第一章2『新たな場所で、新たな出会いを』


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 魔法とは何か。

 魔法とは――生命が体内にて生み出された魔力を用いて行う業。

 魔法とは――精霊との関わりによって成り立つ現象操作。

 魔法とは――人々に根付いた、“手段”の一つである。

 かつてから現在に至るまで、魔法という技術は多様な進化を遂げてきた。

 “それ”は日常を支え、対話を叶え、しかし争いに用いられてきた。

 “それ”は部屋の明かりであり、遠く離れた者との連絡手段であり、相容れぬ誰かと戦う術である。

 人の身体がそうであるように、誰もが当たり前に持つ力というものは、時に善を為し、時に悪と変わり、時にどちらでもない中庸を示す。

 魔法とはすなわち“そういうモノ”だ。

 所詮人々が己の都合を押し通すために用いる手段や道具の一つであり、戦うために生まれたモノではないが、戦うことで発展してきたモノである。その逆に、救うために生まれたモノでなくとも、救いをもたらしてきたモノでもあった。

 魔法という“技術”に、善悪はない。

 結局の所、いつ何のために拳を振るうのかと同じように、使う人間の心持ち次第で、善にも悪にもなり得るモノなのだ。

 ある意味、善悪が幾度となく交錯してきたからこそ、ここまで発展してきたとも言えるが。

 

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 桜舞う春の日。

 爽やかな風が心地良く吹き付ける中で、大勢の親子が緊張と高揚感を持ってそこにいた。

 広大な敷地を持ち、街でも有数の施設が幾つも建つその場所は、巨大な“学び舎”である。

 それも決して普通の学び舎ではない。

 国内でも指折り、“最高峰”の冠を取った回数も十や二十ではきかないほど優秀にして歴史ある学び舎だった。

 名を≪マギノハイアー学園≫と称す。

 この学園に招かれる者の多くは学園と同じく“優秀”を地で行く者達だ。

 学力、体力、魔法力に、コミュニケーション力。

 どれか一つでも特別秀でているか、あるいはそのどれもが高水準に秀でているか、それがこの学園での最低条件。有名であり、有数であればこその入学ハードルと言えるだろう。

 今日この日、ここに集まる者とは即ちその“ハードル”を乗り越えた者達。

 彼らは新入生。入学試験を乗り越え、極めて高い倍率の中を生き残った“優等生”達だ。

 その人的性質の如何を問わず、彼らは相応の実力と共にここにいた。

「皆さん、御入学おめでとうございます」

 広く立派な講堂の中で、優しい声音が響く。

 ズラリと並ぶ新入生と保護者達の列の前、壇上に立つ初老の女性が、その声の持ち主だ。

 彼女は整然と並ぶ生徒の列を慈しむようにゆっくりと見回し、

「ここでこうして皆さんを迎えられたことを、私は心より天に感謝致します」

 続ける。

「この≪マギノハイアー学園≫は、光栄なことに国内でも指折りの学術機関として広く認知されています。それはこれまで卒業していった生徒達が皆一様に優秀であったということに他なりません。彼らは才能に溢れ、好奇心に溢れ、そして努力を怠りませんでした。しかし彼らがどれだけ可能性をその身に秘めていたとしても、それを引き出せなければ意味はありません。だから我々学園側は、これまで彼らの秘めたる力を存分に引き出し、発揮できる環境作りに注力してきました。そのための学園方針が“実力主義”であり“競争主義”です。本学では設備や教員だけを最高にするのではなく、成長する“機会”もまた最高にしようと考え、“競争”というものに重きを置いた環境作りをしてきました。一部の世論では競争は差別を生み、格差を生むなどと批難され、皆平等であるべきなどと言われていますが、社会というものの実際はそう優しくはありません。社会で生き抜くためには必要なのは何より“強さ”です。他人に打ち勝ち、自分自身の存在を示す“強さ”。何も誰かを蹴落とせと言っている訳ではありません。ただ地力を強くする。それだけで社会での選択肢は大きく広がります。そうすれば自ずとより良い未来を掴み取ることが出来るでしょう」

 優しく、しかし強い眼差しで眼下の生徒達を見つめながら、なおも彼女は言葉を重ねる。

 それは目の前の生徒達への期待と、そしてこの場所の“厳しさ”を伝えるための言葉だ。

「皆さんには、この学園でその“強さ”を手に入れてもらいます。それは単純な技術や知識だけではなく、交流能力、発想力、応用力、問題発見能力などなど、生きる上で必要になる様々な“強さ”です。そしてその“強さ”を磨くために、多くの人達と競い合っていただきます。同級生や上級生、時には教員や他校の生徒達。より多くの意見や価値観に触れることで自分を見つめ直し、今よりも“強い”人間になってもらいたい。卒業するその時に『この学園に入って良かった』と思いながら、多くの経験を積んで社会に打って出られるように。だから皆さんも、我々の、保護者の方々の期待に応え、そして最後には自ら望んだ未来を掴める“強さ”を手にできるように、この学園で精進していただきたいと思います」

 長い演説を終え、彼女は最後にニッコリと笑う。

「改めて皆さん、入学おめでとうございます」

 締めの挨拶と深い礼をして、初老の女性はそうして壇上から優雅に下がっていった。

「以上、理事長からの祝辞でした。続きまして――」

 その後も式は順調に進んでいき、入学式は無事に終了を迎える。

 会場から退場した新入生達はそれぞれ割り振られたクラスに向かい、その後の行動は様々だ。

 ある者は友達を作ろうと積極的に周りへと話しかけ、ある者はマイペースに黙々と過ごし、ある者はキョロキョロと周りを見回して誰かに話しかけられるのを待っている。

 そんな浮き足だった光景は“このクラス”にも同じく広がっていた。

 一年A組。“努力の人”、ツトム=ハルカが割り当てられたクラスだ。


● ● ●


 ……さて、どうしたものか。

 席に着き、担任が来るのを少年――ツトム=ハルカは静かに待っていた。

 周りでは席の近い者同士が友達作りに四苦八苦していたり、席を離れて何気なく仲良くなる者がいたり、周りの会話に参加できないかとそわそわしている者がいたりと、実に様々だ。

 自分がどれに当てはまるのかは考えないでおこうと、ツトムは周りを見回して思った。

 ……別に今日だけが友達作りの日という訳でもないし。

 だから机に配られていた入学案内をパラパラと捲りながら、マイペースに時間を潰す。

 すると、

「うげぇ……」

 辟易、という言葉がしっくり来る呻きが、傍らから聞こえてきた。

 気になって顔を上げれば、一人の女子がそこにいた。

 栗色の髪をポニーテールに結んだ彼女はこちらに気付くことなく、ただ溜息をわざとらしく大きく吐いていた。まるで誰かに見せつけるように。

「……その反応、ヒドくね?」

 声を掛けながら彼女に近付いて来たのはいかにもノリの良さそうな雰囲気を醸す男子生徒だ。

 目の前の女子と同じ栗色の髪を、適度な長さで好き勝手ハネさせる彼は、苦笑いを浮かべて彼女へ近付くと、手近な机に寄りかかる。

「またあんたと同じクラスとか、ホント最悪だわ」

 女子の方が心底嫌そうな顔をしながら、やって来た相手に吐き捨てる。

「ハッ、そりゃこっちの台詞だっつーの」

 男子の方も分かってましたとばかりに半笑いで彼女に切り返す。

 遠慮の一切ない、気安い会話の応酬だった。

 その口振りから、二人が入学以前からの知り合いだというのは容易に推察できる。

 二人揃って入学し、あげく同じクラスとは所謂ところの腐れ縁というやつだろうか。

 そんな風に気ままに観察していると、

「ん? 何か用?」

 向かい合う形で位置取ることになった男子の方がこちらに気付き、声を掛けて来る。

 不意の呼び掛けに、一瞬間が空くも、

「いや、何でもないよ。盗み聞きして悪いけど、よくよく縁のある二人だなと、思っただけさ」

 苦笑交じりにそう告げると、こちらの感想に共感を示す様に、男子の方がうんうんと大きな頷きを返す。

「そう! そうなんだよ! こいつとは小っちゃい頃からの幼馴染なんだけどな? 幼稚園から今まで、唯の一度も別のクラスになったことがねぇってワケ!」

 ヒデェ話だろ、と続いた彼の言葉に、

「そ、それはすごいな……」

 驚きながら苦笑を返す。すると彼の言葉を繋ぐ様に、

「いい加減断ち切りたい縁なんだけどね」

 女子の方が呆れ混じりに呟いた。

 それに対し、乾いた笑いをこぼしながら、

「ここまできたらいっそ卒業まで一緒の方が綺麗じゃないかな?」

 そんな風に冗談めかして言ってみれば、

「や、やめてよ。そういう不吉なこと言うの……」

 本当にそうなりそうだし、と彼女はわざとらしく大袈裟に身震いしてみせた。

 そんな彼女の様子を面白そうにニヤニヤ見やりながら、男子が告げる。

「もしこの先もずっとそうなら、いっそこいつと結婚しちゃうのもありか、ってな!」

 彼の笑いながらの冗談に、彼女は、はぁ?、と中々キツい呆れの声を出して、

「やめてよ、そういう気色悪い想像するの」

 嫌な顔をこれでもかとしながら、あっち行けと言わんばかりに彼に向けて手を払う。

「……このキツささえなけりゃあ、ちったぁ可愛いんだけどなぁ」

 その対応に、男子の方はわざとらしく大きな溜息を吐いてみせた。

「あんたに可愛いと思われて何か得があるわけ?」

 それに返された彼女の言葉に、今度は彼の方が、冗談だろ、と言わんばかりに顔を引き、

「あるわけねーじゃん」

 きっぱり一言。

 すると、

「じゃあ黙っとけ!」

 彼女はバシンと大きな音が鳴るほど強く彼の肩を叩いた。

 まったく、と呟いて、彼女は不意に動き出す。

 こちらにだけ軽く手を振りながら、付き合ってられんとばかりに無言でこの場を去って行く。

 そんな彼女の背を、

「か、可愛げねーなぁ、ほんと……」

 目の前の男子は大して怒った様子もなく見送っていた。

 肩をさすりながら、彼は彼女に向けていた視線をこちらへ戻すと、

「そういや自己紹介がまだだったな。俺はタクミ=マサカ。そんであいつはリン=キミハな。とりあえずこれから一年よろしく!」

 ニッと笑いながら、不意に手を差し出してきた。

 だから応じる様にツトムも手を差し出し、

「こちらこそよろしく頼む、ツトム=ハルカだ」

 名を告げると、

「応よ!」

 彼――タクミ=マサカは、ガシッとこちらの手を掴み、互いに握手を交わし合った。

 そうこうしていると、

「はいはい皆さ~ん。席に着いてくださぁ~い」

 不意にどこかゆっくりと間延びした声が、ドアの開閉音と共に聞こえてきた。

 教室に入って来たのは一人の女性だ。

 彼女は教壇に立つと、

「ではホームルームを始めま~す」

 そう言って、ニッコリと笑った。

 彼女の言葉を合図に、疎らに立っていた生徒達が自分の席へと戻っていく。

 タクミもまた、周りに倣って席に戻っていくのを見送りながら、

 ……とりあえず友達が二人できたと、そう思っていいのだろうか?

 ツトムはそんな風なことを考えていた。

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