第一章4『強者の集う、この場所でさえ――』


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 生徒達に配られた用紙の中身はまさしく“ランキング”そのものだった。

 用紙の右側にはクラス別に出席番号で並べられたランク表が、左側には全生徒の名前と順位が並べられたランキング表が書かれている。

 皆はまずそれぞれのクラス欄から自分のランクを確認する。

 そうしてからランキング表を確認し、自分がどこにいるのか、周りに誰がいるのかを把握していった。

 当然の様に、彼らはざわついた。

 周りとどうだったか聞き合う者、自分の順位に落胆あるいは歓喜する者、心底どうでも良さげにじっと結果を見つめる者。

 この時ばかりは教師陣も咎めることはない。

 そんな中で、不意に、

「……ねえ、これってどういう意味かな?」

 誰かが言った。

「え? 何が?」

「ほら、ランキングの一番下」

 その指摘は徐々に拡散し、皆がその場所を見る。

 そこに書かれていたのは本来ならば存在しないランクだ。

『ツトム=ハルカ――ランク:X(特記事項あり)』

 その名を知る者は未だ少なく、その実力を知る者はここに三名しかいない。

 それはあの試験の場にいた者。

 アマネ=ムトウ。前に並ぶ教師の一人。そして、

「…………」

 ランキングの最上段、学年一位の座を手にした“彼女”だけだ。


● ● ●


 パン、と手を打つ音が講堂に響く。

 ざわめきはそれを機に徐々に沈静化し、静寂が戻ってくる。

 音の鳴らし手はアマネ=ムトウだ。彼女はニッコリと皆を見回して、

「さて、ランキングについては大体確認できたかな? それでは次に上位陣の紹介といこうか」

 彼女の言葉に、また少し皆がざわついた。

 上位とは一体どんな人間なのか、クラスが違う者も多く、未だ顔と名前が一致していない現状では、皆にとってそれはとても興味深い話だった。

「紹介するのはSランクの諸君だ。今から名前を呼ぶから、呼ばれた者は前に出て来てくれ」

 彼女の言葉に、緊張と興奮が生徒の間を駆け抜ける。

 好奇の眼差しは、まず名を読み上げるアマネに向けられた。

 それをまざまざと感じた彼女は苦笑して、

「君達はここにいる皆の目標だ。無論今だけではあるが、十分にその力を誇り、胸を張って出て来て欲しい」

 次にこの視線に晒される者らを鼓舞し、名前を読み上げていくのだった。


● ● ●


 呼ばれた者の態度は様々だ。

 何もかも一切気にしない者。当然と言わんばかりに堂々とした者。愛想良く振る舞いながら嘲笑を内に秘める者。困った様に照れながら周囲に軽く頭を下げてハニかむ者。

 十人十色の態度は、まさしく彼らのアクの強さを表していると言っても過言ではない。

 教師陣は脇へ寄り、新入生達の前にズラリと並び立つSランクの生徒達。

 そんな彼らの中でも、特に異彩を放つ者がいた。

 一番初めに名を呼ばれた、どこか近寄りがたい一人の少女。

 幼いが整った顔立ちに、さらりと膝まで伸びる薄クリームの髪、そして美しくも儚げな肢体。

 纏う空気は何処までも清く澄んでいて、彼女自身の特性を反映するかのようだった。

 そんな彼女の姿に見惚れなかった者はまずいない。

 精緻な人形の如く、黄金比で形作られたその姿は、まるで天使だ。

 しかし彼女自身はその関心全てを一切気にも留めていない。心底どうでもいいと感じていた。

 それは己への自惚れでもなければ、他者を無視している訳でもない。

 ただ彼女の人生において“特別扱い”というものが常であったというだけ。

 何をやっても、何を言っても、何もかもが常人からズレている。

 そして、誰もがそれを当然と受け入れてしまう。

 だから彼女は“諦めている”。全て諦めている。自分は世界にとって異分子なのだと。

 それが今、事実として公表される。

「さて、Sランクの諸君にこうして出向いてもらった訳だが……」

 アマネはSランク生達が並び終えるのを見てから、一呼吸置いて口を開く。

 しかし発した言葉の最後を、僅かに言い淀む。

 僅かな沈黙と共に彼女は逡巡し、しかし一人の少女を自らの下へと手招いた。

 Sランク生の中でも異彩を放っている最上位の少女だ。

 招きに応じて前に出た彼女は、大して緊張した様子もなく、それどころかどこかボーッとしながらアマネの隣に並び、静かに皆の視線を受け止めた。

 アマネが告げる。彼女の名を。彼女の処遇を。

「アンヌ=アウレカム君。ランキング一位でもある彼女には、学園側からの特別措置として、専用過程を受けてもらうことになっている。よって君たちのどのクラスにも属さない」

 教師が告げた内容に、多くの生徒が疑問符を浮かべる。

 彼らを代表するように、前に並ぶSランクの中から一人の少女が凛と手を挙げ前に出る。

「エレナ=トールブリッツ、発言の許可を求めますわ」

 堂々とした態度と言葉に、アマネは頷き、承諾した。

「何故、そのような特別待遇が彼女に認められているのですか?」

 同じSランクである自分達はクラスに属すというのに、どうして彼女だけは個人教室などという特別待遇なのか。何が彼女をそこまでの“特別”に仕立て上げているのか。

 それは当然の疑問で、至極真っ当な好奇心。

 女子生徒の質問を受け、アマネは件の彼女に、よいかな、と小声で確認する。

 その問い掛けに少女――アンヌ=アウレカムは、コクリと興味なさげに頷いた。

 彼女の素っ気ない態度にアマネは苦笑してから、ただ堂々と声を発した。

「では答えよう。魔術、体術、筆記、彼女は全てにおいて高い水準を記録している。しかし最も異例なのはそこではない」

 舞台役者のように大仰に告げながらアマネはアンヌの後ろへ回ると、そっとその小さな肩に手を置いた。

 そうして告げる。彼女が特別たる由縁を。

「“魔力量”。それが桁外れているのだよ」

 それは実に単純明快な答えだった。

 あまりに簡単な答えに、生徒達はキョトンとしたようにただただ沈黙する。

 長い様で短かいそんな時間を経て、

「……それは一体、どの程度でしょうか?」

 沈黙を破り問うたのは先程質問した少女――エレナ=トールブリッツだ。

 桁外れている、とは言うものの、程度次第ではそこまで大したことではない筈だ。

 たとえ“個”がどれほど度外れていても、到底“群”には敵わないように。

 だが、

「そうだな。では簡潔に事実を述べようか」

 アマネは告げる。

「数十人、いや百人近い規模用の魔力測定器を、事前に事情を聞いていた我々は用意しておいたのだが――」

 質が量を圧する現実を。

「少し本気を出してもらった程度で壊れてしまったよ」

 その言葉に、呆れた様に苦笑する発言者と事実を知る教師陣を除いて、全ての生徒が更なる呆然に包まれた。

「どういうこと、でしょうか……?」

 あまりの理解不能を前に、別のSランク生すら問わずにいられなかった。

「言葉通りだよ。“大魔法”研究に使われる機械ですら測定不能だったという訳だ。学校としては手痛い出費だが、彼女の存在に比べれば実に安いかぎりだ」

「証拠を要求しますわ!」

 言葉を聞き終えるなり叫んだのはエレナだ。

 これはSランクという上位集団であっても許容できない予想外の事態。

 当然だ。彼らであっても個人用の測定器の限界にすら遠く及ばない。

 なぜなら測定器の上限はかなり高く設計されているから。

 仮に低く設定して、頻繁に測定不能となっては話にならない。

 だから個人では到底出せない出力を限界として設定するのだ。

 しかし一位を冠す少女は、それを容易く壊したという。

 更に言えば、彼女が壊したのは個人用ではない。

 集団、それも大集団に合わせて上限設計された測定器を壊したと言っている。

 教師の言を信ずるならば、それでもなお彼女は全力ではないらしい。

 それはどれほど異常なことだろうか?

 単純な力で例えるなら素手で大型建造物を握り潰すようなもの。あるいはそれすら生温いか。

 つまるところ規格外という言葉にすら収まらない“化け物”。

 だから彼女は周囲と隔絶していた。

 見えている物も、できることも、何もかもが違いすぎるから。

 エレナが思わず叫んだ要求に対し、アマネは静かに首を振って応える。

「……それは君達自身がその目で確認したまえ」

 そっと告げられた彼女の言葉は簡単なようで、あまりに惨かった。

 目で確認しろとは直に触れろと言うこと。

 直に触れろと言うことは彼女と“戦え”ということ。

 どう見繕っても彼女は“化け物”で、そんなものに挑めと言うなど無理難題という言葉すら生易しい。

 だが実際に体験しなければ分からないのもまた事実だ。

 エレナの歯噛みと全生徒の唖然をよそに、アマネは努めて明るい調子で話題を次へと移した。

「ついで、と言っては良くないが、ここに並んでいないもう一人についても紹介しておこうか」

 アンヌ=アウレカムという名の埒外の少女に手を置いたまま、彼女の言葉は続く。

「既に気付いている者も多いと思うが、このランキング表には本来存在しない筈のランクが記されている」

 それは『X』の一文字。

「ツトム=ハルカ君、出て来てくれたまえ」

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