20-6「支配者」

 雷帝を、倒さなければ。


 彼を倒すことができなければ、僕たちは帝国の空中補給を止めることができず、そして、この戦争に負けてしまう。


 たった2機の戦闘機が、僕たちの行く手を阻んでいる。

 この空を、支配してしまっている。

 これは、誇張でも何でも無い。僕たちが直面している現実だった。


 もう少しで、戦争の終結に手が届きそうなのに、手が届かない。

 僕らはただ、暗闇の中にわずかに輝く希望に向かって、あがき、苦しむことしかできない。


 この戦争が始まってから、僕は、力が欲しいと願う様になった。

 自分自身が生きのび、仲間を守り、この戦争を終わらせることのできる力が。

 あの、雷帝をも退けることができる、大きな力が、欲しかった。


 そうして、僕は強くなった。

 レイチェル大尉やカルロス曹長の指導を受けて訓練に励み、何度も何度も、危険な実戦を経験して、エースと呼ばれるまでになった。


 それでもまだ、雷帝には届かない。


 努力が、才能が足りなかったと悔いるのは、無意味なことだ。

 僕はできるだけのことはやって来たし、後悔したところで何かが変わるわけでもない。


 僕は、僕。

 雷帝は、雷帝。


 僕たちは、今ある全力で、戦う他はない。


 もうすぐ、季節は7月になろうとしている。

 戦争が始まってから、2回目の夏が訪れようとしている。

 帝国軍による反撃が開始され、王国が見た勝利への希望が潰(つい)えるその時が、迫って来ている。


 カイザー・エクスプレスを阻止するために王立空軍が実施している作戦、Déraillement作戦は、一進一退、着実に成果をあげつつも、その目的は達成できずにいる。


 ハットン中佐の指揮の下で改良された新しい迎撃方法は、かなり有効なものだった。

 帝国軍は僕らの存在を察知することができず、Déraillement作戦に参加している王立空軍の戦闘機部隊が帝国の輸送機を迎撃できる確率はずっと大きくなっていた。


 戦ってみて分かって来たのだが、帝国軍もどうやら、兵力不足に苦しんでいるらしい。

 僕たちが輸送機の迎撃に成功する様になって帝国はさらに護衛の戦闘機を増やしてきていたが、その数は30機を越えることは無く、僕らに対して数の上で絶対的な優位を得るには至っていない様だ。


 王国の反攻作戦、フィエリテ市を奪還するAiguille d‘abeille作戦の開始時に行われた航空撃滅戦の効果が、僕たちが思っているよりも大きかったからだろう。

 僕たちが把握しているだけでも、帝国の航空戦力は500機以上も失われており、これは王立空軍の中核をなす3つの航空師団を壊滅させたのに等しい戦果だった。

 いくら帝国軍が強大だとはいえ、これほどの損害は容易には回復できない様だ。


 連邦と帝国に、その主戦線であるマグナテラ大陸の北部戦線から今以上の戦力を引き抜くことを躊躇(ちゅうちょ)させ、王国に連邦と帝国の緩衝地帯としての存在価値を認識させて、王国から手を引かせる。

 帝国は今、王国と戦うために、大陸の南部戦線に多くの戦力を送り込むことに苦しんでいる。

 Aiguille d‘abeille作戦の結果、王国が得ようと試みている大きな成果が、実現する条件は整っているのだ。


 ただ、雷帝を倒し、敵の輸送機に大打撃を与えるだけで、僕たちがこの1年以上、恋焦がれていた平和が訪れる。

 僕は、絶対に、それを手に入れて見せる。


 だが、雷帝は、強かった。


 実際に戦ってみて、僕はそのことを思い知らされた。


 その日の空は、雲の無い、よく晴れた美しいものだった。

 遠くにアルシュ山脈のまだ雪を多く残した雄大な姿が見え、眼下には、戦火で荒れ果ててはいたが、間違いなく僕たちの故郷である王国の大地がどこまでも広がっていた。


 その空に、無数の、真っ白なパラシュートが開いていた。

 帝国が、フィエリテ市で包囲下にある友軍に対して行っている空中補給の、投下された物資の群れだ。


 そして、その上空には、大編隊。

 約150機もの輸送機と、護衛の戦闘機部隊が、轟々(ごうごう)とエンジンとプロペラの音を響かせながら飛んでいる。


 僕たちは全力でそれに襲いかかった。


 これまでの交戦結果から、現在の3つの戦闘機中隊で連携して戦うという戦い方では大きな戦果が挙げられないということは分かっていたのだが、僕たちはそれまでのやり方を変えないままだった。

 王国は相変わらず兵力不足に悩まされ続けており、僕たちの部隊に大きな戦力を割くことができていない。


 十分な兵力が無い以上、僕たちの取ることができる戦術は、どうしても限られてしまう。

 戦うたびに出てしまう損害を補充する機材や、他の部隊から優秀なパイロットが引き抜かれて欠員が補填される分、十分僕らは優遇されているのだから、僕らは限られた戦力で何とか工夫をして勝たなければならなかった。


 義勇戦闘機連隊のベルラン装備の1個戦闘機中隊が敵の護衛機へ、エメロードⅡ装備の1個飛行中隊が輸送機へと突っ込んでいき、僕ら、301Aは雷帝へと向かっていった。


 彼は、いつもの様に、たった1機の僚機だけを従えて飛んでいた。

 眼下で必死に戦っている僕らを見下ろす様な位置にいて、まるで、空の散歩を楽しんでいるかのように、悠々(ゆうゆう)と。


 レイチェル大尉はその2機を相手とするために、古典的な方法を採用していた。


 すなわち、2機1組で行動している彼らを分断し、1機ずつ個別に撃破するという、各個撃破戦法だ。

 古くから有効な戦術として知られる、使い古された戦い方だったが、それだけに今でも非常に有効な戦法だった。


 レイチェル大尉以下、カルロス曹長、ナタリア軍曹の3機で雷帝を抑え、残る僕たち、ジャック、アビゲイル、ライカ、そして僕の4機で、雷帝の僚機を仕留める。

 どちらか1機だけでも撃墜するか撃破することができれば、あとは残った1機を7機で袋叩きにしてしまう。


 僕は、雷帝と戦えないことに不服でもあり、ほっとしてもいた。


 数の上では3機よりも多い4機の僕たちの小隊で雷帝に当たる方が確実なはずなのだが、それでも僕らが選ばれなかったのは、やはり、レイチェル大尉が僕たちの技量を未熟と見ているのか、あるいは、経験が十分でないと思われている様に思えて、僕には、それが少し不満だった。

 だが、雷帝と戦って、まるで歯が立たないということが骨身に染みていたこともあり、雷帝よりはくみしやすいはずの彼の僚機と当たることになって、僕は安心してもいた。


 だが、それは、とんだ思い違いだった。

 雷帝の僚機を務めている機も、それを操っているのは、化け物クラスのエースだったのだ。


 僕たちはセオリー通り2機1組のロッテを維持したまま、敵を少しも休ませず交互に攻撃をしかけたのだが、雷帝の僚機は巧みな操縦でそれをかわし続けた。

 1対4で戦っているのだから、僕らはその機に反撃を許しはしなかったが、その分回避に専念されてしまって隙が無く、討ち取ることができなかった。


 ただ、1発だけ、僕はその機に被弾させた。

 しかし、せっかく命中したその20ミリ砲弾は徹甲弾だったのか、それとも不発の榴弾だったのか、敵機の表面に穴をあけただけで致命傷にはならなかった。


 僕たちはその日、結局、雷帝たちと戦って、その1発しか命中させることができず、虚しく帰還する他は無かった。

 撃ちまくったせいで20ミリ機関砲が弾切れとなってしまい、僕らは逃げ出すしかなかったのだ。


 雷帝とその僚機を抑えることには成功したから、その日の空戦で僕らは戦闘機5機、輸送機9機撃墜という戦果をあげることができた。

 しかし、こちらもベルラン2機、エメロードⅡ3機を失う結果となってしまった。


 数の上では悪くない結果ではあったが、王国と帝国の生産力を比較すると、その価値はほとんど互角だった。

 僕らは帝国が空中補給の量を増加させることを阻止できた。ただ、そう考えて、自分たちを慰(なぐさ)めるしかない。


 雷帝は、急降下して離脱する僕たちを追っては来なかった。

 ベルランが高速機であり、追っても追いつけないということを理解していたからだろう。


 降下して敵から十分な距離を取り、機首を水平に戻した後、空を見上げると、そこには編隊を組みなおした2機の黒い戦闘機が飛んでいた。


 その2機は、まるで、自分こそがこの空の支配者であると言う様に、堂々と飛んでいた。


 僕は、奥歯を噛みしめ、ただ、見上げていることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る