E-30「車列」

 陣地には、地上で撃破されたらしい防空旅団の戦闘機、オラージュの姿もあった。

 どうやら、その残骸をバリケードの一部として利用されている様だ。

 空で見かけなかったからその友軍部隊がどうなったのか気になっていたのだが、どうやら、離陸する前に反乱軍によって撃破されてしまったらしい。


 彼らが一緒に戦ってくれたのなら、戦況はどれほど有利になっただろうか。もっとも、そうであるからこそ、反乱軍は真っ先に彼らを攻撃したのだろう。


 僕は、貴重な戦友たちが、活躍の場も得られずにこんな形で撃破されてしまったことが残念でならなかった。

 僕でさえこんな風に思うのだから、飛び立つ前に乗機を破壊されてしまったパイロットたちの無念は、どれほどなのだろう。

 陣地の中には王立空軍の飛行服姿のパイロットたちもいて、顔はよく見えなかったが、愛機の側で泣いている様にも見える。


 即席の陣地に入り、機体を停止させると、待ち構えていた整備班たちは、大急ぎで僕たちの機体の整備作業を開始した。

 被弾痕などをイチイチ埋めている様な余裕は無いから、とにかく、燃料と弾薬の補給が最優先で開始される。


 戦闘はまだ終わってはいない。

 講和条約に反対して反乱を起こした部隊はその多くが撃破されてはいるものの、元々、スクレには3か国の軍隊が集まっていて、それぞれの中から反乱軍が生まれてしまったために、誰が敵で、誰が味方かの判別もはっきりとはしない状況だ。


 カミーユ少佐からの指示でスモークをたいてある場所の近くにいた装輪戦車を僕たちは攻撃して撃破したが、その場所以外にいた装輪戦車と彼らは全く見た目が同じであって、僕らが撃破したものが本当に敵だったのかどうか、確信を持つことができないでいる。


 これはさすがに深読みのし過ぎではあったが、果たして、カミーユ少佐の言う通りに行動して良かったのかという疑問さえ浮かんでくる。

 僕はカミーユ少佐と個人的に何度か言葉を交わしたことがあったから、言われた通りに行動してしまったのだが、もし、少佐さえも裏切りに加担していたのであれば、僕はとんでもないことをしてしまったことになる。


 きっと、大丈夫だ。

 僕は何も間違った選択はしていない。


 着陸した僕たちを出迎えてくれた301Aの仲間たちと、その仲間たちと合流できたライカの機体を見て、僕は何とかそう思うことができた。

 僕の仲間たちまで、この戦争が終わることに反対しているとはとても思えないからだ。


 機体を仲間たちの近くで停止させると、僕の機体にはすぐに梯子がかけられて、嬉しそうな顔をしたカイザーが駆け上って来て僕の機体のキャノピーを開いてくれた。


「おかえり、ミーレス! よく戻って来たね! ……他のみんなは!? 」

「ありがとう、カイザー。……他のみんなは、残念だけど撃墜されてしまったんだ。だけど、機体から脱出したり、うまく不時着したりするところを見ているから、きっと無事でいてくれると思う」

「なら、良かった! 」


 僕は座席に身体を固定していたベルトを取り外し、カイザーが差し出してくれた手を借りて操縦席から主翼の上に降り立った。

 すぐ隣では、僕の機体の隣に機体を停止させたグスタフが、僕と同じ様に帝国軍の整備班の手を借りて操縦席から出てきたところだった。


 彼は僕と視線が合うと、嫌そうな顔をして腕組みをした。

 僕たちは一緒に協力して戦うことになったが、それを望んでやったと思うなよ、そう言いたそうな顔だ。


 それは、お互い様だ。

 僕は心の中で彼に向かって舌を出す。


 どうやら、本当に平和な時代が訪れそうだったが、どうにもグスタフとは仲良しになれそうにないし、僕にもそうなるつもりはなかった。

 同じパイロットなら、みんな友人になれるだろうと少し前の自分は思っていたのだが、どうやら例外というものは確かに存在しているらしい。


 もっとも、彼のパイロットとしての腕前は、やはり素晴らしかった。

 一緒に飛んだ以上、僕はそのことを認めなければならない。

 そして、できることなら、彼の方も僕の実力を少しは認めて、偏(かたよ)った考え方を直してくれればいいのだが。


「ところで、カイザー。ライカはどこにいるんだい? 被弾していたから心配だったんだけど、ちゃんとここまでは帰って来ているんだろ? 」


 機体の整備が完了次第、またすぐに飛ぶことになるかもしれない。

 僕は耐Gスーツを半分だけ脱いで少し楽な格好になり、操縦席の外壁に背中を預けて主翼の上に座ってカイザーが渡してくれた水筒から水分を補給しながら、彼にずっと気になっていたことをたずねた。


 ライカは小柄だったからたくさんの人の中にまぎれてしまっているのかもしれないが、僕が着陸をしたらきっと、様子を見に来てくれるはずだ。

 それなのに、彼女の姿は見えない。

 機体はあるのに、ライカがいない。


 一度は安心できたのに、また、不安になって来てしまった。

 まさか、怪我でもしていたのだろうか?


「ああ、彼女? 確か、ちょっと前に迎えの車が来てね。何でも、ライカのお兄さんが怪我をしたとか何とかで、危ない状態だから来てくれ、て。大佐の階級章をつけた近衛騎兵の人が連れて行ったんだよ」


 カイザーは僕の代わりに操縦席に潜り込んで作業をしながら、そう言って僕の質問に答えてくれた。


 僕は、その答えに、2重に驚かされてしまった。


 まず、ライカに、お兄さんがいたというのが驚きだった。

 彼女が個人的に兄として慕っているカミーユ少佐が無事であることは、空で直接その指揮を受けた僕は知っているし、カイザーが言うところのライカの兄というのは、本当に血のつながりを持った兄なのだろう。


 僕はライカと知り合ってからもう何年も経っているのだが、彼女に本物の兄がいたとは、一度も聞いたことが無かった。

 どうにも、ライカの家のことはあまり詮索(せんさく)してはいけないという雰囲気があり、僕たちは暗黙の内にその決まりごとを守って来ていた。

 ライカも自分からそのことを話そうとしたことは無かったし、僕も、どうしても踏み込んでたずねることはできなかった。


 その、ライカのお兄さんが負傷をした。

 それをモルガン大佐がわざわざライカに知らせ、迎えに来たということも驚きだった。


 カイザーは迎えに来たのがモルガン大佐だとは知らなかった様だが、近衛騎兵の制服を着た大佐というのは、たった1人しか思い浮かばない。

 シャルロットが僕に近衛騎兵にならないかという誘いをした日に出会った、あの熱血っぽい印象の人だ。


 普通、戦場で兄弟の誰かが負傷をしたのだとしても、それを知ることになるのはずっと後になってからのことだ。

 しばらく経ってから家族からの手紙や部隊の仲間の口伝て、司令部経由の電報などで耳にする場合がほとんどで、戦いがあったその日に、しかも大佐という階級を持つ高級将校が連絡に来ることなど、あり得ない。


 それだけライカの出身が特別な家柄だということなのかもしれないが、それにしたって、これはよほどのことだ。

 何だか、ライカのことが、遠い存在の様に思えてしまう。


 それに加えて、わざわざこんな風に呼びに来たとなると、ライカのお兄さんの容態は良くないのだろう。

 それを思うと、僕の胸は一段と痛む様な気がした。


「ミーレス、大丈夫かい? 」


 僕の顔は、よほど悩んでいる様に見えたのだろう。

 計器や操縦系の機器の動作の確認を終えたカイザーが僕のかを覗(のぞ)き込んで、心配そうな顔をしている。


「大丈夫。……ちょっと、疲れただけだよ」


 僕は、そう言うことしかできなかった。


 突然、「武器を構えろ! 」と叫ぶ声が聞こえたのは、僕が自分を落ち着けるために水筒からもう1口水を飲んだ時だった。


 叫んだのは、車両やその辺にあったもので即席に組まれた円陣につき、周囲を警戒していた見張りの兵士の1人で、その兵士の警告を聞いた周囲の兵士たちが、どこかからかき集めて来たらしい雑多な武器を持って配置につく。

 一応、周囲のバリケードによって僕たちの機体は保護できているが、ぐるっと一重の防衛線を引いただけの簡易陣地だったから、それなりの規模の敵が攻め寄せてきたら簡単に陥落させられてしまうだろう。


 僕はまだ休んでいたい気分だったが、主翼の上に座ったままだと、もしかすると隙間から敵弾が飛び込んできてしまうかもしれないし、そうなってはたまったものでは無いので、カイザーが操縦席から出るのを手伝った後、急いで地面に降りて姿勢を低くした。

 武器になりそうなものと言えば、護身用にパイロットがいつも携帯している自動式の拳銃があるだけだ。

 弾もそれほど多くは無いから、本格的な撃ち合いになったら僕はさほど戦力にはなれないだろう。


 僕は拳銃に弾薬が装填されていることを確認し、そのグリップを握りしめたが、すぐにそれを使う必要が無いことを知った。


 何故なら、飛行場に作られた簡易陣地へと接近してきていたのは数台の車列で、その先頭の車には、ハットン大佐とカミーユ少佐が乗っていたからだ。

 2人はベテランらしく見える王立軍の兵士が運転するオープントップタイプのジャンティに乗って、車列の先頭を走りながら僕たちに大きく手を振っている。


 この場に集まっている将兵たちは、連邦軍、帝国軍、王立軍が入り混じった混成部隊だったが、一応の統率は取られており、近づいてくる人々が敵では無いと知らされると兵士たちは構えていた武器を降ろしてくれた。

 僕たちは警戒を解き、バリケードの一部を解放して、カミーユ少佐たちをその中へと迎え入れる。


 僕たちは301Aに所属していた兵士たちを中心に車列へと駆け寄り、主にハットン大佐を出迎えるために集まったのだが、大佐の後方に続いていた車から降りて来た人物を目にして、みんな度肝を抜かれてしまった。


 僕たちだけではない。

王立軍に所属していた将兵は、みんな同じような反応を示している。


 その場に姿を現したのは、王国の王様、フィリップ6世その人だった。

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