E-13「湖畔(こはん)」

 僕たちは、1年前までは全く考えられなかった組み合わせの編隊で飛行していた。

 外交使節が乗っているとはいえ、僕たちが護衛しているのは、双頭の黒い竜、帝国の国籍章が描かれた正真正銘の帝国軍機だ。


 しかも、1機は雷帝の僚機だったパイロットだ。

 僕たちはまだその事実を確認したわけでは無かったが、雷帝と同じ塗装を施していた機体は、雷帝その人の他は彼の僚機ただ1機でしかなく、他には考えられない。


 雷帝のニセモノを帝国が立てた、という説も考えられたが、しかし、これはないだろう。

 何故なら、帝国はすでに雷帝の戦死を公式に認めており、大陸中にラジオ放送を行っているからだ。

 死を認めた者のニセモノを作り出すことなど、意味が分からない。


 ただ、マグナテラ大陸の絶対的なエースパイロットの死は、隠そうとされてもおかしくないことだった。

 知名度があり、将兵にとって戦意を高める効果さえ持っているエースが失われたとすれば、それは兵士たちの士気に大きく響くからだ。


 それでも帝国が雷帝の死を公表したのは、戦意高揚のために利用しようとしたためだ。

 フィエリテ市で窮地(きゅうち)にある友軍を救おうとして戦い、勇敢に散っていったという筋書きで、帝国は雷帝の死を美化して、それを耳にする者たちの士気を高めようとした。


 これには、フィエリテ市で大勢の帝国軍将兵が包囲され、日々の食事にさえ事欠く様な状態に陥ってしまったという、いわば帝国軍の「失態」から人々の目を逸らすという目的もあっただろう。


 気分の良い話では無かった。

 だが、似た様なことは連邦でも、そして僕らの王国でもやっている。


 勝つためには、何だってする。

 それが例えどんなに後味の悪いことであっても、人間はそれをやってしまう。

 僕が戦争を嫌う理由の1つだ。


 しかし、雷帝の僚機がその1番機を失ってもなお、彼と同じ塗装を機体に施しているのは、いったい、どうしてなのだろうか。

 雷帝を僚機として守れなかったから、その遺志を引き継ごうというつもりなのだろうか。

 それとも、自分こそが雷帝の唯一の僚機であり、この世界でただ1人の雷帝の弟子であるということに、誇りを持っているのだろうか。


 正直に言って、僕は、帝国からやってきた外交使節が何をしようとしているのかよりも、雷帝の僚機の方が気になっていた。


 いったい、どんな人物が乗っているのだろう?

 そして、雷帝と一緒に飛ぶというのは、いったい、どんな気持ちだったのだろう?


 憧れと、好奇心と、そして、わずかにちらつく嫉妬(しっと)。

 僕は、雷帝の僚機だったパイロットと、1度話をしてみたかった。


 だが、今は任務中だ。

 そんな機会があるはずも無かった。


 天候が良かったから、僕たちの飛行は順調だった。

 初めて編隊を組む相手だったが、帝国のパイロットたちの腕は良く、一緒に飛ぶのに何の問題も無かった。


 不思議だったのは、どうして、こんな風に護衛機をつけなければいけないのか、ということだった。


 僕たちは未だに正式な休戦条約も講和条約も結んではおらず、厳密には戦争状態のままだったが、実態としてはすでに交戦状態ではなくなっていた。

 王立軍は警戒態勢を取り続け、王国は総動員体制を敷いて、そのことが王国の経済に深刻な危機をもたらしてはいたが、この1年間、大きな戦いは無いし、戦死者だって出ていない。


 彼らが外交使節であるというのなら、王立軍が彼らを攻撃する理由など無いはずだった。


 僕たちは、一体何から、彼らを護衛しているのだろうか?


 小さな、小競り合いの様なことは確かにあった。

 例えば、航法に失敗するか機体の損傷によって王国に迷い込んで来た敵機を迎撃するということは何度もあった。


 だが、積極的に交戦することなど無かったし、こんな風にしっかりとした護衛をする理由は思い当たらない。

 儀礼上の出迎えが必要だと言うのであれば、2機くらいで出迎えるだけでも十分だし、その方が穏便な雰囲気になると僕などは思うのだが。


 話は変わるが、この、連邦や帝国から迷い込んで来る将兵というのも、王国にとっては大きな問題になっていた。


 彼らの中には、意図的に王国に迷い込んで来る者が多いのだ。

 つまり、亡命者たちだ。


 連邦も帝国も、もう、長く戦争を続けている。

 戦いは膠着(こうちゃく)状態で決着らしい決着はついておらず、前線では今も、多くの将兵が先の見えない戦いの中で命を失っている。


 今では、連邦も帝国も、その全土が戦火に焼かれる危険にさらされている。

 かつて連邦は「グランドシタデル」と呼ばれた大型爆撃機で王国に対して戦略爆撃を実施したが、帝国も同様の作戦を開始し、双方が大規模な爆撃を実施しているからだ。

 つい数年前までは空想の産物でしかなかった巨人機たちが、今では、それがあるのが当たり前の様に、何百機という規模の編隊を組んで飛び交っている。

 僕らの王国でも、こういった大型爆撃機を王立空軍に配備するかどうか、検討に入っているほどだった。


 ありとあらゆるものが、戦争へと投じられている。

 戦いは形を変え、場所を変え、ただひたすらに広がり続けている。

 どこにも逃げ場など無く、安全な場所も無い。

 それなのに、一向に決着はつかず、徒(いたずら)に人命だけが失われていく。


 そんな戦いが長く続き過ぎているせいで、連邦でも帝国でも、士気の低下が顕著(けんちょ)になりつつあった。

 戦いから逃げようとしても、本国に戻るわけにもいかないし、かといって敵陣に走るのは気が進まない。


 そんな人々にとって、王国は逃亡先として理想的な場所だ。


 脱走者の数は徐々に増えてきており、王国では彼らの扱いに頭を悩ませている。

 彼らは連邦や帝国にとっては裏切り者だったから、引き渡しの要求がひっきりなしに寄せられているのだが、重罪に問われると分かっていて、亡命者たちを追い返すわけにもいかない。


経済危機に陥っている王国では、捕虜を養うのも大変なのに、その数ばかりが増えている。

 戦争中に王国が獲得した捕虜は、連邦、帝国を合わせて30万名を優に超えており、王国の各地に建設された捕虜収容所はどこも一杯の状態で、そして、それだけの数を食べさせていくのだけでも大きな負担となっている。

 だが、戦時捕虜にはとるべき待遇というものが国際的な条約で定められており、王国ではその条約をどうにか守るために、四苦八苦している状態だ。


 この外交使節の訪問が、王国が直面している様々な問題の解決へと繋がるのだろうか?


 夏空の下で快調に飛行を続けた僕たちは、フィエリテ市の東側で針路を0、北へと向けた。

 僕は針路からてっきりフィエリテ市近くの飛行場に降りるのだと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。


 それも、そのはずか。

 王国の首都だったフィエリテ市は、戦火の中ですっかり焼きつくされてしまっている。

 王国の人々は根気強く瓦礫(がれき)を片付け、街を復興させようと努力をしてはいるが、その努力が実るのはまだまだ先だ。


 外国からの使節と会談できるような建物なんてどこにも残ってはいないし、会談をする間、使節団の一行を宿泊させることができる施設も無い。

 みんな、破壊されてしまっている。


 だが、僕たちが向かっているのは、北だ。

 その先には、アルシュ山脈の雄峰が広がっている。


 豊かな自然が美しい地域だったが、そこに大きな街などは無いし、破壊されてしまったフィエリテ市よりもさらに、外交使節を出迎える場所としてはふさわしくない様に思えた。


 それに、この先に僕たちが着陸できる飛行場があるのだろうか。

 ベルランE型の燃料にはまだ余裕があったが、今から鷹の巣穴に戻れるような燃料はもう残っていない。

 この先に着陸して補給を行える飛行場があればいいのだが、もし、それが無ければ、僕たちは不時着するしかなくなってきてしまう。


 段々と僕が不安になってきた時、突然、それは現れた。

 自然の浸食作用によって出来上がった山の間の広い谷間を、唯一目的地を知っているレイチェル大尉の先導で抜けていくと、急に、目の前が開けたのだ。


 そこは、アルシュ山脈の麓で、周囲を山々に囲まれた、なだらかな盆地だった。

 盆地の大きな部分を雪解け水によって作られた美しい湖が占めており、その湖畔には、針葉樹林や草地が広がる、なだらかな大地が広がっている。

 透明な湖に突き出す様に、灰色の岩で作られた古城と、小さな集落の姿が見て取れる。

 そして、その近くには、どうしてこんな場所にあるのか、大型機でも離着陸が可能な滑走路があった。


 おとぎ話の中に登場するような、自然豊かで、穏やかな場所だった。

 その中に不釣り合いな飛行場があるのが、何とも不自然で、現実感が無い。

 僕にはそれが現実であるのか、夢であるのかすぐには区別がつかず、何度か瞬きをしてしまった。


 だが、僕たちの目的地は、この美しい湖畔で間違いない様だった。


《よぉし、301A全機、着陸準備! 外交使節を先に降ろす、最後まで周辺警戒を怠るな! 》

》》》


 僕たちはレイチェル大尉からの指示に答え、それから、着陸するための準備を始めた。

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