッと構える。

 冗談半分だし、本気で嫌なことをしてやろうなどと思ってはいない。

 ただまあ、それでも多少は想像して、やる気が出てしまうのも仕方がなかろう。

 そんなツトムの態度をやる気満々と受け取ったのか、彼女は、

「そうでないことを祈りますわ」

 ニッコリとそう微笑みながら、大槍を構えた。

 開始前のしばしの静寂。

 そんな中で、エレナは小さく一言。

「ただ」 

 それはツトムへのちょっとした反論。

「そもそも負ける気などありませんわよ?」

 彼女が告げた直後、戦闘は始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る