20-5「会敵」

 会敵に成功したのは、僕たち301Aでは無かった。


 第1戦闘機大隊の301Cと、義勇戦闘機連隊からの2個戦闘機中隊から成るグループで、交戦は、僕たちが戦闘空中哨戒を終えて後続の彼らと交代してから30分後に発生した。


《こちらFE第2監視哨、こちらFE第2監視哨。帝国軍の大編隊を発見、帝国軍の大編隊を発見! 輸送機約150機、戦闘機20機以上、針路270、速度300、高度2000で西進中。Déraillement作戦参加中の戦闘機中隊はただちちに迎撃されたし! 》


 王立軍の地上の監視哨に配置された空軍士官から発せられた命令を受けた3つの戦闘機中隊は、一斉に増槽を切り離し、エンジンを全開にして、全力でフィエリテ市の上空へと突進していった。


 カイザー・エクスプレスの迎撃に特化して構築された新しい連絡体制は、うまく機能した様だった。

 こちらの戦闘機部隊はうまく敵の警戒を逃れることができ、僕たちがいないと思った帝国軍は、のこのことやって来たのだ。


 前線の監視哨へとハットン中佐が派遣したのは、40代の大尉を中心とする数名の士官と下士官で、彼らは期待された役割通り、地上の監視哨から的確に敵情を判断し、友軍部隊に対し、もっとも有効な誘導を行った。

 こういった優秀な士官、パイロットを監視哨に送ることは、少ない戦力で戦わなければならない僕らにとって痛手ではあったが、払った代償に見合った効果をあげてくれた。


 301Cなどがフィエリテ市の上空に到達した時、空にはまだ、数百もの真っ白なパラシュートが漂っているところだった。

 編隊を組んで次々とフィエリテ市の上空に進入した帝国軍機は、専門の輸送機だけでなく爆撃機なども動員された約150機で、絨毯(じゅうたん)爆撃をする様に補給物資を投下し、帰還しようとしている最中だった。


 帝国軍は、こちらの戦闘機部隊がフィエリテ市の上空にいないと思って、油断している様だった。

 彼らはフィエリテ市で包囲されている帝国軍から、王立空軍の戦闘機がいるかどうかを連絡されて飛んできており、その報告がいつも正確でこちらと会敵することが無かったものだから、僕らがいないという報告を疑いもせずに信じ切っていた様だった。


 フィエリテ市の上空に突入した3つの戦闘機中隊は、取り決め通りの役割を演じた。

 義勇戦闘機連隊には自由奔放(じゆうほんぽう)というイメージがつきまとっているが、戦いに関して彼らは見事な統制の取れた集団で、勝利のためにはどんな協力も惜しまない、頼れるパイロットたちだった。

 ベルラン装備の1個中隊は帝国軍の護衛機へ、エメロードⅡ装備の1個中隊は輸送機へと襲いかかり、301Cは雷帝を抑え込むため、空にその姿を探した。


 帝国軍は油断していたこともあって、王立空軍機による攻撃に対応が遅れた。

 護衛の戦闘機の反応は鈍く、義勇戦闘機連隊は最初の一撃で戦闘機3機、輸送機5機を撃墜することに成功し、敵編隊の渦中へと飛び込んで、激しい迎撃戦を開始した。


 雷帝は、やはり現れた。

 帝国軍の本隊とやや離れていたところを飛行していた彼は、友軍が襲われていることを知ると、それらを救援するために戦場へと現れた。


 雷帝を抑えるのが、301Cの役割だった。

 義勇戦闘機連隊が続けている戦いには加わらず、ただ、雷帝だけを警戒していたダミアン中尉率いる301Cは、他の帝国軍機を救援しに向かおうと急降下する雷帝へと戦いを挑み、2機に対して10機で包囲して熾烈(しれつ)な攻撃を開始した。


 ベルランD型は、その速力や火力で帝国の主力戦闘機であるフェンリルと互角かやや優勢な機体で、数の上では2対10と5倍、圧倒できるはずだった。


 だが、雷帝は、単なるエースパイロットでは無かった。

 彼は10機のベルランからの攻撃を巧みにかわし、振り切って、眼下で乱戦中だった王立空軍の戦闘機部隊へと突撃を成功させたのだ。


 久しぶりに帝国の輸送機部隊への攻撃を成功させ、乱戦の中で戦果を拡大しようとしていた友軍戦闘機部隊は、雷帝に横槍を入れられたことで敵機への深追いを避けざるを得なくなった。

 帝国軍はこちらの攻撃を予期しておらず、突然の事態に混乱してしまっていたのだが、雷帝の戦闘参加でその混乱が収拾され、組織的な反撃を実施して来たからだ。


 結局、この迎撃戦で僕らが得た戦果は、戦闘機6機撃墜もしくは撃破、輸送機11機撃墜もしくは撃破というものだった。

 これに対し、僕らの側は2機のベルランD型を失い、2機のエメロードⅡを失った。

 パイロット3名は脱出に成功したが、1名は戦死してしまった。


 損害はあったが、得られた戦果も少なくは無かった。

 ここしばらくの間僕らの迎撃は空振りが続いていたのだから、それから比べると、目覚ましいほどの戦果だ。


 ハットン中佐が苦悩の末に行った作戦の修正が実を結び、僕たちは再び、帝国軍の空中補給を阻止する手段を手に入れることができた。

 これは、フィエリテ市で包囲下にある帝国軍や、苦しい市街戦を戦っている王立陸軍の将兵にも、大きな心理的効果を与えたはずだった。

 多くの輸送機が墜落していく様は、フィエリテ市のどの場所からでも見えただろう。


 だが、この日の戦いは、僕らに大きな課題も残して行った。


 1個戦闘機中隊をぶつけても、雷帝の行動を阻止できないということが明らかとなってしまったのだ。


 僕らは久しぶりにまとまった数の戦果を得ることができたが、軍用機の中でも民間の貨物機などと近い性能を持ち、武装も防御も貧弱で比較的低速の輸送機を12機の戦闘機で襲ったにしては、11機という戦果は少し物足りない。

 それを攻撃したのが20ミリ機関砲を持たないエメロードⅡであったのだとしても、条件さえよければ、もっともっとたくさん落とすことができたはずだった。


 輸送機への攻撃が十分にできなかったのは、301Cを振り切った雷帝が輸送機を攻撃しようとしていたエメロードⅡを襲い、それらを戦闘機同士の空中戦に引きずり込んだからだった。

 雷帝の参加と共に帝国軍の戦闘機部隊は態勢を立て直して積極的な空中戦を挑み始め、雷帝からの攻撃を避けたエメロードⅡを襲った。


 エメロードⅡは優れた運動性を発揮して空戦を戦ったが、帝国軍の主力戦闘機であるフェンリルとは最大速度で100キロ以上もの差があり、「撃たれる機会はあったが、撃つ機会は全くなかった」と、エメロードⅡのパイロットたちに言わせるような一方的な状態となった。


 戦いは戦闘機同士の激しい乱戦となり、友軍機の支援を受けてエメロードⅡ装備の戦闘機中隊が離脱に成功した時には、帝国軍の輸送機はすでに東の空へと飛び去ってしまった後だった。


 パイロットたちは皆、よく戦ったのだが、帝国軍が護衛につけていた戦闘機よりも多い数で襲いかかったのにしては、満足のいく様な結果は得られていない。

 迎撃に成功したこと自体は大きな進歩で間違いなかったが、やはり、雷帝という存在が、僕たちの前に立ちはだかっている。


 特に、雷帝とその僚機、たった2機の戦闘機の行動を抑え込むために10機で戦いを挑んだ301Cは、大きなショックを受けている様だった。


 迎撃に成功しながら、投入された戦力に比べて不十分な戦果しか得ることができなかったのは自分たちのせいだと、彼らはそう考えている。

 そして何よりも、5倍の戦力で挑んでも雷帝を止められなかったという事実がある。


 特に、301Cの指揮官だったダミアン中尉は、責任を感じている様だった。


 今日の空戦で出た1名の戦死者は義勇戦闘機連隊に所属する義勇兵で、彼の死は、ダミアン中尉たちが雷帝を抑えきれなかったから起こったことだと、ダミアン中尉は自分を責めている。


 もっとも、ダミアン中尉自身以外に、彼を責めているパイロットなど誰もいなかった。

 戦う以上、犠牲者が出ることは当たり前のことだったし、何よりも、多くのパイロットが実際の戦場で、雷帝の飛び方を目撃しているのだ。


 あるパイロットは、雷帝の飛び方を、「魔法の様だった」と、そう語った。

 301Cの包囲をすり抜ける様子も、一瞬で戦況を覆(くつがえ)していく様子も、とても人間技とは思えないと、そういう感想だった。


 僕はエースなどと呼ばれているが、雷帝と同じことをやれと言われてもとてもできなかったし、他のどんなパイロットでもそれは同じだろう。


 機体の性能では、僕らは、決して敵に劣っていない。

 それなのに雷帝を抑えることができないのは、僕たちパイロットの技量に、決定的な差があるからに他ならなかった。


 やはり、彼を倒さなければ、ダメだ。


 帝国に少なくないダメージを与えることはできたが、空中補給を確実に停止させるためには、もっともっと、大きな損害を与える必要がある。

 だが、雷帝がいる限り、そんなことはとても望めない。


 だが、彼を倒せる方法なんて、少しも見当がつかない。

 雷帝というパイロットの存在の大きさに、圧倒される様な気持ちだった。

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