20-7「決意」後編
「曹長。次の出撃についてのお話ですか? 」
ジャックが僕らの疑問を代表してたずねると、カルロス曹長はもったいぶったような顔で首を左右に振った。
それでは、どうして僕らは集められたのだろう。
お互いに視線を交わして怪訝(けげん)そうにしていた僕たちに、カルロス曹長は急に大声で言った。
「何だ、何だ、君たちは! 若いのに元気がないじゃないか! 」
急な声にびっくりした僕たちは首をすくめ、それから、カルロス曹長にそんな風に言われるなんて思ってもいなかったので、余計に不思議に思ってしまった。
そんな僕たちの前で、カルロス曹長は恥ずかしそうに笑う。
「いや、僕も自分がこんな柄じゃないってのは分かっているんだけど、君たちが落ち込んでいるみたいだから、しっかり戦えるように励(はげ)まして来いって、レイチェル大尉に言われちゃってね」
なるほど、と思った。
本来ならレイチェル大尉が自分自身で僕たちにカツを入れたいところだったのだろうが、大尉は翌日以降の出撃についての打ち合わせと他の部隊との調整で忙しく、代わりにカルロス曹長を向かわせたということらしい。
士官も大変な様だが、下士官というのも大変らしい。
「君たちが落ち込んでいた理由は、やっぱり、雷帝のことかい? 」
カルロス曹長にそう尋(たず)ねられると、僕たちは頷いて肯定した。
「そうだね。僕も、君たちと同じ気持ちさ。雷帝には、少しも勝てる気がしないよ。あの飛び方……、とても、自分にはマネできるものじゃない。それに、その僚機も、あんなに強いなんてね。雷帝がいつも1機だけ僚機を連れていたのが不思議だったけれど、彼は、自分について来られる腕のパイロットだけを選んで飛んでいるんだろうね。何人ものエースパイロットの中から、たった一握りの人間だけが、雷帝と一緒に飛べるんだ。それくらい、彼は強い。……そんな相手だから、勝てないって、どうしても思ってしまう」
カルロス曹長は僕たちを見回しながらそう言い、それから、「けれどね」と続けた。
「マードック曹長が、雷帝と戦った時のことを思い出して欲しい。……曹長は、あの雷帝と互角に戦ったじゃないか。そして、1度だけだけれど、撃墜できるチャンスを手にしたんだ。……マードック曹長が負けたのは、機体が未完成だったせい。少しの被弾でも不調になってしまう様な、弱い状態だったせいなんだ」
マードック曹長と雷帝との戦いを、僕らは忘れたことなど無い。
それを思い返してみると確かに、マードック曹長は1度だけだが、雷帝を撃墜するチャンスを得ていた。
その瞬間に機体が故障しなければ、結果はどうなっていたのか分からない。
「だから、雷帝が相手だって、僕たちが勝つ手段はきっと、あるはずさ」
「ですが、カルロス曹長。どうすれば、勝てるんでしょうか」
思わず自分の口からそんな疑問が飛び出して来たことに、僕自身、驚いていた。
そんなことを聞くつもりは、少しも無かったのに。
思わず飛び出してしまった僕の言葉に、カルロス曹長は苦笑した。
「確かに、どうすれば勝てるのかなんて、分からないよね。僕にだって、レイチェル大尉にだって、ナタリアにだって、分からないだろうさ。……けれど、君たちにもよく理解して欲しい。……雷帝は、得体の知れない怪物なんかじゃない。彼も人間で、人間である以上は、チャンスは絶対にある。彼自身が何かミスをするかもしれない。そして、僕たちが乗っている機体は、マードック曹長が育てた、頼れる相棒なんだ」
カルロス曹長は言葉を区切り、その背後にある彼の愛機の外装をばしん、と叩いた。
「ほら、僕らの機体は、こんなに頼もしいじゃないか。マードック曹長や機体の開発チーム、そして、整備班のおかげだね。……僕たちは、それだけたくさんの人たちに支えられて飛ぶんだ。僕たちだけじゃない。みんなの力を合わせて戦っているんだ」
それから、カルロス曹長は僕たちの方を向き直って、あまり上手ではないウインクをして見せた。
「僕は、この戦争を終わらせたい。君たちだって、同じ気持ちだろう? ……きっと、マードック曹長も同じ気持ちでいてくれるはずさ。だから、マードック曹長は僕たちについてくれている。きっと、力を貸してくれる」
僕は、マードック曹長の姿を思い出していた。
豪快で、見ていて不思議と気分が良くなってくる人だった。
ガハハ、と愉快(ゆかい)そうに笑うその姿は、僕が思い描く「空の人」の典型的なイメージになっている。
そして、マードック曹長の魂は今もこの空にあって、僕たちを見守ってくれているはずだった。
マードック曹長は死んでしまった。
だから、現実の世界に干渉することはもう、できはしない。
そのマードック曹長の代わりになって、この戦争を終わらせることができるのは、僕たちしかいない。
雷帝に勝てるかどうかは、分からない。
自信なんて、少しも無い。
だが、マードック曹長がやって見せた様に、必ず、チャンスはある。
そのチャンスを、僕たちの手でつかみ取って見せる。
「雷帝に勝って、この戦争を終わらせよう。いいね? みんな! 」
「「「「はい! 」」」」
雷帝に勝てるなどという自信は少しも無かったが、それでも、もう、僕たちは彼と戦うことに不安は無かった。
僕たちの中には、僕たちの手でこの戦争を終わらせるのだという、決意が出来上がっていた。
僕たちの返事を聞くと、カルロス曹長は嬉しそうに笑った。
「よし! いい返事だ! 」
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