E-24「応戦」

 僕には、状況が飲み込めなかった。

 グスタフの警告は流暢(りゅうちょう)な国際共通語によるもので、その意味は僕にも理解できるはずだったが、あまりに突然のことで、僕の頭はついて来てくれなかった。


 それでも、僕が操縦桿を思い切り右に倒し、力いっぱい引いて、回避運動を取ることができたのは、グスタフの言葉に強い切迫感が感じ取れたからだ。


 その直後、僕がついさっきまで飛んでいた場所を、無数の曳光弾の軌跡が貫いて行った。


 攻撃してきたのは、トマホークの部隊章を持つ、12機のジャグだった。

 彼らは僕たちに実弾によって攻撃を加えた後、僕たちに対する高度優位を利用して稼いだ速度を使用し、再上昇して行く。


 グスタフの警告によって慌てて回避運動を取ったことで僕たちはかろうじてその攻撃を回避することができたが、もし、グスタフが僕たちに警告しなかったり、僕たちの行動が遅れたりしていたら、彼らに全滅させられていたかもしれない。


《何だ!? おい、貴様ら、どうしてこちらを攻撃した!? 》


 トマホーク部隊は、レイチェル大尉からの詰問(きつもん)を無視し、僕たちに対して再攻撃をかける姿勢を示している。


 僕にはまだ状況が飲み込みきれていなかったが、はっきりしたこともあった。

 彼らは、敵だ。


《301A各機、応戦だ! 何から会談を守るか、その答えがアイツ等だ! 手加減できるような相手じゃない、最初から全力で行け! 撃つのをためらうな! 》

》》》


 僕らは大尉からの指示に答え、回避運動を取ったことでバラバラになっていた2機1組のロッテを組みなおして、応戦する態勢を整える。

 その間に、トマホーク部隊のジャグが、再度、僕らへ向かってくる。

 どうやら、本気で僕らを攻撃するつもりの様だ!


 撃たれた以上、交戦しなければならないのは明らかだったが、レイチェル大尉の判断は思い切りが良かった。


 大尉は僕たちに「会談を何から護衛するのか」という答えを与えなかったが、今なら納得できる。

 僕たちが備えていたのは外からの敵ではなく、内側から。つまり、僕たちは反乱を警戒させられていたのだ。

 もし、そんなことを最初から明らかにされてしまっていたら、僕たちはみんな疑心暗鬼となって、3か国の軍隊が集まって一緒に警護することなど、とてもできなかっただろう。


 スクレへと向かう敵の爆撃機も追わなければならないのだが、まずは、トマホーク部隊をどうにかしなければならなかった。

 連邦の軍事機密だからその詳しい性能は僕たちには伝えられていないが、一緒に任務につく中で、その性能の高さはすでにはっきりとしている。

 恐らく、その最大水平速度は時速600キロ以上、確実に出るだろうし、場合によっては僕らが乗っているベルランE型に匹敵する、時速700キロ以上を発揮できてもおかしくはない。


 ここでグランドシタデルを追跡しても、僕らの後からトマホーク部隊が追いついて来て、背後から一方的に攻撃されるだけだ。

 それに、僕たちは最初の一撃を回避したばかりで、十分に速度がついていない。

 振り切るのは不可能だ。戦うしかない。


 僕たちはお互いに、機首を向け合った状態で突進して行った。

 敵は12機。こちらは7機。

 この最初の一撃で少しでも数を減らさないと、不利な戦いを強いられることになる。


 ジャグは、20ミリ機関砲こそ装備してはいないものの、12.7ミリ機関砲を合計で8門も装備している重武装の機体だった。

 1発の破壊力では20ミリに劣るが、8門も装備された12.7ミリ機関砲からシャワーの様に発射される弾丸に捉えられてしまえば、防弾装備があっても大ダメージを受けてしまうだろう。

 1、2発は耐えられても、何十発も被弾してしまってはどうにもならない。


 その飛行の様子からも分かる通り、トマホーク部隊は手練れたちだった。

 正面から射撃戦を挑んだその一瞬の間に、ナタリアとライカの機体が被弾し、薄く煙を吹き出す。


 僕も、被弾した。

 幸いにも主翼の外装をかすって塗装を剥(は)いで行っただけだったが、やはり、敵機の狙いは正確だ。


 だが、こちらは、3機を撃墜した。

 敵に命中弾を与え、撃墜したのはレイチェル大尉とアビゲイル、そしてグスタフだった。

 数発でも命中すれば致命傷を与えることができる、20ミリ以上の大口径機関砲を多数装備していることの利点が発揮された様だ。


 僕も敵を攻撃したが、敵機をかすめただけだ。

 どうにも、手元が狂ったらしい。


 僕は今すぐにライカの無事を確かめたかったが、そうしている余裕はなかった。

 3機を失ったとはいえ、敵はまだ9機も残っている。


 僕は敵機との旋回戦に入るため、機体を90度傾けて、急旋回に入っていた。

 ダメージを受けたライカとナタリアの機体は、戦闘から離脱する余裕もなく、そのまま空中戦に入って行く。

 僕らは敵に対して数で劣っている。離脱する隙がないというのもあったが、機体がダメージを受けたからと言って味方が不利な戦闘から離脱するという選択肢は、彼女たちには選べなかったのだろう。


 僕とライカには、僚機を1機失って3機編隊となったジャグが襲いかかって来た。


 僕たちは速度を上げて敵機を振り切ろうとしたが、ライカの機体の速度があがらない。

 どうやら、被弾によるダメージで、エンジンの出力が低下してしまっている様だ。


 ジャグは僕たちの背後を奪うと、攻撃を開始した。

 弱ったライカを狙って、敵機の攻撃が集中する。

 僕はライカを攻撃しようとする敵機の背後に回り込み、彼女を攻撃しようとする敵機をどうにか追い払おうとしたが、敵機はしつこく食い下がって来る。


 弱っている敵から、まずは確実に叩いておこうというのだろう。

 速度が出せないからライカは敵機を振り切れないし、僕はそんな状態のライカの側を離れることができない。


《ミーレス、パワーがあがらないの! 私はいいから、あなたは一度退避して! 》

《ダメだ! 掩護するから、君は何とか逃げるんだ! 》


 僕はライカからの無線に答えながら、ライカへの攻撃位置につこうとする敵機に向かってトリガーを引いた。

 そんな僕の背後にも、敵機が回り込んで、撃ってきている。

 だが、ライカを守るためには、僕はここを離れることができない。


 2対3で、僕たちは敵機から逃げるだけでも精いっぱいになってしまっている。

 このままでは、2機ともやられてしまう!


 その状況を覆(くつがえ)したのは、グスタフだった。


 彼は先に旋回戦に入った僕らに後から加わると、僕たちを追いかけるのに夢中になっていた敵機を2機、連続で撃墜してしまった。

 その攻撃に驚いた残りの1機は、慌てて、僕たちの背後から逃げ去っていく。


 ライカを離脱させるとしたら、今しかチャンスは無い。


《ライカ! 今の内に! 》

《で、でもっ! 》

《ダメだ、ライカ! このままじゃ君は撃墜されるだけだ! 一緒に生き残って平和な空を飛ぶって、約束したじゃないか! 》

《……、了解っ》


 ライカは悔しそうな口調でそう言うと、機体を急降下させ、戦場から離脱して行った。

 仲間を残して戦場から離脱するというのは辛いに違いないことだったが、だからと言って、このままここに留まっていても敵機の餌食(えじき)になってしまうだけだ。

 そんなことは、誰も望んではいない。


 僕は単機になってしまったが、グスタフが敵機を追い払ってくれたおかげで、行動の自由を得ることができた。

 正直、グスタフに助けられたことは気に食わないことだったが、しかし、そんな個人的な感情を抱(いだ)いている場合では無かった。


 鋭い軌跡を描きながら飛ぶ、グスタフの乗った黒い戦闘機の戦い方は、雷帝の姿を僕に思い起こさせる。

 乱戦の中、1歩タイミングをずらして突入してきて、的確に敵の弱点を突き、戦いの流れを作るところなど、本当に、そっくりだ。


 ああ、気に入らない。

 本当に、気に入らない!


 だが、僕は、受け入れなければならない。

 認めなければならない。

 彼が雷帝の僚機であり、ただ1人の弟子であったということを。


 今は、彼と協力しなければ、生きのびることは難しいだろう。

 そして、認めたくはないが、彼は僕の命の恩人でもあるのだ。


 僕はグスタフと歩調を合わせるために、彼を援護する位置に機体をつける。


《何だ? 貴様、俺についてくるつもりか? 》

《援護します。……必要、でしょ? 》

《それは違うな。お前に俺の援護が必要なんだ。まぁ、いい。平民出が、俺について来られるものなら、ついて来てみればいいさ》


 つくづく、偉そうで嫌な奴だ。

 だが、僕は目の前の黒い機体に向かってトリガーを引こうとする指をぐっとこらえる。

 彼の長く伸びた鼻は、僕の実力でへし折ってやればいいだけのことだ。


 今はとにかく、グスタフと共闘しなければならない。

 生き残って、仲間たちと平和になった空を飛ぶ。

 その約束が、あと1歩で現実のものとなりそうなのだ。


 絶対に、生きのびてやる!

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