第3話 メイド忍者と<幽玄の山岳帯> その1
そこは迫り立った斜面に挟まれた、渓谷のような場所だった。
澄み渡る川のせせらぎと、森の木々に、鳥のさえずり。
深い自然に囲まれた、秘境と呼ぶにふさわしい、壮大な大自然の景色である。
そんな川沿いの森の中を、僕たちは進んでいた。
僕たちは現在、『精霊の森』を目指して南下中だった。
現在地は、<幽玄の山岳帯>。
不滅の塔や辺境都市アステロが存在する、<イースリーフ平原>。
それを囲うようにして広がっている山脈地帯である。
出現するモンスターも、一段と強くなった気がする。
ハーピィやガーゴイルなど、違ったモンスターが見られるようになった。
そして何より問題なのは、ここが見通しの悪い山の中だということ。
知らないうちにモンスターに囲まれる危険性だってある。
それさえなければ、綺麗な自然を楽しめるんだけど……。
いつか樫宮先輩と、ハイキング気分で歩いてみたいものだ。
そんな渓谷の中を、樫宮先輩、しおりんさん、クレア、僕の4人で歩いていた。
ちなみにグラムゥはクリスタルの中。従者となった動物は、アイテム扱いになって、クリスタルの中に収納できるらしい。
「こっちの方が楽ムゥ~」なんて嬉々としてクリスタルに収納されていた。
それでいいのか、モノ扱いなんだぞ……?
そして、<幽玄の山岳帯>に入ってから間もなくのこと。
しおりんさんが先行して、前方の様子を偵察してくれることになった。
「…………(くいっ)」
しおりんさんがジェスチャーで、偵察を買って出てくれたのだ。
しおりんさんは、滅多に言葉を話さない。キャラ付けというのもあるかもしれないが、なによりも樫宮先輩に正体を知られたくないのだろう。
僕はたまたま彼女の正体を知ってしまったので、僕と二人きりの時は普段の紫音さんを見せてくれるのだけれど……。
いつの間にか、しおりんさんの姿は見えなくなってしまっていた。
危険な戦闘を避け、有益な情報を持って帰ってくれるはずだ。
◇
――森の中を疾走する、
森の木々を飛び移り、モンスターたちの頭の上を飛び越えて。
何にも気づかれることなく、私は森の中を暗躍する。
探索のスキルで、ようやくこの辺りの魔物の分布も把握できた。
そろそろ帰還してもいい頃だろう。
私はふと、今までのことを思い返していた。
私が『ナイツ&クラウン』を始めた、そもそもの目的は。
ケイトお嬢様とナギの関係を監視することだったはずだった。
しかし――
いつの間にか私は、『ナイツ&クラウン』の世界で、『
そんなつもりはなかった。
でも、ついついゲームが楽しくて……。
ケイトお嬢様をそっちのけで、やり込んでしまったのである。
そうしているうちに、私はフェイと言う少年にスカウトされた。
『ラプラスの庭』のために、腕の立つプレイヤーを探していたそうだ。
そうして、成り行きで『ラプラスの庭』を始めることになってしまったのだ。
そして私は、『ラプラスの庭』に初めてログインする。
どうやらゲーム内の声は、現実の声帯に準拠しているらしい。
洞窟の中で、ヒミコちゃん? という名前の女の子が教えてくれた。
システムがプレイヤーの脳を解析して、現実の声を再現しているのだそうだ。
そのときは、へー、そんな技術があるんだ、ぐらいしか思っていなかった。
けれど、すぐに状況が一変した。
ケイトお嬢様も『ラプラスの庭』をプレイしていることが分かったのだ。
『ラプラスの庭』は、命が掛かったデスゲームである。
何としてでもお嬢様を守らなければならない。
そう思った私は、すぐさまお嬢様のパーティに合流した。
そこまでは、よかったのですが……。
このゲームが現実と同じ声、ということが最大の問題だった。
お嬢様には、私がしおりんであると、絶対に知られたくなかったのだ。
なぜなら、
キリっとしていて、いかにもゲームなんかしなさそうな、クールな女性。
それが理想の私であり、憧れていたメイドとしての理想像だったのだ。
実際はゲームだってするし、一人の時はぐーたらしている私だけど……。
大丈夫、お嬢様はまだ、気づいていないはず……。
◇
一方その頃、僕たちは。
「しおりんが誰か、だって? もちろん紫音だろう」
「えっ!? 先輩、気づいてたんですか!?」
探りを入れるつもりで、それとなく話題を振ってみた僕だったのだが。
なんと、あっさりとしおりんさんの正体を当てられてしまったのだ。
しおりんさんも、樫宮先輩の前では一切喋らないようにしているというのに。
「まあ、ああ見えて紫音は抜けているところがあるからな。あれだけ技名を叫んでいたら、流石に気付くさ」
「あー、確かに……」
言われてみれば、戦闘中のしおりんさんは叫びまくり――とは言わないまでも、敵に止めを刺す時には、普通に技名を叫んでいた。
「けど、よく分かったわね。叫んだとしても、一言二言でしょう?」
「ふっ、我を侮ってもらっては困るな。これでも地獄耳なのだぞ? ……それに、上に立つものとして当然のことだ。紫音とは、長い付き合いだからな」
樫宮先輩は、どこか遠い目をしている。
うーむ、先輩と紫音さんは、何やら複雑な関係にある様子。
しおりんさんに、バレちゃってることを伝えた方がいいのだろうか?
そうこうしているうちに、しおりんさんが偵察から帰って来た。
しおりんさんの報告によると、この先、二つのルートがあるのだそうだ。
一つは渓谷をそのまま進むルート。
これは山を迂回するので、遠回りなルートである。
そして、もう一つが、洞窟の中を直進するルートだ。
その洞窟は、どうやら山脈を貫通しているらしく、ここを通り抜けさえすれば、あっという間に<幽玄の山岳帯>を抜けることができる。
ただ問題なのが、その洞窟がダンジョンであることだ。
フィールドである渓谷に比べて、強力なモンスターの出現が予想される。
そしてその奥には、ボスモンスターが待ち受けているかもしれないのだ。
自分としては、突っ切って行きたい気持ちもある。安全策ばかり取っていては、何のためにゲームをしているのか、という話でもあるし。
「……どっちにします?」
「ふっ、聞かれるまでもない。洞窟一択だ」
やはり樫宮先輩らしい。即答だった。
「ちょっと、ここは遠回りした方が安全でしょう?」
クレアが言う。相変わらずの心配性だ。
確かに、彼女の言い分も理解できなくもない。
しかし、樫宮先輩を説得できるかは別だ。
「ふん、やはりクレア・ライトロード、貴様らしい安直な考えだな」
樫宮先輩は、あっさりとクレアの意見を切り捨てた。
「最短ルートがダンジョンならば、そこを通る以外選択肢はない。ダンジョンを避けてその場しのぎを続けていれば、いずれその先のモンスターに歯が立たなくなる時が来るからだ。……そうだろう? 我が半身よ」
「確かに……樫宮先輩の言う通りだと思います。クレアさんの考えももっともですが、ここは洞窟を進んだ方がメリットが大きいかと」
「…………(こくり)」
樫宮先輩に似合わぬ正論である。
ただ単に洞窟に行きたいだけなのだが、なまじ理論武装しているから反論も難しい。
「むぅ、あなたがそう言うなら仕方ないわね……。でも、危なくなったら引き返すから、そのつもりでね?」
クレアはそう言って、渋々引き下がる。
全員の意見が一致したところで、僕たちは先に進むことにした。
目指す先は洞窟ダンジョン。もしかしたら何かアイテムを拾えるかも、なんて淡い期待を抱きつつ。
僕たちはしおりんさんの後に続いて洞窟へ向かうのだった。
フリークス×オンライン! ~『厨二』×『隠れゲーマー』な深窓令嬢は、『後輩』×『天才ゲーマー』な僕を連れて<廃墟世界>の旅に出る~ 桜川ろに @Sakura_kuronikuru
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