19-28「生命線を断て」
もし、僕たちに、今の倍ほども戦力があれば。
いや、それほどではなくとも、帝国軍の上陸作戦を迎え撃つために失った爆撃機部隊だけでも、健在でいてさえくれたら。
僕たちにとって、現在の状況はきっと、苦境などでは無かったはずだ。
だが、王国はジレンマに陥ってしまった。
帝国の空中補給を停止させなければ、フィエリテ市で包囲下にある帝国軍は頑強に抵抗し続け、王国にとってのタイムリミットがやって来てしまう。
しかし、空中補給を阻止するために航空戦力を割けば、市街戦で王立軍の将兵の生命がより多く失われ、その損失は、王国にとっての致命傷となりかねなかった。
王国の勝算、Aiguille d’abeilleによって作り出そうとしている、連邦も帝国も王国から手を引くことになる状況とは、僕ら王立軍が相応の戦力を有し続けている場合にしか成立しない。
もし、フィエリテ市を奪還できたとしても、王立軍が大きく弱体化してしまっていたら、連邦も帝国も、今度こそ簡単に王国を撃破して敵国の本土への通路に出来ると考え、攻め寄せて来ることになるだろう。
王国に戦力と呼べるほどのものが失われてしまえば、一体、誰が僕らと交渉してくれるというのだろうか。
ただ、圧倒的な武力を突きつければ全てを手に入れられる相手に対し、対話によって、何かを譲歩しようと思うだろうか。
相手が、善良な一個人であれば、そんな心配はしなくて済むだろう。
だが、王国が相手としているのは、自身よりも遥かに強大な国家だ。
そもそも王国の平和と主権を尊重する気が少しでもあったというのなら、連邦も帝国も、王国を侵略しなかっただろう。
もっともっと、たくさんの兵力があれば、全て解決する。
1個連隊、1個大隊でもいい。戦闘機でも爆撃機でもいい。
そんなものは、どこにも存在し無い。
王国中からどんなに頑張って絞り出しても、そんな戦力は湧き出してこない。
いや、あることには、ある。
例えば、まだ飛び方を覚えたばかりの新米たちを戦場へと引っ張り出し、練習機にそのまま乗せて出撃させれば、数の上では立派な部隊が出来上がる。
だが、まともに戦い方も知らない、しかも、まだ少年と呼ばれる僕よりもさらに若い様なパイロットたちを前線に派遣することは、最後の手段だ。
彼らは立派に戦うに違いなかったが、戦いの中で次々と消耗し、失われていくことになる。
そんな風な戦いを強いなければならなくなれば、いよいよ、王国も終わりだ。
それで数週間か数ヶ月持ち直せたとしても、その後には何も残らない。
僕たちが欲しいのは、栄光や、誇りに満ちた勝利では無かった。
王国に平穏を取り戻す。できるだけ多くの人々と一緒に、この戦争を生きのびる。
それこそが、王国にとっての、僕たちにとっての勝利だ。
僕たちは戦って、命を危険にさらすが、死にたいから戦っている人間なんて、誰もいない。
僕たちは、生きたいから、自分の大切なものを守りたいから、戦っている。
戦況は、悪化し続けている。
王立陸軍はいまだに前進を続け、包囲網を狭めてはいるが、そのペースは鈍り、王国にとってのタイムリミットまでにフィエリテ市を奪還できるかどうかは、全く見通しが立たない状態だった。
この苦しい状況の中で、王立軍は選択を迫られた。
空中補給を、帝国軍の生命線を断つために航空戦力を割くか。
それとも、このまま航空支援に全力をあげ、フィエリテ市に籠もる帝国軍が早期に消耗しきって、抵抗を断念することに賭けるか。
王立軍の選択は、少々、中途半端なものになった。
王立軍は、帝国軍の空中補給、カイザー・エクスプレスを断つために、航空戦力を割く。
だが、そのために割く戦力は、たった1個戦闘機大隊だけ。
選ばれたのは、僕ら、第1戦闘機大隊だった。
王国の命運を背負わされることになった第1戦闘機大隊の隊長、ハットン中佐は、この王立軍の方針に反対した。
投入される戦力があまりにも過少に過ぎ、カイザー・エクスプレスを阻止するためには、もっともっと、多くの戦闘機が必要だったからだ。
これは、僕らパイロットの技量の問題ではない。
いつ飛来するか分からないカイザー・エクスプレスを迎え撃つためには部隊を分割し、ローテーションを組んで戦闘空中哨戒を行わなければならないのだが、そうすると、例え迎撃に成功したとしても、敵機を完全に撃破することができず、空中補給を停止させることができないのだ。
いくら腕が良くても、弾薬が無くなれば敵機は撃ち落とせないし、敵に護衛の戦闘機でもいた場合は空中戦に巻き込まれて、輸送機に手を出すことさえできないかもしれない。
僕ら301Aは王立軍の間で「守護天使」などと呼ばれてはいるが、たった7機の戦闘機では、どうすることもできないことだってある。
僕たちにそうするだけの力があれば良かったのだが、どうにもならないものは、どうにもならないのだ。
僕たちは、僕たちにできることを、できるだけやることしかできない。
それ以上のことは、どう頑張っても実現できない。
それでも、カイザー・エクスプレスの迎撃は、僕ら、第1戦闘機大隊だけで強行されることとなった。
これ以上、空中補給を阻止するために航空戦力を割けば航空支援が手薄となり過ぎ、フィエリテ市の市街戦で大きな損害が出るというのが、王立軍上層部の懸念事項だった。
それなら、市街戦を一旦やめればいい。そうして戦力を確保して空中補給をまず断ち切って、それからフィエリテ市への攻撃を再開すればいいというのがハットン中佐の意見だったが、王立軍司令部は、帝国軍の反撃が開始されるまでの時間的な猶予が不明だとして、フィエリテ市で市街戦を継続し、包囲下にある帝国軍に消耗を強いることは止められないと判断した様だった。
ハットン中佐は、せめて義勇戦闘機連隊だけでもいいから増援として欲しいと食い下がったが、それも許可されることは無かった。
司令部の懸念していることも、分からなくはない。
フィエリテ市の市街戦は、カイザー・エクスプレスを受けて士気を盛り返した帝国軍の抵抗を受けて激しく続いており、そこから多くの戦力を引き抜けば、王立軍は大きく後退しなければならなくなる。
帝国は東側で着々と戦力を増強しつつあり、その増援部隊がいつ動き出すか分からない以上、王立軍の司令部がフィエリテ市の帝国軍への攻撃を止めたくないという気持ちは、理解できることだった。
司令部に呼び出され、アラン伍長が運転するジャンティで行って帰って来たハットン中佐は、温厚な中佐らしくなく怒っていた。
中佐からの進言を1つも取り上げなかったのだから不満が大きかったのだろうが、一番大きな理由は、司令部がハットン中佐に対し、第1戦闘機大隊の司令官からの解任をちらつかせて、作戦に従うことを強要したせいだった。
司令部側にもそれなりの事情があってこういったことをしたのだろうが、あまり気分のいいものでは無かった。
結局、階級がどんなに高くなっても、人間だということなのかもしれない。
司令部につめている人々もまた、Aiguille d’abeilleが王国の優勢に進んでいたことに自信を持ち、勝利を幻想して希望を見出し、僕たちと同じ様に浮かれていたところに、現在の苦しい状況を突きつけられたのだから、精神的なダメージは大きかっただろう。
王立軍はこれまで連邦や帝国に対し、寡兵(かへい)ながらもよく戦って来ていて、それは驚異的とさえ言えるほどだったから、王立軍はその将校から兵士に至るまで、なかなか優秀な人材がそろっていたと言えるはずだ。
だが、どんなに優秀な人間であろうと、貧ずれば鈍するということわざがある様に、追いつめられれば判断を間違うこともある。
特に、ハットン中佐の意見には見るべき点があったから、それをねじ伏せるために強硬手段も取ったということだったのだろう。
頭ごなしに命令されるのは不快ではあったが、僕には、同情する様な気持ちもあった。
もっとも、僕の様な1人のパイロットとしては、やれと言われれば、やるだけのことだった。
ハットン中佐が危惧(きぐ)している通り、カイザー・エクスプレスを阻止するための戦力として、第1戦闘機大隊だけでは不足する気がするが、足りない部分は僕自身の頑張りによって補えばいい。
そんなことができるのかどうか、それは分からないが、できるかどうかは問題では無い。
それができなければ、王国は、僕たちの居場所は、失われてしまうのだ。
※作者注
ハットン中佐が義勇戦闘機連隊を増援に、と要請しているのは、同部隊は王立空軍の航空師団や防空旅団といった正規の部隊に所属しない、いわば王立空軍直轄の独立部隊の様なあつかいで、他の部隊に比べて指揮系統的な意味で動かしやすいからです。
もちろん、技量は十分な猛者ぞろいなので、戦力的に期待できるという意味もありました。
以上、熊吉からの補足説明でした。
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