E-35「救出部隊」

 救出部隊は、古城の構造に詳しいことと、人質となっているのが王国の王族であるということを理由として、主に王立軍の将兵から選抜ざれることになった。

 カミーユ少佐と共に反乱の阻止を任務として活動していた王立陸軍の特殊部隊を中心に、近衛兵たちからも若干名。

 そして、カミーユ少佐のおかげで、僕もそこに参加することができる。


 他に、連邦と帝国からも数名の人員が参加することになった。

 反乱には連邦と帝国からも相当数の人員が加わっており、その責任を取るという建前での参加だ。


 これは、フィリップ6世からの呼びかけで行われた、実際には政治的な意味合いを持つ駆け引きだ。

 敵対関係にあった3か国が協力して事態の解決に当たったという、これから訪れる平和な時代の模範となる様な例を作ろうとしているのだ。

 ここ、スクレを警護するために3か国の軍隊を集めたのも、フィリップ6世のこの様な思惑からによるものらしい。


 それがどれほどの効果を持つかなど分からなかったが、少なくとも、互いに協力することをそれぞれの国家元首が容認したという実績にはなる。


 もっとも、参加すると言っても、本当に少人数だ。

 連邦から参加するのは狙撃兵1名とその支援が1名の計2名、帝国からは、突入に参加するために1名だけが選ばれた。


 尖塔に立て籠もっている反乱軍の残党はわずかな人数しかいなかったし、最上階のライカが捕らわれている部屋までたどり着くための螺旋階段(らせんかいだん)は狭かったから、突入する側も少人数とならざるを得ない。

 基本的な人員は王国からでも十分に出すことができるし、あまり大人数を参加させても、突入に参加できる人員は限られてくる。


 僕の正直な感想を言うと、フィリップ6世の政治的な配慮が主で、連邦と帝国から参加した人員が大きな役割を果たすことは無いのだろう。


 連邦からは腕利きの狙撃兵が参加するということだったが、尖塔は籠城時の防御施設を兼ねているため、塔の大部分は頑丈な石造りで、弓や銃を放つための狭間(さま)があるだけだ。

 尖塔の最上階は王族の居室として大きな窓が設けられていたが、今はカーテンと有り合わせの家具などでバリケードが作られており、内部の様子を知ることができない様になっている。

 これでは、どんなに腕が良い狙撃兵でも目標を捕捉することができず、発砲することはできないだろう。


 帝国から突入に参加する1名も、戦力としてはほとんど当てにならないだろう。

 何故なら、参加するのは陸戦を専門とする兵士ではなく、僕と同じ様に、戦闘機に乗って戦うことを主任務とするパイロットだったからだ。


 現在、スクレにいる帝国の戦闘機パイロットと言えば、1人しかいない。

 あの、雷帝の2番機だった、グスタフだ。


 僕には、どうして帝国がこんな人選をしたのか、少しも理解できない。

 グスタフに対する個人的な感情というだけではなく、本当に、分からない。


 しかも、グスタフは、秘密の通路から尖塔の内部へと突入して、ライカを救い出す方の部隊に参加することにされてしまった。

 僕は、空だけでなく、地上でも彼と協力しなければならないのだ。

 ライカを救うためなのだからいくらでも協力はするが、しかし、気に入らない。


 とにかく、カミーユ少佐の指揮の下で、救出部隊は組織された。


 まず、尖塔の内部へと正面から突入し、囮を務める部隊だったが、このために王立陸軍の特殊部隊から6名、近衛兵たちから4名の精兵が選ばれた。

 全員、室内での銃撃戦や格闘戦に優れた技量と知識を持つ、鍛え抜かれた兵士たちだ。

 武装は、サブマシンガンと呼ばれる、拳銃と同じ弾薬を使って、発砲と排莢と装填を自動的に行うことができる仕組みを持った銃と、僕らパイロットでも携帯して使ったことのある自動式の拳銃が用意された。


 そして、重要な、秘密の通路から尖塔の内部へと突入し、ライカの救出を行うための部隊としては、囮部隊と同じく王立陸軍の特殊部隊から2名が選ばれ、そこにカミーユ少佐自身と、僕、そしてグスタフが加わった。

 戦闘の主役は、2名の特殊部隊の兵士で、僕もグスタフも、そしてカミーユ少佐自身も、ほとんど戦力的にはアテにされていない。


 作戦の責任者であり、家の決まりごとではライカの許婚でもあるカミーユ少佐が参加するのはまだ分かるとしても、僕とグスタフはほとんどおまけの様なもので、どうして、この大事な局面で参加させてもらえるのだろうと、不思議に思う。

 作戦に確実を期すのであれば、僕とグスタフの分も、特殊部隊か、近衛兵から選んだ方が良いのではないだろうか。


 どうも、秘密の通路の出口は狭いらしく、どんなに頑張っても同時に突入できるのは2名だけであるからというのが、この様な編成になった理由であるらしい。

 反乱軍がライカに危害を加える前に彼女を救い出せるかどうかは、最初に突入を実行できる2名にかかっており、後の人数はライカの関係者と、政治的な配慮によって選ばれた、という形になっている様だ。


 これを、古城の別の尖塔から、連邦の狙撃兵が支援することになっている。

 もっとも、すでに説明した様に尖塔は外部からの狙撃が難しい構造になっているから、これは本当に「3か国が協力した」という事実を作るためだけの参加となるだろう。


 僕がライカの救出に参加できるのは、全て、カミーユ少佐の配慮によるものだ。

 僕には少佐がどうしてここまで僕に便宜(べんぎ)を図ってくれるのか、その理由が分からなかったが、とにかく、ライカの運命を決めてしまうかもしれない様な出来事に少しでも関わることができるのは、嬉しいことだった。


 だが、僕が参加することができる一方で、救出作戦への参加を志願しながらも、受け入れられなかった人もいる。


 反乱軍の実質的なリーダーとしてライカを人質として尖塔に立て籠もっている、モルガン大佐の娘。

 シャルロットだ。


 救出作戦に参加できる条件として、ライカと親しいという前提が必要であるのならば、シャルロットが選ばれてもおかしくは無いはずだった。

 彼女はライカとは古くからの友人であるはずだったし、僕は2人がどんな友人だったのかについてあまり詳しくは無かったが、先日、再会を果たした時は、確かに親しい間柄に見えた。


 シャルロットは作戦の指揮を執るカミーユ少佐に対して参加を熱望したが、しかし、少佐は冷静にそれを拒絶した。

 理由は、シャルロットの精神状態が、とても平常なものでは無いからだった。


 実際、僕の目から見ても、シャルロットは取り乱し、動揺していた。


 僕はかつてシャルロットと一緒に行動したことがあったから、少しだけだが、彼女のことは知っている。

 若い士官として、近衛騎兵連隊という1つの部隊の臨時の連隊長という役割を任されていたこともあってか、彼女はとても気丈に振る舞っていた。


 臨時とはいえ、指揮官が動揺していては、配下の兵士たちも自信を無くして不安になってしまう。

 だから、彼女は誰にも弱みを見せなかった。


 少し、本音らしいものを口にしたのは、僕を敵軍の包囲網から脱出させるための突破作戦を実施した、その直前の1回だけだ。

 僕はあくまで部外者ではあったが、だからこそ、シャルロットも少しだけ本音を言うことができたのだろう。


 シャルロットは自分自身が置かれた状況の中で、少しでも良い方向に部隊を導こうと必死に努力をしていた。

 自らが率先して将校斥候を行い、情報を収集していたのも、自分が少しでも良い判断を下せるように、より多くのことを知っておこうとしていたからだ。


 彼女の元々の性格というのもあったのだろう。

 彼女はとらえどころの無い人で、その表情からは、何を考えているのかを簡単には解読することができない。

 もちろん、彼女が無感情というわけではない。きっと、長くつき合っている、ゾフィの様な気の置けない友人にしか分からないものなのだろう。


 僕とシャルロットの間には、ちょっとしたアクシデントもあったが、彼女は叫んだり動揺したりせずに、少し恥ずかしそうにしただけで、冷静だった。

 僕のシャルロットに対する、感情が表に現れにくい、つかみどころの無い女性という印象は、その時に出来上がったものだ。


 そんなシャルロットが、感情をあらわにし、カミーユ少佐に、「自分も、救出作戦に参加させて欲しい」と懇願している。


 彼女の気持ちは、よく分かる。

 シャルロットにとっての友人であるライカが人質になっているというのもあるだろうし、その、事件の首謀者が、彼女自身の父親であるのだ。


 モルガン大佐はシャルロットにこの反乱について何も話していなかった様で、シャルロットの驚き様と動揺のしかたは、とても演技だとは思えなかった。


 本心では、これは、何かの間違いだと、そう思いたいのに違いない。

 しかし、現にライカは人質とされてしまっているし、モルガン大佐は生き残りの反乱軍と共に、講和条約の成立を阻止するべく要求を突きつけている。


 そんな状況に、シャルロットは戸惑い、ただ、必死になっている。


 僕は彼女が置かれている状況を気の毒に思ったが、同時に、カミーユ少佐の判断は正しいとも思っていた。

 シャルロットが優秀な指揮官であり、勇敢に戦場で戦う勇ましい女性であるということを一緒に戦ったことがある僕はよく知っているが、だからこそ、今の、動揺している彼女を鉄火場に踏み込ませるのは良くないのだ。


 強い感情に支配されて取り乱してしまっては、うまく行くはずの作戦も失敗してしまう。

 本人は必死になっているのに、それが空回りして、悪い結果に向かってしまう。


 ライカの命がかかっているのだし、シャルロットも友人を救いたいという気持ちを持っているはずだったが、それでも、彼女の作戦への参加は認められないことだった。


 だが、カミーユ少佐は、ただ、冷徹に、シャルロットの作戦への参加を退けるだけでは無かった。

 少佐は跪(ひざまず)いて作戦への参加を懇願するシャルロットに、自分自身も同じ様に跪くと、シャルロットの手を取り、彼女に顔をあげさせると、優しく微笑みかけて誓った。


「自分が、あなたの代わりに、必ずモルガン大佐を捕えます。ライカも、もちろん、救い出します。ですから、今は、私をどうか、信じてください。必ず、良い結果をもたらすと、誓いますから」


 それは、口から出まかせの様には思えない言葉だった。


 どうやら、カミーユ少佐にはこの作戦が必ず成功するという、確信がある様だった。

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