E-21「交渉」

 一晩、じっくりと考えてみたのだが、20歳になって、戦争も終わった後、自分がどういった道を歩むのかという問いには、結論は出なかった。


 漠然(ばくぜん)といつかはそうなるのだと思ってはいたのだが、第4次大陸戦争は激しく続いており、僕にとってそれは、あまりにも現実感が希薄なことだった。

 だから、自分の将来について考えることはあっても、いつも結論は出せずに、また今度考えればいいやと、先送りにしてしまう。


 今回は、以前よりも真剣だ。

 何しろ、僕たちは今、第4次大陸戦争を終結させるために開かれる歴史的な会談を成功させるためにここにいるのだ。


 戦争が終われば、王国は戦時の動員体制を解くだろう。

 20歳になれば、僕にはそのまま軍に残るか、軍を離れて民間に戻るかという選択をする機会が与えられ、僕は決断を下さなければならない。


 パイロットを辞めて田舎に戻り、父さんたちと一緒になって、牧場を立て直すために働く。

 それはやりがいのある大仕事だったし、戦争という大きな事象の中ですり減ってしまった僕自身の精神を癒(いや)すには、最適なことだった。


 だが、その、次は?

 牧場での暮らしが嫌なわけでは無かったが、僕はまだ、若いのだ。

 こんなにも早く居場所を落ち着けてしまって、いいのだろうかとも思う。


 その点、近衛騎兵となる道は、魅力があった。

 近衛騎兵の仕事は王室の守護で、基本的に王がいる場所を守ることがその仕事だ。

 多くの時間は王がいる王国の首都となる場所を守るために過ごすことになるだろうが、場合によっては、王が外交などのために外国に出向く時の護衛として、遠い場所まで同行することだってあり得る。


 決して、単調な日々にはならないし、いろいろな場所を訪れる機会があるということは、僕にとっては新鮮な体験となるだろう。


 僕には、あのよく目立つ派手な近衛騎兵連隊の制服を着て、立派で美しい軍馬にまたがり、街角を警備している自分という姿はどうにも思い浮かべられなかったが、パイロットになる前の僕だって、自分がパイロットになった姿を想像できていたわけではない。

 ただ、憧れの空を手にするために、一生懸命になっていただけだ。


 悩み続けていたおかげで、ホテルで出された夕食の内容も味も、よく覚えていない。

 気がつくと僕は満腹になっていて、シャワーを浴びて、現地で用意されていた軍の支給品の衣服に着替え、ベッドに横になっていた。


 すぐに結論を出すことはできなかったが、今の僕には、当面、じっくりと悩んでいる時間は無かった。

 翌日から、連邦、帝国、王国と、3か国の国家元首による直接交渉が開始され、僕たちはその警備のために飛び立たなければならないからだった。


 講和条約を結ぶために開かれたこの会談を護衛するために、スクレには合計で31機の戦闘機部隊が集結している。

 集まった各戦闘機部隊の指揮官たちは、僕たちには内緒で事前にある程度打ち合わせを済ませていたらしく、部隊を3つに分けて、1日4交代制で警備を実施することになっていた。


 朝、昼、夕方、そして夜間の出撃待機と、警備は4つのローテーションで行われる。

 空からの攻撃をもっとも警戒しなければならない明るい間は、それぞれの割り当てのローテーションを担当した戦闘機部隊が戦闘空中哨戒を実施し、夜間はその日の午前中を担当した部隊が地上でいつでも出撃できる様に待機する。

 朝と夜の待機を担当した部隊は次の日は夕方を担当し、その次は昼、そして朝と夜の待機の担当に戻るという、そういうローテーションが組まれている。


 これを、僕らは交渉が続く限り、こなさなければならない。

 1日の飛行は1回だけだからそれほど難しくはないが、朝と夜の待機任務を担当する日は大変だ。

 夜間は一応、仮眠することは許されているのだが、警報が発せられればすぐに緊急発進しなければならない。

 少しも気の休まらない任務だ。


 3つに分かれたローテーションを担当するそれぞれの部隊は、僕たち301Aとグスタフの7機、連邦のトマホーク部隊の12機、王立空軍の防空旅団から派遣されてきた部隊の12機という組み合わせになった。

 正直、グスタフと組まなければならないのは嫌だったが、機数的に僕たちの数が少ないのだから、こういう分け方になったのは自然なことで、仕方がない。


 一緒に飛んでみて改めて思ったのだが、僕は、グスタフのことが気に入らない。


 彼の腕前が優れていることは、よく知っている。

 だが、グスタフは帝国の貴族であることに過剰な誇りを持っており、そのことをはなにかけていて、嫌な奴だった。


 それに、僕たちと一緒に出撃した時も、僕たちの編隊には加わらず、少し離れた場所に、それも高所に位置を取って飛んでいる。

 僕たちのことを信用せず、威圧している様で、不愉快だった。


 それでも、任務は、任務だ。

 マグナテラ大陸の将来を決める、大事な仕事だ。


 僕たちは一切手抜きをしなかったし、グスタフもまた、任務に関しては僕たちと連携を取るつもりはある様で、感情面はともかく、作戦の進行はスムーズだった。


 スクレの飛行場には元々本格的な空軍基地としての設備は無かったが、この会談を成功させるために、防空レーダーが新たに設置されていた。

 その防空レーダーは、野戦防空用に連邦が開発したもので、数両の車両に分散して装備を乗せて、素早く移動することのできる画期的なシステムになっていた。


 その詳しい性能は軍事機密なので僕たちに明かされることは無かったが、連邦が大型の輸送機でわざわざ空輸して来た野戦防空レーダーは十分に機能して、任務についている僕らの誘導や、周辺の警戒に役立っている。

 レーダーに関する技術は、連邦はかなり先進的な様だ。


 帝国だって、負けてはいない。

 帝国は空輸可能な小型の装輪式の戦車を持ち込んできていて、古城の周辺を厳重に警備する役に立っている。

 聞いた話だと、この装輪式戦車には、ボートの様に水面を浮上航行する機能まで備わっている様で、空を飛んでいる時、実際に湖を航行している姿も見ることができた。


 空輸可能で、これだけの走破性能を持っているとなると、使い勝手はいいだろう。

 装備している主砲も野戦砲クラスの75ミリ戦車砲で、火力支援にも、対戦車戦闘にも使うことができそうだ。

 もっとも、その走破性の分、装甲は軽量である様だったが、その使い勝手の良さはとても魅力的だった。


 こういった最新鋭の装備が持ち込まれているのは、会談を成功させたいという各国の強い意志もあるだろうが、自国の軍事技術を宣伝し、戦争を少しでも自身の側に優位になる様に終わらせたいという思惑も働いている様だった。


 僕としては呆れるしかないことだったが、連邦も帝国も、必死だ。

 彼らはお互いに不倶戴天(ふぐたいてん)の敵同士であって、間違っても、少しでも相手に「負けた」というのは認められないことなのだ。


 もし、そういう風に取られてしまう恐れがあるのなら、この会談はそこで終了、連邦も帝国も、際限のない戦争を続けることになるだろう。


 そんな事情だから、交渉はどうやら、簡単には決まりそうになかった。


 初日は、連邦と帝国、そして王国が、それぞれの条件を提出しただけで終わった。


 王国が出した条件は想像がつくとおり、正式な講和条約の締結と、王国の伝統的な領土と国家の主権の尊重という、ごく当然の主張だった。

 これは何の問題にもならなかったのだが、連邦と帝国が出した双方の意見が対立してしまった様だ。


 連邦が出した条件は、国境線をマグナテラ大陸北部のエクラ河を境とすることで確定し、連邦が喪失するエクラ河以東の領土の価値と釣り合う額の賠償金を帝国に要求するものだった。

 これに対して帝国が出した条件は、国境線を第3次大陸戦争があった時点にまで戻し、連邦が喪失する領土に対して、若干の賠償金を支払うというものだった。


 連邦から見ると、帝国が提案した内容は、連邦が失う領土が大き過ぎ、かつ、その代償として支払われる賠償金が少な過ぎるものだった。

 これでは、連邦側が一方的に敗北して領土を奪われたと国民からとらえられかねず、大きな反発が生まれることが予想される。

 建前だろうと何だろうと、国民主権をうたっている連邦としては、これは妥協できない点だった。


 一方の帝国としては、この1年間の間に前線はわずかに進んでエクラ河から連邦側により食い込んだ位置にあることだし、連邦側がエクラ河を区切りとして領土を確定することには抵抗があり、また、帝国が獲得することになる領土にしても、元々は帝国領であったのだから、多額の賠償金の支払いには応じることができないという主張をしている。


 こういった相違点があるせいで、会談は、難航し始めているらしい。

 連邦も帝国も戦争を止めたいというのが本心であり、交渉のテーブルを蹴って本国に帰還するつもりはない様子だったが、簡単には折り合いがつかないようで、僕たちの任務も長期化していった。


 会談は、続けられている。

 難航してはいるものの、少なくともここでは3か国の軍隊が対立することも無く、協力して任務に当たっている。

 本当に、僕らはいったい何に備えて飛んでいるのだろうと、そう思う。


 その疑問は、ライカが地上でカミーユ少佐を目撃したという事実から、余計に強くなっている。


 カミーユ少佐というのは、ライカにとっては許婚(いいなずけ)で、実際は兄の様な関係の人だった。

 そして、カミーユ少佐は、王立軍の諜報部に所属している。


 そんなカミーユ少佐が、ここにきている。

 しかも、いつもとは違う軍服に身を包んで変装しており、屈強そうな、やけに眼光の鋭い王立軍の兵士たちと一緒に行動していた上に、ライカから挨拶をされても気づかないふりをして歩き去ってしまったというのだ。


 他人の空似、ということもあり得たが、ライカとカミーユ少佐の関係を考えると、ライカが見間違えるというのも考えにくい。

 カミーユ少佐は諜報部の人だと分かっているから、何かあると、そう警戒してしまうのも仕方の無いことだった。

 何か、公(おおやけ)にできない様な任務についているのだろう。


 表面的には平穏ではあったが、どうにも、僕は落ち着かない気分のまま、任務をこなしている。

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