20-12「ずっと」

 その日は僕たちにとって、この戦争中で最悪の1日になった。


 カルロス曹長が雷帝に撃墜された直後、曹長を救おうとしていたレイチェル大尉とナタリアも次々と被弾してしまったからだ。


 レイチェル大尉は悪運強く、損傷した機体から脱出してパラシュートで降下し、ナタリアは機体から煙を引きながら雲の中へと退避していった。


 雷帝は、その戦果だけでは満足しなかった。

 ようやく速度を回復し、レイチェル大尉とナタリアを援護するために旋回を開始した僕ら目がけ、彼は襲いかかって来た。


 速度を失って機体がまともな運動性を発揮できなくなっていたレイチェル大尉やナタリアと違って、僕たちの機体はある程度速度を取り戻していたから、雷帝と空中戦らしい戦いができるはずだった。

 だが、僕たちはカルロス曹長を失い、ベテランのパイロットでこれまで僕たちを引っ張って来てくれたレイチェル大尉とナタリアをも失ったことで、パニックを起こしていた。


 僕たちは、どうすればいいのか。

 どんな風に戦えばいいのだろうか。

 何も、分からない。


 自分たちは、エースだ。

 僕たちは戦闘機パイロットとして、十分に戦うことができる。

 そんな風に、僕たちは思っていた。


 とんだ自惚(うぬぼ)れだった。

 僕たちは指揮官と熟練のベテランパイロットたちを失った瞬間、戦う集団ではなく、烏合の衆と化していた。

 僕たちは戦闘機をうまく飛ばせるだけの未熟者で、いざ、自分たちを導いてくれる人々がいなくなった瞬間、何もできなくなってしまったのだ。


 それでも、僕たちは混乱しながらも雷帝と精一杯、戦った。

 この戦争を終わらせるとか、カルロス曹長たちの仇を討つとか、そんなことを考える余裕は少しも無かった。


 ただ、生きのびるために。

 生き残るためには、僕たちは必死になって、雷帝と戦う以外は無かった。


 最初に、雷帝に格闘戦を挑もうとしたアビゲイルが撃墜された。

 彼女は僕たちの中ではもっともタフなパイロットであり、旋回戦が得意だったからその得意技で勝負を挑もうとしたのだが、残念ながら雷帝の敵では無かった。

 アビゲイルは被弾した機体からパラシュート降下して脱出し、雲に遮(さえぎ)られて、すぐにその姿は見えなくなった。


 次に、ジャックの機体が被弾することになった。

 彼はアビゲイルが脱出する時間を稼ぐために雷帝の前に躍り出て、彼女が脱出するチャンスを作り出そうとしたのだ。

 当然、目の前に出て来た獲物を、雷帝は見逃さなかった。

 ジャックの機体は右主翼のエルロンを吹き飛ばされ、機体のバランスを失って降下して行き、雲の中に突っ込んで消えた。


 その後、雷帝の標的になったのはライカだった。

 彼女は、混乱する僕たちの中でも、比較的冷静さを保っていた。

 ライカは2機1組のロッテで行う典型的な空戦戦術を実行するため、自ら囮となって雷帝の前に出たのだ。


 僕は必死になって、雷帝を追った。

 雷帝を倒さなければ、ライカまでやられてしまう!


 呼吸が荒くなり、全身から嫌な汗が噴き出て来る。

 視野が狭くなって、雷帝の姿をうまく捉えることができない。


 数撃てば当たる、という格言にある様に、僕はまぐれでも偶然でも何でもいいから当たれと、雷帝に向かって撃ちまくった。


 当たらない!

 雷帝は捉えどころのない動きで僕の攻撃をかわし続け、僕の射撃は彼にかすりさえしなかった。


 そして、雷帝の攻撃は、徐々にライカを追い詰めていく。

 ライカは僕に「落ち着いて! 」とか、「頑張って! 」とか、少しでも僕が冷静でいられる様に励ましながら雷帝から逃げ続けていたが、雷帝はそんな彼女の機体に次々と命中弾を送り込んでいった。


 ライカの機体に被弾によって穴が開き、王国の国籍章である「王国の盾」が、徐々に無残な姿へと変えられていく。

 やがて、無線機に被弾したのか、ライカから僕へと向けられていた言葉も聞こえなくなった。


 やがて、僕はトリガーを引いても機体から弾丸が発射されないことに気がついた。


 なんてことだ!

 僕は、弾薬を全て使い果たしてしまったのだ!


 このままでは、ライカまで撃墜されてしまう。

 そして、僕も。


 僕は最後の手段を取ることに決めた。

 機体を、雷帝にぶつけてやる!


 僕は機体を加速させると、雷帝に向かって突っ込ませた。

 どこでもいい。とにかく、雷帝に僕の機体をぶつければ、少なくとも彼はバランスを崩すはずだ。

 そうすれば、ライカは逃げることができる。

 1人だけでも、僕は、仲間を守ることができる!


 だが、僕の無謀な体当たりは、雷帝にあっさりとかわされてしまった。

 彼は常に油断なく周囲の状況を観察し、まるで、背中にも目がついている様な動きをする。

 雷帝に追いつくために速度を上げた僕はそのまま雷帝の前へ飛び出してしまい、彼からの射撃を浴びることになってしまった。


 機体が振動し、操縦席のガラスの破片が僕の頭の上に降り注ぐ。

 怖くは無かった。


 自分でも不思議だったのだが、「これでいい」、そんな気持ちだった。


 ライカは、雷帝の攻撃が僕に向いた隙を突いて、うまく離脱した様だった。

 彼女は雷帝の背後に回り込み僕を援護するつもりでいる様だったが、どうやら機体にダメージがかなり入っていたらしく、速度がうまく上がらず、追いついてくることができない。


 このまま僕が雷帝を引き連れて距離を離せば、彼女はうまく逃げのびるだろう。

 それでいい。

 ライカはまた僕のことを怒るかもしれないが、ここで2人一緒にやられてしまうよりは、その方がマシだ。


 2機1組、1番機は2番機を、2番機は1番機を、互いが互いを守る。

 それが僕たちのやり方であり、暗黙の内に出来上がった約束だったが、もし、避けられない運命があるのなら、僕は彼女に生きて欲しかった。


 急に、視界がはっきりとした。

 混乱してぐちゃぐちゃになっていた思考がまとまり、明瞭になって、自分が何をするべきか、何をしたいのかが、はっきりと理解できる。


 このまま、僕は雷帝を引きつけて、できるだけ長く、遠くへ飛ぶ。

 もちろん、ただ彼にやられるだけではない。

 僕は、僕の技量と機体の性能の限りを尽くし、彼に最後まで抵抗して見せるつもりだった。


 雷帝は、これまでに何度か、僕を見逃している。

 だが、今回は、そうするつもりがない様だった。


 光栄だ。

 少なくとも、僕らはもう、取るに足らない、員数外(いんずうがい)の雛鳥(ひなどり)ではなく、彼にとって、雷帝にとって倒す価値のある「敵」となることができたのだ。


 そうであるのなら、僕は、力の限り、精一杯に戦って見せる。


 弾薬はすでに尽きていたから、僕は撃たれるだけ。

 撃墜されるのを待つだけだったが、反撃ができない分、回避に専念することができる。


 雷帝は僕の機体に着実に命中弾を与えていったが、僕の機体は、僕の気持ちに応える様にしぶとく飛び続けた。

 この機体は、本当に、よくできた機体だ!

 もう何発被弾したのか分からないくらいなのに、まだ、僕の意思に従って飛んでくれる。


 ああ、何て素晴らしいんだ!

 僕は、この空を、かつて幼い頃に見上げるしかなかった世界を、この瞬間、この手にして自由に飛び回っている!

 風と、空と、雲と、太陽と、大地と、光と影が作り出す美しい世界と、僕は今、ひとつになっている!


 ここで僕は死ぬのかもしれない。

 僚機を、ライカを救えるならそれでもいいと思ったが、できればもっともっと、空を飛んでいたいと思ってしまう。

 この、素晴らしい瞬間が、永遠に続けばいいのにと、そう思ってしまう。


 僕は、空がこんなにも好きなんだ!


 僕は、僕の素晴らしい仲間と。

 雷帝という、畏怖(いふ)するべき敵と。

 この空の果てまで、ずっと、飛んで行きたいんだ!


《ミーレス! 》


 雲の中に消えたはずのナタリアの叫び声が聞こえたのは、その時だった。

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