E-26「戦う理由」

 1度要領をつかんでしまえば、もう1機を撃墜することは難しく無かった。

 ジャグは高速域でも優れた運動性を発揮できる機体だったが、戦いはすでに3対2となっている。

 機体の性能もパイロットの技量もほぼ同程度で、戦術的な工夫を凝らす要素がほとんどない今のような状況では、単純な数で勝負は決まる。


 ジャグは高速、重武装の機体だったが、僕らのベルランも高速で重武装の機体だ。

 速度差が大きな機体同士の戦いであれば、より高速を発揮できる機体は窮地(きゅうち)に陥ってもそこから逃げ出して体勢を立て直すことができるのだが、僕たちの機体にはそれほど大きな速度差はなく、敵機は僕らの追跡を振り切ることはできない。


 僕とグスタフは協力してさらに1機を撃墜し、そして最後は、3機で残った1機を取り囲んで撃墜した。


 僕は、敵機が逃げ出そうとするのならそのまま逃がしてやりたい、そう思っていた。

 スクレでは、この戦争、第4次大陸戦争を正式に終戦させるための講和条約がもう、調印されるすぐ手前まで来ているのだ。


 戦争が、終わる。

 戦わなくてもいい時代がやって来る。

 僕たちが殺し合う理由なんて、どこにも存在し無いはずだった。


 だが、たった1機になった敵機は、最後まで僕たちに抵抗し続けた。

 そうやって死を迎えるまで戦って撃墜されることになっても、その先には彼らにとっての勝利が約束されている、そんな様な飛び方だった。


 だから、僕は、撃った。


 もしも、ここで撃たないで僕らが逃げ出そうとしたとしても、彼は僕たちを追って来るだろう。

 ようやく、戦争が終わるのに。

 どうして、彼らはここまでして戦うのだろう。


 僕には、その理由が理解できなかった。


 僕は視線を空へと戻すと、周囲にレイチェル大尉の姿を探した。

 ジャックを先に助けたから、レイチェル大尉はずっと、1機だけで3機を相手に戦っていたはずだ。


 レイチェル大尉だって、決して、不死身ではない。

 大尉が戦死することなど少しも想像できなかったが、戦場では何が起こるか分からない。


 現に、僕たちは誰も、トマホーク部隊が僕たちを攻撃するとは予想していなかった。


 僕は、激しく戦う4機の機影を見つけて、ひとまずは安心した。

 レイチェル大尉はまだこの空にあって、飛び続けている。


 もちろん、ほっとしていたのは一瞬だけだ。

 僕たちは速度をあげて、レイチェル大尉を援護するために敵機に向かっていった。


 敵機はどうやら、たった1機にまで追い詰めたのになかなかトドメを刺すことができないレイチェル大尉に夢中になっている様だった。

 彼らからすれば、3対1で戦っているのに詰め切れないというのは、屈辱以外の何ものでもないだろうし、周囲で次々と味方が撃墜されていく状況で時間ばかり浪費していては、焦りもするだろう。


 僕たちにとっては、それは幸いなことだった。

 敵機はレイチェル大尉を執拗(しつうよう)に攻撃し続けており、僕たちの接近に気がつかなかったからだ。


 彼らも、味方が次々と撃墜されているという状況は把握していたはずだったが、自分たち以外が全滅したとまでは分かっていなかったのだろう。

 他の味方を救援するためにも、早くレイチェル大尉を始末しなければならない。彼らはそういう思いで、必死になって大尉を攻撃していたのだろう。


 回避行動をとらない敵機は、簡単に撃墜することができる。

 ジャグは頑丈な機体だったが、それでも20ミリと30ミリ機関砲をまともに当てることができれば撃墜することができるし、4門の20ミリと1門の30ミリから発揮される瞬間火力は絶大だった。


 空に、新たに2つの黒煙が描かれる。

 僕たちの攻撃に気づくのが遅れた2機のジャグは、機関砲をもろに受けて、炎を引きながら墜落して行った。


 残りの1機は、かろうじて僕たちの接近に気がついた様だった。

 その機は数発被弾をしたものの、それでも僕たちの攻撃からどうにか逃れていた。


 だが、僕たちの戦いには、それで決着がついた様だった。

 4対1という数の上での優位が僕たちの方に確立されただけでなく、生き残ったたった1機のジャグも被弾したことで、もはや十分に性能を発揮できなくなったからだ。


 ジャグは堅牢(けんろう)な機体だ。まだ飛んでいる。

 だが、そのエンジン部分からは白い煙を引いており、そのパワーも低下してしまっている様だ。

 これでは、僕たちと戦うのはもちろん、逃げ出すことだってできはしない。


《各機、攻撃待て! あの機に聞きたいことがある! 》


 トマホーク部隊の最後の生き残りにトドメを刺そうとした時、僕たちにそう言って制止したのは、レイチェル大尉だった。

 ジャックが、驚いた様な声をあげる。


《しかし、大尉、早くグランドシタデルを追いかけませんと! 》

《んなこたぁ分かってる! だが、さっきからスクレの防空指揮所との連絡が取れん! 連邦軍機があたしらを攻撃して来たみたいに、スクレの方でも何か起こっているのかもしれん! 状況が知りたいんだ。このままじゃ、誰が敵か味方かも分からんだろ!? 》


 連邦軍機が僕たちを攻撃してきた理由。グランドシタデルがスクレを目指して飛び去って行った理由。

 彼らが、講和条約が成立しようとしているにもかかわらず、それでも戦おうとする理由が分からなければ、僕たちはこれから何を信じて行動すればいいのか分からない。


 レイチェル大尉の言葉を聞いて、僕は、急にライカのことが心配になって来た。

 彼女の機体は被弾していて、基地へと引き返したのだが、しかし、その基地が現在、音信不通になってしまっているという。


 トマホーク部隊が僕たちを突然攻撃してきたのは、異常事態だった。

 そして、その異常事態はどうやら空だけではなく、地上でも起こっているらしい。


 そんな場所に、僕はライカを向かわせてしまったのだ。


《おい、連邦軍機、聞こえているか!? 事前に打ち合わせた共通の周波数だ、聞こえているだろう! 貴様、何故、こちらを攻撃してきた!? そして、飛んでいったグランドシタデルは何だ!? 言え! 言えば、貴様を生かしてやる! 》


 レイチェル大尉の問いかけに、トマホーク部隊の最後の生き残りは数秒間無言だった。

 だが、やがて、鼻で笑う様な音が聞こえる。


《時間の無駄だ。私は、死など恐れはしない》


 どうやら、生き残ったトマホーク部隊の最後の1機は、その隊長を務めていた女性パイロットの様だった。


《……ハッ! そうだろうさ。それが望みだというのなら、今すぐにそうしてやる。だがな! もうすぐこの戦争は終わるんだ。それなのに、あたしらが貴様を撃墜しなければならない、その理由は何だっていうんだ!? 貴様だって、訳も分からないままの相手に撃たれたくは無いだろう!? 》

《我が民族の、自由のためだ》


 トマホーク部隊の女隊長は、レイチェル大尉の問いかけに、そう言って答え始める。

 それはまるで、自分がこれから迎えることになる結末の理由を、自分自身で再確認するかのような口調だった。


《私の出身は、ある少数民族だった。……国を持たない、国を持てない様な、私の様な民族は、いつも惨(みじ)めだった。どこに行っても私たちはよそ者で、つまはじきにされる。その辛さも痛みも、貴様らには理解できないだろう。どこにも居場所のない者の苦しみなど。……だが、連邦は、そんな私たちに約束したのだ。戦えば、戦って勝てば、我が民族に国を与えると。この世界に、我々の居場所を作ると、そう約束したのだ! 》


 女隊長は、突然叫んだ。


《我が民族の自由と、独立のために! この戦争には、続いてもらわねばならんのだ! それが、これから幾百万、数千万の犠牲を生むとしてもだ! 》


 そして、その機首を僕たちの方へ向けようとする。


 僕は、咄嗟(とっさ)に動くことができなかった。

 その女隊長が何を言っているのか、僕には理解することができなかったし、絶対に負ける、この場で死ぬと分かっているのに、それでも僕たちと戦おうとする理由が、分からなかったからだ。


 僕は、平和になるなら、それでいいと思っていた。

 もう、誰も、傷つけたり、殺したりしたくなかった。


《それが、貴様の戦う理由か! 》


 そう叫びながら、女隊長の乗った機体に射撃を浴びせたのはレイチェル大尉だった。

 女隊長の機体は大口径の機関砲弾を浴び、ぱっ、と炎を吹き出して、真っ逆さまに墜ちていく。


 恐らく、当たり所から言ってあの女隊長はレイチェル大尉からの攻撃では死ななかったはずだが、しかし、墜ちていく機体から脱出しようとはしなかった。


《301A残存全機、これよりグランドシタデルを追跡する! 奴らの狙いは講和条約の阻止だ! 絶対に、奴らの思い通りにはさせんぞ! 》


 レイチェル大尉はそう叫ぶと、針路をスクレの方へと向け、機体のエンジンを全開にした。


 女隊長の死の理由を未だに理解できなかった僕は、大尉からの指示に何の返答もすることができなかったが、グスタフ、次いでジャックがレイチェル大尉を追いかけていくのを見て、慌てて自分の機体のエンジンを全開にし、仲間たちを追いかけた。


 とにかく、今は気持ちを切り替えなければ。

 トマホーク部隊と、グランドシタデルの目的が講和条約の成立を阻止することだというのなら、グランドシタデルには爆装がされていると思って間違いない。

 その爆弾がスクレに投下されることを阻止しなければ、この大陸に、僕たちに平和は訪れない。


 何としてでも、グランドシタデルに追いつかなければならなかった。

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