E-10「極秘会談」

 フィリップ6世はやがて、ハットン大佐とレイチェル大尉などを連れて、ハットン大佐が普段から執務などに使っている建物へと向かっていった。


 僕たちには一時解散が命じられ、整列を解いた僕たちはバラバラと散って行ったが、しかし、誰の胸の中にも、疑問と、好奇心が生まれている。


 突然の王の訪問には驚かされたが、国家元首の地位にある様な重要人物が、何の目的も無しにぶらりと僕らの部隊を訪れることなど、あり得ない。

 単純に部隊を観閲(かんえつ)するのであれば僕たちに事前の連絡があったはずだ。何の音沙汰も無しに突如として、しかも王ご本人が現れるのだから、何かがあると考えるのが当然だった。


 僕はハンモックのところに戻る気にはなれなかったし、他の部隊の仲間たちもみな、大きく離れたりはせず、フィリップ6世が消えていった建物の様子をうかがうことができる距離に留まっている。


 フィリップ6世とハットン大佐たちとの会談は、数十分間続いた。

 その間、王たちが入って行った建物の周辺は近衛兵たちが直立不動のまま警備につき、例え友軍である僕たちであっても、一切の接近を許さないという風に目を光らせ続けていた。


 近衛兵たちの制服は、かなり暑そうだった。

 彼らは派手な赤い色の肋骨服(ろっこつふく)を身に着けている。あれでも一応は生地が薄く作られている夏服だということだが、それでも、長袖、長ズボンの制服をきっちりと身に着け、炎天下の中を帽子があるとはいえ直立不動のまま立ち続けているのは、相当辛そうだった。


 その額には汗が浮かんでは、流れ落ちていく。

 今日は心地の良い風が吹いているが、それが近衛兵たちにとっての数少ない救いだっただろう。


 それから、建物の中からレイチェル大尉が出てきて、僕たちに再び整列する様にという指示を発した。

 僕たちはずっと建物の様子をうかがえる距離にいたから、今度は少しも慌てることなく集合し、整列することができた。


 僕たちが整列をし終えると、建物の中からハットン大佐とフィリップ6世が出て来る。

 近衛兵たちが王の前後を守る様に2列縦隊を作り、王は元来た車列へ、ハットン大佐はそこから分かれて、王を見送るために僕たちの列へと加わった。


 フィリップ6世は車に乗り込む前に一度僕たちの方を振り返り、僕たち全員の顔を右から左へと一瞥(いちべつ)すると、車の中に消えていく。

 近衛兵たちも次々と車に乗り込んでいき、やがて、車列はUターンして、元来た方向へと走り始めた。


「総員、敬礼! 」


 僕たちはハットン大佐の号令で一斉に敬礼し、王の車列を見送った。


 やがて、王の車列が見えなくなると、ハットン大佐が「直れ」と号令し、僕たちはようやく、敬礼していた手を降ろした。


 僕らは、やれやれ、と安堵の息を吐いた。

 この国、イリス=オリヴィエ連合王国に王様が存在するということは誰もが承知をしていることだったし、内心はともかく、表面的には誰もが王様に対して敬意を持っている。


 だが、実際に王様の姿を見たことがある者はほとんどいなかったし、フィリップ6世の現れ方はあまりにも唐突だったために、出撃するのとはまた違う性質の緊張をしてしまっていた。

 フィリップ6世が僕たちを訪問した理由はまだ分からなかったが、とにかく、特に問題も無く立ち去ってくれて、僕たちはひとまずは安心できた。


 それから、ハットン大佐は僕たち全員に、格納庫の中へと集合する様にと指示を出した。

 恐らくはだが、僕たち全員を1か所に集めて、そこでフィリップ6世がどうして僕たちを訪問したのかを明らかにしてくれるつもりなのだろう。


 僕は集合する場所を格納庫、丘陵に掘られたトンネルの中にしたのは、夏の暑さを少しでも避けられる様にというハットン大佐の配慮だと思ったのだが、どうやらそれだけでも無い様だった。


 ハットン大佐は僕たちが格納庫のトンネルの中に入ると、その出入り口に設置されている木製の扉(本当は鋼鉄製の耐爆扉が設置される予定だったのだが、物資不足により木製で代用されている)を閉じる様に命令した。

 しかも、301Aの関係者以外が近寄らないよう、扉の外には数名の警備の兵士を置いた。


 何というか、異様な雰囲気だった。

 僕らの王様、フィリップ6世が自ら訪れて直接用件を伝えたのだから、それは重要なことに違いなかったが、こんな風に情報漏洩(じょうほうろうえい)を気にしなければならないというのは、いったい、どんなことなのだろう。


 ここは敵地ではなく、味方の基地なのだ。

 敵に情報を隠すというのは分かるが、しかし、味方にまで隠さなければならないというのは、普通ではない。


 情報漏洩(じょうほうろうえい)を防止するための措置を取り終えたハットン大佐は、格納庫の中に集まった僕たち全員から見える様に機体を整備するために使うタラップに登り、僕たちのことを見渡した。


 全員、一声も出さず、トンネルの中は静まり返っている。

 王様が現れたというだけでも十分な異常事態なのに、これからさらに、何か特別な命令が下されることになる。

 僕らは、ハットン大佐の言葉を、固唾をのんで待った。


「諸君。まずは、突然、フィリップ6世が我が部隊を訪問されたことで、驚いていることと思う」


 やがて、ハットン大佐が口を開く。

 大佐の声は、トンネルの中なのでよく響いた。


「フィリップ6世がこの場所を訪問したのは、我々、第1戦闘機大隊、より詳しくのべれば301Aに、ある任務を命じるためであった。……王直々の、特別な任務だ! 」


 声が反響するので、ハットン大佐は自身の言葉が明瞭に伝わる様、ゆっくり、言葉を区切りながらしゃべっている。

 僕たちは大佐の言葉に意識を集中し、誰も、一言も発さない。

 異様な雰囲気に包まれたトンネルの中で、ハットン大佐の声だけが響いている。


「その特別任務の内容は、まだ、諸君にも明かすことができない。……だが、我々301Aは、近日中に出撃任務を実施することになる。……何よりも重要なことだが、諸君、この特別任務については、誰にも口外してはならない! 基地で働いてくれている軍属、雇われた民間人は元より、他の部隊、友軍に対してもだ! 」


 僕は、近くにいた仲間たち、ジャック、アビゲイル、ライカと、お互いに顔を見合わせた。

 ハットン大佐がトンネルを密室として秘密の漏洩(ろうえい)を阻止するための措置を取ったことから、すでにこの特別任務の特殊性は明らかなものだったが、こうやって改めてそのことを明言されると、好奇心が湧いてくる。


「フィリップ6世より仰せつかった特別任務は、未だ、その実施の日程も、場所も、定まってはいない。このため、我々は当面の間、これまで通り、訓練と哨戒任務を継続することになる。今日、明日の休日も、予定通りだ。……だが、諸君、心して欲しい」


 ハットン大佐は言葉を区切り、僕たちが大佐の言葉に意識を向けるための間を取ってから、再び口を開いた。


「我らが王は、戦争中の諸君らの活躍と献身を知り、この任務を任せられる部隊は他にいないとお考えになった。これほどの信頼を王から頂いたからには、諸君には粛々(しゅくしゅく)と任務を遂行し、これまで通り、確実にそれを成しとげてもらいたい! ……任務の内容とその日程については、また、後日に明らかなものとする。それまでは、諸君、どうかこれまで通りに過ごして欲しい。くり返しになるが、この特別任務については、誰にも口外してはならないし、文章など、形に残る様なもので残してもならない。……ただひとつ言えるのは、これが、王国と、このマグナテラ大陸の命運を賭けた、重要な任務となるということだけだ! 」


 僕は、思わず生唾を飲み込んだ。


 このマグナテラ大陸の命運を賭けた、重要な任務。

 その任務を、フィリップ6世が僕らのことを信頼して任せてくれるというのだから、それは光栄なことではあった。


 だがそれは、突然僕たちにのしかかった重圧でもあった。


 その任務の内容がまだ明らかにはならず、しかも、その特別任務に従事することを誰にも明かさず秘密にし、気づかれない様に平然と普段通りに過ごすというのも、なかなか難しい話だった。


 それをやれ、と言うのなら、やってみせるというだけのことだったが、こういう風に厳命されてしまうと、かえって落ち着かない。

 僕などは、ここで働いているアリシアにぽろっと秘密を漏(も)らしてしまわないかどうか、心配だ。


 別に僕は口が軽い人間ではなかったが、ふとしたひょうしに何か口走ってしまわないかどうか。

 普段なら秘密を守るのに大して問題は無いのに、何だか自信が無くなって来てしまった。


「私からは以上だ。諸君、ひとまずは、休暇を楽しんでもらいたい。任務が始まれば忙しくなる、十分に休養して欲しい! 」


 ハットン大佐の締めの言葉で僕らは元の休日へと戻って行ったが、しかし、気持ちはもう、少しも休みという感じではなくなってしまっていた。

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