第一章5『“特別”と“特別”』
● ● ●
未だ同級生達は“彼女”の存在に混乱しているが、しかし己の名を呼ばれたからには応えぬわけにはいかないだろうとツトム=ハルカは思った。
Sランク生達の呼び出し以上の視線を受けながら、アマネの元へと進んでいく。
彼女の前に立つと、皆の方へ向くように促される。
振り向けば、ずらりと並ぶ同級生達の顔、顔、顔。知っている顔はほとんどない。
彼らの視線が全て自分に向いているという事実に、どうしようもなく緊張する。
ふと、隣を見やる。
そこにはアンヌ=アウレカムという名の少女が並んでいた。
彼女のことをツトムは既に知っていた。
名前は知らなかったが、しかしその可憐な容姿は目に焼き付いて忘れはしない。
あの試験の日、その最後、己の戦いを彼女は見つめていて、己もまた彼女を見つめた。
奇妙な縁。いや、よく考えればそんなことはないのだろう。
なぜなら彼女は“特別”だから。
あそこにいても何らおかしな事は無い。
彼女の特別は尋常ならざる“魔力量”だという。
なるほどまさしく自分と“正反対”だ。興味がないとはとてもじゃないが言えない。
それは同級生としても、男としても。
そんな彼女の隣に並んでいることにふと奇妙な感慨が沸いてくる。
不安と恐怖、そして期待と高揚。
何とも言えないその感覚に、ツトムはただ彼女から目が離せずにいた。
すると彼女がこちらに気付き、
「…………」
目が合った。
無言。ただただ無言。何を言うでもなく、二人して見つめ合う。
それは何故? 分からない。
確かに自分は彼女の姿に見惚れている。しかし彼女は? 彼女は何故こちらを見つめる?
分からないまま、だけど目を離すことも出来なくて――
「オホンっ」
わざとらしい咳払いが不意に背後から聞こえてきた。
その意味するところを理解して、慌てて前を向き、姿勢を正す。
……傍から見れば随分と間抜けだっただろうな。
こちらの態度が直ったのを見て、アマネは説明を再開した。
「彼――ツトム=ハルカ君は、とある“事情”をその身体に抱えている」
元試験官はこちらに目配せをして、隣の少女にしたようにその先を述べる確認を取ってきた。
己の事情を隠す気など毛頭無く、ハッキリとした頷きを返す。
それに対し、彼女もまた頷き、そして告げる。己の真実を。
「彼は先天性の“魔力欠乏症”を患っている」
それは生まれた時から自分に課せられた“試練”。どうしようと外せぬ枷。
アマネは続ける。
「よって彼は魔力に関する分野で、高い評価を受けるのが難しい」
しかし、と彼女は大きく告げた。
「それを補って余りある成績を、彼は他の分野で打ち立てた。特に体術に関しては専門の私としても大いに期待を寄せている」
彼女の告げた内容に、まさかそんな評価をされていたとは思わず、ツトムは少々面喰らう。
なおも言葉は続く。
「そこで彼もまた特別待遇とし、実質Sランクという意味で『X』を付けたものである!」
「えッ!?」
高らかに宣言されたその言葉に、思わず驚愕の声が漏れる。
よもやSランク扱いされるなどとは思ってもみなかった。
分不相応この上ないのではないかと疑わずにはいられない。
しかし、
「何も驚くことはない。君は無事に、私の試験に合格したのだから」
評価した当人にそう諭されてしまっては反論のしようもなかった。
これはまた、後でクラスメイトに何を聞かれるか分かったものではない。
「私からの話は以上だ。Sランクの諸君、わざわざ前に出させてすまなかったな。席に戻ってくれたまえ」
最後にアマネは、こちらと隣のアンヌの背を押し、共に前へ進ませる。
並んでいたSランク生達も、こちらに続くように元いた席へと帰っていく。
後ろに続く者達も含め、皆からの複雑な視線が自分と隣の彼女に突き刺さるのだった。
● ● ●
その後、教師陣がそれぞれの担当教科などの軽い自己紹介を済ませていき、今後についての説明がなされると、新入生集会は解散となった。
教室に戻る途中、Sランクの学生は皆様々な態度で話しかけて来る同級生達に応じていた。
それはXランク――ツトム=ハルカもまた例外ではなかった。
● ● ●
「おめぇ、何かよく分かんねぇけどすげえのな」
不意に隣に並んできた少年の言葉をツトム=ハルカは聞いていた。
「“迷惑”っていうのは病気のこと?」
彼――タクミ=マサカの更に隣にリン=キミハが並び、教室での会話を思い出しながら彼女が問い掛ける。
「まあ、そんなところかな」
苦笑を浮かべて彼女の質問に答える。
「しっかし、“魔力欠乏症”ってのはどんな感じなんだ?」
続くタクミからのド直球な質問に、苦笑が濃くなりながら慣れた調子でツトムは答える。
「簡単に言えば、“中級”以上の魔法を使うのが難しいって感じかな」
「“初級”しか満足に使えないってこと?」
リンの問いに、頷きを返す。
一般的な魔力量からすれば、それは随分低レベルなことだろう。
なにせ隣に並ぶ二人ですら中級魔法を当たり前に使いこなし、おそらく上級魔法ですら幾つか発動することができるだろうから。
「そいつはまた大変だな……」
こちらの答えを聞いて想像したのか、うへぇ、とタクミが呻く。
彼と同じように想像したのか、リンも呆れた笑みで首を振る。
「よくここに入れたわね」
彼女の言葉に、少し前の入学試験を思い出す。
正直なところ、試験中の詳細な記憶は抜け落ちていた。
あんな無理難題を吹っ掛けられては無理もないだろう。
ただ言えることがあるとしたら、一言、
「……あれは大変だった」
それ以外にない。乾いた笑いを浮かべて呟いたこちらを見て、
「入学試験のこと?」
リンが聞き返す。それに頷きながら、
「こんな身体だから、筆記試験はどうにかなっても実技試験だけはどうしようもないだろ? そしたら学校側から個人試験が通達されてさ」
あれは本当に辛かった、と試験の感想をしみじみと二人に告げる。
そんなこちらの言葉を聞けば、
「それってどんな試験だったの?」
彼らは当然のように興味を持つ。
だから、
「アマネ=ムトウ先生、いるだろ?」
さっき進行やってた先生、とかつての試験官を指して、
「あの人から一本取れ、てね」
肩を竦めながら、ただありのままをツトムは告げた。
それを聞いた二人は、心底おかしな物を見るような目でこちらを見ながら、
「……いや無茶だろ」
「よく合格できたわね……」
それぞれ一言。その反応にはこちらも大いに頷くしかない。
現役教師、しかもあんなアクの強そうな教師から一本取れだなんてとんだ無理難題。
「ホント、ギリギリな合格だったと思うよ……」
これに関してだけは心の底からそう思う。
全力を出して、それでも届かず、だからその場で成長することを強いられて、
……改めて考えれば、なんとも酷い話だなぁ。
あんな事はできれば二度と御免被りたいものだ。
そんなこちらの気持ちを察したのか、
「マジ大変なんだな、お前」
タクミの言葉に、頷きを返さずにはいられない。そんなこちらを見て、
「ま、これからもっと大変になると思うけどね」
告げられたリンの言葉に、確かに、と男二人で苦笑する。
そうして三人は共に教室へと戻っていった。
● ● ●
アンヌ=アウレカムはたった一人で帰路へと着いていた。
他の生徒に比べれば明らかに早い帰りだ。
本来ならば各クラスに戻り、もう少し今後の説明を受けているところ。
だが彼女にクラスはない。故に集会の解散時点で説明を受け、そのまま帰宅となった。
そのことを気に病むなどということ、彼女にはない。
ただどこまでも無関心のまま帰路を行く。
道行く全てを無視しながら、しかし不意に彼女は立ち止まる。
振り返って見るのは自分が歩いてきた道。
その先にあるのは無論学校だ。
今までのそれとは違う、“有名”な学校だ。
より多くの優秀な生徒が集まり、中には優秀という枠に収まらない並外れた者達もいる。
それがSランク。それがあの場で並んだ彼ら。
だがそれでも、彼女からすれば大した物ではなかった。
どれだけ周りが天才や逸材と称しても、結局彼女には遠く及ばない。
そしてその事実を、彼らもまた認めてしまう。
だから違うようで、違わない。
“諦めてしまう”という意味で、そこに差なんてない。
「…………」
そうだ。実力とか、才能とか、そんな物は関係ないのだ。
だってそんなもの、この身に宿る力に比べれば否が応にも小さくなってしまう。
だからきっと、
「私が欲しいのは――」
もっと別の、言葉に出来ない“何か”。
ふと思うのは、一人の“少年”のこと。
初めて見たのは戦う姿。
何度もぶつかり、何度も倒れて、だけど何度も立ち上がる姿。
頑張っているのはよく分かった。
実力差があっても我武者羅に立ち向かう姿は、格好良くはあるのだろう。
だけどあれぐらいはどこかで見たような気もした。
だからそのうち諦めるか、その姿に教師が折れて手心でも加えるのだろうと思った。
――違った。
あろうことか、相手をする教師は少年を嫌と言うほど叩きのめしていた。
何度も、何度も。
普通の人なら、普通の人でなくても、あれは酷いと思うぐらいに徹底的に叩き潰されていた。
それでも彼は立ち上がる。立ち向かう。
何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も――。
倒れ続け立ち上がり続けて生まれる戦いは、いつしか激戦と呼ぶに相応しい物になっていた。
到底こちらには真似できない。あれはきっと、天才と呼ばれる人達でも難しい代物だろう。
そうして尋常ならざる戦いを続け、彼は見事勝利を手にした。
その光景を前に、心奪われなかったと言えば嘘になる。
彼の勝利は決して確実なものではなく、むしろ端から勝ちの目などなかったに等しい。
だがそれでも彼は挑み続けた。結果が見えていながら、なお挑み続けた。
遥か高い壁を前にしても、決して挑むことを止めようとしないその姿が、酷く胸を打った。
だから彼が、自分の中で少しだけ“特別”になった。
もしかしたら――なんてそんな淡い希望を抱く程には。
ぽっかり空いたこの胸の穴を、彼ならば埋めてくれるのではないか、と。
あの時見つめてしまったのも、きっとそんな夢物語を信じてみたくなってしまったから。
ああ、でも、それでも――
「無理、なのかな……?」
そう思ってしまう心もまた、強くあった。
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