E-28「平和のために」

 僕たちが4機のグランドシタデルに追いつくことができたのは、スクレのすぐ手前という場所に過ぎなかった。


 人間の尺度(しゃくど)で言えばまだかなりの距離があったが、飛行機を基準にして言えば、もう、目と鼻の先の様な距離しかない。


 スクレにはまだ王立空軍に所属する、オラージュを装備する戦闘機中隊が残っていたはずだったが、上空にその姿は無かった。

 何らかの事情で飛び立てなかったのか、それとも、別のどこかに飛んで行ってしまったのか。


 状況が分からない僕たちにとっては、オラージュの姿が無いことは幸いだった。

 何故なら、反乱が起こってしまった以上、同じ王立空軍機であっても、すぐには信用できないからだ。

 味方は多いのに越したことはないのだが、あのトマホークを部隊章に持つ連邦軍機の様に突然襲ってくるという危険を考慮せずに戦えるなら、今は、その方が良い。


 スクレの周辺では、いくつも煙が立ち上っていた。

 危惧していた通り、スクレでも異変が発生し、戦闘が行われているのだろう。


 その狙いは、ただ1つ。

 講和条約の成立を阻止して、この戦争をさらに戦い続けるためだ。


 その陰謀に加担した人々が何を考えてそんなことをしているのか、僕には想像することしかできない。

 自身の生まれた民族の自由と独立のため。あの女隊長はそう言っていたが、彼女とは異なった思惑で動いている様な人間も、たくさんいるはずだ。


 命をかけて成しとげたいほどの、強い願い。

 だが、僕らの手で、その願いは打ち砕く。


 彼らが何を思って戦っていようと、僕にとって、この戦争は終わらせるべきものだったし、今さら趣旨変えしようという気持ちにもならない。


 戦争が終わるということは、つまり、僕たち、301Aの仲間、家族が離ればなれになるということでもある。

 考えないようにして来たその事実が、僕の頭の中にチラついてくる。


 それでも、僕は撃つのを迷ったりしなかった。

 例え、僕にとって幸福な日々が終わってしまうのだとしても、この戦争を終わらせ、より多くの人々に幸福をもたらすと信じることのできる平和を作り出すことは、天秤(てんびん)にかけて計る様なことではない。


 4機のグランドシタデルは、大きな搭載量を誇る爆弾倉を開き、爆撃体勢にあった。

 その目標とするところは、スクレの湖畔(こはん)に建つ古城。

 連邦、帝国、そして王国の、3か国の国家元首が講和条約に調印するために集まっているその場所だった。


 爆撃体勢に入っているグランドシタデルは、身動きが取れなかった。

 あれだけ巨大な機体になると、一度動いてしまうと針路を元に戻すことができなくなるし、爆弾は機体を安定させていないとうまく目標に命中させることができない。


 通常の爆撃任務であれば、爆弾を目標に命中させることができずとも、回避運動に入ったかもしれない。

 任務を果たすことは大切なことではあったが、全ての兵士が、次に瞬間には死ぬと分かっていても任務に忠実でいられるとは限らないからだ。


 だが、彼らは僕らが追いついたことに気づいても、逃げようとはしなかった。

 あの、トマホーク部隊のパイロットたちの様に。


 彼らは爆撃を成功させるために機体を小動(こゆるぎ)もさせずに、真っ直ぐ、スクレの古城へと向かって飛んでいく。


 僕たちが攻撃態勢に入ると、彼らは防御火器によって激しく迎撃を開始する。

 グランドシタデルの防御火器は、その配置位置といい、動力式の銃塔となっていることといい、相変わらず恐ろしい火力を発揮している。


 僕らの接近に小動(こゆるぎ)もしない彼らと同じ様に、僕らも、躊躇(ためら)うことなくその弾幕の中へと突っ込んでいった。


 僕らが自身の命を失うかもしれないのだとしても、それでも得たいと願うものは、あの敵弾の向こうにしか存在し無いからだ。


 先頭をきって突入して行ったレイチェル大尉の機体に、敵機からの射撃が集中した。

 大尉の機体に次々と敵弾が突き刺さり、大尉の機体の外装が弾(はじ)ける様に飛び散り、エンジンから赤い炎が吹き上がる。


 大尉の機体はあっという間に黒い煙に包まれたが、それでも、レイチェル大尉は機体の姿勢を維持し続けた。

 敵機からの攻撃を少しでも多く、長く引きつけて、僕らの射撃を成功させるためだ。


 大尉の機体から生まれた煙にまぎれて、僕らはグランドシタデルへと肉薄した。

 この一撃で、僕らの未来が、この大陸に暮らす全ての人々の命運が決まるのだ。


 僕は呼吸を止め、その一瞬、全ての意識を照準と、機体の制御へと向けた。

 僕の意識は拡散して、僕の身体は僕の操る機体と一体化し、空が、風が、僕の身体によって切り裂かれていく様な錯覚を覚える。


 トリガーを引くと、放たれた無数の機関砲弾が敵機に吸い込まれていった。


 グランドシタデルは巨大であるだけでなく、強固な防弾装備も持っている。

 一瞬では、撃墜できない

 砲弾が次々と敵機に突き刺さり、その機体が抉(えぐ)り取られ、飛び散った破片がキラキラと輝いているのさえはっきりと見えるのに、それでも、彼らは落ちない。


 機体の性能とか、そういう物理的なものではない。

 人間の執念とか、信念とか、そういう、精神的な部分が大きく作用している様に思えてくるような光景だ。

 そんなことが、あり得るはずなど無いというのに。


 僕は、ドーム状の射撃指揮所から、防御火器を僕に向けて照準しようとする敵機の搭乗員の姿さえ、この目ではっきりと目にした。

 僕の放った機関砲弾がその搭乗員の近くで炸裂し、ドーム状の射撃指揮所の中に、鮮やかな赤い色が広がる瞬間も。


 そして、その機を炎が包み込み、グランドシタデルは空中分解しながら墜ちていった。


 僕はその敵機の破片をかいくぐって飛行しながら、まだ、最後の1機が生き残っていることを確認していた。

 僕らは4機で敵機に襲いかかったが、敵機の防御射撃を引きつけたレイチェル大尉が攻撃を実行できなかったために、最後の1機が残っているのだ。


 もう、敵機はスクレの上空に到達しようとしている。

 湖の湖岸線が目前に迫り、そして、湖畔(こはん)にたたずむ古城の城壁の石積みの石の形さえ、見て取れる。


 当たれ!

 僕はそう祈りながら、敵機を撃った。


 僕が放った攻撃は、次々と敵機に命中して行った。

 だが、グランドシタデルは、要塞という異名の通り、堅牢な機体だった。

 スクレに爆弾を投下するまでに、撃墜できそうにない!


 その状況を救ってくれたのは、ジャックだった。

 彼は自身の機体を敵機へと急接近させ、その主翼に自身の機体を接触させたのだ。


 体当たり攻撃を受けたグランドシタデルは、バランスを崩した。

 パイロットは何とか姿勢を保とうとしてすぐに機体を立て直したが、その一瞬の間に、爆撃針路は変わってしまっている。


 グランドシタデルは爆弾を投下したが、投下された爆弾は古城の上を飛び越え、森の中へ落ちて爆発しただけに終わった。


 直後、僕たちからの攻撃で炎に包まれた最後のグランドシタデルは、飛行不能となって墜落して行き、地面に激突して、バラバラになりながら数百メートルは地上を滑って行って、ようやく停止した。


 古城は、無事だ。

 僕は城壁にはためいている、連邦、帝国、そして王国の3か国の国旗が無事であることを確認して、ようやく、息を止めていたことを思い出して深呼吸をした。


 レイチェル大尉と、ジャックは、無事なのだろうか?

 急いで周囲を探すと、すぐに2人を発見することができた。


 レイチェル大尉は、パラシュートで機体から脱出できた様だった。

 さすがの大尉でも、あれだけ被弾してしまっては機体を乗り捨てるしかなかった様だ。

 戦闘によって立ち上る煙の中に交じって、レイチェル大尉を吊り下げた真っ白なパラシュートが開いている。


 そして、ジャック。

 彼も、無事だった。


 グランドシタデルに体当たりを実行したジャックだったが、機体のプロペラは失ったものの、操縦系までは失わずに済んだ様だった。

 ジャックの機体からは煙が噴き出ていたが、グライダーと同じ要領で機体を滑空させ、湖の上に機体を着水させる。


 ジャックの機体は大きく水しぶきをあげながら湖面を滑って行き、やがて、湖岸に乗り上げて停止した。

 上手な不時着だった。

 すぐにキャノピーが開いて、ジャックが顔を出し、心配して上空を旋回していた僕に気がついたのか手を振ってくれた。


 僕はようやく安心して、周囲を見回す。

 僕たちはグランドシタデルによる古城の爆撃を阻止することに成功したものの、地上でも戦闘がくり広げられている。

 まだ、全てが終わったわけではないのだ。

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