第一章6『“彼ら”とのこれからに期待して』


● ● ●


 教室に戻ったAクラス生達は、談笑しながらそれぞれの時間を過ごしていた。

 そんな教室に、

「皆さん、お待たせしました」

 エレノート=ヘスティアがニッコリと笑みを浮かべながら入って来る。

 彼女が来たと分かるや否や、生徒達はそそくさと会話を打ち切り、自分の席へと移動する。

 そんな彼らの態度を見た彼女は、

「盛り上がっていたのにごめんなさいね」

 思わず申し訳なさげに告げる。

 すると皆が、いやいやいやと、呆れた苦笑を浮かべて返す。

 どこか和やかな教室の雰囲気に、壇上のヘスティアも優しく微笑み、

「ありがとうございます。――それでは、これからについて、話を始めますね」

 本題へと移った。

「まず明日明後日ですが、学校にある色んな施設を見て回ったり、教科書を配ったり、あとはクラスでレクリエーションしたりして皆さんの親睦を深めよう、といった感じになります」

 彼女は続ける。

「その後休日を挟み、来週から授業が開始となります」

 この授業なんですが、と彼女は繋ぎ、

「先程講堂で説明された通り、≪ランキング戦≫が始まるため、来週だけは午前中のみの変則時間割ですので、注意して下さいね」

 ニッコリと笑って皆にそう告げた。

 午前中は授業を行い、午後からは≪ランキング戦≫を行う。

 それが来週限定の特別日程というわけだ。

 話の内容に、ランキングの発表がつい先程だったこともあってか、教室内が少しざわついた。

 しかしヘスティアが軽く手を叩くと、教室内にすぐさま静けさが戻る。

 それを見届けてから、彼女は話を再開する。

「つまり、本格的な授業開始は再来週からということになってしまうわけですが、くれぐれも準備を怠ったりはしないようにしてくださいね」

 もっとも、と彼女は続け、

「≪ランキング戦≫で忙しくなってしまうとは思いますけど」

 小さく苦笑する。そんな彼女の言葉に生徒達もまた苦笑してみせた。

 その後、彼女は幾つかの注意事項を簡単に説明し終え、

「それでは今日はこの辺で終了しましょうか。皆さん、お疲れ様でした」

 言葉と共に綺麗なお辞儀を一つ。それを受けて生徒達もそれぞれお辞儀を返す。

 そんな皆をヘスティアはゆっくり見回してから、最後に、と告げ、

「改めて皆さん、入学おめでとうございます」

 満面の笑みを浮かべて、皆に祝福を送るのだった。


● ● ●

 

「お前、このあとどうする?」

 近くからの問い掛けをツトム=ハルカは聞いた。

「俺達はこのメンツで街に繰り出そうと思うんだけどよ」

 そう告げるのはタクミ=マサカだ。

 彼の言葉と共に、リン=キミハを含めた数名の男女がタクミの身体越しに手を振ってくる。

 その誘いはツトムにとってとてもありがたかったのだが、

「ちょっと寄りたい所があるから、今日は遠慮しとくよ」

 残念ながら断らざるを得ない用事があった。

 それは決して今日限りという訳ではないが、それでも今日やらねばならぬと思う用事だから。

「そいつは残念」

 こちらの答えを聞き、タクミが腕でバツ印を作って後ろの皆に見せる。

 すると皆が向こうで残念がっていたので、片手を立てて小さく謝罪する。

「ま、今度機会があったら一緒にどっか行こうや」

「もちろん」

 そんなやり取りに二人して笑い、

「それじゃあまたな、ハルカ」

 彼はこちらに別れを告げて、皆の方へと向き直る。

「ああ。また明日、マサカ」

 去って行く彼の背にそう返すと、

「タクミでいいぜ」

 彼は首だけ振り返って、ニッと笑いながら告げる。

 だから、

「なら、こっちもツトムで頼む」

 告げた台詞に、応、と返事が来て、

「んじゃな、ツトム」

 そうして彼と交流会メンバー達は揃って教室を出て行った。

 そんな彼らの中から、不意に一人の少女が戻って来て、

「私もリンでいいから」

 少女――リンから言われたその言葉に、ツトムは一瞬戸惑った。

 固まるこちらを余所に、彼女はタクミを追い掛けて再び教室を出ていこうとする。

 だから、

「また明日、リン」

 思い切って告げた言葉に、

「じゃあまたね、ツトム」

 彼女はニッコリと笑い、廊下へと消えていった。


● ● ●


「――今年の一年生は皆さんから見てどんな感じですか?」

 不意に隣へそう問い掛けるのは、ウェーブ掛かったセミロングを持つ眼鏡を掛けた優男だ。

 並んで歩く二人の同輩に向けて、彼はそんな問いを投げた。

 それにまず答えたのは、

「私は中々良いと思いますよ。個性が突き抜けてる感じで」

 男物のスーツを着こなす女性だ。女性――アマネ=ムトウは笑いながら、

「特にツトム=ハルカ君は実に良いですね。エレナ=トールブリッツ君辺りも良い感じですが、彼にはどこか尋常ならざる部分が見え隠れしています」

 告げた言葉に、ピクリと反応したのは初めに問い掛けた優男だ。

「それは彼の“魔力”のことでしょうか?」

 男の問い掛けに、しかしアマネはキョトンと首を傾げた。

「いえ、私は彼の“意気”というか“精神”について言ったつもりなんですが、彼の“魔力”に何かあるんですか? ダイグウジ先生」

 自らの問いに対し、驚きと共に返ってきた言葉に、男――リツ=ダイグウジという名の教師もまた、僅かに驚き聞き返した。

「もしかして気付いていないのですか?」

「ええ、まったく」

 アマネからの返答に、ダイグウジは僅かに思案すると、

「アマネ先生ですら気付けていないというのなら、言うのは止めておきましょうか。私もまだ彼を一度しかまともに見てませんから、勘違いの可能性もありますし」

 告げた台詞に、苦い顔をしたのは聞かれた側のアマネだ。

「……ここで答えを言わないとは、中々意地が悪いですね、ダイグウジ先生」

「いや、すみません。確証のないことを無闇矢鱈に吹聴すべきではないかと思いまして」

「それは、そうですが……」

 そんなダイグウジの言葉に、アマネは何とも煮え切らない表情を浮かべて思わず天を仰いだ。

 それを助けるためか、はたまた自分が詳しくない人間の話をされたからなのか、並ぶ三人の内、最後の一人が口を開く。

「ダイグウジ先生もその生徒を推してるのか?」

 低い声だ。短い茶髪に、無精髭を生やしたその男は、抑揚少なく問い掛ける。

 彼の問いに対し、

「いえ、魔法学専攻の私としては、やはりアンヌ=アウレカムさんを推したいですね」

 そう答えたダイグウジに、アマネが苦笑いを浮かべてみせる。

「彼女のことを言うのは中々に反則では?」

「まあ、そうだな」

 彼女のそんな言葉に、無精髭の男もまた同意の頷きを送る。

 彼は告げる。

「あれはもう誰がどう見ても規格外だ。それをわざわざ挙げる意味はないだろ」

 それはアンヌ=アウレカムという少女に対する誰しもの普遍的な感想だ。

 彼女を前にすれば、そんじょそこらの天才程度では到底太刀打ちできない。

 それどころか歴史上の偉人達の、更にほんの一握りになってようやくその規格外に肩を並べられるかどうか、といった具合だ。

 そこまでの存在たる彼女について、語ることなど何も無い。

 そんな二人の物言いに、しかしダイグウジは、

「それでも、やはり私としては彼女から目を逸らす訳にはいかない訳でして」

 食い下がる。彼女を前に、目を逸らし、逃げ出すべきではないのだと。

 彼の言い分はただどこまでも、教師であればその成長を見守るべきという物。

 決して規格外と除け者にせず、きちんと接するべきだという主張だった。

 その心掛けは、さすが国内有数の学園教師と言えるだろう。

 そしてそれは、他の者も同じであった。

「まあ、特別扱いが過ぎるのも問題ですからね。彼女の成長的に」

「あまり持ち上げすぎると、それを本人が良しとするしないに関わらず“孤独”になるからな」

 残る二人もまた、彼女の在り様を理解した上で、それぞれの接し方を心に決めていた。

 そうして三人は、アンヌ=アウレカムの話題をそこで終わらせ、次の話題へと移る。

「工学科はどうですか? カジ先生」

 ダイグウジが、傍らの男に問い掛ける。

 問われた無精髭の男――コウヘイ=カジは、罰が悪そうに頭をポリポリと掻きつつ、

「まあ、入学前から研究室に入り浸っている馬鹿なら一人いるが……」

 歯切れ悪く告げられたその言葉に、ダイグウジは更に問うた。

「優秀なんですか? その子」

「まあ、それなりには」

 カジはその生徒のことを思い出して呆れながら、続けた。

「名前はアルト=スターク。手も早いし、発想も良いが……、如何せん集中し出すと止まらんタイプでな」

 彼の言葉に、傍らの二人が笑う。

「カジ先生そっくりじゃないですか」

「それは期待できそうですね」

 その言葉に、カジはどこか釈然としない表情を浮かべながら、二人を眇め見る。

 それを受けても、二人は口元を押さえて笑いを堪えるばかりだ。

 そして、

「それで? 今はどんな物を?」

「ん? ああ、それは――」

 話は続く。

 三人の会話は工学科の生徒だけでなく、他のSランク生や、めぼしい生徒達へと移っていき、新入生達の情報交換がどんどんと進んでいく。

 そうしてしばらく話し込んでいると、不意に、

「――おっと、私はここらで失礼しなくては」

 アマネが告げる。

「何か用事が?」

 彼女の言葉に、ダイグウジが問う。

「いえ、用と言うほどではないですが、まあ“いつもの場所”に寄っておこうかと」

 返ってきた彼女の台詞に、他の二人は即座にその意味を理解し、小さく笑う。

「ではまた明日」

 去って行く彼女に向け、ダイグウジはそう告げ、カジは無言で手を小さく掲げる。

 そんな二人を見てアマネは笑いながら、

「こちらこそ、また明日」

 応じる様に手を掲げてから、その場を去って行った。

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