E-36「潜入」

 僕はこれまでいつでもそうだったが、今も、時間に追われている。


 講和条約の成立を阻止するために起こった反乱はすでに鎮圧されているものの、モルガン大佐以下数名の、最後の生き残りたちがどんな行動に出るのかは予想がつかない。


 人質となっているライカはモルガン大佐たちにとって、講和条約を阻止するために残された、文字通り最後の、切り札だ。

 講和条約を阻止するという目的を果たせる見込みが、もはやライカを交渉材料として成しとげる以外に残されていない以上、ライカは彼らにとっても大事な、失うことのできない人質であるはずだった。


 だから、そう言う意味ではライカは安全であるはずなのだが、反乱側が、講和条約を破棄するという意思表明がなかなか行われないことに危機感を覚えて、「本当にライカを殺してしまうぞ」という圧力を僕らにかけるために、ライカに危害を加えないとも限らない。


 考えただけでもゾッとするし、怒りで身体がふるえて来る。


 モルガン大佐はシャルロットの実の父親であるし、僕が見かけた時には、とてもこんなことをする人だとは思えなかったが、モルガン大佐がやらずとも、他の反乱軍が何かをするかも知れない。


 救出作戦は、準備が完了し次第、開始された。

 敵の注意を引きつけるために正面から尖塔へと突入する囮部隊は、閉じられた尖塔への入り口となる扉を破壊して内部へとなだれ込む準備を進め、秘密の通路から尖塔の内部へと突入してライカを救出する潜入部隊である僕たちは、秘密の通路の本来であれば出口となる水路から、古城の地下へと進入を開始した。


 地下水路は元々、古城に飲み水などを供給するために作られたものであり、その内部は意外と入り組んだ造りになっている。

 1人が通るのがやっと、という細い分岐がいくつも延びていて、その中には、スクレの集落に通じている長いものさえあるらしい。

 だが、王族の妻子を脱出させるための経路は、そのために使う小舟を隠しておき、行き来できる様に十分な大きさを持っているから、迷うこと自体は無さそうだった。


 僕たちは用意された小舟に乗り込み、湖から水路に入って、奥へ、奥へと進んでいく。

 地下水路の中は暗く、舳先(へさき)に取り付けられたランプの明かりだけが頼りだった。


 それにしても、カミーユ少佐はよく、この通路の存在を知っていたなと、感心させられる。

 秘密の通路と言うからには、その存在が公開されることは無かったはずだし、ましてや、ここは王家にとっての安息の地として、多くの王国民にそれが有るということさえ知らされることが無かった古城の地下なのだ。


 カミーユ少佐はどうやら、これまで反乱を阻止するために動いていた様だったが、反乱の発生自体は未然に防げなくとも、その対処法までよく研究してきていたらしい。


 小舟は、ゆっくりとしか進むことができなかった。

 周囲が狭いし水深も浅いのでオールを漕ぐことができない。

 本来であれば壁伝いにロープが張ってあり、それを引っ張りながら進む様になっていたのだそうだが、長い年月の間使われることが無かったために張ってあったロープはすっかり朽ち果ててしまっていて、僕たちはか弱い水の流れに押し流されながら進むことしかできなかった。


「まったく……、まさか、お前とまた、行動しなければならなくなるなんてな」


 僕の後ろ側、最後尾に座っているグスタフが、僕にしか聞こえない様な声で嫌味ったらしく言う。


 それは、お互い様だ。

 僕は内心でそう思いつつも、どうして、ここまで彼に嫌われているのか、少し興味が湧いて来た。


 グスタフは僕の出自のことを馬鹿にしていたが、彼は、僕が田舎の牧場生まれであることを知るその以前から、僕のことを嫌っていた様子だった。


 彼の口ぶりからすると、僕が雷帝にトドメを刺したパイロットであるということを、彼は知らない様子だった。

 空で彼と雷帝と戦った部隊の一員だから、最初から嫌っていたと考えることもできるが、その割に彼は僕以外の仲間たちにはあまり突っかかる様なことをしていない。


 僕だけを、とりわけ、グスタフは嫌っている様子だった。


「少しいいですか、グスタフ大尉。……どうして、僕のことをそんなに嫌っているんです? 」


 どうせグスタフとはこれでもう会うことも無いだろうし、すでに僕らは最悪の関係で、これ以上状況が悪化することも無い。

 答えが返って来ることなど期待せずに、階級もあるので一応は丁寧な言葉を使って、僕は彼にそう尋(たず)ねてみることにした。


 グスタフは、長い間沈黙していた。

 小舟の上は狭かったから、僕は身体を捻(ひね)って背後を見るという動作をすることができなかったから、彼がどんな顔をしながら沈黙しているのかを知ることはできない。


 やはり、無視されたか。

 僕がそう思って諦(あきら)めた時、意外なことに、グスタフから返事があった。


「お前、ちょっと、似ているんだよ」

「僕が、似ている? いったい、誰にですか? 」

「……。雷帝に」


 グスタフの言葉に、僕は驚かされる。

 雷帝に僕が似ているというのは考えたことも無かったし、それを、グスタフが素直に言うことも、想像していなかった。


「僕の、どこが雷帝に似ているんですか? 」

「雰囲気というか、目、だな。茫洋(ぼうよう)としているというか、いつも遠くを、空しか見ていないというか。……そういうところが、何となく、あの人に似ていると思った」


 それから、グスタフは「言っておくがな」と強調して、僕に告げる。


「俺は、お前のこと何か、絶対に認めないからな? お前みたいな下賤(げせん)な人間が、あの雷帝に似ているだなんて俺の勘違いに違いないし、第一、お前より俺の方が飛ぶのはうまいんだ。勘違いして、雷帝と対等になれるなんて、思うなよ? 」

「ええ、分かっていますよ。雷帝は、この世界に1人だけです」


 少しは僕のことをグスタフが認めたのかなと思ったが、彼は、僕のことをやはり嫌っている様子だった。

 その理由は、僕の様な人間、グスタフが言うところの「下賤」な人間が、雷帝に似ているところがある様に見えたせいであったらしい。


 雷帝とグスタフがどんな関係だったのかは分からないが、少なくとも、グスタフにとって雷帝は尊敬するべき人であり、師であるというのは、間違いのないことらしい。

 そんな師が、彼にとって軽蔑(けいべつ)の対象となるはずの、僕の様な田舎者と似ている部分があると、そう思ってしまった。

 それが、グスタフにとってもっとも認めがたく、僕を嫌う理由となっている様だ。


 雷帝と並ぶ者などいない。

 僕がすでに承知していることを改めて言われて、僕は苦笑するしかなかった。


 僕が雷帝に及ばないというのは、動かしようのない事実だ。

 僕は確かに雷帝を倒しはしたが、それは、僕が仲間と一緒に戦ったからであり、僕たちは雷帝に勝つためだけに、たった1機の改造機を準備して戦いに臨んだ。


 それだけのハンデをつけて、僕の手は、ようやく、あの人に届いたのだ。


 僕はこの際、ダメで元々、そういう考えでグスタフに雷帝についていろいろとたずねてみたいと思ったのだが、その機会は失われてしまった。

のろのろと進んでいた小舟が、いつの間にか目的地へとたどり着いてしまったからだ。


 僕らを乗せた小舟は、小舟が入っていける一番深い所まで到達した。

 そこはこれまでよりも一回り大きな空間となっていて、小舟をそこで停止させて、乗り降りすることができるように小さな船着き場が作られている。


 そして、石造りのトンネルの中に、尖塔へと続く秘密の通路の入り口も作られている。

 そこには、長く使われることが無かったのだろう、苔むした扉があった。


 あの先に、ライカが捕らえられている部屋がある。


 ライカは、無事でいるのだろうか?

 僕たちは、彼女を何とかして、救い出すことができるのだろうか?


 全ては、これからの僕たちの行動にかかっている。


 僕たちは小舟に積んで来た装備を降ろすと、足音を消すために靴に布を何重かにして巻きつけ、地下水路の扉を越えて、長く続く螺旋(らせん)階段へと足を踏み入れた。


 息を殺し、そろり、そろりと、ライカの運命を決める一瞬へと向けて、僕らは進んでいく。


 階段の先は暗く、僕たちのたどり着く先を見通すことはできなかった。

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