E-40「終戦」

※作者注

 完結は、次節になります。

 登場したキャラのその後をなるべく描いたら3節になってしまいました。

 どうか、最後までよろしくお願い申し上げます。


 第4次大陸戦争、このマグナテラ大陸の全土を巻き込んで燃え広がった大戦は、反乱軍が鎮圧されたその日、終戦を迎えた。

 本来の予定であれば講和条約への3か国の国家元首の署名は翌日に行われるはずだったが、フィリップ6世の提案で予定を早めることにされたのだ。


 これは、反乱は鎮圧されたものの、まだまだ、状況が予断を許さないものだったからだ。


 スクレに集められた警護部隊は、3か国の軍隊からそれぞれ、「信頼が置ける」として集められた部隊だった。

 しかし、その中から、相当数の裏切り者たちが現れてしまったのだ。


 それは、戦争の終結を歓迎する人々も大勢いるが、それに反対する人々も、相当な数がいるということを示している。


 連邦も帝国もこの戦争のために膨大な人命を失い、その国民のみならず、国土、経済、ありとあらゆるものに甚大な被害を被(こうむ)っていた。

 だが、連邦にも帝国にも、それだけの被害を出してなお、戦争を続けるだけの理由があった。


 連邦の正義。

 帝国の正義。


 一方にとっての正義はもう一方にとっての悪となり、一方にとっての悪はもう一方にとっての正義となる。

 その、決定的な対立の下に積み重ねられてきた人命の損耗は、数百万を数える。


 失うことにはもううんざりだ、という人がたくさんいる。

 だが、同時に、これだけのものを失ってなお、得るべき成果を得られていないのを認めることなどできない。自身の信じる正義が達成されるまで戦い続けなければならないと、そう考える人たちも、たくさんいる。


 二重スパイとなって働いたモルガン大佐の貢献もあってスクレにおける反乱は失敗に終わったが、そのことを知れば、各所に存在する講和反対派の人々が、次なる強硬手段に出る可能性を誰も否定することはできなかった。


 だからこそ、講和条約の成立は急がれた。

 戦争の終結が確実なものであり、もはや揺らぐことの無い現実だと世界に知らしめることで、反対派のこれ以上の蜂起を抑えようと試みられたのだ。


 3か国の国家元首が講和条約に署名したという知らせは即座にそれぞれの国家の首脳部へと知らされ、連邦、帝国、王国の3か国は、終戦へ向かって動き出した。


 反乱が鎮圧され、講和条約が締結されたその翌朝、連邦と帝国の双方は、それまで自身のプロパガンダ放送を大陸全土に向けて電波を飛ばし続けて来た強力な放送網を使用し、第4次大陸戦争が終結したことを大陸中に知らしめた。

 すでに両国の軍隊は活動を停止しており、戦争の終わりの気配を人々は敏感に感じ取ってはいたが、それが正式なものとなって実態を持ったのは、その放送が行われた時のことだった。


 多くの人々は、平和の到来を喜んだ。

 だが、その一方で、涙を流す人々もいる。

 自身の大切な人々、家族、恋人、友人を失い、そして、結局は何も得られなかった人々が、大勢いるのだ。


 戦争の中で渦巻き、複雑に絡み合っていた人々の意志。

 正義や信念、野望や希望、義務や責任、その他の様々な思いを残したまま、世界は、これから新しいルールで動き出す。


 こういった点では、王国は恵まれていたかもしれない。


 僕らの王国は、この戦争で何1つ得るものは無かった。

 領土は1センチたりとも増えることは無かったし、賠償金なども全く得ることはできなかった。


 だが、王国は、僕らは、戦いの果てに得ようとしたものを、確かにこの手に勝ち取ることができたのだ。


 イリス=オリヴィエ連合王国という、小さな国家の独立。

 僕たちが、僕たち自身として生きていくことのできる場所。

 僕たちの家であり、生まれて、暮らして、眠りにつく場所。

 王国人であるということだけで無条件で受け入れられる、僕らの居場所。


 連邦や帝国の一方的な都合によって戦火の中へと引きずり込まれた王国は、その戦う目的を、完全に達成することができたのだ。


 終戦を迎えたことで、マグナテラ大陸は平和へと向けて急速に動き始めた。


 連邦と帝国は条約で定められた新しいルールに従い、前線に展開していた兵力を段階的に後退させていった。

 長期の兵役についていた兵士たちが続々と退役して行き、民間の生産活動に戻っていく。


 連邦と帝国が徐々に兵力を減らしていくのに合わせ、王国でも、段階的に動員体制の解除が行われていった。

 王国の経済危機を考えればすぐにでも動員を全て解除して、不足する物資を確保するための生産活動に専念したいところではあったのだが、連邦や帝国と歩調を合わせずに戦時体制を解いて、バランスを崩してせっかくの講和条約を台無しにする様な事態にはなりたくない。

 全ては慎重に進められて、王国の動員体制が完全に解除され、平時の体制に戻るまでには、1年もの歳月が必要だった。


 連邦に、帝国に、王国に。

 マグナテラ大陸に、平和がようやく、取り戻された。


 僕たちは戦いをもはや心配する必要はなく、人々は、いつ、どこから敵機に攻撃されるかと、ビクビクと怯(おび)えながら空を見上げる必要がなくなった。


 かつて、僕が、僕の牧場に舞い降りて来た双発機に、その機体に乗っていた勇敢な冒険飛行家たちに憧れた様に。

 人々はまた、純粋に、空という世界に、夢や希望を持つことができる時代を手にした。


 もっとも、それで、全てが解決されたわけでは無かった。


 動員体制が解除されたことで軍隊に取られていた人々が民間の生産活動へと戻ってきたが、長く続いた戦争は国家の経済の構造そのものを戦争遂行のために最適なものとなる様に作り変えてしまっており、簡単には元通りになることができなかった。


 例えば、戦時に戦車や軍用機などを大量生産するためにその機能を特化して行った工場群。

 生産を可能な限り効率化するために最適化されていった専用の工作機械や生産ラインしか持たないそれらの工場は、巨大な規模を持っているのにも関わらず、それ以外の製品を作り出す役にはほとんど立たない。


 貨幣経済についても、問題を抱えている。

 連邦や帝国も、王国ほどではないかもしれないが戦費を賄うために自国の紙幣の増刷をくり返しており、正常な経済成長をもたらすことの無い悪いインフレーションが進行している。


 兵役のために多くの労力を取られていた農村では、限られた労力のために食糧生産が滞りがちであり、連邦や帝国でも王国と同じ様に食糧不足が発生してしまっている。


 また、この他の深刻な問題として、戦争によって身体や精神に傷を負った人々も大勢いる。

 手足などの身体の一部を失ってしまった人や、戦争中に使用された様々な化学兵器による後遺症に苦しむ人たち。

 そして、長く、死と隣り合わせの極限状態にあったため、その心に深い傷を負ってしまった人たち。


 脳裏に刻み込まれた戦場の記憶は、多くの人々を苦しめている。

 中には、平和になったという現実に馴染むことができず、せっかく五体満足で帰還することができたのに、「平和な時代にどう生きればいいのか」が分からずに苦しんでいる人たちもいる。


 帰還兵に対して、風当たりが強い場合もある。

 自分の家族や恋人、友人は戦場に倒れたのに、どうして、お前はのうのうと生きて戻って来たのか。

 あるいは、戦争などという野蛮な行為に手を貸した「犯罪者」として、兵士たちを白い目で見る様な人たちもいる。


 ひとたび、戦争という、全てを巻き込んで、戦争のため、戦争のためと、世界を一色に染め上げていた機運が消滅すると、その中に隠されていた不平や不満などが姿を現してくる。

 そういった感情が、せっかく生きのびて帰って来た兵士たちに向けられることもある。


 僕たちが手にした平和は、まだまだ、理想のものとは程遠い。


 それでも、いつかはきっと、僕らが思い描いた通りの時代を手にすることもできるだろう。

 戦争によって刻みつけられた、深い爪痕。

 その傷が癒え、人々が心の底から笑い合うことができる、そんな時代が、必ずやって来る。


 僕らが諦(あきら)めず、常に戦争という危機と向き合い、絡み合う複雑な意思を解きほぐすための努力を続ける限り、きっと、僕らはそれを手にすることができるだろう。


 簡単なことでは無いだろう。

 どうして戦争が起こるのかという問いの答えは単純なものではないし、この世界は広大で、完全に理解し尽くすにはあまりにも複雑にできている。

 それでも僕は、空を見上げ、戦いの記憶を思い起こしながら、それは決して不可能ではないと信じ、そして、そのための方法を考え続けようと、誓う。


 今は、その方法は分からないし、僕にそれを考え出せるという自信も無い。

 だが、きっと、できるはずだ。


 僕らは国も、民族も、文化も、言語も違うが、しかし、空を吹き抜けていく同じ風をこの身に受けながら、生きているのだから。


 空は、いつでもそこにある。


※作者より

 蛇足になるかもしれませんが、第4次大陸戦争の正式な講和条約、「スクレ条約」の各条文について、熊吉なりに考えてみましたので、この場でご紹介させていただきます。


 熊吉はもう、こういう設定を考えるのが大好きなんです。

 ※法律には詳しくないので、雰囲気だけお楽しみください。


第4次大陸戦争講和条約「スクレ条約」


 第1条 領土に関する合意

 1項・連邦と帝国の国境線は、誕暦3700年7月19日時点のエクラ河の流路の中央を境目として確定する

 2項・イリス=オリヴィエ連合王国(以下、王国)は、誕暦3698年5月21日以前の領土を保証され、回復し、侵犯されない


 第2条 戦後賠償に関しての合意

 1項・帝国は、連邦が失う領土の代償として、一定額(※作者注:連邦が妥協できた額)の賠償金を支払う

 2項・連邦、帝国は、1項以外のいかなる賠償金の請求も行わない

 3項・王国は、連邦、および帝国の侵略(※作者注:←ここで「侵略」と明記させたことが、王国が貫いた精一杯の意地です)に対して、賠償金を請求する権利を全て放棄する


 第3条 帝国占領下にある連邦諸邦の取り扱いについての合意

 1項・第4次大陸戦争の開戦以前、第3次大陸戦争において独立を果たした旧帝国領の諸邦は、帝国の保護国として存続する

 2項・帝国は、保護国に対し、その独自の文化を尊重し、その民族に対して、いかなる弾圧も迫害も実施しない

 3項・帝国は保護国に対し、その政治制度、行政権、司法権、外交権等、その国家主権について、介入を最小限度にとどめる(※作者注:この3項は「どこまでが最小限度か」という解釈を巡って後々の新たな火種となって行きますが、書くかどうかは未定です。多分、他にどうしても書きたい物が無いとかになったら、外伝的な感じで書くかもしれません)


 第4条 平和を維持するための合意

 1項・連邦と帝国は、双方の首脳部と直接対話することのできるホットラインを新設し、定期・不定期の対話を通じて相互理解と緊張緩和に務める

 2項・第1条1項のエクラ河の中心から左右50キロ圏内は非武装地帯とし、連邦、帝国の双方は軍事力及び軍事目的に利用可能な施設を建設しない:補足事項・鉄道、道路、電気など、地域の経済活動及び生活に欠かせない基礎的なインフラは除く

 3項・連邦、および帝国は、双方の政治体制について、介入及び干渉、過度の批判を実施しない

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