E-25「共闘」

 次の交戦相手を探すために空に目を凝らすと、黒い煙が3つ、上から下に描かれていた。

 それは、3機の戦闘機が撃墜されていった痕跡(こんせき)だった。


 墜ちて行ったのは、敵なのか。

 それとも、味方なのか。


 撃墜されていったのが敵であれば、残りの敵機は4機。ライカを離脱させてはいるものの、僕たちが数でも優位となるから、この空戦での勝利は確定する。

 だが、どうやら、落ちていった機体の内2機は、僕の仲間の機体である様だった。

 撃墜された機体は、空中に残っている機体から逆算して、ナタリアと、アビゲイルだ。


 墜ちていく機体からはパイロットが脱出し、パラシュートが開かれる様子を見ることができたから安心はしたが、いい気分はしない。

 負傷などしていなければいいのだが。


 これで、こちらは合計で4機。

 トマホーク部隊は、6機になった。


 目の前では、それぞれ僚機を失って単機となった仲間の機体が、必死に敵機からの攻撃を回避している。

 圧倒的に不利な状況で、僕らが今すぐにでも駆けつけなければ、2機とも撃墜されてしまいそうだった。


 僕が何かを言うよりも早く、グスタフが無線で僕に指示をしてくる。


《近い方からやるぞ! おい、平民、しっかいついて来い! 》


 指図するな。

 僕はそう思ったが、しかし、もめている場合ではない。

 苦戦している味方を救い出すためには、少しでも早く援護しなければならないからだ。


 それに、ジャックに怪我をされたり、死なれたりしてしまっては、アリシアに何と言われるか分かったものではない。

 2人はいつの間にか友人以上の関係になりつつあって、ジャックの方も、アリシアのことを真剣に考え始めている様子がある。

 僕の妹の明るい未来のためには、ジャックという僕の親友は欠くべからざる存在なのだ。


 僕とグスタフは機首を2機のジャグ相手に必死に逃げ回っているジャックの方へと向けると、速度を上げて突っ込んでいった。


 今はとにかく、残りの敵機を素早く片づけて、スクレへと向かっていったグランドシタデルを追いかけなければならない。

 彼らはすでに僕らから離れていってしまっているが、すぐに追いかければ、スクレの上空で一撃くらいはできるかもしれない。


 この一瞬、一瞬が、貴重なものだった。

 僕らの翼には、王国の命運だけでなく、この大陸、そこに暮らす全ての人々の未来がかかっているのだ。


 スクレでは講和条約の調印まであと1歩というところにまで来ているが、グランドシタデルが爆装していて、スクレにその爆弾を落とすつもりなら、会談は失敗に終わりかねない。

 連邦側が敵国の国家元首を狙って、意図的に攻撃したと受け取られかねない状況だったからだ。


 スクレにはもう1個、戦闘機中隊が残っているはずだったが、彼らは待機中だったから、すぐには発進できないかもしれない。

 マグナテラ大陸に平和をもたらすためには、僕らもグランドシタデルを追いかける必要があった。


 ジャックを追い回していた2機のジャグは、僕らの接近に気がついた様だった。

 彼らはジャックを追い立てるのを止めて、僕たちの攻撃に対処するために回避運動を開始する。


 一撃離脱を行っている様な時間的な猶予(ゆうよ)はない。

 僕とグスタフはドッグファイトを挑み、できるだけ素早く彼らを排除しようと試みた。


 敵機の追尾から逃れたジャックもすぐに戦列に復帰して3対2になったが、敵にも僕らがついさっき取り逃がした1機が加わって、すぐに3対3の同数での戦いになった。

 ジャグは大柄で筋肉質な見た目ではあったが、高速域での運動性はかなり高く、簡単には捕捉させてくれない。


 1機当たり8門も装備している12.7ミリ機関砲からシャワーの様に浴びせられる敵弾も、厄介だった。

 数があるから、多少甘い狙いでバラまくように撃っても命中弾を期待できる。しかも、12.7ミリ機関砲は決して威力が小さいわけでもなかったから、ガン、ガン、と音を立てて僕の機体に命中する度、背中に嫌な汗が浮かんでくる。


 ベルランのエンジンは、よく回っている。

 海上封鎖が解かれたことで、王国では未だに国産できていない100オクタン価の燃料を外国から輸入することができ、使用することができているおかげだ。

 それに、普段の体制とは違うものの、カイザーやエルザたち整備班がよく頑張ってくれている。


 僕は、いい飛行機に乗せてもらっている。

 ベルランは戦争の中で磨かれて、どこの国の戦闘機とも引けを取らない良い機体に仕上がっている。


 後は、僕のパイロットとしての腕次第だ。


 僕はぐっ、と体に力を入れると、敵機の動きに集中する。


 彼らはみんな、優れたパイロットたちだ。

 よく訓練されているし、ただ、訓練通りに飛んでいるというわけでもない。

 何度も、何度も何度も、修羅場を潜(くぐ)り抜けて来た飛び方だ。


 だが、それでも、彼らは雷帝には及ばない。

 僕が雷帝に並ぶことができないのと同じように、彼らもまた、雷帝と同じ次元に立つことはできない。

 雷帝は、彼は唯一無二のパイロットだった。


 そして、僕は、その雷帝と戦ったのだ。

 その飛び方からすれば、今の状況にだって対処するのは難しく無いはずだ。


 敵機は、ジャックの機体を集中的に狙っている様だった。

 ジャックは一時的に2対1という状況に陥っていたから被弾した数が多く、その機体の運動性も低下している様だった。


 そんな、弱っている機体からやられていく。

 それが戦場における掟(おきて)だった。


 僕は必死にジャックを援護し、敵機を振り払ったが、彼らは何度でもやって来る。

 僕1人だけでどうにかしようとしても、同じことのくり返しだ。

 その状態から脱するためには、やり方を変えるしかない。


《グスタフ、僕が突っ込むから、敵機がかわしたところを撃ってくれ! 》

《チッ。平民が俺に指図するな》


 僕がグスタフに連携を提案すると、彼は不快そうにそう言ったが、しかし、僕の提案には応じてくれる様子だった。


 結局、僕はただ1人では何もできないのだと、雷帝と戦ってよく分かった。

 彼には、誰も追いつくことができない。

 雷帝がそのたった1機の僚機として認めていたグスタフでさえ、彼と同じにはなれないだろうし、彼自身、まるで雷帝の様に飛んではいるものの、そのことを自覚しているはずだった。


 だから、僕たちは、僕たちなりのやり方で戦うのだ。


 僕はグスタフが位置につくのを確認すると、ジャックを追うジャグを目がけて機体を突進させた。

 空戦中は、片手でエンジンのスロットルを操作し、もう片方の手で操縦桿を握り、トリガーを引くのだから、本当に忙しい。

 だが、僕はもう、ずいぶん長い時間ベルランに乗っている。

 今はもう、機体は僕の体の一部と同じだった。


 翼が切り裂いていく空。流れていく気流の感触が、操縦桿を通して僕の感覚に敏感に伝わって来る。

 力強く咆哮するエンジンの振動が、僕自身の心臓が脈打つのが聞こえるのと同じように感じられる。


 僕は今、空を飛んでいる!

 そう実感することができる瞬間だ。


 ああ、やっぱり、僕は飛行機が好きなんだ。

 僕は頭の片隅でそんな感慨を抱きながら、射撃姿勢を取って照準器で狙いを定め、トリガーを引いた。


 敵機は、僕の攻撃を回避した。

 僕はその敵機の背後から攻撃をしかけたはずなのだが、本当に、よく見ている。


 だが、その敵機が回避した先を、グスタフが襲った。

 攻撃する前は、敵機がどんな風に回避するかを予測することは難しいのだが、一度回避運動に入ってしまえば、その後の動きは読みやすくなる。

 ならば、敵をまず動かしてから、そこを攻撃すればいいのだ。


 僕1人では、決してできない。僚機がいなければ不可能な戦い方だ。


 グスタフの攻撃は、うまく敵機に命中した。

 その狙いは正確だ。

 次々と命中弾を受けたジャグは、砲弾の炸裂によって千切れた離着陸用の車輪を撒(ま)き散らしながら、操縦不能となって、独楽(こま)の様にぐるぐる回転しながら墜ちていく。


 僕と彼は初めて連携するはずなのに、彼は、巧みに機体を操縦し、僕の思った通りの戦いをしてくれる。

 グスタフのことは気に入らないが、その腕前にはやはり、感心せざるを得ない。


 あのパイロットは、恐らく脱出できないだろう。

 僕はその運命を想像して、自分の心が悲鳴を上げた様な気がしたが、今はそのことを深く考えている余裕はない。


 僕は、次の敵機へと視線を向ける。

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