E-41「それぞれの道」1/3
王国が、かつての平穏な暮らしをその一部でも取り戻すのには、講和条約が結ばれてからさらに5年もの歳月が必要だった。
王国が実際に戦った期間は1年と3カ月ほどに過ぎなかったが、それでも、自国の領土が激しい戦火に焼かれたために荒廃の度合いは色濃く、復興が具体的な成果となって表れてくるのには、これだけの時間がかかってしまったのだ。
特に、王国の首都であるフィエリテ市の惨状は酷いものだった。
フィエリテ市は戦争の間に実に3回も主力軍同士の攻防戦の舞台となっており、その破壊の度合いは群を抜いていた。
瓦礫を片づけるのだけでも、数年が必要だった。
それでも、人々はかつての自分の故郷へと戻ってきて、そこで新しい家を建て、新しい暮らしを作り出していった。
王国の行政は、案外、抜け目がなかった。
フィエリテ市の全域が破壊されてしまっていたのを利用し、近年、自動車の普及などの影響で逼迫(ひっぱく)しつつあった市内の交通網の整理に乗り出し、市街の復興を、将来の都市の在り方を見すえて進めたのだ。
おかげで、フィエリテ市の道路網は整理されて通行が容易となり、道も広くなって、渋滞は起きにくく、災害にも強い街が出来上がりつつある。
フィエリテ市にとって歴史的に重要な施設などの周囲はある程度昔ながらの形が残され、フィエリテ市の雰囲気が一定程度継承はされているが、僕らの首都はすっかり生まれ変わっている。
市街地の復興が進められるのと並行して、最優先で実施されたのが、マグナテラ大陸の南部を東西に貫き、連邦、王国、帝国の3か国を結ぶ南大陸横断鉄道の再建だった。
南大陸横断鉄道は、戦前は大陸東西の物流の要として活躍し、戦時中は連邦と帝国双方の軍隊の兵站線として大いに活用された。
中には、元々複線として建設されていた区間を、輸送力増強のために複々線として、連邦、あるいは帝国の手によって改良されている区間さえあった。
王国はそれら、連邦と帝国が手を加えた設備なども利用し、早期に大陸東西の交通が再開するように尽力した。
何故なら、大陸東西の物流から王国が得ていた関税や輸送の手数料などは王国の経済にとって重要なものであり、1日でも早く南大陸横断鉄道の運行が再開され、再び大陸東西の交通が始められることが、王国の復興にとっては欠かせないことだったからだ。
一番の難所だったのは、フィエリテ市が王国の手から失わる時、僕たち自身の手で破壊した、フィエリテ市を流れる河にかかっている橋梁部分の再建だった。
これは、戦局上止むを得ない破壊行動であり、期待通りの効果をあげた作戦だったのだが、あまりにも破壊がうまく行き過ぎてしまったため連邦も帝国もその瓦礫の撤去を途中で断念してしまっており、僕たちは破壊された橋梁の撤去から始めなければならなかった。
以前の橋はトラスと呼ばれる構造を採用していたが、王国ではその構造を再び採用し、将来的な南大陸横断鉄道の輸送力の増加、通過する列車の高速化などを考慮し、以前よりも強度に優れた橋梁として再建した。
再建には大量の鋼鉄が必要とされたが、それらの鉄は、旧式化していた軍艦を解体して確保することとされ、後々、この新しい南大陸横断鉄道の橋梁は「軍艦橋」と呼ばれることになった。
王国が復興を軌道に乗せて順調に進めている間に、僕ら、301Aの仲間たちも、それぞれの道を歩み始めている。
終戦後、多くの部隊で再編成が行われたのと同じように、僕たち、301Aでも再編成が実施された。
僕たちは戦争中、王国にとっての最精鋭の戦闘機部隊であり、「守護天使」という異名を持って知られたエース部隊で、王国にとっての希望の象徴としての役割を与えられ、できるだけその構成人員は固定されていた。
だが、戦争が終わったことで、僕たちの役割も終わったのだ。
不幸な形でイリス=オリヴィエ連合王国の王位に就き、戦争を指導して戦い、そして、その終結に大きな役割を果たしたフィリップ6世は、今でも僕らの王様だ。
つい昨年、フィエリテ市の再建途上の大聖堂で、正式に戴冠式を取り行って、王国の正当な王位を継承した。
王様は、忙しく働いている。
王国の国内のこともそうだったが、マグナテラ大陸に存在する各国の戦後の外交関係を確立し、平和を安定させるために心を砕いている。
王国における王というのは国家元首としての名目上のもので、その権限は決して強くはないのだが、王の影響力は無視できないものがある。
何しろ、フィリップ6世の努力によって、第4次大陸戦争が終結したという実績がある。
それがいつかは必ず成立するものであったのだとしても、フィリップ6世の活動によってそれが早期に成立したおかげで、救われた人命は数えきれない。
そのことを、僕らも、そして、マグナテラ大陸中の人々が知っている。
フィリップ6世はまだ若く、その治世はまだまだこれからだったが、きっと、良い王様になってくれるだろう。
ハットン大佐(現在は中将)は元々、すでに軍を退役して予備役となっていた人で、開戦に伴って軍務に復帰した人だったが、現在は軍にそのまま残り、航空教導連隊の連隊長を拝命して、大佐自身と僕たちの後身となるパイロットたちの育成に当たっている。
大佐は温厚で誠実な性格をしている上に、パイロットとしての経験も技術も豊富で、何よりも301Aを率いて戦ったという実績から、パイロット候補生たちからも「親父」として敬愛され、慕われているということだ。
たまに操縦桿を握ることもあって、自ら飛び方を指導することもあるらしい。
レイチェル大尉(現在は中佐に昇進)は、そのハットン大佐の指揮下で、航空教導連隊で戦闘機大隊の隊長をやっている。
いくつもの飛行隊を指揮下に持つ、かつてのハットン大佐と同じ立場に立っている訳だが、レイチェル大尉は時には自ら操縦桿を握ることもあって、教え子たちを、僕たちにしたのと同じ様に厳しく鍛えている。
その操縦の腕前は健在で、半人前とはいえ1個小隊4機を相手に単機で戦って全滅させるなどの記録を作り、その力量を存分に発揮し、教え子たちからは「魔女」と呼ばれ恐れられているということだ。
レイチェル大尉と幼馴染であり、親友であったクラリス中尉(最終階級は大尉)は、退役して、現在は故郷に戻って本を書いている。
戦争中の301Aの活躍を題材とした伝記本は、当事者の1人が書いているだけに内容に真実味があり、王国だけでなく、敵国であった連邦や帝国、大陸外のケレース共和国などでも出版され、人気となっているらしい。
クラリス中尉はその印税で、王国にたくさん生まれてしまった孤児たちを支援したりしながら、のんびりと暮らしている様だ。
今でも夏になると長期休暇を取ってクレール市へと赴(おもむ)き、レイチェル大尉の生家である民宿に滞在して、同じく休暇に訪れた大尉と親交を深めている。
アラン軍曹(最終階級曹長)も退役して、故郷に帰って働いている。
水先案内人という仕事に就いているそうで、毎日大忙しなのだそうだ。
というのも、王国は復興のために多くの資源を必要としていて、外国との交易を盛んに行っているからだ。
水先案内人というのは船舶が港に入港する際の道案内を行う仕事なのだが、海運が活発になっているため、アラン軍曹が働いているタシチェルヌ港にはひっきりなしに商船の入出港があって、アラン軍曹は慌ただしい日々を送っている。
しかし、王国にとって重要な仕事で、やりがいがあると、アラン軍曹は頑張っている。
カイザーことフリードリヒは、そうなるだろうなとはみんなから思われていたが、エルザと結婚して、幸せに暮らしている。
僕も2人の結婚式に招待されてお祝いさせてもらったのだが、花嫁衣装に身を包んだエルザは本当に綺麗で、かつてのアワアワした感じから見違える様な素敵な笑顔が印象的だった。
その一方で、緊張して赤面しながらカチコチになっていたカイザーの姿には、思わずクスリとさせられてしまった。
カイザーは軍を退役した後、彼の父親が経営する設計事務所に就職して、その事業を引き継ぐために努力を続けているのだそうだ。
彼の両親は元々王国が帝国から優れた航空機の設計技術を取得するために招いた人々で、彼らは帝国の理不尽な侵略に怒り、王国のためにその力をつくし、そして、王国人として生きていくことを決めている。
カイザーは今、ジェットエンジンという、プロペラを使わないエンジンを装備した、新しいタイプの飛行機の設計に携(たずさ)わっているのだそうだ。
その妻となったエルザは設計の専門家では無いものの、問題にぶつかったカイザーを励ましたり、時にはアイデアを導き出したりと、多彩な活躍をしているらしい。
義勇兵だったナタリア(最終階級は曹長)は、戦争が終わるとしばらくして故国へ帰って、現在はファッション雑誌のモデルをやっているらしい。
ナタリアは元々スタイルもルックスも良く、しかも持ち前の愛嬌があったから、街角を歩いている所を芸能事務所にスカウトされて、そこで活躍している。
戦争中はエースパイロットだったという経歴もあって徐々に人々に知られる様になり、現在はケレース共和国で製作されている映画に主演女優として撮影に参加しているのだそうだ。
衝撃的だったのは、昨年の夏、王国にも知られている有名なケレース共和国のファッション雑誌の表紙をナタリアが飾った時だった。
ナタリアが身に着けていたのはこれまでに無かった様な新しいタイプの水着で、何と言うか、すごく派手だった。
ビキニと呼ばれるその水着を身に着けたナタリアの写真は、僕だけでなく、王国の多くの男性、中には女性の視線さえも釘づけにしてしまった。
日焼けした健康的な肌の瑞々しさと、真っ白な水着の対比が印象的だった。
背中をとても不機嫌になった誰かさんに思い切りどつかれなければ、僕はきっと、ナタリアの写真をそのままずっと、いつまでも見続けていたかもしれない。
王国のファッション界にナタリアのビキニ姿が与えた衝撃は大きく、特大の爆弾を食らったかのような大きな反響があり、その年の夏は巷(ちまた)でビキニスタイルの水着が流行したりもした。
ちなみに、誰かさんはビキニを着るのをかたくなに拒否していた。
背の高さや控えめなスタイルを気にしていたらしいが、僕は、見てみたかったのに。
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