タマの一生

紅色吐息(べにいろといき)

タマの一生(読み切り)

その時私は、小便をしてたんですよ。

我が家のトイレの窓から庭の池が見えるのですがね・・

その池の周りをちょろちょろしている猫が見えました。

見たことの無い小さな猫です。


どうもね・・池の鯉を狙っているようなんですよ。

・・ハハハッ、お前には無理だよ・・

そう思いましてね。

その時はあまり気にもしなかったのです。


数日後の事でした。

妻が、事務所の窓越しに庭を見ながら・・

「ねえ・・ちょっと見てご覧、小さな猫が庭にいるよ!・・」

「あぁ・・あいつ、又来たのか・・」

「え! よく来るの? 何してんだろうね・・」

「鯉を狙っているみたいだけど、あいつにはとても無理だね。」

「何処の家の猫なんだろう?」

「野良猫だろうね・・人影に怯えるから。」

「お腹を空かせているのかなあ・・何かやってみようか・・」

「うーん、無理だろうなあ・・絶対寄って来ないと思うよ。」


妻が餌を入れた皿を持って庭に出ようとドアを開けると・・

その気配に気ずいたのか、もうその時は姿が有りませんでした。

仕方なく彼女は餌の入った皿を猫のいた池のそばに置いたの

でした。

「食べに来るかなあ・・」

彼女はどうしても、あの猫に餌を食べさせたいようです(笑)


その日の夕方・・日が落ちて少し暗くなった頃です。

「ねえ、あの子が来てるよ・・ほら、餌を食べてる・・」

私も窓辺に寄って池のそばを見てみました。

小さな猫は、周りの様子を気にしながら餌を食べています。

「まだ子供だよねえ、1才ぐらいかなあ・・」

「そうだなあ、小さい猫だねえ・・」

「親はどうしたんだろうね。」

「どうしたんだろうねえ。」

ともかく、餌を食べてくれた事で、妻はとても嬉しそうでした。

その日から猫は、毎日餌を食べに来るようになったのです。

しかし我々が庭に出ると、あわてて姿を隠してしまいます。


それからしばらくして・・


妻は、餌皿を玄関の方へ1メートルほど移動をさせました。

そして毎日・・少しづつ玄関の前まで移動させたのです。

玄関の前は屋根のひさしが有るので雨にも大丈夫ですからね。


そしてそのうち・・


猫は妻が庭にいても餌を食べるようになっていました。

5メートルぐらいの所からしゃがんで見ているだけですけどね。

妻が、もし立ち上がれば直ぐに逃げてしまいます(笑)


「絶対・・うちの子にしてやるぞ!」

妻はやる気満々です(笑)

「でも、家に入るかなあ・・冬も近いし・・」

「絶対入れる・・入れて見せる。」

その頃はもう、猫は庭を住処にしていて・・

ダンボールの箱で寝起きをしていましたし・・


こちらとしては我が家の猫と思っていますから・・

名前をタマと名付けたんですよ。

妻としては、雪が降るまでに何とかタマを家の中で寝起きを

させたいと思っているわけですが・・

これが簡単じゃあ無いんですよ。

相手は野良猫ですからね。


ドアを開け放して、玄関の中で餌を食べるようにはなった

んですが・・

玄関を閉めようものなら目を引きつらせて大騒ぎをするんです。

タマとしては閉じ込められたと思うんでしょうね。

でもね・・

冬が来るのに玄関を開けっ放しにはできませんからね。


我が家にはミクと言う名のオス猫がいましてね・・

彼が出入りする猫用のドアが有るんですよね。

その使い方をタマが解ってくれれば良いだけなんです。


ミクはおっとりした性格の6才のオス猫です。

ふうてんのトラさんみたいに、数日家を空けては、ふらりと

帰って来る気まぐれ猫なんです。


・・もう冬が来ると言うのに・・

・・タマの為に玄関を開け放して置くのもなあ・・

・・このまま進展が無かったら、妻はどうする気なんだろう・・

私は内心そう思って心配をしていました。


ところが・・

雪の舞い散る頃だったと思います・・

ある日突然、ミクと一緒にタマが猫ドアから入って来たんですよ。

ミクと一緒だと、家の中でも安心できるようなんです。

玄関を閉めきっても以前のように泣き叫んだりしません。

猫は猫同士ってことなんですね。

「タマちゃん、やっとうちの猫になってくれたのね。」

妻は大喜びで、その時はずいぶん興奮していました(笑)


とは言いましてもね・・

タマは1メートル以内に近寄れない猫でした。

餌をやるとき、妻がチョッと触っただけでもサッと逃げてしまう

のです。


そんなタマでしたが、ミクを親代わりに思っているのか何時も

ミクに甘えていました。

ミクの方はかなり迷惑そうにしていましたがね。


この地域では野良猫が多く、それを嫌う人もいるようでして・・

野良猫への苦情が役所に入るのだそうです。

そういう事もあって・役所が時々野良狩りをするようなんです。

役場からも・・

「野良猫に餌をやらないで下さい、首輪の無い猫は野良と見

なします」って・・


でもタマは、まだ首輪を付けさせてくれません。

早く首輪を付けないと、役場に野良狩りされてしまいます。

一緒に暮らしていながら、触ることも出来ないなんてねえ。


でもね・・

毎日・・少しずつ・・少しずつ・・

にじり寄るように手懐けるんです。

そういうのは、カミさんが得意ですからね・・(笑)


そして・・・

なんとかタマに首輪を取り付けたその冬のことでした。

タマが妊娠したのです。

妻もびっくりですよ!

まだ子供かと思っていたのですが、少し違っていたようです。

毛並みからして子猫だと思ったのですが・・

おそらく、1才以上にはなっていたんでしょうね。


いや・・相手は雄猫のミクでは有りませんよ・・

ミクとの関係は親子モードでしたからね。


とにかく、ダンボール箱で薄暗い出産場所を作ってやりました。

いくら野良猫でも冬場に外で出産はしないだろうと考えたんです。

破水したときの事も考えて下に吸水マットを敷いたりして出産の

日を待ちました。

タマも初めての事だろうし・・

我々も猫の出産は初めてなので、どうしたものかと・・

出産予定日も分かりませんしねえ。

などと私案していたら、いつの間にか生まれていました。

まさに、案ずるより産むが易しですね(笑)


小さな5つの命・・

可愛いったらないですよ!

全部、我が家で飼うことにしました。

こういう時には田舎は良いですね。

庭も広いし・・

花も咲いてて・・

トカゲとか、虫とか、蛙とかいるし・・

池も有って、魚もいるし・・

我が家は子猫の楽園ですよ(笑)


子猫が大きくなるとね・・・

タマ母さんが子猫たちに色んな物を持って帰るんです・・

頭の無いトカゲとか・・

生のサンマとか・・

ヒヨドリとか・・


「さあみんな・・・お食べ!!」

「かあさん・・これ・・・食べ物じゃあ無いよ・・・」

「何を言ってるの!!・・純粋な天然食品でしょう・・」

「でも・・・カルカンのつぶつぶとマグロのツナが食べたいよ・・」

「あれは人間が作った加工食品でしょう!! こっちの方が安全な

自然食品んですよ・・・食べなさい!!」

「うーー・・嫌だ! 食べたくにゃーい!」


タマちゃんは元は野良だからね・・

解るけどさあ・・笑


タマちゃんの心配をよそに子供たちは、ごく普通のペットとして

すくすくと育っていきました。

タマ母さんの野性を理解できる子猫は一匹もいません(笑)


そして・・

子猫たちが大人になり、2年ほど経ったある日のこと・・

突然、タマちゃんが亡くなったんです。

原因は解りません。


直前まで、とても元気だったのです。

庭の通路に横たわっていました。

外傷も、嘔吐もなく・・

一瞬、寝ているのかと思ったぐらいです。

苦しんだ様子が無かったのがせめてもの救いでした。


私も妻も、とても寂しかったですよ。

だって、あの日・・・

突然、我が家の庭に現れて・・

我々夫婦と、ほんとうに少しづつ仲良くなって・・

子供たちを生んで・・

夢中で子育てをして・・

一生懸命生きたタマちゃん・・・

色んな思い出と子猫を残して逝ってしまったんです。

あまりにも短い一生でした。

でも私たちは・・


タマちゃんにとって良い一生だったと信じたいのです。

我が家にいた間は、タマちゃんは幸せだったと信じます。

あれで良かったのだと・・



 

  

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タマの一生 紅色吐息(べにいろといき) @minokkun

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