E-22「異変」
会談は難航しながらも、少しずつ進んでいった。
終戦後の領土をどこまでとするか、賠償金の額はどの程度にするか。折り合いはついてはいないが、合意に向けて話し合いが続けられている。
連邦も帝国も、王国からすれば遥(はる)かに巨大な勢力で、戦争を続けるための体力をいまだに保持し続けていたが、終戦したいというのは本心である様だった。
双方とも戦略爆撃を強化し、その国土の全てが戦場となっているし、これまでの戦争で多くの人命を失って来ており、その損失に深刻な危機感も持っている様だ。
だが、会談には、新たなもめごとも加わっている。
帝国は第4次大陸戦争の開戦当初、第3次大陸戦争の結果、連邦に所属する国家として独立を果たした旧帝国領のいくつかの国家に対して電撃的な侵攻を実施して占領したのだが、その諸国家の扱いで連邦と帝国が対立しているのだ。
連邦は、帝国の占領下にある諸国家の再独立を求めている。
この諸国家は、連邦が第3次大陸戦争の成果として建国したものであって、連邦が主張するところの、「民主主義の勝利」の象徴だった。
連邦がかかげている民主主義がどんな思想であるにしろ、連邦にとって帝国の占領下にある諸国家の再独立は、その思想の性質を示すためにどうしても必要なことだった。
帝国は、これに強く反発している。
帝国にとってこれらの諸国家は旧帝国領の一地方に過ぎず、第3次大陸戦争の結果独立を果たしたとは言っても、それは許されざる背信行為の結果であって、帝国の下に戻るのが道理だと考えている。
第3次大陸戦争は帝国が有利に戦っていたのだが、帝国領だった複数の地方が連邦からの支援を受けて反乱を起こしたために戦争を継続することができなくなり、帝国にとって屈辱的(くつじょくてき)な講和条約を結ぶことで終わったものだ。
現在の第4次大陸戦争が始まったのも、帝国が第3次大陸戦争の雪辱(せつじょく)を果たそうとしたからであり、前の戦争で帝国が敗北するきっかけを裏切りによって作り、連邦の名の下に独立した諸国家は、どうしても許せない存在だった。
それらの諸国家を屈伏させて帝国の下に戻すことは、帝国にとって重要な戦争目標の1つであって、彼らはそうすることを当然の権利と考えている。
会談は、もう、1週間も続いている。
連邦と帝国の主張は平行線をたどり、時には会談が休止される日もあったが、フィリップ6世の尽力によって話し合いは再開され、何とか講和のための努力だけは続けられている。
王国が講和のための条件としているのは、王国の主権の尊重と、王国が戦争に巻き込まれる以前の領土を回復し、それを保証されることだけだった。
僕ら王国は第4次大陸戦争に中立の立場をとっていて、連邦にも帝国にも何ら害意を持っていなかったのだが、連邦も帝国も膠着(こうちゃく)した大陸の北部戦線を迂回して敵の本土に攻め込み、あるいはそれを阻止するために王国を侵略した。
こういった点で僕ら王国は一方的な被害者であって、本来であれば、連邦と帝国に対し、謝罪なり賠償金なりを要求する権利があるはずだった。
だが、王国は、その権利を行使しないと決めている。
心理的な面で謝罪は欲しかったし、現在の王国の経済的な苦境を考えれば賠償金はのどから手が出るほど欲しいものだったが、もし、それらを要求すれば、ただでさえ難航している会談は、さらに泥沼となるだろう。
何故なら、王国は連邦や帝国に比較すると、圧倒的に小国であるからだ。
例え、それが道理にかなう様なことであろうと、力によってねじ伏せられてしまう。
場合によっては王国の主張は一切無視されることになり、戦争状態は解消されず、この先何年も、何十年だって続くことになるかもしれない。
最悪の場合、大国の心証を悪くし、恨まれることになって、将来に禍根(かこん)を残す様なことになってもおかしくないのだ。
これは、理不尽なことだった。
だが、僕ら、王国が小国であるという事実は変えることができないし、連邦も帝国も彼らの一方的な都合によって王国を侵略して来たのだから、王国は相手がそういうことをする相手だという前提で物事を考えなければならない。
王国は、この戦争によって奪われ、失うばかりだった。
それでも、終戦を迎えなければ、荒れ果てた国土の復興に手をつけることさえできない。
僕たちは、僕たちの現実と向き合いながら、折り合いをつけて生きていくしかないのだ。
それが、小国が生き残っていくために歩まなければならない道だった。
フィリップ6世は、粘り強かった。
深く対立し、時には感情をあらわにする連邦と帝国の首脳を会談の場に引き留め、双方が譲歩可能な条件を慎重に探り出して行った。
王国はこの会談に当たって、屈辱的な譲歩を行うことをすでに決めている。
その方針の明確さがフィリップ6世に行動の自由と大胆さを与え、交渉に臨む際の凄味(すごみ)となっている。
また、意外なことに連邦も帝国も、自身が理不尽な侵略を行ったということは自覚しているらしく、フィリップ6世の言葉を軽視できない様だった。
連邦に至っては、フィリップ6世の実の父親であるシャルル8世の処刑まで行っている。
今回の交渉に当たって、連邦は国家元首を交代し、臨時大統領という肩書を持った人物を送り込んできているが、こういった人事があったのも、シャルル8世の処刑を許可した当時の国家元首のままでは会談に出席しにくいという感覚があったのだろう。
それに、フィリップ6世には、連邦と帝国の侵略を撃退した王立軍がついている。
小国である王国が連邦や帝国と対等に戦い得たという事実が、フィリップ6世の発言と行動に重みを与えているのだ。
規模という点から言って、王国が連邦や帝国に対し戦争を挑み、何らかの有用な成果を得ることは不可能だ。
かといって、連邦や帝国の攻撃を撃退した王立軍の戦力は軽視することができず、その動向が、膠着(こうちゃく)状態にある現在の連邦と帝国の戦いに大きな影響を与える可能性を、誰も否定することはできない。
フィリップ6世はシャルル8世の死によって、王位につくために十分な準備をする間もなく、王に即位し、王国の国家元首としてこの戦争を戦った。
王国の王が伝統的に戴冠式(たいかんしき)を行ってきたフィエリテ市の大聖堂は破壊されたままで、フィリップ6世は未だに正式な戴冠式(たいかんしき)は取り行っていないのだが、それでも、彼は僕らの王だ。
フィリップ6世はまだ経験の浅い指導者ではあったが、粘り強く、そして巧みに、王国という国家の存在を活用しながら、困難な交渉を仲介していった。
その結果、とうとう、講和条約の草案と呼べるものができあがった。
連邦と帝国がそれぞれの妥協点を見出し、双方が納得できそうな条件を、とうとう見つけ出すことができたのだ。
いよいよ、講和条約の締結(ていけつ)が現実味を帯びたことで、ようやく、連邦と帝国は双方の軍隊に対して停戦命令を発令した。
これまでは会談が行われている間もずっと戦闘が続けられていた。僕からすればもっと早くに停戦しておけば良かったのにと思うのだが、それでも、会談による成果が具体的な形を持ち始めたことは喜ぶべきことだった。
停戦命令の発令により、連邦軍も帝国軍も現状の前線でそれ以上の進軍を停止し、また、両軍の空軍、海軍も活動を休止した。
連邦と帝国は連日、戦略爆撃による応酬をくり返していたが、それも無くなった。
マグナテラ大陸の空に、数年ぶりに静寂(せいじゃく)が取り戻されたのだ。
いよいよ、平和な時代が訪れる。
そんな予感と喜びが、僕たちの間にも広がっている。
スクレには連邦軍も帝国軍もいたが、どちらもお互いを不倶戴天(ふぐたいてん)の敵としてはいるものの、命を賭けて戦わなくてもいい時代が訪れようとしていることにほっとしている様子だ。
異変は、講和条約の正式な調印式を明日に控(ひか)えた、大陸に平和がもたらされるその前日に起こった。
僕たちは、会談が始まってからずっと続けてきたように、その日も、スクレ上空の戦闘空中哨戒を実施していた。
301Aの6機と、グスタフの、合計で7機。
相変わらず僕とグスタフは犬猿の仲で、任務中もなるべく話さない様にしていたが、それでも、仕事は何とかこなしていた。
これまでの警戒任務は、平穏なものだった。
アルシュ山脈の懐に抱かれた秘境であるスクレは戦場から遠く、戦闘に巻き込まれる恐れは小さかった。
僕たちとは別のローテーションの部隊が飛行している最中に、航法を誤った機が迷い込んできたことはあったが、その機はこちらの誘導に従って大人しく引き返したため、何事も無かった様なものだ。
だが、この日、僕たちが任務中に姿を現した機体は、どうにも様子が違った。
迷い込んで来たり、脱走して来たりしたのにしては、数が多いのだ。
それは、連邦が誇る大型爆撃機、グランドシタデルによって構成された、4機編隊だった。
1機や2機ならともかく、これだけの数の集団が迷い込んで来るというのは、考えにくかった。
何故なら、航法ミスをしたのだとしても、これだけの僚機がいれば誰かが気がついて修正を行うはずだからだ。
王国に亡命するべく逃げ込んで来たのだとしても、そう言った場合は単独や多くても2機くらいで来ることが多い。
搭乗員の数も多い大型爆撃機が複数で、王国に迷い込んだり、亡命するために向かって来たりするとは思えなかった。
何よりも、すでに連邦軍と帝国軍に対しては、それぞれの軍の最高指揮官である国家元首の名において停戦命令が発令されている。
連邦軍も帝国軍も一時的にその活動を停止しており、その4機のグランドシタデルは本来、飛行しているはずが無い。
しかも、講和条約が結ばれる直前まで来ているのだから、今さら王国に亡命しようという利点も考えられない。
連絡に時間がかかり、末端の将兵が停戦を知らされずに動いている、という可能性もあるにはあるのだが、最悪なのは停戦命令を知っていて飛んでいるという場合だ。
意図的に、彼らはここへ向かっている。
断定はできなかったが、そう思って行動しなければならないだろう。
彼らはこちらからの呼びかけに応答しようとしない。
連邦軍が持ち込んだ野戦防空レーダーによってその機影はすでにはっきりととらえられており、無視しても隠れられるわけがないのだが、それでも、応答が無い。
それは、元々、応答する気が無いからだ。
可能性は様々あるだろうが、常に最悪の事態に備えなければならない以上、そう考えて行動するしかない。
その4機の意図は未だに不明ではあったが、スクレに臨時に設置された防空指揮所では、警戒するべき、場合によっては撃墜するべき存在として、彼らのことを認識した。
空中にあった僕たちに、接近中の4機を迎え撃つ様にという命令が下された。
まだ攻撃しろという命令が下されたわけでは無かったが、そうなる可能性は高いと、そう思って行動しなければならない状況だ。
スクレ防空指揮所では、念のために、増援として連邦から来ているトマホークの部隊章を持つ部隊も出撃させることを決めている。
4機の大型爆撃機と、19機の戦闘機。
空戦になったら、なかなかの規模になる。
このまま穏便にことが済めばいいのだが、どうにも、嫌な予感がして仕方が無かった。
とにかく、進入して来た機体の意図を確かめなければならない。
僕らは増槽を捨てて加速すると、高度を3000から6000へと上昇させ、連邦軍機の頭を抑えられる針路へ機首を向けた。
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