第一章 その9
「まさか、在籍してたのが三年生だったとはなー」
「去年の、な」
学校最寄りの駅ビルにあるフードコート。そこで俺と勇樹は適当な席に座って駄弁っていた。目の前には飲み放題の水が入ったコップに、ファストフード店のポテトがひとつ。アプリのクーポンを使って買ったそれを、勇樹と分け合いちまちま食べながら言葉を交わす。
「卒業してるじゃんって話しな」
「どうすんだ、春斗? 内部進学してるっぽいから、大学に行けば会えるだろうけど」
「会ってどうすんだよ」
「どうって、そりゃ、お前が決めろよ」
「だよなー」
そもそも勇樹は付き合いだし、アニメーション同好会にこだわる理由なんて無い。理由があるのは、俺だけだ。
「春斗がアニメーション同好会のために頑張ってたのは知ってるけどよ、こればっかりはどうしようもないって」
「まぁなー」
同好会に在籍していたのは去年の三年生だった。もう卒業している。その事実が頭の中をグルグルと駆け巡り、勇樹の話なんてまるで頭に入ってこない。
「バイトでもしようぜ。そんで、バイト代でオタ活。それでもいいじゃねぇか」
「まぁなー」
我ながら気のない返事だ。
でも、確かに勇樹の言う通りだ。アニメーション同好会以外にも楽しい事なんていくらだってある。そっちを楽しめばいいだけの話だ。だけど、
「ちょっと、考えてみるわ」
「そうか」
「うん」
だけど、楽しみにしてたのだ。高校に入学して、アニメーション同好会に入って、そこで活動できる日を。だから、なくなっていたからと言って、そうそう簡単に折り合いがつけられるものでもない。
「俺はどうすっかなー。やっぱバイトすっかなー」
「いいんじゃないか?」
「お、見ろよ春斗。あそこ、可愛い子が働いてるぞ」
「そうだな」
勇樹の言葉に頷きながら、俺は思い返していた。あの空虚な部室を。
それからも何度かアニメーション同好会の元部室に一人で足を運んでみた。もしかしたら俺と同じような新入生がいるかもしれないと淡い期待も持ったけれど、終ぞそんな機会は訪れなかった。
そうして無為に時間を過ごす中、何もないと思っていた部室で見つけたのは、卒業した先輩たちが忘れていった書きかけのコンテ用紙や、アイデアを書き殴ったと思われるいくつかのメモだった。いくつかの書き込みを見ていれば、この部室で時間を過ごした先輩たちの姿が夢想される。
どんな人だったのだろう?
何を考えていたのだろう?
何を思っていたのだろう?
どうしてアニメを作ろうと思ったのだろう?
なんであの作品を作ったのだろう?
アニメを作るのは楽しかった? 辛かった?
そんな、もしかしたら聞けたかもしれない数々の質問を思い起こしては、消していく。
いくら思考を巡らそうとも、その質問をしたかった人は、今ここにはいないのだ。
そんな虚しさを埋めるように、自分でもコンテ用紙に書き込みをしてみたり、まっさらなノートに企画のようなものを描いてみたりしたけれど、結局途中で帰ったりを繰り返す。
「……」
高校生活自体は楽しく時間が過ぎていく。学校には優美や勇樹はもちろん、新しく出来た友達がいる。そこに不満があるかと言えばそんなことはない。十分に楽しい。
でも、だからこそ、あの空っぽな部室の存在感が増す。
考えた。
悩んだ。
迷った。
勇樹には何度も遊びに誘われた。
優美からも、良ければバドミントン部に入らないかと言われた。
そうして周りから声をかけられればかけられるほどに、胸の内で思いが強くなっていく。
諦めたくない。
アニメーション同好会での活動を。アニメ制作を。
俺は、やりたい。
「でも、どうすればいいのかがわからないんだよなー」
調べたから知っている。
アニメはひとりでは作れない。
監督、脚本、演出、音楽、美術、CG、原画、動画、デザイン、編集。
さらに多くのスタッフがその力を結集させて作り上げるのがアニメだ。もちろん高校の同好会でやるのであれば、そこまで本格的な役割配置をする必要もない。
絵と音楽、それらをまとめ上げる編集、そして脚本がいればアニメにはなる。
だけれど、俺一人でそれらを全部やるのは無理だ。
もしかしたらストーリーを考えることぐらいなら出来るかもしれない。オタクのはしくれとして、多くのアニメを、漫画を、ラノベを楽しんできた。それらからヒントを得て、話を考えることぐらいは出来るかもしれない。だけど、絵も音楽も、編集も、
「出来ないんだよな、俺には」
「何が出来ないんですか?」
「ッ!? 冬華姉さん!?」
「? どうしたんですか、そんなに驚いた顔をして」
「ああ、いや。うん、何でもない」
あー、びっくりした。いきなり冬華姉さんがソファの背もたれ側から顔を覗かせるんだもんな。まあ、家のリビングにいるんだから、それぐらい当たり前じゃんって話なんだけど。
「春斗君。旅行の準備は出来ましたか?」
「え?」
「もう! 忘れたんですか? 春斗君の入学祝いに旅行に行こうって話をしたじゃないですか。秋奈が施設を借りてくれたって言ってたの、覚えてますか?」
「あ、あー! はいはい! 覚えてる覚えてる!!」
正確には思い出した、だけど。
最近はアニメーション同好会の件で頭がいっぱいで、そんなことすっかり忘れてた。そっか、もうすぐゴールデンウイークか。
「その様子じゃ準備なんてまだしてませんね?」
「一週間後の話でしょ。気が早くない?」
「そんなことはありません。何事も前もっての準備が大切なんですよ」
って、言われてもな。楽しそうにしている冬華姉さんには悪いけど、今はアニメーション同好会がなくなってたショックが大きすぎて、旅行にそこまで前向きにはなれない。
「悩み事でもあるんですか?」
「なんで?」
「そういう風に見えたからです。悩み相談に来る生徒たちと同じ顔をしてましたよ、今の春斗君」
……参ったな。
「私でよければ聞きますよ。これでも教師ですし、春斗君は私の大切な義弟ですから」
そう言うと冬華姉さんは静かに俺の隣に腰掛ける。
「あー、いや。そんなに大袈裟な話じゃないんだけど」
「それでも春斗君は真剣に悩んでるように見えましたよ」
いや、まあ、そうなんだけど……。
「何か、言いにくい理由でもあるんですか?」
「や、別にそういうわけでは、ないん、だけど……」
ただ、ちょっと口にするのが恥ずかしいだけだ。夢ってほど大げさではない。それでも本気、だから。
「まさか、好きな人の事とか、ですか?」
「え」
「そうなんですか?」
「いやいや、近いから!!」
距離! 距離考えて!! そんな前のめりになる必要なくない!?
「どうなんですか、春斗君」
え、なにこれ。なんでそんなに真剣な眼差しなのさ!?
「違うから! そういうんじゃないから!!」
「本当に?」
「本当! なんでそんなに疑うのさ!!」
「春斗君が言いにくそうにするからです。生徒がそういった態度で相談してくる大半は恋の悩みですからね。もしくは、いじめ──まさか!?」
「ないから!!」
入学1か月も経たないでいじめられてたら、高校生活お先真っ暗じゃないか!
「でしたら安心しました。ですが、そうすると春斗君の悩みとは何なのでしょう?」
あ、なんか真剣に考えだした。これはもうあれか。話さないと納得しないやつか。まあ、冬華姉さんなら話してもバカにしたりするようなことはないだろう、多分。
「アニメーション同好会」
「はい?」
「うちの高校にアニメーション同好会があるのって、冬華姉さん知ってる?」
「はい。知ってますよ」
あーもう、どうしよう。言うか言わないか。でも、ここまで言ってぼかすのも変だしな。
いいや、言っちゃえ。
「俺さ、アニメーション同好会でアニメを作りたくてこの高校に入学したんだ」
うわー、改めて言葉にすると恥ずかしいな。ていうか、怖い。なんて反応をされるのかわからない。キョトンとされるのは、まだいい。でも、仮に笑われでもしたら……。
「春斗君。今の話、本当ですか?」
「え、あ、うん」
「そうですか」
え、え、何? 何なのその反応。真剣な顔をしてるけど、その表情はどういう意味?
「わかりました。そうしましたら、ちょっと待っててください」
「え」
戸惑う俺をよそに、冬華姉さんは立ち上がるとどこかへ行ってしまった。
うわー、これ、言わない方が良かったか? 冬華姉さんのあの反応ってどういうことだ? なんで何も言わないんだ?
てか、あれか。何も言えなかったのか?
そりゃそうだよな。
球児が甲子園を目指したいから野球の強豪校に入学したとかって、わかりやすい話じゃないもんな。
アニメを作りたいから高校に入学したって、ちょっと意味わかんないし。何それって、普通はそう思うよな。どうしようか、冬華姉さんに恥ずかしい奴、とか思われたりしてないだろうか? まさか、それを秋ねえや夏希姉ちゃんに言いふらしたりしないよな?
「春斗君」
なんて、ちょっとネガティブ気味に考えていたら、冬華姉さんに名前を呼ばれた。振り向けばそこには、冬華姉さんだけでなく、秋ねえと夏希姉ちゃんもいた。
「……なんで水着なの?」
うん、ごめん。まずそこを確認させて。なんで水着? 秋ねえに夏希姉ちゃんが水着なのは普通に謎だし、冬華姉さんまでなぜ水着? さっきまで普通に服を着てたよね?
「試着です。旅行のための」
「どう~、はる君~。似合う~?」
「旅行は海辺だからね!」
「え、海に入るの?」
まだ五月だよ? 寒くない?
「まあ、その話は置いておいてですね」
いいの!? 置いといていいの!? その話!!
「春斗君にひとつお話があります」
「何?」
すげぇ、冬華姉さんがどれだけ真剣な表情で言おうが、シチュエーションのせいで全てが台無しになってる感が半端じゃない。TPOって大事。
「私たち3人は、アニメーション同好会の関係者でした」
……はい?
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試し読みは以上です。
続きは2020年2月1日(土)発売
『義姉たちが全員重度のブラコンだった』
でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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義姉たちが全員重度のブラコンだった 藤宮カズキ/角川スニーカー文庫 @sneaker
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