20-24「1対1」
何だ、何か言いたいことがあるのなら、さっさと言え。
レイチェル大尉は少しめんどうくさそうに、視線だけで僕にそう指示を下した。
僕はレイチェル大尉の無言に圧力を感じ、言い淀んでしまったが、大事な作戦の前に確認できることは全てやっておくべきだった。
「その……、大尉。今の搭乗割り当てだと、僕が改Ⅱに乗ることになっていますが、何かの間違いじゃないでしょうか? 」
「いいや、合っている。……昨日の晩、お前以外の3人で話し合って決めさせてもらった」
僕の質問に、レイチェル大尉はそう答える。
僕は、自分の知らないところで談合が行われていたことを、ここで初めて知った。
「で、でも! 僕より、他の人の方が、うまく使うことができるはずです! 」
「さて。そうかも知れんし、そうじゃないかも知れない」
レイチェル大尉は僕の指摘に肩をすくめて見せると、それから、有無を言わせぬ口調で僕たちに命じた。
「とにかく、全員、機体に搭乗を開始しろ! ……それと、ミーレス。お前の疑問には、空に上がってから答えてやる! さぁ、全員、行くぞ! 」
僕は、突然重要な役割を与えられて緊張してしまっていたが、レイチェル大尉にそう言われてしまっては、機体に乗り込まないわけにはいかなかった。
操縦席におさまった僕は、とにかく、深呼吸をして、少しでも気持ちを落ち着ける。
僕の知らないところで何か大事な決定が下されてしまっている様子で、僕としてはそれが大きなプレッシャーになっているのだが、今はとにかく、機体を飛ばすことに集中しなければ。
機体の各部のチェックを済ませ、暖機運転も十分に行うと、僕たちは訓練飛行を開始した。
この訓練のためには、雷帝を倒すために用意された貴重な100オクタン燃料が惜しみなく使われている。
1回の訓練飛行で、実戦に近い状態の機体の性能を確認しなければならないからだ。
短い時間で機体の性能を確認し、自分のものにしなければならない。
僕は、今はレイチェル大尉の2番機になっていた。
大尉の後に続いて誘導路を進み、滑走路へと進入し、離陸を開始すると、何だか、航空教導連隊での訓練の日々を思い出す様だった。
だが、今の僕と大尉は、訓練生と教官では無かった。
僕は大尉の2番機で、そして、たった1機の改Ⅱに乗っている。
僕が、雷帝を倒さなければならないのだ。
幸い、改造機の操縦性は、カイザーから聞かされていた通り、これまでと大きく変わってはいなかった。
僕が乗っている改Ⅱはエンジンの最大出力が大幅に向上させられているが、それはたった5分の全力運転時だけに発揮されるもので、それ以外の時の性能はチューンされる前のグレナディエM31と変わらない。
ただ、機体表面を平滑になる様に仕上げているためか、空気抵抗が減って、機体の加速が良くなっていた。
空中に浮かび上がってからの速度のノリがいいし、他の機体と編隊を組んで飛行する時も、いつもよりエンジンの出力を抑え気味にしなければ、前の機体を追いついてしまいそうだった。
少なくとも、機体に施した改造の成果は、明らかに体感できるレベルである様だった。
それから、僕たちは予定していた通り、短い時間でできる限りの曲芸飛行を試して行った。
旋回性能は、機体の基本形状が変化していないのでさほど変わらない。
上昇性能については機体の空気抵抗が減った分良くなっていて、特に、改Ⅱとなっている僕の機体ではそれが顕著(けんちょ)だった。
雷帝を倒すためには、彼の必殺技である釣り上げを崩すしかない。
そのためには機体の上昇力と加速力が大切で、僕たちの機体に施された改造はその目的に合致(がっち)している様だった。
僕たちは訓練を予定通り、順調に進め、やがて、模擬空戦を試してみる段階にまでなった。
《よーし、ミーレス。2対2でやる前に、ちょっと、サシで勝負してみようや》
《えっと……、大尉と、僕とで、1対1でですか? 》
《そうだ。ホラ、お前をどうして改Ⅱに乗せたか、教えてやるって言っただろ? 》
僕が対雷帝用の切り札として作られた機体に乗せられた理由。
それは、一体何なのだろうか?
僕は自分では全く見当もつかなかったが、レイチェル大尉に言われるがまま、大尉と1対1で模擬空戦をする準備を整えた。
せっかく磨き上げた機体を汚すのも問題なので、今日の機体には模擬弾は搭載されておらず、代わりに弾薬と同重量の重りが入っているだけだ。
だから、模擬空戦を行う僕とレイチェル大尉の勝敗は、「バンバンバン! 」とパイロットが射撃を主張した時に、それが命中したかどうかを判定する審判役のハットン中佐とナタリアによって決められる。
シチュエーションは、同高度、正面から向き合った状態で交戦を開始するというものだ。
これなら、交戦に入るためにはお互いにすれ違った後機体を反転させるしかなくなるため、そのまま格闘戦に入り易く、単純にパイロットの技量の優劣をつけやすい。
《ミーレス! 手加減はしないから、お前も全力で来い! 今のお前の本気って奴を見せてみろ! 》
《了解! 》
僕はまだ改Ⅱに自分が乗せられていることに戸惑ってはいたが、レイチェル大尉と勝負することになった以上、手を抜いたりするつもりはない。
そんなことをすれば、レイチェル大尉にはすぐに見抜かれてしまうし、大尉に礼を失することにもなってしまう。
僕とレイチェル大尉は編隊を解き、一度距離をとると、お互いに旋回して機首を向け合って突進した。
改Ⅱの全力は、ここでは出せない。
それが機体に大きな負荷を与えるということもあったが、パイロットの技量を確かめるのが目的なのだから、機体の条件は少しでも合わせなければダメだからだ。
エンジンの出力を上げると機体は力強く加速し、僕とレイチェル大尉との間の距離は一瞬で詰まった。
やはり、空気抵抗が軽減された分、機体の出足は良くなっている。
これだけの加速力があれば、雷帝との戦いでも力を発揮できるはずだった。
やがて、僕とレイチェル大尉はお互いの射撃可能範囲に入る寸前でそれぞれ右旋回に入り、互いの機が衝突することをまずは回避した。
正面を向き合ったまま撃ち合えば、通常はより攻撃力が高い機体が勝つ。だが、僕たちが乗っている機体の装備はどちらも20ミリ機関砲5門で、正面から撃ち合っても引き分けになるだけだったからだ。
僕たちは互いに旋回を終えると、そのまま、格闘戦へと入って行った。
対戦相手の背後を先に取ったのは、レイチェル大尉の方だった。
やはり、レイチェル大尉の方が強いのではないか?
僕はそう思いつつも、レイチェル大尉から必死に逃げ、そして、反撃の隙を伺(うかが)う。
僕とレイチェル大尉は、長いつき合いだ。
僕はレイチェル大尉に航空教導連隊で厳しく鍛えられたし、模擬戦で大尉に手も足も出せずに撃墜されたことは、数えきれないくらいある。
そして、この戦争ではずっと、大尉の指揮下で戦ってきたのだ。
僕は、レイチェル大尉のクセはよく知っている。
だから、レイチェル大尉が射撃を主張するだろうなという瞬間は、かなりの精度で予想することができた。
攻撃される、というタイミングに合わせて回避行動をとりながら、僕はレイチェル大尉を引き離すべく、方法を考える。
大尉の性格なら、なかなか攻撃が決まらないとなると、多少、強引に詰めて来るはずだ。
逆転のチャンスがあるとすれば、その瞬間だ。
僕は、その機会を、集中しながらじっと待った。
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