E-33「救出作戦」
やがて、カミーユ少佐と将校たちとの話し合いは終わった様だった。
少佐はようやく僕の方を振り返ると、短く、「君を紹介しないといけない人がいるんだ」と告げて、僕を謁見の間のさらに奥へと案内してくれた。
謁見の間の奥にあるのは、謁見に応じる王様が休憩をしたり、高官や親近と内密な話などをしたりするための部屋だった。
私室としては少し広めの場所に、内密の話をするためのイスとテーブル、王様が衣装を整えたりするためのクローゼットや鏡、机などが並べられている。
そこには、数名の人間がいた。
その内の3人は、マグナテラ大陸の命運を握る重要人物、連邦の臨時大統領、帝国の皇帝、そして王国の王様、フィリップ6世だ。
後の人々は、それら各国の国家元首を世話するための執事やメイドたち、そして、警護の兵士たちだ。
その中には、シャルロットの姿もあった。
どうやら、彼女はフィリップ6世に何事かをかけあっている最中だったようで、フィリップ6世が座っている目の前のテーブルに両手をついて、何かを必死に訴えかけている。
シャルロット以外の人々はみんな、僕たちが部屋に入って来たことに気がついた様子だった。
だが、シャルロットだけは僕たちに気がつかない。
「どうか、お願いいたします! 私に、我が父を説得する機会を! 」
シャルロットはそう言うと、テーブルに額をぶつけながら懇願した。
「我が父が反乱に加担したこと、のみならず、それを首謀したことは疑いようのない事実ではありますが、わが父は王家に対してこれまでずっと忠節を尽くして参りました。その功に代えまして、何卒(なにとぞ)! 過ちを正す機会をお与えください! 」
「汝の父が王国に常に忠実であったことは、余も知っている」
フィリップ6世は部屋の中に入って来た僕たちから視線をシャルロットへと移すと、頭を下げたままの姿勢でいるシャルロットにそう言った。
「では! 」
期待と共に顔をあげたシャルロットに、しかし、フィリップ6世は首を左右に振る。
「だが、かの者が王国に忠実であったればこそ、今回の様な挙に出たのには、よほどの事情があったのであろう。今更、かの者の実の娘である汝が説得に赴(おもむ)いたところで、翻意(ほんい)するとは到底、思えぬ。そもそも、モルガン大佐は、その血縁たる汝に何も言わずに、今回の事を起こしたのであろう。すでに、かの者は現世への未練を捨てているのではないだろうかと、余は思っている。説得は、通じぬであろう」
「いいえ、陛下! 必ず、必ず説得して見せます! 」
シャルロットはなおも食い下がろうとしたが、フィリップ6世は右手をかざして、シャルロットを制止した。
「モルガン大佐を翻意(ほんい)させるのが困難である、ということだけではない。余は、王国と、このマグナテラ大陸に、必ず平和と安寧をもたらすとすでに決めているのだ。余は、王としての責務を果たさなければならぬ。……王国にとっての忠臣であろうと、すでに反旗を翻したからには許すことはできぬ」
「ですが! それでは、姫は、陛下の妹君は、どうなるのですか!? 私の友人は!? 」
「すでに講和条約は定まりつつある。これは、幾百万、幾千万の命を救うために、必ずや成しとげなければならないことなのだ。故に、余は、我が妹を失うことになろうとも、この無益な戦争を終わらせるつもりである」
食い下がろうとしたシャルロットに、フィリップ6世は断固とした声でそう言った。
立派な考えだと思う。
王族というのは僕らの様な私人ではなく、王族は国家の命運に関わる公人としての責務を常に背負っている。
その観点から言えば、フィリップ6世は、見事な王様だった。
戦う限り失われ続けていく無数の命、その犠牲を無くすために、自身の妹が人質に取られ危険にさらされていようと、講和条約を結ぶというのだ。
それは、僕がスクレを爆撃しようとした4機のグランドシタデルに対し、引き金を引くことを迷わなかった理由と、同じ性質のものだ。
だが、僕は、フィリップ6世に失望を覚えていた。
ライカは、王にとって、実の妹であるはずなのだ。
その妹を、あの、いつも元気で明るい、ただ一生懸命であるだけの女の子を、王は平和のために犠牲にすると言っている。
例えば、僕がフィリップ6世の立場だったとして、妹であるアリシアが現在のライカの様な状態に置かれたとしたら。
僕もフィリップ6世と同じ様に講和条約を結ぶだろうが、その前に、アリシアを救うためにありとあらゆる手段を尽くすだろう。
何と言っても、王様だ。
王国の様に立憲君主制を採用している国家では、王といえでも憲法と法律によって多くの制約を受けるが、その影響力は小さくはなく、多くの臣下に対して命令を下すことができるはずだ。
何か、何かあるはずなのだ。
ライカを救出し、マグナテラ大陸にも平和をもたらす、そんな方法が。
それを少しも模索しないというのは、僕からすれば、あり得ないことだ。
フィリップ6世の断言に、シャルロットはその場に崩れ落ちてしまった。
あの、飄々(ひょうひょう)としていてつかみどころのない性格をした彼女が、どうすることもできなくなって、絶望感に打ちひしがれている。
僕は、シャルロットに少しでもいいから希望を持って欲しかったが、しかし、何と言っていいのか、少しも分からない。
「陛下。少々、よろしいでしょうか」
そんなシャルロットがいるにも関わらずに、フィリップ6世に平然と声をかけるカミーユ少佐は、いったい、どんな精神をしているのだろうかと思ってしまう。
「カミーユ少佐か。……何かあるのなら話を聞こう。しかし、その前に、その者はいったい何者だ? 王立空軍のパイロットである様だが」
フィリップ6世も、平然とした態度を崩さない。
僕には一瞬、この2人が人間ではなく、一見すると人間っぽい動きをする彫像(ちょうぞう)か何かなのではないかと思えてくる。
「姫君と同じ部隊に所属するパイロットです。姫君の2番機として、これまでずっと戦ってきた者です」
「なるほど、我が妹の……。ミーレス殿だな。妹からの手紙で、よく話題にされていた。しかし、何故、ここに連れて来たのだ? 」
「彼は、実は、姫君ご自身の口から王族であるということを知らされているほど信頼のあつい者でして。この様な事態でありますから、事情を知っている者であれば協力も得やすいかと思い、また、姫君と単なる同僚というわけでもない者ですので、お連れした次第です」
フィリップ6世が驚いた様にカミーユ少佐を見上げたが、僕も、驚いてカミーユ少佐の方を見ていた。
ライカがその実の兄に対して僕のことをどんな風に伝えていたのかも気になるところではあったが、それはライカ本人に聞くべきことだったし、今は、カミーユ少佐の言葉の方が気になる。
少佐は、嘘を言ったからだ。
僕が、ライカが本当は王族のお姫様だと言うことをすでに知っているというのは事実だったが、それを知ったのはついさっきで、ライカの口からそのことを明かされたことは無い。
だが、僕は黙っていた。
カミーユ少佐の一言で、僕がこの場所にいる理由ができたからだ。
つまり、僕はライカから信頼されていて、ライカの運命を決めてしまうかもしれないこの事件に関わりを持つ資格があるという証明になる。
カミーユ少佐は、そういう効果を狙って、あえて嘘をついたのだろう。
頭の切れる人というのは、きっと、こういう人を言うのだろう。
僕は、感心とも、呆れとも、尊敬ともつかない気持ちで、カミーユ少佐を見ている。
そういうことを頭の中で考えながら、それを全く表に出さないのだから、カミーユ少佐は大した役者である様だ。
「話は、分かった。我が妹が信頼する者ということであれば、今回の件に無関係というわけにもいくまい。ぜひとも、役に立ってもらいたい」
「は、はい! 全力を尽くします! 」
フィリップ6世が僕に向けて声をかけたのだと理解した僕は、慌てて直立不動の姿勢を取って、敬礼をしていた。
何だか、眩暈(めまい)がしてきそうだ。
「それで、カミーユ少佐。話というのは、何であろうか」
「はい。……妹君の救出作戦を実施する、そのご許可をいただきたいのです」
くらくらとし始めていた僕は、カミーユ少佐のその言葉を耳にして、急速に覚醒(かくせい)した。
ライカを、救い出す。
カミーユ少佐は、そのための提案をしようとしているのだ。
一語一句、全てを聞き逃さない様に、僕はカミーユ少佐の言葉に意識を集中した。
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