19-29「苦戦」

 カイザー・エクスプレスを阻止するための迎撃部隊として選ばれた僕たち、第1戦闘機大隊は、部隊間での連携を取りやすくするため、鷹の巣穴の一画へと集められていた。


 これまで第1戦闘機大隊に所属する各飛行中隊は、飛行場の収容能力などの都合もあって分散配備され、ハットン中佐の指揮下にありながらも1か所にまとまっていないというちょっとおかしな状況になっていたのだが、ここにきてようやく、本来あるべき形が出来上がった。


 集まったのは、第1戦闘機大隊に所属する、301A、301B、301Cの3つの飛行中隊だ。

 301Aはレイチェル大尉に指揮される僕たちで、兵力は7機。

 301Bは以前と変わらずパトリック中尉の指揮下で、兵力はもっとも多く、12機。

 301Cは同じく以前と変わらずにダミアン中尉に指揮され、兵力は10機。

 装備機は全てベルランD型で、総数29機の戦闘機部隊だ。


 この3つの飛行中隊はもともと鷹の巣穴に展開していた部隊で、2日間をかけて集結し、出撃準備を完了させた。


 この間にも、カイザー・エクスプレスは継続されている。

 とうとう、その規模は100機を越えるものとなって、フィエリテ市の帝国軍は包囲下にありながらも、ますますその戦意を増してきている様だった。


 しかも、彼らはこれまで夜間に空中から物資を投下するだけだったのだが、とうとう、昼間に堂々と飛来する様になった。

 編隊の規模が増し、また、護衛の戦闘機部隊もつけられる様になったことで、夜間にコソコソすることは止め、効率の良い昼間に活動を移して来たらしい。


 視界の悪い夜間に敵機を迎撃するよりも、昼の方が戦いやすいから、ある意味では迎撃しやすくなったとも言えるのだが、敵に護衛の戦闘機がついたというのが少し厄介だった。

 敵機の飛来する数が100機以上に急に増えたのは戦闘機部隊が増えたためで、帝国軍機が飛来する時は、フィエリテ市の上空の航空優勢が帝国軍に移ることとなった。


 王立空軍はその総力をあげて航空支援を実施しているから、実質的に、戦闘機として活動している機体はゼロとなっていた。

 しかも、航空支援は断続的に継続して実施されるもので、1度の出撃の規模は少数でしかない。このため、帝国軍機が大軍で飛来すると王立空軍はそれに抵抗することができず、逃げるしかない様な状況だった。


 カイザー・エクスプレスが飛んで来る時以外の時間はまだ帝国軍機の活動が少なく、その時間帯は王立空軍によって航空優勢が確保され続けてはいるのだが、帝国による空中補給が白昼堂々行われるようになったことは、王立軍の士気に響いている。

 青空に大編隊を組んで飛行する帝国軍機の姿は、Aiguille d’abeilleに当初の勢いが失われ、王立軍が苦境にあることを誰の目にも明らかに示すものだった。


 逆に、帝国軍は勢いづいている。


 カイザー・エクスプレスはこれまで空中からパラシュートで物資を投下するだけだったが、昼に飛来する様になって、フィエリテ市に1か所だけある飛行場に直接、輸送機が着陸する様になった。

 着陸はフィエリテ市の上空に帝国軍機がいる短時間に行われるだけだったが、それでも、友軍機が頭上を飛び去って行くだけではなく、目の前に着陸して、実際に手で触れることができるとなると、心理的な効果は抜群だった。


 着陸した輸送機は物資を降ろすと、今度は負傷兵などを乗せてまた飛び去って行く。

 物資ではなく、増援の兵士を降ろして行くこともある。

 物資の補給だけでなく、わずかでも人員の移動が可能となったことは、フィエリテ市に籠もる帝国軍の孤立感を打ち消し、その戦意を大きく高揚させている様だ。


 王立軍はこういった補給を阻止するために、帝国軍が利用しているフィエリテ市の飛行場に対し猛砲撃を実施し、使用不能にしようと試みはしたものの、うまく行っていない。


 砲弾が、足りないのだ。


 王立軍はこの反攻作戦のために相当数の砲弾を準備して備蓄していたのだが、フィエリテ市の帝国軍が空中補給を受けて予想以上の抵抗を示してきているために、その防御陣地を破壊するために予想以上のペースで砲弾を消費してしまっている。

 フィエリテ市の飛行場に砲撃をずっと続けられればいいのだが、王国にはすでにそれだけの砲弾を補給することができないという状況だった。


 飛行場を砲撃して穴だらけにしたとしても、帝国軍はすぐにそれを埋め戻して、飛行場の機能を復旧させてしまう。


 王立空軍には幸いなことにまだ十分な爆弾の備蓄があり、航空支援は継続して実施されていたが、それだって、1度にたくさんの爆弾を運べる爆撃機がいなくなってしまったから、少しずつしか爆弾を使えず、結果的に爆弾の消費が抑えられたというだけのことだ。

 弾薬不足は、目前に迫った危機だった。


 飛行場を帝国軍が使用することを阻止するために、王立陸軍による、飛行場の奪還作戦も決行された。


 Aiguille d’abeille開始当初に、少数で見事に3つの橋梁を守り切った王立陸軍の特殊部隊なども投入して行われたこの攻撃は3度、くり返されたが、そのどれもが失敗に終わった。

 帝国にとって最重要地点となったその小さな飛行場を守るために、敵ももっとも強力な兵力を配置していたからだ。


 1度目は飛行場に突入することには成功したものの、残り少なくなった戦車を惜しみなく投入した帝国軍の逆襲によって、それを維持することができなかった。

 2度目の攻撃は、王立軍も戦車などを投入して飛行場の滑走路を占領することに成功したのだが、今度は瓦礫(がれき)の中に隠されていた対戦車砲などの反撃によって多くの損失を出してしまった。

 それに加えて、どこに残っていたのか、帝国軍の野戦砲による砲撃などもあって、撤退するしかなかった。


 3度目は、王立軍の特殊部隊を中心とし、飛行場への夜襲が行われた。

 これまでの2度の戦いで帝国側も疲弊(ひへい)しているはずで、王国も精鋭中の精鋭を投入して必勝を目指したのだが、結局、この攻撃も失敗してしまった。

 王立軍は最精鋭を投入したが、帝国軍もそれを予期し、飛行場に最精鋭の部隊を集結させていたからだ。


 どうやら、帝国が飛行場を利用して新たに運び込んだ兵員の中には、帝国軍の特殊部隊が混ざっていた様だった。

 王立軍の特殊部隊は巧みな戦術で飛行場への突入を成功させ、一時は管制塔、通信所、発電施設、武器庫などの重要施設を占拠するところまで行ったのだが、帝国側の特殊部隊が逆襲を開始すると各所で寸断され孤立し、包囲されるという状況に陥(おちい)ったため、止む無く撤退せざるを得なかった。


 王立軍はあらゆる努力を惜しまなかったが、苦戦し続けている。

 このままでは、フィエリテ市の帝国軍に対して攻撃を続けることも難しくなってしまう。


 いよいよ、僕たちの役割が重要なものになりつつあった。


 王立軍はカイザー・エクスプレスを阻止するために、その進路上に高射砲などを配置するなどもしているが、砲弾が不足し始めていることから、十分な効果をあげていない。

 結局、輸送機の迎撃は戦闘機部隊に期待するしかないという状況で、僕たちが敵機を迎撃して空中補給を途絶えさせることができるかどうかが、勝敗を決するという様な状態になりつつあった。


 第1戦闘機大隊が鷹の巣穴の1画に集結を終えたその日の晩、ハットン中佐はパイロット全員を集めてブリーフィングを開いた。

 僕らがこれまでもブリーフィングで使ってきたあの粗末な部屋は幸いにもパイロット全員を収容するだけの能力があったのだが、やはり広々とはいかず、僕たちはお互いに肩を寄せ合いながら、ハットン中佐からの作戦説明を聞くことになった。


 ハットン中佐は、少しやつれている様な感じだった。

 作戦の実施が決定され、僕ら第1戦闘機大隊のみが投入されると決定されたその日からずっと、この少数の兵力で作戦を成功させるためにどうすればいいのかを考えていたからだろう。


 作戦にいくら不満があろうとも、これ以上の増援が望めない以上は、現有戦力で対処する以外にはなかった。

 全力を尽くすのが僕らパイロットの仕事だったが、その僕たちをどんな風に使って、何とか勝利をつかめる方法を考えだすのが、指揮官の仕事だった。


 ハットン中佐は少ない兵力で最大限の効果をあげるため、これまでの帝国軍の動きから気象条件や時間などによっていつ、敵が飛来するのかをできる限り予測し、そこになるべく戦力を集中することとした。

 帝国軍がこれまでに飛来した間隔やその時の気象条件から、敵が空中補給を行う時間帯を割り出したのだ。


 それでも、絶対にこの時間に来るとまでは断定できないため、僕らは3つの飛行中隊でそれぞれが担当する時間を決め、フィエリテ市に向かって飛ぶことになる。

 最初に僕ら301Aが飛び、順に、301B、301Cと出撃することになる。


 連続して、あるいは時間をおいて、僕たちは機体の整備や補給、そして僕たち自身の休息などを挟みながら、気象条件などに左右されながら不定期に飛ぶことになる。

 そのどれかで帝国軍を捉えることができれば、その時が勝負だ。


 鷹の巣穴からフィエリテ市までの空域は、フォルス防空指揮所からの誘導や支援を受けられることになってはいるが、フィエリテ市周辺にはまだ友軍の防空レーダーなどの設置が進んでおらず、せいぜい、地上の監視哨からの報告が期待できる程度でしかなかった。


 長距離の通信をする能力が単座機である僕らの機体では不足しているので、監視哨から得られるわずかな情報も、一度フォルス防空指揮所へと集められ、出撃部隊と一緒にフィエリテ市の近くにまで進出するハットン中佐のプラティークを経由し、連絡されることになっている。


 僕たちの指揮をする上に、情報を中継するだけとはいえ、飛行までするというのではハットン中佐が過労で倒れてしまうのではないかと心配だったが、どうやらこの任務には他の部隊から支援を受けられるということで、何とかなりそうな目途がついていた。

 戦闘機部隊の増援は出せないが、たった数機のプラティークを飛ばすだけであれば、司令部も反対はしなかったらしい。


 出撃は、帝国軍が輸送機を飛ばしてきそうな気象条件に合わせて実行されるため、常に変更があり得る不確実なものだった。

 いつ飛ばなければならないか、僕たちはこれから、少しも気の休まることのない日々を送ることになるのだろう。


 体力的にも、精神的にも、かなりキツイことになるだろう。

 だが、やってみせなければ。


 この戦争を終わらせることができるかもしれないのは、僕たちしかいないのだ。

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