19-32「全滅」

 誘導路に不時着した損傷機は、その機体番号と部隊章から、301Bに所属していた機だと分かった。


 不時着した衝撃でプロペラがぐにゃぐにゃにねじ曲がり、主翼も折れてしまったその機は廃棄せざるを得ない状態だったが、その日、帰って来ることができた、301Bの唯一の機体となった。


 その日、301Bは12機で出撃した。


 だが、帰って来たのは、1機だけだった。


 僕が仮眠から目覚めた時、何となく周囲が騒がしいと思ったのは、その時すでに、301Bの唯一の帰還機となった損傷機が、基地に向かって来ているという連絡が入っていたからだった。


 僕ら301Aは自分たちが受け持ったローテーションを守るためにその後出撃したから、すぐには何があったのか分からなかったが、帰還した後でハットン中佐が僕ら第1戦闘機大隊のパイロットを集め、状況を明らかにしてくれた。


 301Bは、フィエリテ市上空で帝国の空中補給、カイザー・エクスプレスを捕捉し、攻撃を行った。


 帝国の空中補給は大規模化を続けており、301Bが攻撃した敵には、301Bよりも多くの戦闘機が護衛としてついていた。

 だが、301Bも、歴戦の強者ぞろいの戦闘機部隊だった。輸送機への攻撃を妨害しようとする敵機との乱戦の中で輸送機を撃墜するチャンスを狙い、多数の敵機と互角の戦いをくり広げたのだという。


 その拮抗した状況を一気に動かしたのは、乱戦の中に飛び込んできた、たった2機の戦闘機だった。


 その戦闘機は、全体を黒で塗られ、白で稲妻の模様が描かれた機体だったという。


 自身より多数の敵機を相手としながらも果敢に戦っていた301Bだったが、その2機の黒い戦闘機によって、たちまち2機を失った。

 さらに、その直後、2機の黒い戦闘機に捕捉された中隊長のパトリック中尉が、奮戦したものの撃墜され、戦死したことにより、勝敗は決した。


 指揮官を失ったことで組織的な戦闘力を失った301Bは各個に撃破され、次々と撃墜されていった。

 わずかに3機が急降下して離脱したが、1機は機体のダメージから急降下からの引き起こしに失敗して地面に衝突し、もう1機は燃料漏れを起こしていたため、不時着した。


 残った最後の1機は、負傷しながらも損傷を負った機体でどうにか飛行を続け、鷹の巣穴まで何とか帰りつくことができた。

 だが、301Bは、12機、全ての戦闘機が失われ、多数の戦死者を出すことになった。


 全滅だった。


 僕は、全滅という言葉を、開戦当初の王立軍が圧倒的に劣勢だった時期に何度か耳にした記憶があった。

 開戦当初に行われた連邦と帝国による航空撃滅戦によって、部隊の名前だけを残してその実態を失っていった部隊は、数多く存在している。

 僕たち301Aだって、今の301Aは開戦後の混乱の中で臨時に立ち上げられた、ベテランパイロット1名と半人前4名による即製部隊に過ぎず、それ以前に存在した301Aがどんな部隊だったのか、僕はその部隊章さえ知らなかった。


 だが、王立軍が体制を立て直し、連邦や帝国の攻撃に対して粘り強く抵抗する様になると、全滅、という言葉はすっかり聞かなくなった。

 王国の東海岸に上陸戦をしかけて来た帝国軍の大艦隊を攻撃した際に、出撃した爆撃機部隊には大きな被害があり、中には207Aの様に全滅した部隊もあったが、それでも、戦闘機部隊で全滅という言葉は聞かなかった。


 ましてや、不利な状況とは言え、空中戦で、ベルランD型を装備した部隊が、しかも王立空軍の中では間違いなく最高練度にある飛行中隊が全滅する何て、想像したことも無かった。


 301Bは僕ら301Aほど有名では無かったが、総撃墜数を2ケタに乗せた大エースが所属していた。

 総撃墜数23機という記録を持つパトリック中尉を筆頭として、18機撃墜という記録を持つシモン曹長、15機撃墜という記録を持つマリオン軍曹など、その実績も飛行経験も豊富な、僕も面識はなくとも名前だけは聞いたことのある様なパイロットがいた。


 それだけの実力があったのにも関わらず、301Bは失われた。

 生き残ることができたのは、鷹の巣穴まで帰還してきた機に乗って来た1名と、途中で不時着して友軍に救助された1名、そして空戦中にかろうじて脱出に成功した2名の、わずか4名でしかない。

 たった1度の空戦で、8名もの戦死者を出していた。


 これは、彼らを襲った2機の黒い戦闘機が、ただ単に3機を撃墜したというだけではなく、301Bの中核となるこの3人のパイロットを正確に狙って攻撃した結果だった。


 乱戦の中にあった301Bで最初に撃墜された2機は、シモン曹長、マリオン軍曹の2人が搭乗している機体だった。

 そして、2機の黒い戦闘機は301Bの2人の大エースを屠(ほふ)った後、部隊の指揮官でありその戦闘力発揮の中核となるパトリック中尉を襲った。


 僕はその経緯を聞いて、すぐに確信を持った。

 黒い戦闘機は、それを意図して行ったのだ。


 黒い戦闘機は、乱戦の中で戦っている301Bの内で、最も動きの良い、部隊の核心となっている3機を見抜いて、部隊の中核となるその3機を攻撃したのに違いない。

 たった2機で、数十機が戦っていた空中戦の勝敗を、しかも一瞬で決定づけたその働きと戦術眼は、見事だと言う他は無かった。


 その2機とは、彼と、そのただ1機の僚機に違いない。


 かつて、マードック曹長を戦死させたパイロット。

 そして、未熟だった僕を、生かした人物。


 雷帝。

 第3次大陸戦争のころに姿を現し、生きた伝説として、この大陸の空にあり続けている、帝国の絶対的なエースに違いない。


 彼は自身の機体を黒く塗り、白で稲妻を描いている。

 そして、いつも僚機をたった1機だけ従えて飛んでくる。


 まるで空を散歩するかのように、鼻歌を歌いながら現れ、そして、一撃で、その戦いの局面において最も重要な「ピース」となっている機を討ち取り、一瞬の内に勝敗を明らかなものとしてしまう。


 雷帝はしばらくの間、僕たちの前に姿を現していなかったが、やはり、この大陸のどこかで飛び続けていた様だった。

 第3次大陸戦争の頃の雷帝の活躍を知るハットン中佐に以前聞かせてもらった話によると、雷帝はすでに50代にもなる、パイロットとしては老齢の人であるはずなのだが、その技量は少しも衰えを見せていないらしい。


 ハットン中佐は301Bが全滅した経緯を説明し終わると、それから、Déraillement作戦を一時中止すると発表した。


 これは、悔しいことだが、当然の選択だった。

 そもそも帝国軍は空中補給部隊に護衛としてつける戦闘機部隊を増やしつつあり、僕たちの迎撃の成果も少なくなっていたところに、雷帝が出現し、僕らにとって貴重な戦力であった301Bが失われたのだ。

 このまま作戦を継続しても十分な成果は見込めないし、逆に、雷帝をどうにかしない限り、301Bの様に大きな被害を受けることだって起こり得る。


 雷帝と実際に戦場で遭遇したパイロットは多くないはずだったが、そんなパイロットたちの間にも、雷帝の名は知られていた。

 それは、だが、噂話程度のもので、どちらかと言えば「物語に出て来る登場人物」と言った様な感覚に近い存在だった。


 それほど、雷帝の実力は「バケモノ」じみているということだ。


 しかし、彼は僕らの前に姿を現し、301Bの全滅という現実を生み出した。

 そして、僕らはその生きた伝説と戦い、勝利しなければならなくなってしまったのだ。


 ハットン中佐は、今後どのように作戦を実施するかは、おって僕らに連絡すると説明し、その日は一旦、解散することとなった。


 だが、僕らは少なからず、雷帝の出現に動揺していた。


 王国にとって乾坤一擲(けんこんいってき)の反攻作戦となるAiguille d’abeille作戦は、その開始された当初の勢いを失い、徐々に停滞しつつある。

 帝国の空中補給を僕らの手で止めることができなければ、このまま失敗してしまうことだってあり得る。


 誰も口にすることは無かったが、王国の敗北という未来を、現実に起こりうるものとして肌で感じながら、僕らは不安を抱えたまま、それでもわずかな望みをつなぐために戦い続けて来た。

 もう少しで、欲しいものに手が届く。そんな、もどかしく、苦しい戦争を戦ってきた。


 そこへ、雷帝が現れた。


 僕らは、彼と戦い、そして、彼を打ち倒さなければ、王国の未来を手にすることができなくなったのだ。


 果たして、僕は、彼に、この空で勝つことができるのだろうか?

 僕は彼と出会って以来、もっと自分に力があればと、そう思って飛んで来た。

 自分に十分な力が無ければ、自分自身も、仲間も、大切なものも、守れない。そう思って、必死になって来た。


 僕は、強くなった。

 それは、間違いないだろう。

 僕はエースと呼ばれるパイロットたちの仲間入りを果たし、戦うたびに、何機もの敵機を撃ち落として来た。


 だが、それでも、あの雷帝に、この大陸でもっとも古くから戦い続けている絶対的なエースに、かなうのだろうか。


 僕には、少しの自信も無かった。

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