20-23「搭乗割り当て」

 ライカを見送ってからのことを、僕はほとんど覚えていない。


 気がついたら翌朝で、僕は、飛行服を身につけ、駐機場に並べられたベルランの改造機の前に立っていた。


「おい、ミーレス。お前、大丈夫か? 飛べるのか? 」


 目の前には、何だか気味が悪そうな顔をしたレイチェル大尉が立っている。

 周囲には、ハットン中佐とナタリア、カイザーの姿があって、ハットン中佐とカイザーは心配そうに、ナタリアは何かを勝手に妄想しているらしく楽しそうに僕の方を見ている。


 僕は、慌てて姿勢を正した。


「いえ、大尉殿! 全く問題ありません! 」

「本当か? ……まぁ、いい。これから、ベルラン改造機のテスト飛行を行う! 」


 レイチェル大尉はなおも気味が悪そうだったが、それでも、僕らには時間がない。

 大尉はそう言うと、これから行う試験内容について説明を始める。

 いつもなら煙草を口にくわえているのだが、作戦の重要さのせいか、今日は何もくわえていなかった。


 集まった4人のパイロットの内、階級が最も高いのはハットン中佐だったが、どうしてレイチェル大尉が指揮をとっているかと言うと、ハットン中佐が飛行に関しての指揮権はレイチェル大尉に譲(ゆず)るとしたためだ。


 ハットン中佐は現役だったころは戦闘機パイロットで、この戦争が始まって軍務に復帰してからもプラティークの操縦などを行ってきており、パイロットとしての実績や経験は豊富で、その指揮能力に疑うべき点も無い。

 だが、レイチェル大尉は、ハットン中佐が現役であったころには存在し無かった、最高速度が時速500キロ以上は当たり前、600キロを超えるものも多いという現在の戦場での実戦経験でハットン中佐に大きく勝っている。


 階級など関係なく、高級将校だろうと、レイチェル大尉の指揮下に入る。

 戦況が厳しい状況の中での柔軟な判断が行われた結果であり、ハットン中佐と僕たちの間で作り上げられた信頼関係が形になったものだった。


 基本的な飛行については、すでに改造機をテスト飛行する時に行って問題が無いことが確認されていたから、今日は、実戦を想定した訓練を予定している。

 訓練は午前中を予定しており、まず、機体の加速力のチェックや、曲芸飛行時の上昇力や旋回性能を見て、最後に2対2に分かれての模擬空戦を実施する。

 午後は機体のチェックと整備に目いっぱい使われ、翌日以降の出撃に備えることになる。


 分隊は、レイチェル大尉と僕、ハットン中佐とナタリアという分け方で、小隊全体の指揮はレイチェル大尉が取ることになっている。

 レイチェル大尉と僕が雷帝と戦い、ハットン中佐とナタリアが雷帝の僚機と戦う予定だ。


 僕たちが雷帝に完敗した戦いで、雷帝の僚機には少なくないダメージを与えて撃破することには成功したのだが、前線の監視哨からの報告によると、すでに戦線に復帰しているということだった。

 帝国のカイザー・エクスプレスは今も継続されており、その護衛機の中に、2機の黒い戦闘機がいることが分かっている。


 少なくとも、僕らは1度、雷帝と僚機を分断することに成功し、追いつめるところまでは行っている。

 あの時は7機で、今度は4機だったが、僕たちの機体は改造を施され、その性能を大きく増しているはずだ。

 だからきっと、勝負することはできる。


 訓練内容の説明が終わると、レイチェル大尉と入れ替わりになって、カイザーから機体についての説明が行われた。


 ベルランの改造機は4機製作されたが、その種類は2つある。

 1つは、塗装をはぎ、機体表面を研磨して磨いただけの小改良機、「ベルランD改」であり、もう1つは、塗装をはぐだけでなく機体の凹凸をパテ盛りして全体を平滑にし、エンジンにもチューンアップを施した特別改造機、「ベルランD改Ⅱ」だ。

 用意された機体の内、3機がベルランD改、1機がベルランD改Ⅱで、雷帝と戦う上での切り札となるのがベルランD改Ⅱだった。


 ベルランD改(略して改と呼ぶことになった)については、通常型のベルランとさほど大きく変わらない。塗装をはいで表面を磨いているのと、あとは、操縦席後部の貨物スペースに臨時タンクを増設している程度で、こちらについての説明はそれほど難しくはなかった。


 だが、ベルランD改Ⅱ(略して改Ⅱと呼ぶことになった)は、エンジンにチューンアップを施している関係上、注意事項が多かった。


 例えば、エンジンに送り込まれる混合気を調整する手順。

 通常の機体であれば、燃料の供給は巡航と常時にスイッチが分かれており、空戦中は常時に設定し、後はエンジン出力の調整を行っていく場合がほとんどで、改ではそこから大きな変化はない。


 だが、改Ⅱの場合は、そこからさらにエンジンに燃料を濃く送り込み、酸素ボンベから過給機に酸素を供給して、エンジンの出力を大幅に向上させる装置が装備されている。

 そのために、燃料系の操作スイッチの近くに新しいスイッチが追加され、エンジンに最大出力を発揮させるために操作するべき手順が多くなっている。


 追加されたスイッチは、燃料の供給を通常より濃くするスイッチと、過給機に機内に追加された酸素ボンベから酸素を供給するためのスイッチだ。

 ただ手順が多くなるだけでなく、この2つのスイッチを作動させるのには順番があって、酸素の供給スイッチ、次いで燃料のスイッチを押さなければならない。


 仮に、酸素濃度を上げずに燃料を先に濃くしてしまいと、エンジンで燃料が不完全燃焼する原因となり、最悪、エンジンが止まってしまう。

 2つしかないスイッチだからそれほど複雑な話ではないが、やり直しができないだけに、プレッシャーは大きかった。


 それから、カイザーが何度もくり返し強調したのが、改Ⅱに装備されているエンジンを全力運転できる時間は、5分未満でしかないだろうということだった。

これは、エンジンを地上でテストした際に得られたデータによる予想だったが、状況によってはそれ以下の時間しかもたない可能性があるらしい。


 それだけ信頼性が低いということだから、雷帝と戦う前に、今日の訓練で試すということもできない。

 ぶっつけ本番で、ここぞという時にだけしか、使うことができない。


 カイザーは僕たちにわずかな時間だけしかチャンスを用意できなかったことを心苦しく思っている様子だったが、彼は少しも悪くはない。

 彼がいなければ、僕たちは機体のエンジンをチューンアップすることができず、雷帝に勝つ希望を少しも持てなかったはずだからだ。


 ぶっつけ本番になってしまうことには不安もあったが、エンジンに予備は無いし、機体を事故で失うわけにもいかなかったので、ここは我慢する他はない。


 難しい注意事項はあったが、ベルランD改も改Ⅱも基本構造はベルランD型であり、その他の飛行特性などには大きな影響は無いはずだということだった。

 改Ⅱの全力をほとんど試せないのは、ぶっつけ本番みたいな形になるので残念ではあったが、整備班の腕を信じる他は無かったし、僕は彼らを疑う必要性を感じない。

 機体は、その力を十分に発揮してくれるはずだ。


 僕たちへの説明を終えると、カイザーは機体の発進準備のために、作業を行っている他の整備班たちの方へと向かっていった。


 飛行前の最後の確認が終わると、機体の搭乗割り当てがレイチェル大尉から発表された。


 ベルラン改造機は、生き残った機体番号4207号機、4208号機、4210号機、4212号機から作られている。

 その内、ナタリアはそれまで乗っていたのと同じ4207号機に搭乗し、レイチェル大尉は4208号機、ハットン中佐は4210号機に搭乗することになった。

 僕は、残る4212号機に搭乗することになる。


 そこで、僕はアレ、と思った。


 4212号機は、僕が王国の東海岸沖で帝国の艦隊を迎撃した際に愛機を失ってからずっと使っていた機体ではあったが、僕自身が乗ることになるとは思っていなかった。


 何故なら、4212号機はたった1機だけ用意されたベルランD改Ⅱで、雷帝を倒すための切り札となるものだったからだ。


 僕は、てっきり、レイチェル大尉が乗るものだと思っていた。

 僕ら、301Aをこれまで指揮し、支えてきたのはレイチェル大尉だったし、大尉はいつでも、戦場でその卓越した技量を示して来た。

 敵機を撃墜した数だって、レイチェル大尉が一番多いのだ。


 だが、搭乗割は、僕が改Ⅱに乗ることが当たり前の様に、誰からも疑問を持たれていない様だった。

 ハットン中佐とレイチェル大尉はお互いによく相談し合って物事を決めているから、事前にこのことを承知していたのかもしれないが、ナタリアも、僕が改Ⅱに乗ることをさも当然の様に思っている様子だった。


 この4人の中で、僕だけが、変だなと思っている。


 もしかすると、僕の意識がハッキリしていなかった時に、何かあったのだろうか?

 そうだとしても、僕は、何も思い出せない。


 本当に、僕が、ベルランD改Ⅱに乗るのだろうか?

 僕が、雷帝と戦う、切り札の役割を任されるのだろうか?


「あ、あの……、レイチェル大尉? 」


 不安になって来た僕は、思わず挙手をしていた。


※作者注

 ベルランD改Ⅱの改Ⅱは「カイツー」と読みます。

 Ez8みたいにアルファベットで表記するのと迷ったのですが、改という言葉にロマンを感じたのでこちらを採用してみました。

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