E-32「籠城」

 講和に反対する勢力によって突然開始された反乱は、そのほとんどが鎮圧された。


 まだスクレのあちこちで火の手が上がっており、戦闘によって生じた残骸はもちろん、負傷者の収容などもまだ終わってはいないという状況ではあったが、聞こえてくる銃声は少なくなっている。


 僕とカミーユ少佐を乗せた車は、その中を走り抜けていく。


 空からは、スクレ周辺の森の木々と、立ち上る煙によって地上の様子はあまり詳しく見ることができなかったのだが、間近で見ると、戦闘はかなりの激戦となった様だった。

 連邦、帝国、そして王国。3つの国々の軍隊が、それぞれ反乱軍とそれを阻止する側に分かれて行った戦いは、混戦となっていたらしい。


 この様な混乱した状況の中では指揮系統が麻痺し、鎮圧に失敗してしまうという事態も十分に考えられたのだが、反乱の開始から数時間もしない内に大勢は決していた。

 地上のことはまだ僕にはよく分かっていないが、どうやらフィリップ6世以下、連邦、帝国の首脳陣はこの様な反乱が発生することを事前に予期しており、会談のホスト国として警備に最も重大な責任を持つフィリップ6世は、あらかじめカミーユ少佐などに命令してその対策をとっていた様だ。


 反乱の発生自体は、連邦軍や帝国軍内部からの離反者の出現もあって完全に阻止するまでには至らなかったが、早期に事態が沈静化したことから、フィリップ6世とカミーユ少佐が行っていた対策は、一定の成果をあげている様だ。


 途中、僕たちは撃破された反乱軍側の装輪戦車の脇を通り過ぎた。

 僕たちが空から攻撃した装輪装甲車の1つだ。


 その車両には機関砲弾の直撃によってできた無数の穴が開いており、まだ、燃えながら煙を立ち上らせている。

 そして、開いたままになっているハッチには、脱出に失敗し、焼け焦げてしまった兵士の遺体がまだ、そのままになっている。


 戦争で僕はたくさんの死を目にしてきたが、こうやってその凄惨な姿を直接目にすることには慣れていない。

 僕はすぐに、天へと向かって助けを求める様に手をのばしたままの遺体から目を背けて、前方へと視線を向けた。


 車はやがて、古城の跳ね橋を渡り、古めかしい鉄扉のある城門を潜り抜け、スクレ会談が行われていた城内へと入って行った。


 スクレの湖畔に建つ古城の歴史は長く、王国がまだイリス王国とオリヴィエ王国に分かれていた時代からこの場所に建っているらしい。

 最初は王位を退いた王様などが余生を穏やかに過ごすために建てられたものだということだったが、アルシュ山脈を越えて外国の軍隊が侵略して来た時に備えて、城はそれなりに堅固な造りになっている。


 一面は湖に面していて、他の三面は堀と城壁で囲まれている。そしてその城壁の内側に、城主の館と、軍事拠点として最後の抵抗拠点となるべく作られた内城が作られている。

 内城と外側の城壁との間は壁でいくつかの区域に小分けされていて、城門や城壁が破られて敵が侵入して来たとしても、一度に全ての区域が占領されないよう、粘り強く抵抗できる様な構造を持っている。


 反乱軍とそれを鎮圧する側の戦闘はこの古城の城内でも戦われていたらしく、城壁をくぐってすぐのところに作られている広場にも、戦いの痕跡が残っていた。

 銃痕があちこちにあって、広場に飾られていた彫刻の類もその多くが傷を負っている。


 反乱軍は講和のための会談が行われていたこの場所を占拠し、3か国の首脳をその手中に収めて講和条約の成立を破棄させることを目指して動いていたらしい。

 外から反乱軍を城内に雪崩れ込ませるため、城門前の広場ではとりわけ戦いは激しかったらしく、そこには、死体袋に入れられた遺体が何十名分も並べられていた。


 僕たちを乗せた車は城主の館も兼ねている内城の正面、フィリップ6世を乗せて先に到着していたらしい車列の近くに停車した。

 運転をしていた兵士とカミーユ少佐がドアを開いて車を降りたので、僕も慌てて車から降りると、城館の中へと向かっていくカミーユ少佐たちの後を慌てて追った。


 城館の中へと入ると、そこには大きなロビーがあった。

 元々王様が隠居した後に使うための城として作られたものだから、それなりに立派に見える構造になっている様だ。

 ロビーは1階と2階が吹き抜けとなっていて、入って来た左右に2階へと上る階段があり、ロビーを取り囲む様にいくつも部屋が並ぶ。

 正面には、どうやら隠居した王様と面会をするための謁見(えっけん)の間が用意されている。


 入口から謁見の間までの間には赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれていたが、その赤さは、どうやら元々の赤さだけではなくなっている様だった。

 僕は絨毯(じゅうたん)の濡れている場所を足で踏まないようにしながら、カミーユ少佐たちについて行く。


 カミーユ少佐は謁見の間に通じる扉の前までやって来ると、おかしなリズムでその扉をノックした。

 どうやら、そのノックのしかたが、一種の暗号になっていたらしい。すぐに扉が開いて見張りの近衛兵たちが出てきて、僕たちをその中へと案内してくれた。


 謁見の間は、王の権威を示すために大きく空間が取られている。

 入って正面、一段高い所に玉座があり、王様に謁見する時は遠くから王様を仰ぎ見る様な形となる構造をしている。


 だが、そこには、謁見の間としての本来の姿は残されていなかった。

 どうやらそこは反乱軍を鎮圧するための臨時の指揮所として機能していた様で、いくつも折り畳み式の長机が並べられていて、その上には通信機が配置され、通信オペレーターたちが忙しそうに指揮下にある各部隊と連絡を取り合っている。


 各部隊の指揮官クラスであるらしい高級将校たちが集まっている一画には、テーブルの上にスクレ周辺の地図が並べられ、最新の情報を逐一反映しながら、どの様に部隊を動かすのかを決めている。


 警備兵たちもたくさん集まっている。

 その多くは王立軍の近衛兵だったが、連邦や帝国の兵士の姿もあり、また、王立陸軍の軍服を身につけてはいるが、どうにも、普通の兵士とは雰囲気の違う、特に屈強で精悍な兵士たちの姿もある。

 多分、特殊部隊に所属する兵士たちだろう。


 窓を鎧戸などで塞ぎバリケードで補強した謁見の間は薄暗く、空気がこもっていて、状況が状況であるだけに、ピリピリと張り詰めた嫌な空気で満たされている。

 空の爽やかな空気とは、全然違う。重苦しく、息が詰まる様な空気だった。


 カミーユ少佐は忙しそうに働いている人々の間をぬって進んで行く。

 僕がいるのが場違いに思える様な場所に1人で残されるのは嫌だったので、僕はカミーユ少佐から離れない様に、急ぎ足でその後をついて行った。


 カミーユ少佐が向かったのは、高級将校たちが集まっている机だった。


「すみません、少し遅くなりました。……状況は、どうなっているのでしょうか」


 少佐にそうたずねられると、将校の1人が口を開き、現状の説明をしてくれる。


 すでに、反乱の失敗は揺るがなくなっているらしい。

 連邦、帝国、王国と、3か国の軍隊が集まっていたために起こった混乱は酷く、防空指揮所をはじめ一部の重要施設も一時は占拠されてしまったということだったが、すでにその多くが奪還されており、鎮圧側の各部隊は統制を取り戻しつつあるという状況だ。

 重要施設を占拠するべく行動を続けていた反乱軍もその多くがすでに撃破され、まだいくらかの反乱軍が逃走と潜伏を続けているものの、生き残った反乱軍の内多くはすでに投降しているということだ。


 だが、まだ、頑強に抵抗している反乱軍もいる。


 正確な人数は不明だったが、モルガン大佐を指揮官とする反乱軍がこの古城の尖塔の1つに籠城をしており、イリス=オリヴィエ連合王国の国王、フィリップ6世の妹を人質に取り、会談の中止を要求しているらしい。


 モルガン大佐たちが立て籠もっている尖塔は鎮圧側の指揮下にある部隊によってすでに包囲されており、モルガン大佐たちがそこから脱出することはもちろん、生き残った反乱軍が合流することも不可能という状況だったが、王国の王族が人質に取られているということもあってか、手を出せないでいるということだった。


 僕の中で、現実感の無いあやふやなものだったことが、段々と形を持ってくる。


 これは、僕の目の前で起きていることは、本当に、本当のことなのだ。


 ライカは、僕の知っている、というよりも僕が思っていた様なライカではなく、王国という国家にとっての重要人物であり、そのライカが今、人質に取られて、銃口を突きつけられ、脅されている。

 のみならず、反乱軍側は、第4次大陸戦争を終結させ、この大陸に平和をもたらそうという試みを止める様にと要求してきているのだ。


 僕はモルガン大佐と会ったことは一度きりしかなかったが、その時の印象では、こんなことをする様な人には見えなかった。

 少々、圧迫感のある人だったが、何と言うか、熱い、正義漢に見えたのだ。


 モルガン大佐はシャルロットの実の父親であるということだったし、できれば僕も大佐のことを悪く思いたくはない。


 だが、僕の意識が現実を正しく認識し始めると、段々と、腹が立って来た。


 モルガン大佐は、一体どうして、戦争を終わらせようとする努力を否定するのだろうか。

 世の中にはいろいろな意見や考え方がある。それは、トマホークを部隊章に描いた連邦軍の戦闘機部隊との戦いで僕にもよく分かったし、一時は鎮圧側が窮地(きゅうち)に陥るほどの規模にまで反乱が拡大したことを考えると、反乱をした側にもそれなりの理屈というものがあるのだというのも分かる。


 だが、王国にとってこの戦争は何も得るところのない不毛なものでしかなく、しかも、一刻も早く平和が訪れないと、王国はその経済を再建することができず、せっかく戦闘が終結したというのに、滅びてしまう。

 モルガン大佐は、そうなることを望んでいるとでもいうのだろうか。


 そして、何よりも。

 彼らは、ライカを銃口で脅している!


 あの、ちっちゃくて、活発的で、笑顔が素敵で、素晴らしいパイロットでもある女の子を、危険な目に遭わせている!


 ライカが、一体、何をしたっていうんだ。

 彼女は確かに王国の王家の生まれなのかもしれないが、ただ、いつも一生懸命に自分にできることを頑張っていた1人の女の子じゃないか。

 そんな彼女を、よりにもよって、こんな、道理のないことのために脅すだなんて!


 僕は将校たちと現状についての意見を交換しているカミーユ少佐の背後で、自分の手をきつく握りしめていた。


 モルガン大佐に、あの濃い印象の顔に、この拳を叩きつけてやりたかった。

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