20-8「再戦」

 王国にとってのタイムリミットが、刻々と近づいて来ていた。


 帝国は王国に反撃するために兵力を後方から集めつつあり、フィエリテ市の東側で部隊を集結させている。

 その兵力が、王立軍を圧倒するのに十分なものとなって動き出せば、王国がこれまで続けて来たありとあらゆる努力は意味を成さなくなる。


 僕たちは、雷帝には遠く及ばない。

 機体の性能の差ではなく、パイロットの技量に差があることを、僕たちははっきりと理解している。

 雷帝だけでなく、その僚機に対してでさえ、僕の技量は及ばない。


 その力の差を埋めるために、本音を言えば、少しでも多くの時間が欲しかった。

 時間をかけて訓練を積み、雷帝とその僚機を倒すための作戦を練り、万全の準備を整えてから、彼らともう一度戦いたかった。

 そうでもしなければ、あの2機に勝つことは難しいと、僕らは知っている。


 だが、王国には時間が無かった。


 フィエリテ市を巡って続けられている戦いは、一進一退の様相を見せている。

 帝国軍が続けている空中補給は、フィエリテ市に包囲されている帝国軍20万名を維持するにはどうあっても足りない量だったが、そのわずかな補給が帝国軍を戦える集団として機能させ、王立軍に激しい抵抗を続けさせている。

 王立軍はなおも包囲環を維持し、帝国軍に対して優位を維持してはいるが、兵力の不足から帝国軍に致命的な一撃を与えることができずにいる。


 すでに、帝国軍は1カ月以上を耐え抜いている。

 このままいけば、帝国軍の増援が王立軍に反撃を開始するまで耐え抜くことは、誰の目にも明らかだった。


 連邦軍もそうだったが、帝国軍も、驚異的な執念で戦い続けている。

 武器、弾薬が尽き、食糧さえ乏しい状況で、それでも勝利のために戦っている。


 いったい何が、彼らにそこまでさせるのだろうか。


 はっきり分かっているのは、帝国の空中補給を止めない限り、彼らは戦い続けるだろうということだけだった。


 僕たちは時間に追われる様に、Déraillement作戦を継続し続けた。

 成果は十分に上がらず、帝国の空中補給を停止させるには遠く及ばないままだったが、今さらじっくりと作戦を考えている余裕もない。

 今ある最善を尽くすことしか、僕たちにはできない。


 そんな状況で、僕たちが雷帝と再戦する機会は、意外と早く訪れた。


 天候が回復し、僕たちが出撃を再開してから2日後。

 僕たちは再び、雷帝と戦う機会を得た。


 フィエリテ市の南側の空域で空中待機していた僕たちに観測所から連絡が入り、帝国軍が再び姿を現したということを知った僕たちは、増槽を切り離して全速力でフィエリテ市へと向かった。


 天候はやや悪く、雲があちこちに漂い、風も不規則に、強くなったり弱くなったりしている様な状態だ。

 だが、機体の状態は、前回雷帝と戦った時よりも良かった。

 僕たちが空中で待機を始めてから時間が経っていたために燃料が多く消費されており、その分、機体が軽くなっている。

 機体が軽いということは、その分、運動性も良くなっているということだった。


 たった、数発でいいんだ。


 僕は、フィエリテ市に向かって飛びながら、自分にそう言い聞かせた。

 前回戦った時に敵機に与えた命中弾は1発だけで撃墜には至らなかったが、それはかなり運が悪かっただけに過ぎない。

 ベルランに装備されている20ミリ機関砲は元々軽戦車用の対戦車兵器として開発されていたもので、装甲を多く身に着けた大型機でさえも十分撃墜できる威力を持つ。


 例え、雷帝が人智の外にいる存在のなのだとしても、彼が乗っている機体は、僕たちの機体と同じ、人間がその知恵を絞って作り出した機械に過ぎない。

 1発では足りなかったが、この20ミリ機関砲を数発直撃させることができれば、必ず墜とせるはずだ。


 やがて、敵の護衛機と交戦するために先頭を進んでいた義勇戦闘機連隊の戦闘機中隊が、敵機を視認したことを知らせて来た。

 すぐに、僕たちもその姿を目にすることができる。


 雲の合間を、たくさんの帝国の輸送機が飛んでいる。

 帝国軍は空中補給のために、輸送機だけでなく爆撃機として作られた機体も投入してきており、カイザー・エクスプレスの大編隊はとてもバラエティ豊富な編成になっていた。

 中には、開戦する以前に王国の空を領空侵犯した、連邦のグランドシタデルに匹敵するのではないかと思えるほど巨大な双発機の姿さえあった。


 そして、その機影たちの下には、無数の真っ白なパラシュートが漂っている。

 フィエリテ市に投下された補給物資のコンテナは、今日も数えきれないほどたくさんある様だった。


 よくもまぁ、これだけの数を、毎日の様に空中投下できるものだと、僕は感心するしかなかった。

 木製のコンテナの中に詰め込まれている物資はもちろん、木製のコンテナ自体もそれだけの数を毎日生産し続けているということだったし、何より、パラシュートに使う布地をあれだけ用意し続けられるということが驚きだった。


 きっと、フィエリテ市の市街地の残骸の合間から空を見上げている帝国軍の将兵にとっては、何とも頼もしい光景なのだろう。

 投下されたたくさんの補給物資と、空中を飛行する100機以上の大編隊は全て、フィエリテ市で包囲下にある帝国軍のために用意されたもので、それだけの規模で帝国軍が物資を投下し続けているということは、帝国が包囲下にある友軍を見捨てていないという何よりの証拠だった。


 その補給物資の量が、20万名もの帝国軍将兵の口を養うのにも不足する補給量でしか無いのだとしても、それは、いつか必ず帝国が大規模な増援を実施するという希望へと繋がり、飢えて弱っているはずの帝国軍を奮い立たせている。


 僕が目の前の光景に圧倒されている間に、義勇戦闘機連隊は早くも敵機との交戦を開始している。

 先頭をきって突っ込んでいった11機のベルランを迎え撃つのは、30機近くにもなる帝国軍の護衛機部隊だ。


 その半数以上は優れた戦闘能力を持つ帝国の主力戦闘機「フェンリル」だったが、双発戦闘機も多く混ざっている。

 双発戦闘機は王国にはないタイプの機体で、高速で重武装を持ってはいるが、その大きさと重量のために運動性では単発機のベルランに劣り、戦いやすい相手とされている。


 開戦当初の戦いで、僕は地上から帝国の双発戦闘機が友軍戦闘機を攻撃する姿を目にしているが、あの時に見せつけられた重武装と高速も、1年以上経った今ではすっかり見劣りがしてしまう。

 戦争の中でくり返されるなりふり構わない進歩というのは、本当にあっという間に起こるものだと実感させられる。


 多勢の中に突っ込んでいった義勇戦闘機連隊の攻撃によって、たちまち、2機の帝国軍機が撃墜され、炎と黒煙を吹き出しながら墜ちていった。

 高速、重武装のベルランを嫌う搭乗員も義勇戦闘機連隊には多くいるという話だったが、それをしっかり乗りこなしているのだから、やはり、彼らは心強い味方だ。


《各機、周辺警戒! 今日は雲がある、どっから雷帝が来るか分からんぞ! 》


 僕は、レイチェル大尉の言葉で、視線を目の前でくり広げられる戦いから、周囲の空へと戻した。


 雷帝はいつも、他の部隊が交戦中に、もっとも効果的な場面でしかけてくる。

 戦果を得るためのずる賢い方法と見ることもできるが、僕には、それが雷帝に与えられている役割なのだろうと思えてならない。


 雷帝は1人しかいないが、その戦術眼も優れていて、何をすれば戦場を支配できるかを見抜くことができる。

 だが、最初から戦闘に突入してしまっていては、雷帝のパイロットとしての腕は発揮させることができても、指揮官としての貴重な戦術眼は発揮できなくなってしまう。

 これは、彼の能力を最大限に発揮させるための、帝国の作戦なのだろう。

 そんな相手と戦うのだから、警戒はいくらでも厳重にするべきだ。


 それに、大尉が言う通り、今日の空には雲が多い。

 こんな風に雲が多くて見通しがきかない様な戦場では、敵機から奇襲を受ける危険が高くなってしまう。その怖さは、王国の東海岸沖で帝国軍の艦隊と戦った時に、すっかり身に染みている。


 だが、僕らにとってもチャンスかもしれなかった。

 僕たちの方が先に雷帝を発見することができれば、僕らの側が優位な位置から、雷帝を奇襲することもできるかもしれない。


 しかし、僕のそんな期待は、すぐに潰(つい)えることになった。


《3時の方向、敵機! 上から降って来る! 》


 アビゲイルの鋭い叫び声で、僕は、雷帝が現れたことを知った。

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