E-37「裏切り」
突入の準備は、進んでいる。
僕たちは息を殺し、足音を忍ばせながら階段を上って行き、予定の位置へとたどり着いた。
秘密の通路の出口は、どうやら、尖塔の最上階に設置されているクローゼットの中へと続いている様だ。
それが使われている時であれば、秘密の通路への出入り口はたくさんの衣装で覆い隠され、その奥に何かがあるなどとは、誰も気がつかないだろう。
最初に突入するのは特殊部隊出身の2名で、僕は、ライカと関りが深いからという理由で、カミーユ少佐が特別に参加させてくれているのに過ぎない。
とても、緊張している。
もうあと数分、わずかな時間の間に、ライカの運命が決まってしまうのだ。
あの、ちっちゃくて、いつも真っ直ぐで、一生懸命な女の子の運命。
それをより良い方向へと導くために僕にできることがあるのなら、どんなことだってやりたい。そんな気持ちだ。
2名の特殊部隊の兵士以外の3人は、1人は救出作戦の責任者として、もう1人はライカの親しい友人として、もう1人は政治的な配慮によって、この場にいる。
僕たちは実際の戦力としてあてにされているわけでは無かったが、それでも、場合によっては手にした武器を使うことになるかもしれない。
僕は戦闘機のパイロットとして戦争をどうにか生き抜いたが、兵士が使う基本的な武器、拳銃や小銃といったものの扱いは、それほど得意ではない。
もちろん、僕だって王立軍の兵士だから、それらを使いこなすための訓練は受けている。
銃の仕組みや構造、分解と日常的な整備の手順、そして、構えて、狙って、目標に命中させるためのやり方。
その全てを、僕は他の兵士たちと同じ様に、知っている。
だが、実戦で武器を使ったことは、ほとんど無い。
相手と直接銃口を向け合って撃つ様な状況では、まだ、それを使ったことが無いのだ。
それでも、ライカを救うためには、それを使わなければならないかもしれない。
僕には、失敗は許されない。
ライカを救い出して、今度こそ、勇気を出すと、決めているからだ。
僕は臆病者で、事実を事実として認め、それを受け入れて、乗り越えるために努力することから逃げていた。
自分がライカのことをどう想っているか、ずいぶん前かはっきりとしているのに、ライカが僕のことをどんな風に想ってくれているのかも分かっていたのに、後1歩を踏み出すことができなかった。
だが、僕はもう、迷わない。
その1歩を踏み出す、その機会を得るためには、ライカをどうしても救い出さなければならなかった。
あの青い瞳を、あの笑顔を、見ることができなくなってしまうなんて、考えたくも無いことだ。
僕たちは秘密の通路の出口、クローゼットの扉の前に集まって、囮部隊が突入を開始するその瞬間を、じっと待っている。
わずかに開いた隙間からは、ライカが捕らえられている部屋の中の様子が、少しだけだが見て取れる。
そこにいるのは、3人の人間。
1人は、反乱の実質的な首謀者であるモルガン大佐。
もう1人は、連邦軍の軍服に身を包んだ、反乱軍の兵士。
そして、ライカだ。
ライカは、特に拘束などはされていない様だった。
だが、武器も無い様な状態で、何か反抗することもできない。
部屋の真ん中にポツンと用意された椅子に腰かけた彼女は、じっと、人質にされているという状況に耐えている。
ライカは、顔を俯(うつむ)かせてはいなかった。
真っ直ぐ、前を向いている。
もしかするとここで命を失うことになるかもしれないのに、それでも、彼女は毅然(きぜん)としている。
フィリップ6世が、ライカを救うために講和条約を破棄する。
そんなことは絶対に無いとライカは分かっている様だったし、そして、彼女自身、それを少しも望んではいない様だった。
ライカは、これから戦争で失われることになるだろう、数えきれない命を守るその引き換えに自分が犠牲になっても、その運命を受け入れる覚悟を決めている様だった。
そんなライカであるからこそ、僕は、何としてでも救いたいと思う。
チャンスは、1度きり。
それも、絶妙なタイミングでの行動が求められる。
囮部隊の突入開始から、僕たちの突入が早過ぎても、遅過ぎてもいけないのだ。
早過ぎれば反乱軍側の意識が囮部隊の方に向けきっておらず、僕たちの突入に気がついて反撃して来るかも知れない。
かと言って遅過ぎれば、突入の開始によってライカの人質としての価値が失われたことを知って、ライカに危害が加えられるかもしれない。
10秒では、早過ぎる。
30秒では、遅過ぎる。
20秒。
囮部隊の突入の開始から20秒経った時、僕たちは部屋の中へと突入する。
僕は、自分の心臓の鼓動の音だけを聞きながら、その時が来るのを待ち続けた。
ドーン、と爆発音が響く。
囮部隊が尖塔の扉を爆破し、突入を開始した合図だ!
僕は、その瞬間から、20秒になるまでを慎重に数えていく。
銃声と、怒号が聞こえる。
階下で、突入部隊と反乱軍が戦っている音だ。
尖塔の螺旋階段(らせんかいだん)は1本道だったから、突入側も防ぐ側も、常に少人数でしか戦うことができない。
だが、そうなると、1対1での個々の戦力がものを言う。
選び抜かれた精鋭である突入部隊が、最後には必ず勝つはずだった。
ライカが捕らえられている部屋の中にいた兵士が、階下の状況をのぞき見て、突入が開始されたことをモルガン大佐へと報告した。
20までの数字を数え終わたのは、その瞬間だった。
部屋にいる反乱軍側の2人の意識が囮部隊への突入へと向いた瞬間、そして、ライカに危害を加えるという判断をまだ下していないその一瞬に、僕たちは勝負をかける。
特殊部隊の兵士が、薄くクローゼットを開き、手の平に納まるサイズの円筒形の物体を部屋の中へと投げ込んだ。
閃光手榴弾と呼ばれる、強い光を発する手榴弾の1種だ。
これによって室内にいる者たちの視界を奪うことができれば、ライカを傷つけることなく救い出すことができる。
特殊部隊の兵士は閃光弾を投げ込むのと同時にクローゼットの扉を締めて閃光手榴弾の光を遮ったが、僕は念のため目を閉じて顔を片手で覆い、視界を奪われない様に注意した。
直後、閃光手榴弾が炸裂し、室内から「ぎゃっ!? 」という悲鳴が聞こえてくる。
そして、眩(まばゆい)い閃光が収まった時を狙って、2人の特殊部隊員がクローゼットの扉を打ち破り、部屋の中へと突入した。
2つの銃声が折り重なるようにして轟き、2人の人間が倒れる。
1人は、連邦軍の制服を身に着けた反乱軍の兵士。
もう1人は、部屋の中へと突入した特殊部隊員の1人だった。
特殊部隊員を撃ったのは、モルガン大佐では無かった。
大佐は僕たちが突入を開始したことにたじろぐことも無く、泰然(たいぜん)としてライカの側らに立っている。
どうやら咄嗟(とっさ)に目をかばっていた様で視力は無事な様子だったが、その手には何も握られていないから、大佐が撃ったのではないことは明らかだ。
では、誰が?
僕は、その答えを、部屋の中へと突入した特殊部隊員のもう1人が、銃口をライカへと向けるのを見て理解した。
彼が、裏切ったのだ!
何故、とか、そういう疑問を考えている時では無かった。
ライカは閃光手榴弾の強い光によって視力を失っており、状況を理解できないまま、椅子の上に座ったままだ。
このままでは、確実にライカの身体に弾丸が命中する。
僕は自分の手に拳銃を握っていたが、それを裏切り者へと向けることは無かった。
撃てばその特殊部隊員は倒せるだろうが、その命が失われる刹那(せつな)に引き金が引かれ、ライカが撃たれてしまう。
それでは、間に合わない!
そう思った瞬間、僕はクローゼットの中から飛び出し、弾丸が発射されるまでの間に銃口とライカとの間に割って入るべく、ライカに向かって飛びかかっていた。
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