E-39「二重スパイ」

 反乱軍による計画は、その目標を達成することなく終わった。

 一時はスクレの全体にまで広がり、各所の重要施設を占拠するまでに至った反乱は制圧され、反乱に参加した全員が、戦死するか降伏するかした。


 講和に反対する人々が最後の手段としてライカを人質に取って立て籠もっていた尖塔も制圧され、講和条約を締結(ていけつ)するための障害は全て取り払われた。


 講和条約を巡って起こった混乱の中で、カミーユ少佐と、モルガン大佐が果たした役割は大きかった。

 カミーユ少佐が反乱の発生に備えて準備をし、入念に用意をしていたおかげで、反乱は短期間に終息した。

 そして、モルガン大佐。大佐がいなければ、ライカはきっと、無事では済まなかっただろう。


 元々、ライカをさらったのはモルガン大佐だ。

 だから、大佐が土壇場(どたんば)でライカを救うための行動に出たことは、すぐには納得できないことだった。


 だが、後になって状況が整理され、カミーユ少佐の口から真実が明かされると、全てを理解することができた。


 モルガン大佐は、スパイだった。

 それも、表向きには反乱軍側のスパイとして王立軍内部の情報を流し、その実は、王立軍に対して反乱軍の動向を伝えていた、二重スパイだ。


 反乱の萌芽(ほうが)は、フィリップ6世が講和条約を締結するために、3か国の国家元首による直接対話の場を設けようとしていた時に始まった。

 連邦や帝国にはもちろん、王国の内部にでさえ、戦争の終結に反対する人々が相当数存在しており、講和条約の成立を阻止するためには強硬手段をも辞さないという過激な集団が、フィリップ6世の外交努力が形になるのにつれて生まれていった。


 カミーユ少佐たち諜報部は、反乱側の情報を欲していた。

 同時に、講和条約を確実に成立させるために、何があっても必ず反乱は失敗するという、その備えをしておこうとした。


 そこで白羽の矢が立ったのが、モルガン大佐だった。


 モルガン大佐は王国の前の国王、シャルル8世を警護して最後までフィエリテ市で戦い続けた、武闘派の人物として知られていた。

 その性格は硬骨漢として有名で、フィエリテ市が失陥した後も、生き残ったわずかな部下たちと共に市内に潜伏し、ゲリラ活動を継続していた人物だ。


 そういった経緯があるから、モルガン大佐が講和条約に反対し、反乱軍に加わったとしても、不思議に思う様な人は少なかった様だ。


 王国から反乱に加わった人々の内の多くの理由は、復讐のため、という風に受け取ることができる。

 連邦も帝国も王国へ理不尽な侵略を実施して、僕たちから多くのものを奪っていった。

 そんな相手のために講和条約を成立させてやる必要などない。彼らが望むだけ、いくらでも戦争を続け、双方とも疲弊して共倒れになってしまえばいいという考え方だ。


 モルガン大佐は近衛騎兵連隊の連隊長という役職柄、シャルル8世とは個人的にも親しく、その死後もフィエリテ市に残って徹底抗戦を続けた。

 その経緯と事実が、王国で講和に反対する反乱分子にとっての支柱として信望を集め、モルガン大佐は、王国の反乱分子の実質的なリーダーとなり、連邦、帝国それぞれの中にも生まれつつあった反乱分子たちとの連絡役ともなって行った。


 モルガン大佐がそれほどの立場になっても反乱の発生を阻止できなかったのは、モルガン大佐が反乱軍の首謀者の1人という役割を演じていたとは言っても、それはあくまで王国の中でのことで、連邦や帝国の反乱勢力についての情報は、双方が連携を取るための限定的なものしか知らされていなかったためだ。

 反乱軍の全貌(ぜんぼう)を最初から知っていればその決起を未然に阻止することは簡単だったが、詳細な情報が手に入らなかった以上、反乱が決行され、反乱分子たちが自ら姿を現すまで待たなければ、反乱を潰すことは難しかった。


 だが、モルガン大佐の情報によって、少なくとも王国内部の反乱分子はあぶり出すことができたため、カミーユ少佐はモルガン大佐からの情報を元に部隊を事前に組織し、反乱の混乱の中で指揮系統を掌握して、素早く行動することができた。


 ただ、モルガン大佐がライカを誘拐したのは、カミーユ少佐にとっては想定外の出来事だった。

 というのも、ライカの誘拐は、反乱軍が劣勢に立たされたために窮余(きゅうよ)の策として実施したものだったからだ。


 反乱が完全には鎮圧できていない以上、二重スパイとしての役割を果たし続ける必要のあったモルガン大佐は反乱軍の間で急遽(きゅうきょ)提案されたライカの誘拐を自らの手で実行せざるを得なかった。

 ただ、大佐はカミーユ少佐たちに少しでも有利となるよう、籠城する場所を「裏口」のある尖塔として、ライカにもしものことが無いよう、常に自分自身の手で見張っていた。


 尖塔へと突入したあの瞬間、信頼できるはずの王立軍の特殊部隊の兵士が裏切ったことは、カミーユ少佐とモルガン大佐の想定外のことだった。

 何故、彼が裏切ったのか。それは、彼が死んでしまったから、永遠の謎として残ることになってしまった。


 反乱軍にとっては、たまったものでは無いだろう。

 王国の反乱分子にとっては、自分たちがリーダーとして定めたその人がスパイであり、その情報が筒抜けになってしまっていたのだ。

 また、連邦や帝国の反乱軍にしても、モルガン大佐を通じてスクレでの反乱実行中の行動がカミーユ少佐に知らされてしまっていたのだから、その影響は大きかっただろう。


 理由を聞けばなるほど、とは思ったが、あまりいい気分ではない。

 ライカが無事だったのは確かにモルガン大佐のおかげだったが、彼女が危険な目に遭ってしまったことには、何も違いが無いからだ。


 ただ、モルガン大佐が王国を裏切っていたわけではなかったことは、良いことだった。

 大佐の実の娘、シャルロットが、そのことについて責任を感じたり、悲しんだりしなくて済んだからだ。


 シャルロットは、モルガン大佐のことで本当に取り乱していた。

 優秀な若手の士官として実績も人望もあり、感情をあまり分かりやすく表現しない彼女が、誰の目にも分かる形で動揺していた。


 モルガン大佐がフィエリテ市に残って戦い、公的には行方不明となっていた時は、シャルロットは冷静にそのことを受け止めていた。

 戦争である以上、肉親を失うことは十分にあり得ることだったし、モルガン大佐が戦うのは、王国の平和のためだと知っていたからだ。


 だが、モルガン大佐が王国を裏切ったかもしれない、罪人となったかもしれないと知った時、シャルロットは冷静さを保つことはできなかった。

 自分が信じ、尊敬していた父親の裏切りは、さすがにこたえたのだろう。


 だから、モルガン大佐が王国を裏切っていなかったということは、良いことだ。

 2人が再会した時、シャルロットはモルガン大佐を思い切り拳で殴りつけはしたものの、それからすぐに抱き合って、お互いの無事を喜び合っていた。


 シャルロットは、僕にとっては命の恩人だ。

 シャルロットが行き倒れになっていた僕のことを見つけて介抱してくれなければ僕は死んでいただろう。

 それに、シャルロットが僕を、敵の包囲下にあった町から脱出させてくれなかったら、僕はどんな運命をたどっていたか分からない。


 この戦争で、彼女は、父親を失わずに済んだ。

 そして、裏切り者の娘としてではなく、王国を救うために辛い役割を担い、見事に演じきった人物の娘として、シャルロットはこれからも正々堂々と、胸を張って生きていくことができる。


 僕と彼女とは短い付き合いに過ぎなかったが、それでも、馬首を並べて共に戦った戦友だった。

 それに、僕に近衛騎兵にならないかと、誘いの声をかけてくれた、僕のことをどういうわけか気に入ってくれていた人でもある。

 だから、シャルロットにとって、今回の出来事が辛いものとならずに済んだことは、僕にとっては本当に嬉しいことだった。


 ただ、申し訳ないのは、後になって、僕が彼女からの誘いを断るということだった。

 大きな事件があった後だからすぐには伝えることはできないが、僕の中で、これからどうするか、どうしたいのかは、すでに決まっている。

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