E-31「真実」

 フィリップ6世は、眉間にしわを寄せながら、集まった僕たちを眺めている。

 何と言うか、誰かを心配して探している様な、そんな顔だ。


「やぁ、ミーレス君、無事でよかったよ。難しい任務をこなしてくれてありがとう。……ところで、ライカはどこにいるか知らないかい? 」


 間近で見るのは2度目という王様を呆然としたまま眺めていた僕の近くにいつの間にかカミーユ少佐が立っていて、僕にそうたずねて来た。

 僕は呆然とした状態からすぐには抜け出せず、数秒してからようやくカミーユ少佐の言葉を理解して、彼の問いに答える。


「あ、えっと、はい、ライカですか? 何でも、ライカのお兄さんが怪我をされたとかで、迎えが来て一緒にどこかへ向かったみたいなんですが……」

「ライカのお兄さんが、怪我をした? 」


 僕の言葉にカミーユ少佐は驚いた様な顔をし、それから、フィリップ6世の方を振り返って、そのまま何かを考えているのか数秒間押し黙った。


「ミーレス君。ライカを迎えに来たっていうのは、誰だったか知っているかい? 」


 それから、カミーユ少佐は僕の方を振り返らないまま、そう聞いてくる。

 冷静で落ち着いている口調だったが、何だか、深刻そうな感じのする言葉だった。


「近衛騎兵の制服を着た大佐だったそうです。多分、モルガン大佐だと思うんですが」

「……それは、まずいな」


 カミーユ少佐はそう呟くと、急ぎ足でフィリップ6世へと駆け寄り、何事かを王様に耳打ちをした。


 途端に、王の顔色が変わった。

 そして、王様は自身を護衛している近衛兵たちに短く「城に戻るぞ」と言うと、再び車の中に戻ってしまう。

 すぐに、カミーユ少佐が乗って来た車以外の車両が、フィリップ6世を乗せた車を護衛して、ついさっき来たばかりの道を引き返して行った。


「いったい、何があったんですか? 」


 普段の僕なら黙ってしまっている所だったが、この日ばかりは、別だった。

 どういうわけか、胸騒ぎがするのだ。

 とても、嫌な感じがする。


 自分の車に乗り込もうとしていたカミーユ少佐は立ち止まると、僕の顔をしばらく眺めていた。

 無表情だったが、何かを考えている様だった。


 それからカミーユ少佐は僕から視線を逸らし、301Aの部下たちから報告を受け、指示を出しているハットン大佐の方を振り返った。


「ハットン大佐。後のことは、お任せしてもよろしいでしょうか? それと、ミーレス君をお借りしても? 」


 その言葉に、ハットン大佐は少し驚いた様子で、カミーユ少佐と僕の顔を交互に見比べた。

 それから、「許可する」と言う代わりに、大きく頷いて見せる。


「ありがとうございます。……ミーレス君、一緒に行こう」


 一瞬のことで、僕の頭は理解が追いつかない。

 だが、カミーユ少佐は僕の返答も待たずに車に乗り込んでしまって、ようやく少佐が何を僕に言ったのかを言葉だけは理解した僕は、慌てて少佐の後を追って車に乗り込んだ。


 車の運転席についているベテランらしい兵士は全てを心得ている様で、僕が乗り込むのを確認すると、車のアクセルを勢い良く踏み込み、先に出発していたフィリップ6世の車列を追った。

 かなりのスピードで、オープントップの車だから強い風が吹き込んで来る。


「あの、少佐? いったい、何が起こっているんですか? 」


 とにかくカミーユ少佐に同行したものの、未だに状況が飲み込めていない僕は、戸惑いながらそうたずねることしかできなかった。

 僕には、フィリップ6世がどうしてわざわざ僕たちのところに来たのかも分からなかったし、ライカがモルガン大佐に連れられて行ったことを知って、急いで戻って行った理由も分からない。


 ライカは、いったい、何者なのだろうか。

 そして、どうして、カミーユ少佐は僕を同行させたのだろうか?


「ライカはね、ミーレス君。連れていかれたんじゃない、誘拐されたんだよ」

「ゆうかい? 誘拐、って……、さらわれたっていうことですか!? 」

「そういうことになるね」


 カミーユ少佐の言葉は、淡々としている。

 それは、今起こっていることに無感情でいるからではないのだろう。

 現状を正しく理解し、そうして、自分が次にどんな行動をするべきなのかを、少佐は冷静に考えているのだ。


 だが、僕には、少佐の様に振る舞うことなどできなかった。

 何もかも、訳が分からない。

 ただでさえ現状を理解できていないのに、その上にさらに疑問が積み重なっている。


 モルガン大佐が、ライカに嘘を言って、彼女を連れ去った。


「ですが、少佐、いったい、何のためにですか!? どうして、ライカが? 」


 僕の声は、自分でも分かってしまうくらい、酷く動転してしまっていた。

 そんな僕の方を見て、カミーユ少佐は、何故だか少しだけ微笑んだ。


「ミーレス君。君は、ライカのことが大切、かい? 」


 そして、微笑んだ少佐から出て来たのは、そんな言葉だった。


 どうして、そんなことを聞くのだろうか。

 僕の思考はその能力を超過してしまって、僕はまた呆然としてしまう。


 だが、その問いの答えは、簡単だ。

 ライカが大切か、そうでないかと言ったら、答えは決まり切っている。


 ライカは、僕にとって大切な人だ。

 彼女は僕の仲間で、戦友で、僚機で、僕が2番機として守らなければならない人だった。

 彼女はいつも気丈に振る舞い、そんな彼女の力になりたいと、僕はいつでもそう考えて来た。

 それは、ライカに、あの綺麗な青い瞳で、笑っていて欲しいと、僕がそう思うからだ。


 例え、僕のこの気持ちが叶うはずの無いことだと分かっていても。

 僕にとって、彼女は特別な存在だった。


 だが、咄嗟(とっさ)のことで、僕は何も言葉にすることができなかった。

 ただ、コクコクと頷いて、カミーユ少佐の質問を肯定する。


「分かった。なら、君にも教えなければならないね」


 カミーユ少佐はまた、何だか嬉しそうに微笑むと、数秒間沈黙した。

 僕に、何を、どんな風に話すべきか、頭の中で整理しているのだろう。


「さて。これから話すのは全てライカに関わることだから、落ち着いて聞いていて欲しい」


 やがて、カミーユ少佐はそう言って切り出すと、僕に、ライカに何が起こっているのかを説明しはじめる。


「ミーレス君。王国で徴兵制が採用されているということは、君も当然、知っているだろう? そして、その制度は、この国の数少ない特別な身分にいる人たち……、王族にも適用されるということも、知っているよね? 」


 僕は、また頷(うなず)いて肯定する。

 王国はその中立という立場を維持するために国民皆兵という制度を採用しており、そして、その制度の公平性を可能な限り確保するため、例え王族であろうと一定の年齢になれば徴兵されることと決まっている。


 実際には、王族は王国の旧貴族階級の多くと同じ様に、国家と国民に対して積極的にその責務を果たすべく、徴兵されるより前に志願兵として入隊することが慣例となっている。

 現在王位についているフィリップ6世も、兵役についていた経験を持っている。


「兵役につく際は、王族だからという理由で何らかの優遇がされるのを防止するために、王族は自身が王族であるということを秘密にされて入隊することになる。そういう決まりごとというか、慣例になっているのも、知っているよね? 」


 僕は再びカミーユ少佐の言葉を肯定した。

 王国では、その決まりごとというか、慣例は、有名な話だった。

 フィリップ6世も兵役についていた頃は一般の兵士たちと同じ扱いをされており、ベテランの軍曹たちに厳しく指導されていたということだ。


 王族であろうとも、他の国民と同じ様に兵役につき、特権的な扱いは一切されない。

 王国の徴兵制という制度の公平性を保つためのその決まりごとは、これまでずっと守られて来たものだ。

 それは徹底されていて、王家の子供は、兵役を終え、20歳になって軍務から離れるまで、その存在さえも公表されることが無い。


 王国では当たり前の知識をここまで思い出して、僕はようやく、カミーユ少佐が何を言おうとしているのを理解した。


 僕がこれまでに考えたことのある想像の、何倍も、何十倍も、ことは大ごとだった。

 身体の震えが、止まらない。


「で、でも、しょ、少佐。も、モルガン大佐は、ど、どうして、ライカを? 」


 歯の音も合わないままそうたずねる僕は、さぞや滑稽(こっけい)だったことだろう。

 敏感な人であれば、とっくの昔に想像がついていたようなことを、僕はたった今、ようやく理解したのだ。


 だが、カミーユ少佐は、そんな僕のことを嗤(わら)ったりしなかった。

 ただ、深刻そうな顔で、呟く様に僕の質問に答えてくれる。


「ライカはね、人質にされてしまったんだよ」

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