E-27「戦争」

 僕たちは全速力で、スクレへと向かった4機のグランドシタデルを追跡した。


 スクレに設置された防空指揮所からの応答がない以上、基地でも異変が起こっていると考えるしかない。

 スクレにはまだ王立空軍に所属する1個中隊の戦闘機部隊が残っているはずだったが、こんな状況だから、その部隊がちゃんと出撃できているかも分からない。


 そもそも、トマホーク部隊が僕らを攻撃して来た様に、講和条約の成立を阻止する目的で反乱を起こした部隊が他にもいる可能性だってある。

 むしろ、スクレからの音信が不通になっているのだから、そうなっていると考えるしかない。


 もし、そうであるのなら、彼ら、4機のグランドシタデルを止められるのは、僕らしか残っていない。


 僕たちは無我夢中で飛び続けた。

 この数分だけでいい、グランドシタデルに追いついて、一撃する間だけでいい。

 例えエンジンが焼き付いてしまっても、彼らに追いつけさえすれば、それでいい!


 どうか、僕らが、あのグランドシタデルに追いつけますように。

 そして、混乱の渦中にあるはずの基地へと戻って行ったライカが、無事でありますように!


 僕はそう必死に祈りを捧げながら、しかし、同時に、トマホーク部隊の女隊長の言葉のことを考えてしまっている。


 我が民族の、自由と、独立のために。


 トマホークを部隊章に持つ戦闘機部隊の女隊長は、最後にそう言って、死を選んだ。


 僕には、民族とかは、よく分からない。

 王国は元々2つの国家が統合されて出来上がった国家で、その国家を構成する民族は、主に北部に居住しているマグナテラ大陸に多く住んでいる系統と、主に南部に居住している大陸外に由来を持つ民族によって形作られている。


 だが、細かく見れば、北部に多いマグナテラ大陸に広く分布している民族にも細かな違いがあるし、南部の人々だって、その中でいろいろと異なっているのは変わらない。

 そもそも王国は2つの国家が統合されてからの長い歴史で、その2つの民族は混ざり合って、その両方にルーツを持つ人々だってたくさん暮らしている。


 民族。

 そんな言葉を言われても、僕にはピンと来ない。


 自由と独立は、理解できる。

 自由とは、自分がどんな風な人間でありたいかを自ら定義し、その望む通りの生き方をすることができるということだ。


 彼が、彼であるために。

 彼女が、彼女であるために

 僕が、僕自身であるために。

 自由とは絶対に必要なものだったし、それを失ってしまった時、僕が僕自身でいられなくなってしまった時、それは、例え五体満足で呼吸をしていたのだとしても、死んでいるのと同じことだ。


 そして、独立。

 僕たちは、まさに、この独立を守るためにこそ、命をかけて戦ってきたのだ。


 イリス=オリヴィエ連合王国という国家。

 僕たちが生まれ、僕たちが育ち、暮らしている場所。

 僕たちが、僕たちとして生きていくことができる場所。


 その、僕たちの居場所を守るために、僕は戦ったのだ。


 僕たちにとって、この戦争は不毛なものだった。

 僕たちは誰も戦うことを望まず、これまで通り、平穏な日々が続くことを願っていた。

 だが、連邦も帝国も、その一方的な都合によって、僕たちの故郷を破壊した。


 僕たちにとって、この戦争は不必要なものでしかない。

 失い、奪われるだけで、何一つ得るものなど存在し無い。


 だが、その戦火の中にこそ、得るものがあると信じて戦っていた人々もいたのだということを、僕は初めて知った。


 自分が所属する民族にとって、安住の地が無いというのは、いったい、どんな感覚なのだろう。

 どこへ行っても、よそ者。

 どこにも、自分らしく生きることができる場所の無い人生。


 それは、とても辛いに違いなかった。

 自分はここにいるのに、そこは決して、自分にとっての居場所では無い。

 自分はここに居候しているだけに過ぎない、よそ者。


 あの女隊長は、自分の生まれた民族に、居場所を作りたいと願っていた。


 そして、彼女に率いられ、この空で僕たちと戦ったパイロットたちも。

 心の底から、そう願っていたのに違いない。


 僕にとって、戦争というものは、単純なものだった。


 一体どうして、戦争なんてするのだろうか。

 そんなことはやめて、平和に、のんびり暮らせばいいのに。


 僕にとって戦争は不毛なものでしかなく、生きていく上で不必要な、非効率なものでしかなかった。

 だが、中には、戦争によってでしか、自分の望むものを得られないと考える人たちもいるのだ。


 戦争は、どうやら僕が考えていたものよりもずっと、複雑である様だった。


 僕たちは理不尽な侵略から自分たちの故郷を、僕たちが僕たち自身として生きていくことのできる場所を守るために戦った。

 僕たちには、戦う理由があった。


 それは、連邦も帝国も、変わらない。

 王国にとって彼らは理不尽でしかない存在だったが、彼らは彼らなりに、どちらも自分たちなりの正義や信念に基づいて行動している。


 そして、それぞれの前線で戦っている兵士達1人1人にも、戦う理由があるから戦っている。


 僕の様に、自分の故郷を、大切な人々を守るために戦っている兵士がいる。

 あの女隊長の様に、この戦争の中で何かを手にしようと、必死になっている兵士がいる。

 自分の祖国がかかげる正義、思想を信じ、そのために命を捧げると誓っている兵士がいる。

 中には、周囲から強制されて、仕方なく戦っている兵士だっているだろう。


 戦争を戦っている国家の思惑。

 その中には、それぞれの理由で戦争に臨んでいる無数の人々の、意思が渦巻いている。


 戦争なんて、しなければいいのに。

 それは、僕のまぎれも無い本心であり、今でもそれは変わらない。


 だが、ただそう思っているだけでは、戦争は止められない。


 僕は、戦争について何も知らなかった。

 僕にとっての戦争はただ理不尽というだけで、何の益も無いものでしかなかった。

 だが、戦争によって何かを得ようとする人々は現実に存在しており、そして、その戦争の中で、この世界をどうにかして変えようとしている人々もいる。


 もし、恒久的な平和などというものを実現しようとしたら、それは、永遠に続くパズルの様なものになるだろう。

 この世界に存在する国家と、この世界を生きるたくさんの人々の思いや願い。

 それらが摩擦し、こじれ、対立する度に、複雑なパズルを解く様に問題を1つ1つ解決して行かなければならない。


 ただ、声高に平和を、と叫ぶだけでは足りない。

 じっくりと腰を据えて、状況を把握し、思考し、模索しなければならない。

 そして、常に変わり続ける状況、流れ続ける時に合わせて、それを行い続けなければならない。


 不断の努力と、何よりも、そうすることを辞めないという強い意志が必要になるだろう。


 例え、僕たちが今手にしている武器や兵器を放棄したところで、平和なんて訪れない。

 武器も兵器も、結局は人間が作り出した道具に過ぎないからだ。

 この世界に人間が生まれた時、その手に武器なんて持って生まれては来なかったが、それでも、世界が平和ではなく、僕たちが武器や兵器を持っているのは、生まれた後で、それを僕たち人間が作ったからだ。


 道具とは、その必要があるから、生み出されるものだ。

 武器や兵器があるから戦争があるのではなく、戦争をしなければならなくなってしまうから、それらを作る必要があったのだ。


 例え、現代の様な高度な兵器が存在し無くとも、古代、人は棒切れや石ころによって戦争をしていた。

 死傷率の高低は比べるまでも無いだろうが、それでも、人々は傷ついて死んでいったし、戦いに敗れた側は、勝利した側が必要とするものを差し出さなければならなかった。


 永遠に続く平和。

 そんなものを、本当に実現できるのだろうか。


 率直に言うと、無理だと思う。

 普段から親しくしている友人や家族ならまだしも、僕らはお互いにお互いの全てを知ることなどできないだろう。

 そして、この世界に暮らす全ての人々と知り合いになるだけでも、途方もない時間がかかってしまうだろう。


 そんな世界で、戦争の火種となる全ての問題を解決することなど、できるはずがない。

 必ず、見落としや、手違い、齟齬(そご)が生まれてしまうだろう。


 だが、できるだけ長く平和が続けばいいと、そう願わずにはいられない。


 やがて、遠くの方に、グランドシタデルの巨大な機影が見えてくる。

 僕たちは、ギリギリ、スクレに彼らが到達する前に間に合ったのだ!


 この戦争が終わったとしても、僕たちはこれからもずっと、戦争という事象と向き合いながら生きていくしかない。

 それでも僕らは、どれほどの時間になるかは分からないが、平和な時代を生きることができるだろう。


 戦うことも無く、空襲に怯えたり、飢えを心配したりしなくて済む様な、豊かな時代。


 それをどれだけ続けられるかどうかは、僕たちの努力次第で、そして、その努力をどれだけ続けられるかに挑戦する権利を得るためには、僕は、あの4機のグランドシタデルを撃墜しなければならなかった。


 僕は、この引き金を引くことを、躊躇(ためら)わない。

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