E-29「鎮圧」

 ふと、僕にはまだ一緒に戦っていた相手がいることを思い出して周囲を見回すと、黒い戦闘機は僕のすぐ近くにいた。

 グスタフのことは気に入らないが、彼はやはり、優れたパイロットだ。

 この激しい戦いの中でも、彼はしっかり生きのびている。


 相手も僕のことを嫌っている様だったが、それでも僕と編隊を組んで飛行しているのは、やはり、地上の状況が分からないからだろう。

 戦闘によって発生した火災による煙で、地上の様子は断片的にしか分からない。

 そんな状況では、いくら嫌いな相手だからと言って、選り好みしている訳にもいかないのだろう。


 しかし、困ったことになった。

 グランドシタデルによる爆撃は阻止することができたが、地上では、恐らくは講和条約の成立を阻止しようとする勢力と、講和条約を実現させようとしている勢力で戦いが続いている。


 周囲に僕とグスタフ以外の機影は見当たらなかったが、本当に敵機はもう残っていないのかどうか、戦闘によって立ち上る煙ではっきりとしない。

 それに、全力で機体を飛ばし続けたせいで、燃料がほとんど残っていない。

 もう予備燃料で飛んでいる様な状況だったから、そろそろ飛行場に着陸しなければどこかに不時着するしかないという状態だった。


 僕にとって聞き覚えのある声で無線が聞こえて来たのは、僕が途方に暮れていたその時だった。


《あー、あー、上空の王立空軍機、ならびに帝国軍機。聞こえますかー? 》

《カミーユ少佐! ご無事だったんですか!? 》


 予想外の人物からの無線に、僕は驚きを隠せなかった。


 カミーユ少佐がスクレに来ている。そのことはライカから聞かされてはいたのだが、このタイミングで少佐から連絡があるとは思っても見なかった。


《あー、うん、まぁ、僕は無事だよ。怪我もしていないし。まぁ、ちょっと周りは酷いことになっているけど……、それより、君はミーレス君だね? そちらの状況は? 》

《あ、はい。えっと、こちらは……》


 僕は、なるべくかいつまんでカミーユ少佐に状況を説明した。

 侵入して来たグランドシタデルを迎撃したところ、連邦軍の戦闘機部隊からの攻撃を受けたこと。

 トマホーク部隊を退け、スクレを爆撃しようとしたグランドシタデルは撃墜できたものの、残存する機はたった2機だけで、燃料も残り少ないということ。


《了解した。……すまないが、もうしばらく、空で頑張って欲しいんだ。見えているだろうけど、地上もかなり混乱していて、立て込んでいてね。その状況をどうにかするために、協力してくれないかい? 》

《はい、それは、もちろん! 僕は何をすればいいのでしょうか? 》

《ミーレス君、弾は、まだ残っているかい? 》


 僕が、まだ残っているはずですと答えると、カミーユ少佐は僕とグスタフに、地上で活動している反乱部隊を攻撃する様に、と指示した。


《反乱軍には、連邦軍も、帝国軍も、王立軍も、それぞれ加わっている様なんだ。そして、帝国軍が持ち込んだあの装輪戦車。あれが厄介でね。それを、撃破してもらいたいんだ》

《了解です! しかし、各軍が入り混じって行動しているとなると、どれが味方で、どれが敵の戦車か、空からだと判別できないんです》

《こちらも全てを把握できているわけではないから、1つずつ潰(つぶ)して行こう。実は、こういう時に備えて、目印を用意しているんだ。緑色のスモーク、それが反乱軍を示す目印だ。今から、あちこちで戦っている特殊部隊に、攻撃目標にスモークを使う様に指示する。君たちは、その緑色のスモークがたかれている近くにいる戦車を攻撃してくれ》

《了解です! 緑色のスモーク、ですね》


 僕はカミーユ少佐に答えると、周囲に、緑色の煙が立ち上っている場所が無いかを探した。


 やがて、いくつかの場所で、緑色の煙が立ち上った。

 普通の火災による煙とは明らかに違う色だったから、どうにか見分けがつく。


 僕とグスタフは編隊を解き、2手に分かれて攻撃目標へと向かった。

 スモークの近くに攻撃するべき敵戦車がいるということだったが、帝国軍が持ち込んだ装輪戦車は移動速度が速く、少しでも早く攻撃を実施しないと、逃げられてしまうかもしれない。


 僕たちは素早く展開すると、スモークの近くで戦闘中の装輪戦車に向かって空から機関砲で攻撃を加えた。


 帝国の装輪戦車は素晴らしい走破性能を持っていたが、その代償として、装甲は薄く作られている。

 それに、僕らの機体に装備されている20ミリ機関砲は、対戦車兵器として使われることもある口径の兵器だった。

 そもそも、ベルランに装備されているものなどは、元々は王立陸軍の軽戦車に装備されるはずだった本物の対戦車兵器だ。


 空からの攻撃を受けると、帝国の装輪戦車はあっという間に燃え上がって撃破されていった。


《ありがとう。助かったよ。これで、こっちも反撃できそうだ》


 カミーユ少佐が言った通り、地上では、反乱部隊に対して反撃が開始された。

 反乱に加わった装輪戦車のほとんどが撃破されたことによって、鎮圧する側が持つ装輪戦車で一方的に攻撃を加えることができるようになり、戦況は鎮圧する側の有利へと大きく動いた様だ。


 戦車の役割として、その主砲によって敵戦車を撃破するというものがあるが、榴弾を発射して地上部隊を支援するというのも重要な任務だった。

 野戦築城された陣地を撃破するためには歩兵の火力だけでは頼りなく、戦車が装備する大砲、特に野戦砲クラスの大口径砲から発射される榴弾が大きな威力を発揮するからだ。


 戦車としては軽装甲であっても、帝国軍の装輪戦車は機関銃や小銃弾程度では容易には撃破されないだけの防御力を備えていたし、スクレに展開している各部隊は輸送力の制約で十分な対戦車兵器を持ち込めていない。

 その視界の悪さを随伴する歩兵によって守られた装輪戦車は、移動式のトーチカの様に働いた。

 装輪戦車たちは反乱軍が築いた拠点やその集団を見つけると、片っ端から榴弾を撃ち込んでいき、一方的な砲撃にさらされた反乱軍は急速にその戦闘力を失っていった。


 煙の間から地上の戦いの何となく様子は見えるものの、僕たちが空から攻撃できそうな目標はもう残っていない様だったし、僕たちがこれ以上空から何かをするのは難しそうだった。

 何しろ、地上で戦っているのは3か国それぞれから集まった軍隊で、しかも、反乱部隊と鎮圧する側で明確に軍服が分かれている訳でもなく、空からでは全く見分けがつかない。


 無理に介入して、鎮圧する側を撃ってしまってはたまったものではないし、それに、正直に言うと、生身の人間を機関砲で、しかも空から一方的に撃ちまくるのは嫌だった。


《少佐、すみません、そろそろ、燃料が尽きそうです》


 それでも、新たに攻撃目標が現れた時に備えて僕は上空で待機を続けていたが、いよいよ、燃料が無くなってしまった。


《了解。君たちのおかげで、滑走路も奪還することができたから、もう着陸してもらって大丈夫だ》

《分かりました》


 僕は、不時着しなくてよくなったことにほっとしていた。

 僕はこれまでに何度か被弾し、不時着したり、機体から脱出したりするという経験を積んできているが、それでも、通常の着陸をできる方が安全だからその方が良い。


 戦闘によって発生した火災による煙はまだ空に立ち上り充満していたが、その間に滑走路の姿をどうにか確認することができた。

 僕とグスタフはギアダウンし、着陸態勢を取る。

 グスタフの乗っている戦闘機の詳しい航続距離は分からないが、彼の方ももう、燃料にはあまり余裕が無いらしい。


 管制塔からの誘導は得られなかったが、きちんと舗装された滑走路へ着陸するのだから、よく注意しながらやれば何とかなる。

 スクレの滑走路は大型機も着陸できるほど広く長く、僕たちが乗っている様な戦闘機にとっては十分過ぎるほどの規模を持っている。


 機体を滑走路に着陸させて減速し、エンジンのスロットルを絞って滑走させながら、僕は座席に深く身体を預けて溜息を吐いていた。


 一時はどうなることかと思ったのだが、どうやら、全てうまく行きそうだ。

 このまま講和条約が成立してくれれば、ようやく、第4次大陸戦争は終わりを迎えることができる。

 僕たちはみんな、平和な時代を迎え、新しい一歩を踏み出すことができるのだ。


 機首を左右に振って前方を確認すると、僕たちの進む先に王立軍の将兵を主にして、連邦軍、帝国軍の将兵が集まって作られた集団が見えてくる。

 どうやら反乱を鎮圧する側に属する部隊の様で、飛行場を奪還した後、僕たちを受け入れるための準備を整えてくれていた様だった。


 そこには、場合によってはすぐに僕らが再飛行できる様にするため、燃料補給用のタンク車や、潤滑油を補給するための機材、弾薬などが集められていた。

 どこから弾が飛んで来るか分からない状況だったからその周囲には飛行機や車両、帝国軍の装輪戦車などで円形に陣地が築かれており、その中で、301Aの整備班が手を振っているのが見える。


 カイザーに、エルザ。

 みんな、無事でいてくれた様だ!


 嬉しいことは、それだけでは無かった。

 そこには、先に帰還していたはずのライカの機体もあったのだ。


※作者注

 カミーユ少佐は王立軍の特殊部隊と共に、反乱が発生した際の鎮圧を行う様にという密命をフィリップ6世から受けて活動していました。

 スクレに設置された防空指揮所は反乱軍からの重要な攻撃目標とされ、一時は奪取されていましたが、スクレの上空にグランドシタデルが突入する辺りでカミーユ少佐と特殊部隊によって奪還されています。

 カミーユ少佐がミーレスに通信を入れたのは、防空指揮所に突入して奪還に成功した直後のことで、場面的に、カミーユ少佐はちょっと汚れた状態でミーレスたちを指揮しています。


 また、ホーカー・タイフーン、テンペストをモデルとした王立空軍の新鋭戦闘機、オラージュですが、モデルが好きな機体なので活躍させたかったのですが、トマホーク部隊との空戦の後でもう1回空戦させてしまうと話が長くなってつまらないかなと思ったのと、空戦+全力でグランドシタデルを追撃した後にもう1回空戦をやるとなると、燃料も弾薬も足りないし、すでに被弾してダメージを負っている機体では主人公でもやられてしまうだろうと思うので(本作の主人公補正は他作品に比べて弱いのです)削ることとしました。


 どうにも、王立軍機同士の戦いというのも、書きにくかったのです。

 装輪戦車は展開という名の下に犠牲となったのだ・・・。

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