E-34「決心」
カミーユ少佐が提案したライカの救出作戦は、2つの要素から成り立っていた。
選び抜かれた精鋭で突入部隊を組織し、モルガン大佐以下、数名の反乱軍が立て籠もっている尖塔の内部へと突入する。
その一方で、尖塔に存在する秘密の通路から、戦闘の混乱に乗じて内部へと潜入し、反乱軍がライカに危害を加える前に救出を実施する。
秘密の通路があるというのは何とも都合のいい話の様に思えるが、実際に存在しているものであるらしい。
反乱軍が立て籠もっている尖塔は、かつては城主の妻子の居室として使われていた場所だった。
古城が敵に攻撃され陥落を余儀(よぎ)なくされた際には、城主はすでに隠居した前王という身分だから城と運命を共にするが、その妻子だけは逃がせるようにと、この様な秘密の通路が作られたのだそうだ。
秘密の通路は城内に湖から水を引き込むための地下水路へと通じており、そこに用意されている小舟で湖へと脱出できる様になっている。
古城が造られた当時と戦争のやり方が変わり、高所にある尖塔はかえって攻囲する軍からの格好の攻撃目標となることと、尖塔の上は景色が良くとも不便であったため、現在では尖塔の部屋は使われておらず空き部屋となっていたのだが、秘密の通路はそのまま残されたままになっている。
今回の場合、ライカを救出する部隊はこの地下水路から潜入し、尖塔の最上階、ライカが捕らえられている場所へ向かうことになる。
この秘密の通路は、作られて以来実際に使われたことは1度も無かったのだが、作られてから数百年経ってから初めて役に立ったことになる。
古城に秘密の通路といえばお約束の話で、多くは作り話だったり、実態の確認できない曖昧(あいまい)な伝説だったりするのだが、どうやらこの古城のものは本物らしい。
それを作った者たちの想定とは異なる使い方をすることになるが、とにかく、いざという時のことを真剣に考えて備えをしていた人々には感謝をしなければならないだろう。
反乱軍は、第4次大陸戦争を終結させるための講和条約の成立を阻止しようとしている。
この講和条約を成立させるために重要な役割を果たしたのがフィリップ6世であり、反乱軍はフィリップ6世に圧力をかけ、成立しかけている講和条約を破棄させるために、王の実の妹であるライカを人質に取った。
だが、フィリップ6世は、反乱軍側の要求に応じるつもりはない。
僕らの王様は、すでにマグナテラ大陸に平和をもたらすという決意を固めている。
実の妹を見捨ててまで、王は平和をもたらすと決めている。
僕からすると違和感のある決断だったが、それでもやはり、フィリップ6世の決意には重みがある。
フィリップ6世はその自身が戦争で父親を失っており、戦争を戦った多くの国民と同じ様に、戦いの中で大切な人を失い、奪われる痛みを知っている。
王国が戦時体制から脱却できないために経済危機に直面しているという大きな問題もあったが、命の奪い合いをしなければならないというこの状況を終わらせることがもっとも重要なことだと、フィリップ6世は考えている様だった。
例え、実の妹を失うことになっても、幾百万、幾千万の犠牲を無くすために、必ず講和を成立させる。
フィリップ6世の決意を、僕は頭の中で反芻(はんすう)する。
やはり、立派な考えだと思う。
美談として後世に長く語り継がれてもおかしく無いことだ。
だが、僕の気持ちは釈然(しゃくぜん)としない。
いくら、平和のためだからと言え、ライカを犠牲にしてしまうなんて、絶対に嫌だ。
僕の胸の内で、彼女への気持ちがどんどん強くなっている。
僕は元々、ライカとはいつかは必ずお別れをしなければならないのだと考えて来た。
だからこそ、僕は彼女といくら心が通じ合う様になっても、最後の一線を引いて、それを越えない様にと心がけて来た。
それは、ライカも同じだった。
彼女も、ずいぶん悩んでいたのに違いない。
すべてを正直に打ち明けて、僕とライカ、何の隠し事もなく話すことができたら、どんなにいいだろうか。
だが、ライカには僕に伝えることができないことがあったし、僕も、それを聞くことが恐ろしかった。
何故なら、それを聞いてしまえば、僕とライカがいつか必ずそれぞれの道に進み、二度と触れ合うことが無いと、はっきりとしてしまうからだ。
僕はせいぜいライカをいいとことのお嬢様くらいに考えていたのだが、そういう家に生まれた子供には、生まれながらにして背負わなければならない義務というものがあることは知っていた。
実際、彼女の運命は、僕が介入する余地など無く、その生まれた瞬間から決まっていた。
僕は、ライカとは違う。
あまりにも、違い過ぎる。
僕は田舎の牧場に生まれ育った、1人の男子に過ぎない。
僕にはライカの様に背負わなければならない義務も無いし、僕の両親は、僕がパイロットを目指すという決心をした時、一度は反対をしたものの、最後には僕の好きな様にさせてくれた。
僕には自由があったが、ライカには、それが無い。
彼女が、イリス=オリヴィエ連合王国という、2000万人以上の国民を抱える国家の王族だからだ。
ライカは、生まれながらにして、僕たち王国人全てに対して、果たすべき役割と義務が定められている。
フィリップ6世を見ていて、改めて、それがよく分かった。
僕からすればフィリップ6世の決意は非情なものとしか思えなかったが、しかし、王はこの王国の全ての民衆の未来を背負っている。
それに、ライカのことを、フィリップ6世もちゃんと大切に思っているらしいということも分かった。
王はカミーユ少佐の提案に少しも反対しなかったし、少佐の手を取って、「妹を頼む」と頭を下げた時は、王も本心ではライカを助けたいと願っているのだなと、そう思うことができた瞬間だった。
講和条約は、必ず成立させる。
そのことと、ライカの命を救い出すこと、この2つを同時に成立させるための手段は、カミーユ少佐の救出作戦が無事に成功させる以外には存在しない。
フィリップ6世は王国のため、大陸に暮らす全ての人々のために平和をもたらさなければならないが、同時に、ライカの命が救われることを、真剣に願っている。
王族というと、優雅な暮らしをしているだけかと思われがちだが、実際にはそうではない。
そういう王族も世界のどこかにはいるのかもしれないが、少なくとも、僕が住んでいるこの王国では違う。
現代の王様はかつて有していた強い権力や権利を手放して久しいが、それでも、今のフィリップ6世の様に、国家元首として重要な役割を果たさなければならないこともあるし、僕たち国民は、王家に相応の役割を期待している。
そして、与えられた責任を期待通りに果たし続けることは、決して、簡単なことではない。
僕には、ライカを縛(しば)り上げている、しきたりとか、決め事とか、そういうものを振りほどいて、彼女と同じ道を彼女と一緒に歩むことなど想像もできなかったし、そうするだけの力も無ければ、その方法も分からなかった。
だからこそ、あと1歩を踏み出すことが怖かった。
現実を知って、自分が、その現実を前にして何もできない、ただの田舎の貧乏人に過ぎないということを思い知らされるのが、怖かった。
だが、ライカは、僕にはどうしても踏み出すことができなかったあと1歩を、踏み出そうとした。
あの日、フィリップ6世が僕らに特別任務を与えるためにやって来たあの時、ライカは、確かに僕に何かを伝えようとしていた。
何日も、何度も、悩んで、迷ったのに違いない。
それでも、ライカは僕に、彼女が背負っている運命について、話そうとした。
僕はその時、まだ、真実を知るのが恐ろしかった。
ライカはきっと、彼女が背負っている役割や義務を乗り越えていくための方法を僕と一緒に考えようという決心をして、全てを話そうとしたのに違いないのに。
僕は、臆病だったのだ。
いろいろあって、僕はライカがあの時話そうとしていた秘密を知る機会を持たなかった。
僕にはまだ決心がつかなかったし、ライカも、僕にもう1度そのことを話そうとはしなかったからだ。
1度うやむやになってしまうと、再び決心をし直すのは、難しかったのだろう。
僕は、カミーユ少佐に教えてもらうまで何も気がつかなかった自分が恥ずかしかったが、同時に、ライカの決心に寄り添って支えることのできなかった自分が、情けなかった。
カミーユ少佐がライカの救出作戦についてのあらましを話し終え、フィリップ6世がその実行に許可を出した後、僕は、救出部隊への参加を志願した。
僕は王立空軍のパイロットとして数々の戦いに参加し、功績と呼んでいい実績も数多くもっているが、陸戦についての技術や経験は少ない。
大事な場面で、役に立てるかどうかは未知数だ。
だが、救出作戦の実行を王から一任されたカミーユ少佐は、僕の志願を認めてくれた。
どうやら、カミーユ少佐は最初からこうするつもりで、僕をここまで連れて来たらしい。
少佐は僕に、ライカを救うために秘密の通路から尖塔へ潜入するという、大事な役割を果たす部隊にも配属させてくれた。
ライカが、いなくなる。
想像ではなく、実際の可能性としてそれに直面して、やっと、僕にも自分にとってライカがどんな人なのかを理解することができた。
本当はとっくに分かっていたことなのだが、僕はようやく、その自分の気持ちと向き合う決心をつけることができたのだ。
※作者注
モルガン大佐たちがライカを人質として立て籠もっている尖塔は、福島県にある「さざえ堂」の螺旋階段(らせんかいだん)と同じ構造を持っています。
さざえ堂ではのぼりとくだりに分かれて使われていますが、古城の尖塔では、一方が正規の通路、もう一方が王族の妻子用の避難経路となる秘密の通路となっています。
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