20-4「連絡体制」

 僕たちがカイザー・エクスプレスと会敵することができないのは、帝国が空中補給をいつ実施するのかを正確に予想できないということと、フィエリテ市に包囲されている帝国軍が僕らの動向を連絡してしまうからだった。

 そもそも敵が来るタイミングに合わせて出撃するのが難しいのに、うまくタイミングが合いそうになるとそれを外されてしまう。


 何度も、数えたくなくなるほど空振りを経験した後、ハットン中佐は、出撃のやり方を大きく変えることを決断した。


 僕たちはこれまで、帝国軍が物資を投下する「前」に敵機を迎撃することばかりを考えていた。

 その考えを、改めることにしたのだ。


 帝国軍が一度に運んで来られる物資は、フィエリテ市で包囲下にある20万名もの帝国軍を養うためには全く不足している量に過ぎなかったが、その量は数百トンにもなる。

 それだけの物資が敵に渡り、そして、その物資が使われることで王立軍の側により多くの犠牲者が出てしまうのだから、何とかそれが投下される前に攻撃を行おうというのが、これまでの僕らだった。


 だからこそ、敵を攻撃できていないというのが、ハットン中佐が至った結論だ。


 敵も貴重な物資を確実にフィエリテ市に投下したいから、僕たちがフィエリテ市の上空に姿を現せば、引き返すなどして物資の投下のタイミングをずらしてくる。

 だが、敵が物資を投下するタイミングで僕たちがフィエリテ市の上空へと突入すれば、敵はそこから逃げ出すことはできないはずだ。


 帝国軍に物資が渡ることは阻止できなくなってしまうが、とにかく攻撃に成功して、帝国軍が空中補給に使うことができる輸送機の数さえ減らすことができれば、それ以降の物資の輸送量を減らす効果が期待できる。


 敵を迎撃できないまま無傷で空中補給が続けられるより、少しでも敵機を撃墜して、帝国の空中補給を妨害することが、僕たちに求められていることだ。

 帝国に物資の投下を許すことには釈然(しゃくぜん)としない気持ちを感じはするが、現状のやり方ではうまく行かないということがはっきりとしているのだから、試してみる他はない。


 言うのは簡単だ。

 だが、実現できるかどうかとなると、何か方法を考えなければうまく行かないだろう。


 一番の問題は、フィエリテ市の上空への突入を、帝国軍が空中補給を終えて逃げ出す前に行えるかどうかだった。


 現在、僕たちが帝国軍の空中補給、カイザー・エクスプレスの接近を察知する方法は、2つある。

 1つは、フィエリテ市の上空で待機している僕たちが、直接、目視で確認する方法。

 もう1つは、地上の監視哨からの報告を受ける方法だ。


 理想を言えば防空レーダーを設置して敵を監視できる様にしたいのだが、探知距離が気象条件に恵まれた時には最大で300キロメートルに達する、王立軍で用いられている標準的な防空レーダーは設備の設置に手間がかかり、簡単には利用できない状況だった。

 鷹の巣穴など、フォルス市周辺の航空基地を守るためには数多くの防空レーダーが設置され、有効に利用されているのだが、帝国軍が空中補給を行う経路はちょうどレーダーの探知範囲外になってしまっている。


 フィエリテ市の上空ではなく、帝国軍に発見されることを防ぐためにその南側の空域で待ち伏せるとなると、僕たちが敵機の接近を察知できる2つの方法の内、僕たちの目で直接目視するという方法は使えなくなってしまう。

 これは、フィエリテ市の上空での待ち伏せを止める理由が、地上の帝国軍から僕たちの存在が連絡されることを防ぐというものだからだ。


 地上からの視界というのは地平線、もしくは水平線によって遮(さえぎ)られてしまうものだったが、僕らが空を飛んでいる以上、地上の物体を監視するよりも、発見できる範囲が広くなる。

 フィエリテ市にはまだ高さのある建造物などが原形をとどめて建っている場所もあるから、そういった場所を見張所として使えば、監視下に置ける空域はさらに広くなる。


 フィエリテ市の帝国軍から僕らの姿を目撃されないためには十分な距離を取っておく必要があり、そうすると、僕らは帝国の輸送機部隊が通過する飛行経路を、自分自身の目では目視できない距離で待機するしかない。


 数十キロといえば、飛行機で数分もあれば飛んで行ける距離でしかないが、もし、本当にそれだけフィエリテ市から離れて待ち伏せするとなると、連絡体制などの問題から、僕たちがどんなに急いで飛んでも到着するまで10分以上はかかってしまう。


 これでは、帝国軍は物資の投下を終えて、すでに逃げ去っているかもしれなかった。


 問題となるのは、僕らの目によって直接目視ができない状況で、唯一頼りになる地上の監視哨から僕らに輸送機部隊の接近を知らせる連絡線が長い、ということだった。


 現在の連絡体制は、監視哨からの情報は一度フォルス市の防空指揮所へと送られ、そこからさらに、空中で僕らを支援してくれるプラティークを経由し、僕らに届けられるものになっている。

 監視哨で得た情報がいくつかの段階を経てからでないと僕らに伝達されないため、この過程で数分間が経過してしまうのだ。


 カイザー・エクスプレスの接近を察知できる王国の監視哨は、フィエリテ市を包囲する友軍の支配地域に設置されているものしかないというのも、問題だった。

 つまり、監視哨が帝国の輸送機を発見できるのは、帝国軍機がフィエリテ市に十分に接近した段階、物資の投下を開始する直前ということで、敵が物資を投下して逃げ出し始めるまでの時間は、その発見からわずかなものにしかならない。

 時間には少しの余裕もなく、迎撃のための猶予(ゆうよ)は、明らかに不足してしまう。


 この点を解決するために、ハットン中佐は王立軍の上層部と協議し、敵機発見を僕らに知らせるための連絡体制を改良することにした。


 問題となるのは監視哨からの情報を一度フォルス防空指揮所まで伝達してから僕らに伝えるという点で、その過程を省くことで情報伝達に要する時間を短縮し、僕らがフィエリテ市の上空へと突入して敵機を迎撃する時間を稼ぐというのが、中佐の考えだった。


 ハットン中佐は時間の短縮を実現するため、Déraillement作戦に参加している各戦闘機中隊から人員を選び、前線の監視哨へと派遣して、そこからフォルス防空指揮所を介せずに直接、空中の僕らへ連絡するという方法を新たに採用した。


 地上の監視哨からの情報を一度フォルス防空指揮所に集めていたのは、情報を高い処理能力を持つ指揮所に集約して、状況判断と王立空軍の各部隊の連携を素早く、効率的に行える様にするためだった。

 フォルス市周辺の防空という点でこのやり方は大きな効果があり、鷹の巣穴へ帝国軍が大規模な空襲をしかけて来た際にも威力を発揮したのだが、僕たちの様に特殊な任務に従事する部隊にとっては、不合理な面もある。


 司令部に集められていた権限をより前線に近い僕らに渡し、前線の状況に応じて、僕ら自身の自由な行動を可能とするというのが、新しい連絡体制の要点だ。


 ハットン中佐はこの新しい連絡体制を有効に機能させるため、Déraillement作戦に参加している戦闘機部隊の士官から経験豊富で空中の戦闘機に的確な迎撃指示を与えることのできる人材を選び、前線の監視哨へと向かわせた。

 これは、ただ監視哨で敵機の接近を察知して知らせるというだけでなく、そこから直接、空中の僕らへ迎撃の指示を出させるためだ。


 地上の監視哨に配置された人員には、飛行機の戦い方について全く知らないという様な人も多くいる。

 というよりも、ほとんどの人員は、航空戦については素人だ。

 フォルス防空指揮所に一度情報を集めていたのは、そういった航空戦の素人たちから集まる雑多で様々な情報から敵の意図を正確に予測し、何を優先して迎撃を行うか、どの部隊をどんな速度と針路で敵機に向かわせるかを、飛行機の戦い方を熟知した将校たちで行うためでもあった。

 目と耳の役割をするのが監視哨で、頭の役割をするのが指揮所という形だ。


 ハットン中佐が行った改善は連絡時間の短縮というだけでなく、この、戦術的な判断も敵機の発見と同時に行ってしまおうというものだった。

 そういった判断のできる熟練した士官を前線の監視哨に置けば、フォルス防空指揮所を介さずとも空中の戦闘機に有効な迎撃指示を出すことができ、迎撃に要する時間を大幅に短縮することができる。


 連絡経路を整理したことと、現場で迅速な判断ができる態勢を整えたことで、困難だった作戦にある程度の目途がついた。

 監視哨の空軍士官からの迎撃指示を受けて全力で向かえば、僕らは帝国がまだ物資を投下している様なタイミングで攻撃を行うことができるだろう。


 そして、これらの改善は、すぐに効果を現すことになった。


 新しいやり方で出撃を開始したその翌日、僕たちはカイザー・エクスプレスを捕捉し、攻撃することに成功したのだ。

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