19-30「Déraillement」

 僕たちは、空中補給のために飛んで来る帝国軍機を迎え撃つべく、出撃をくり返した。

 Déraillement作戦、カイザー・エクスプレスを「脱線」させるという名前を与えられたこの作戦は、しかし、大きな成果をあげられないまま、時間だけが過ぎていった。


 ハットン中佐が危惧していた通り作戦に投入される兵力が少な過ぎ、十分な警戒網を敷くことができず、会敵することさえ難しかったからだ。


 かといって、戦闘空中哨戒を実施できる時間を増やすために今以上に細かなローテーションを組んで出撃しようとすると、1度に交戦できる機体が2、3機とか、そんな状態になってしまう。

 それでは、会敵に成功したとしても成果は全く望めない。


 少なかったが、チャンス自体はあった。

 カイザー・エクスプレスを阻止するための出撃が開始されてから3日目、301Cが輸送機の大編隊を捕捉し、交戦状態へと入った。


 だが、交戦に入ったタイミングが悪かった。

 301Cが交戦に入ったのは、彼らが戦闘空中哨戒を実施する予定だった時間を過ぎ、帰還を開始しようとしていた時で、301Cには十分な燃料が残されていなかった。


 それでも、301Cのダミアン中尉は、交戦を決断した。

 燃料が無くなって鷹の巣穴に帰還できなくなるのだとしても、どこかに不時着すればいい。運が良ければ、そこで燃料だけでも補給して、鷹の巣穴に帰還できる。

 そう決断したダミアン中尉は、301Cの全機で敵編隊へと突入した。


 だが、ダミアン中尉の果敢な指揮にもかかわらず、成果はあがらなかった。


 カイザー・エクスプレスは、すでに100機以上で飛行して来ることが当たり前となっている。

 その大半は輸送機だったが、常に1個中隊以上の戦闘機部隊が護衛についており、301Cはその護衛の戦闘機部隊に阻まれ、十分に輸送機を攻撃することができなかった。


 ダミアン中尉たちは敵戦闘機との空中戦に巻き込まれ、敵機による妨害を振り切る間に、少なくなっていた燃料を使い果たしてしまった。

 ダミアン中尉とその他数機のベルランが敵戦闘機を振り切って輸送機を攻撃することに成功したが、燃料の不足からそれ以上の攻撃は実施できず、追撃を諦(あきら)めて離脱する他は無かった。


 戦闘後、301Cはかつて王立空軍の秘匿飛行場として利用されていた滑走路を発見し、そこに着陸することに成功したが、そこはすでに放棄された場所であったためその連絡が部隊に届くのが遅れ、一時は全滅したのではないかと、大騒ぎになった。

 後に生存していることが報告され、燃料の補給を受けて301Cは鷹の巣穴へと帰還を果たしたが、彼らの表情は暗かった。


 その空戦で、301Cは2機の戦闘機と、3機の輸送機の撃墜を報告し、後に墜落機の数からその報告が正しいことが確認されたが、それは、空中補給を阻止するという僕らの目標からすれば、全く問題にもならない数に過ぎなかった。


 被弾を原因として301Cは2機のベルランを破棄しなければならなくなったが、幸いにもパイロットは無事で、戦力としての消耗は実質的にはゼロだった。

 だが、ようやく交戦に成功したのにも関わらず、戦果は十分ではなく、僕たちだけでカイザー・エクスプレスを止めるのは無理なのではないかと、そう思わされる出来事だった。


 301Cの戦いは僕らの士気に少なからず響いたが、もっとも影響が大きかったのは、ハットン中佐だった。


 僕たちはハットン中佐が「輸送機が来る」と予想した時間に飛行していたのだが、これまでのところ会敵率は非常に低く、中佐の予想の精度は低いと言わざるを得なかった。

 だが、これは仕方の無いことだ。限られた情報で予想を立てても、それが正確なものとなるわけが無く、しかも、全ては敵次第というところがある。


 ハットン中佐に何も落ち度など無いのだが、僕たちの出撃が徒労となり、戦果なく引き上げて来るたびに、ハットン中佐は責任を感じている様だった。


 僕たちの迎撃がうまく行かない度に、帝国軍は物資をフィエリテ市に補給している。

 その量が、フィエリテ市で王立軍によって包囲下されている20万名もの帝国軍にとってはとても不足する補給でしか無いのだとしても、それは彼らの士気を支え、王立軍の苦戦の原因となっている。


 この戦いの勝敗と言うだけでなく、王国の命運そのものが、僕たちにかかっている。

 ハットン中佐は誠実で責任感のある人だったから、僕らの役割の重大さを、余計に重く受け止めているのだろう。


 ハットン中佐は再び上層部に兵力増強の上申を行い、作戦の不振を見て取った上層部もようやく、参加兵力の増員を認めてくれた。


 新たにDéraillement、「脱線」作戦に加わったのは、前に行われた増援要請の時に話題に上った義勇戦闘機連隊で、彼らの増援によって、カイザー・エクスプレスの阻止作戦は、ようやく一定の成果をあげ始めた。

 この増援は、3個飛行中隊に4個飛行中隊が加わっただけに過ぎなかったが、作戦に参加する兵力は実質的に倍以上にもなった計算だ。


 義勇戦闘機連隊に所属する4個中隊の内、2個中隊は水平最大速度でベルランよりも劣るエメロードⅡだったが、それでも、そこに所属するパイロットたちは、かつて大陸外で起こった戦争や紛争に参加した経験を持つベテランぞろいであり、戦力として頼りになる味方だった。


 それに、彼らの士気も高かった。

 元々義勇戦闘機連隊に所属するパイロットたちは、航空支援のために戦闘機に爆装して出撃することに不満で、空中で敵機を攻撃するという「戦闘機らしい」新たな任務を、非常に歓迎してくれていた。


 増援を受けたことで、ハットン中佐の負担もだいぶ軽くなった様だった。

 100機以上で飛来する様になったカイザー・エクスプレスを阻止するためにはまだ十分な戦力があるとは言えない状況だったが、それでも、これまでよりも頻繁(ひんぱん)に戦闘空中哨戒を実施することができる。

 当たるか当たらないか、確かなことは何も言えない予想の中から、運と勘に任せて出撃時間を選ばなくて済む様になったのだ。


 当然、敵と会敵できる機会は増えることになった。


 もっとも、1度に出撃できるのは相変わらず1個中隊がせいぜいだったから、交戦しても得られる戦果は大きなものでは無かった。

 帝国軍はしっかり護衛の戦闘機もつけていたし、その妨害をかわしながら輸送機を攻撃することは、なかなか難しい。


 だが、僕たちはこれでも、開戦以来、ずっと戦い続けて来た精鋭だった。

 それに、ベルランは十分に高速で、しかも火力があるから、わずかな隙に敵中に飛び込み、一瞬でも射撃する機会をつかむことができれば、十分に敵機の撃墜を狙うことができた。


 実際、僕たち301Aも何度か交戦する機会に恵まれ、輸送機を撃墜することに成功している。

 本当に、ほんの1秒でも射撃するチャンスがあれば、僕たちは簡単に敵機を撃墜することができた。


 得られる戦果は毎回、せいぜい数機という程度だったが、それでも、帝国軍にとっては痛手となっているはずだ。


 何しろ、空中補給は休むことが許されない。

 しかも、その輸送量はただでさえ不足しており、それがフィエリテ市に籠もる帝国軍にとっての精神的な支柱となっているのだとしても、そのわずかな補給量だけでは、徐々に消耗して、戦力が低下していくことを止められないはずだった。


 たった数機の損害でも、何トンかの補給物資が空輸されることを阻止することになる。

 その損害が無ければ、何度もくり返し飛行して運ぶことができたはずの物資を、永遠に輸送できなくすることができるのだ。


 帝国は、少しずつ増え始めた輸送機の被害に対し、無策では無かった。

 後方で失った航空戦力の再建を続けていた帝国軍は、カイザー・エクスプレスに護衛としてつける戦闘機の数を増やし、僕たちの迎撃を排除しようと試みる様になった。


 Déraillement作戦は、あまり良い進み方をしていない。

 王国も、帝国も、結果的に場当たり的な戦力の逐次投入をくり返す形となっていて、どちらも満足のいく成果を得ることができていない。


 だが、時間は、王国にとっての味方では無かった。

 帝国はその規模で王国を圧倒しており、後方で着々と戦力を回復し、フィエリテ市を包囲する王立軍に反撃する準備をしている。


 このまま、空中補給を止めることもできず、フィエリテ市の帝国軍を制圧することもできなければ、自動的に王国の敗北が決定づけられてしまうのだ。


 Déraillement作戦は、僕にとって苦しく、辛い戦いだった。

 近づいて来るタイムリミットの、その足音を幻聴として聞きながら、焦燥に焼かれながら戦い続けなければならないのだ。


 そして、そんな苦しい戦いが続いていたある日。

 衝撃的な事件が起こった。

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