E-23「ブレイク」
4機のグランドシタデルの様子は、やはりおかしかった。
彼らは最初、スクレに向かって真っすぐに飛行していたのだが、途中で針路を変更し、スクレを中心にぐるりと円を描く様なコースに沿って飛行している。
スクレから離れるでもなく、近づくでもなく、何か、来るべきタイミングを図っている様な感じで飛んでいる。
おかげで、迎撃に向かう僕たちも大回りさせられてしまって、接触するまでに時間を取られてしまった。
グランドシタデルは、最大水平速度が時速600キロを超える高性能爆撃機だ。もし彼らが180度反転して全速力で引き返していたら、僕らは追いつくこともできなかったかもしれない。
地上からの管制によって誘導されて、ショートカットしてようやく追いつけたのだ。
《あー、あー、前方を飛行中の連邦軍機につぐ。前方を飛行中の連邦軍機につぐ。こちらは王立空軍機、301A、レイチェル大尉。貴機は現在、王国の領空を侵犯している。ただちにその意図を明らかにし、車輪を展開し、こちらの誘導に従え。くり返す》
僕たちは4機のグランドシタデルに連邦の国籍章がハッキリと描かれていることを視認し、敵からもこちらのことがはっきり見て取れる距離まで接近すると、まずは彼らの飛行の意図を確認するという、通常の手順を行った。
現在も王国と連邦は公式には戦争状態であって、連邦軍機が王国領内に侵入すれば問答無用で撃墜することも許されるのだが、講和条約のための会談が行われている所である以上、まずは、穏便に彼らの意図を確認しなければならない。
応答は、無かった。
だが、4機のグランドシタデルは一斉にギアダウンし、僕らに対して抵抗する意思が無いことを示して来た。
レイチェル大尉に返答はしないのに、その指示には従うというのは、ちょっと、引っかかることだ。
交戦する意思が無いというのであれば、そのことをはっきりと言葉で表明するべきだ。
無線機の故障だろうか?
しかし、相手は4機もいるのだ。その全機の無線機が不調だというのはおかしなことだし、少なくとも、レイチェル大尉からの呼びかけは聞こえている。
第一、彼らの内側では、意思の疎通が取れている様子だった。
やはり、おかしい。
《連邦軍機、応答せよ。その飛行の意図を明らかにし、こちらの誘導に従え。我々は現在、第4次大陸戦争終結のための講和条約を締結すべく、3か国の首脳によって会談が行われている場所を警護しており、ここは現在、警護機以外の進入禁止空域となっている。また、連邦軍、帝国軍全軍に対し、国家元首の名で停戦命令が発令されているはずだ。ただちに針路を変更し、この空域から離れろ。くり返す》
レイチェル大尉はさらに4機の連邦軍機にそう指示したが、彼らは、大尉からの無線が届いているはずなのに、それを無視して飛んでいる。
《連邦軍機、聞こえないのか!? 応答なき場合、攻撃するぞ! 》
《撃つな。指示には従う》
レイチェル大尉が強い口調で言うと、ようやく、返答が返って来た。
《了解した。では、針路を0、北にとって、本空域から離脱せよ》
《しかし、それでは帝国軍の支配地域に出てしまう》
《なら、アルシュ山脈の上空に出たら、西に向かえ。高度10000メートル以上でも問題なく飛行する性能をそちらの機体が有しているということは、よく知っている》
連邦軍機は、再び沈黙してしまった。
《おい、連邦軍機! 返事はどうした!? 》
《待ってくれ、その航路が可能かどうか、話し合っているんだ。与圧装置が不調で、それほどの高度を取れるかどうかが分からないんだ》
《しかし、貴機はアルシュ山脈を越えてここまで飛行して来たのではないのか? 》
《すまない、とにかく、故障なんだ。故障してしまったのだから、そうとしか言えない》
レイチェル大尉の質問に、連邦軍機の返答は曖昧なものだった。
どうにも、意図的に話を引き延ばして、時間稼ぎをされている様な気がする。
《おい、ジャック、聞こえるか? 》
《はい、大尉殿。よく聞こえます》
《このままじゃどうにもならん。お前らの小隊で威嚇射撃をしろ。敵から反撃して来るかも知れんから、十分に注意しろ》
《了解。……第1分隊で威嚇射撃を行う。第2分隊は援護してくれ》
《了解》
僕たちはジャックからの指示に答え、機体を加速させて、連邦軍機との距離を詰めた。
ジャックとアビゲイルの第1分隊が前に、ライカと僕の第2分隊が上に。
ジャックが威嚇射撃を実施した時に、敵機が反撃してきたらすぐに僕たちで援護できる様に隊形をつく。
援護とは、つまりは、飛行中の連邦軍機を敵とみなし、攻撃するということだ。
もし、本当に攻撃することになったら。
スクレで行われている講和のための会談に、大きな影響が出るかもしれない。
そんなことにならないで欲しかったが、しかし、彼らを黙って見過ごすこともできない。
《こちら、連邦軍所属、第1義勇戦闘機大隊。遅れてすまない、これより援護する》
スクレ防空指揮所が僕らを支援するために発進させた増援の戦闘機部隊、トマホークの部隊章を持つ12機の戦闘機が姿を現したのは、ジャックがグランドシタデルに威嚇射撃を行おうとしていたその時だった。
無線の声は、女性のものだ。
スクレで同じ任務につく様になって初めて知ったのだが、連邦にも王国と同じ様に女性兵士がいるらしい。
そういった戦う女性たちは志願兵であるらしく、絶対数では少ないものの、中にはこうやって、戦闘機部隊の隊長にまでなる人がいる。
到着したのは、連邦軍の新鋭戦闘機、「ジャグ」と呼ばれているらしい筋肉質で大柄な印象の戦闘機たちだ。
高速発揮のために塗装を剥がれて銀色に輝くその機体には、機首上面の黒い防眩塗装の他に、目にも鮮やかな黄色い帯で特徴的な装飾が施されている。
そして、主翼の上面と下面、胴体の左右に、連邦の国籍章である八芒星が周囲からよく見える様に描かれ、垂直尾翼には連邦側の部隊コードとトマホークの部隊章が描かれている。
《ちょうどいい。すまないが、連邦軍機同士、話しをつけてくれないか? 》
《了解した。任せておいてくれ》
トマホーク部隊はレイチェル大尉からの依頼を快く引き受けてくれた。
大尉はその返答を聞くと、僕たちに威嚇射撃は待て、と指示し、僕たちは威嚇射撃のために作った隊形を解いて、レイチェル大尉たちとの編隊を組みなおした。
トマホーク部隊は、高度を7000メートルほどに取りながら、上空からグランドシタデルの編隊へ向かって接近していく。
2機1組のロッテを基本とした4機の小隊が3つという、マグナテラ大陸で一般的に用いられている編隊を組んでいる。
綺麗に整えられた編隊だ。恐らく、彼らも僕らと同じ様に、この戦争の中を仲間たちと一緒に生き延びようと戦い、切磋琢磨(せっさたくま)して来たのだろう。
トマホーク部隊と僕らの間には、因縁もあった。
僕らは戦場で何度か戦い、その結果、僕たちは彼らから、連邦の「英雄」と呼ばれているエースパイロットを奪い去ることになった。
その戦いから、もう、1年以上が経過している。
その間、彼らはずっと戦い続けてきたはずだったから、当時の僕らとの戦いを覚えているパイロットはまだ、あの中に残っているのだろうか?
もし、残っているのだとしたら、そのパイロットは、僕たちのことをどう思っているのだろうか。
僕たちは任務以外ではあまり話すことが無かったから、その点は分からないままだ。
いずれにしろ、今の僕らは、協力し合う関係だ。
僕たちはスクレで行われている会談を成功させ、第4次大陸戦争を終結させて、この大陸に平和をもたらすために飛んでいる。
かつて命を奪い合った敵と、こうして、同じ目的のために翼を並べる。
それは、これから訪れるであろう、平和な時代の到来を告げる、心強い光景だった。
その、はずだ。
なのに、僕の心は、不吉な予感でいっぱいだった。
一度は僕らからの指示に従い、ギアダウンしたはずのグランドシタデルが車輪を格納し、急に加速を始めたのは、トマホーク部隊の女性隊長が連邦の言語で何かを彼らに伝えた直後のことだった。
4機のグランドシタデルは針路をスクレの方向へと向け、機首を下げて高度を速度に変えながら、真っ直ぐに突進していく。
《クソッ! 追うぞ! 》
《《《了解! 》》》》
悪態を吐いて僕らにそう命じるレイチェル大尉に応答し、僕らは逃げ始めたグランドシタデルを追って、エンジンを全開にした。
これはもう、スクレを目標に、何らかの攻撃を企図していると考えざるを得ない。
グランドシタデルは大きな爆弾搭載量を持った重爆撃機で、もし、彼らの機体が爆装しており、スクレを爆撃することにでもなったら、大きな被害が出るだろう。
せっかく合意に近づきつつある講和条約だって、ダメになってしまうだろう。
3か国の国家元首が一堂に会しているところに攻撃なんてされようものなら、それは敵国の国家元首を狙ったものととらえられるだろう。
そうなればもう、交渉どころの話ではなくなってしまう。
何としてでも、彼らに追いつかなければ!
その時、任務に必要なこと以外は一切、僕らと関係を持とうとしていなかったグスタフの叫び声が、僕らの耳に響く。
《待て! 全機、ブレイク! ブレイクだ! 》
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