19-27「カイザー・エクスプレス」

 王立軍は、少しずつだが、確実に帝国軍への包囲網を狭めつつあった。

 それは、僕らにとっては、胸の痛む戦いだった。


 何故なら、ただでさえ無残な姿となり果てているフィエリテ市を、僕ら自身の手でさらに、徹底的に破壊しなければならないからだ。


 それでもこれは、僕らにとって必要なことだった。

 今は廃墟となるのだとしても、平和を取り戻すことさえできれば、僕たちは自分たちの家を、故郷を、復興させることができる。


 例え、一度は瓦礫(がれき)になるのだとしても、昔よりも、もっともっと、いい場所を作ればいいのだ。


 だが、帝国軍は、降伏しなかった。

 彼らは狭まる包囲網によって追い詰められ、また、王立軍の攻撃に反撃するために武器や弾薬を消耗しつつあるはずだったが、それでも戦いを諦(あきら)めようとしない。


 僕たちは最初、それを、帝国人が持つ「誇り」から来る、意地なのだと思っていた。

 帝国人がその誇り高さゆえに頑迷で、時に尊大であることは大陸中で有名な話であり、帝国人が持つとされる特徴が発揮されているのだと、そう思っていた。


 どうやらそうでは無いらしいと分かったのは、フィエリテ市に立て籠もる帝国軍に対しての総攻撃が開始されてから、数日後のことだ。


 僕らが奇妙だと思ったのは、毎日夜間を狙って飛来する、数機から10機ほどの帝国軍機の存在だった。

 その敵機は王国に対して何か攻撃をするわけでもなく、ただ、東の方から飛来して、フィエリテ市の上空まで来ると引き返していく。

 王立軍の陣地に向かって爆撃を行うわけでもなく、かといって、夜間の飛行ではまともな偵察もできないので、僕らにはその飛行の意図が全く分からず、不思議に思うばかりだった。


 最初は何のためにそんなことをくり返しているのか、僕らには分からなかったのだが、ある日、その帝国軍機が投下していったものを鹵獲(ろかく)したことでようやく、何をやっているのかが明らかとなった。


 それは、王国が新しく占領した区域に偶然落下して来たもので、パラシュートのついた木製のコンテナだった。

 そしてその中には、大量の武器、弾薬。それに加えて医薬品や食糧の類がぎっしりと詰まっていた。


 帝国軍がフィエリテ市に包囲されるようになってから毎夜飛来して来る帝国軍機は、空中から補給物資をパラシュートによって降下させ、包囲下にある帝国軍へと貴重な物資を送り届けていたのだ。


 輸送機などを利用し、空路を利用して物資を送り届ける。

 空中補給と呼ばれているこの方法は、王国にも、知られていないわけでは無かった。


 だが、それはせいぜい、数千とか、そういう小さな単位の部隊に対して行われるもので、今回の様に、20万名を超える将兵への補給として行う様なものではないと考えられてきた。


 まず問題となるのが、その輸送量の小ささだった。

 例えば、1個師団を十分に補給し、戦闘能力を維持させるためには、1日に何十トン、何百トンという、大量の物資を必要とする。

 だが、僕らが知っている輸送機というのは、1度に運べるのはせいぜい数トンでしかなく、毎日、必要な物資を補給し続けるには、何十機、何百機という機体が必要だった。


 それに加えて、運用する環境も問題となって来る。

 最も理想的なのが設備の整った飛行場があることで、輸送機が離着陸できる場所さえあれば、物資を安全に、しかも確実に送り届けることができる。

 だが、フィエリテ市内にあるのは、民間の旅客用に整備されていた飛行場が1つあるだけで、それだけでは、20万名にも及ぶ将兵を支えるのには全く不足しているはずだった。


 しかも夜間だから、帝国軍の輸送機はその飛行場にも着陸することができていない。

 彼らは航法の計算から割り出した位置に物資を投下することができるだけで、そのため、物資の投下目標がズレることがあり、僕らに貴重な補給物資を捕獲されることにもなっている。


 補給線としては、あまりにも貧弱過ぎる状態だった。


 実際、帝国軍による空中補給は、その必要量を少しも満たしてはいない様だった。

 王国が鹵獲(ろかく)した補給物資から、帝国軍が使用している輸送機は王国のものとほとんど変わらないだろうということが分かり、数機から10機程度では、とても満足のいく補給量は維持できないことも明らかになった。


 それでも、帝国軍が包囲下にある友軍を見捨てることなく、補給を行っているという事実は、包囲下にある帝国軍の戦意を維持する上で大きな役割を果たしている様だ。


 帝国軍が毎夜送り込んで来るわずかな物資が、僕たちの前に大きな障害となって立ちはだかっていた。


 王立軍では、毎夜、人目を忍んでくり返される帝国軍の空中補給を、「皇帝特急」、「カイザー・エクスプレス」と呼び始めている。

 誰が呼び始めたのかは分からなかったが、王立軍の上層部でもこの名称が使用され始め、いつの間にか、公式の名称の様な扱いになってしまった。


 これは、王立軍にとって頭の痛い問題だった。

 帝国軍の輸送機は夜間に飛行して来るのだが、その時間はまちまちで、戦闘機部隊を派遣して待ち伏せをしようにも、全ての時間に対応するためには多くの機が必要だ。


 だが、王立空軍に、そんなことをする余力はほとんどなかった。

 王立軍はなるべく兵士の損害を抑えつつフィエリテ市の包囲網を狭め、帝国軍を屈伏させることを目指しており、そのためには1発でも多くの爆弾を敵陣に投下しなければならず、そのためには1機でも多くの飛行機が必要だった。


 爆弾を1発でも多く投下することができれば、王立軍の兵士の生命を、1人でも多く守れるかもしれない。

 兵力劣勢で戦い続け、そして、国家の規模から、これ以上の補充の見込みもない王国にとっては、1人1人の犠牲すら惜しまなければならないという事情があった。


 人道的な目的もあったが、それだけの話ではない。

 王国に勝利をもたらし、もう一度平和な時代を作るために、少しでも多くの将兵が必要だった。


 帝国軍の空中補給を阻止しなければ、帝国軍は容易には降伏し無いだろう。

 だが、空中補給を阻止するために多くの機体を割けば、その分、フィエリテ市の帝国軍を制圧することが遅れてしまうし、激しい市街戦の中で、多くの王立軍の将兵が倒れることになる。


 これは、解決しがたい、ジレンマだった。


 王立軍の兵力不足が足かせとなって、僕らは決定打に欠き、戦いには勝っているはずなのに、しかし、敗北に向かい始めている。

 僕らにはそれが分かっているのに、止めることさえできない。


 しかも、カイザー・エクスプレスはその規模を増しつつあった。

 最初は10機にも満たなかったはずなのに、その数は20機となり、日に日に増え、その増えるペース自体も上がって来ている。


 これは、フィエリテ市の周辺から後方へと撤退した帝国軍が、その航空戦力を順調に回復しつつあることを示唆(しさ)するものだった。


 帝国軍がすんなり抵抗を諦(あきら)めて母国に帰ってくれさえすれば、僕らとしてはそれ以上のことは無いのだが、帝国はまだ、王国を通り道として連邦本土へ攻め込むという構想への未練を捨てきれずにいる様だった。

 彼らは王立空軍が実施した航空撃滅戦によって失った戦力を補充し、態勢を立て直しつつあり、フィエリテ市周辺の空域での活動を再び活発化させつつある。


 実際、フィエリテ市周辺に集結している王立軍の主力を撃破することさえできてしまえば、王国は帝国に降伏するほかなくなってしまうのだから、フィエリテ市で包囲された帝国軍が粘り続けている間は、帝国にとって、王国から撤退する理由は無いはずだった。


 このまま空中補給が強化され続ければ、包囲下にある20万名もの帝国軍が息を吹き返し、その闘志だけでなく、武器、弾薬といった実力を伴った強力な戦力となって、反撃して来ることになるかもしれない。

 そして、もし、その時、帝国軍の本土から到着した援軍がタイミングを合わせて王国へ反撃してきたら、僕たちはもう、どうすることもできない。


 帝国軍による空中補給、カイザー・エクスプレスの規模が拡大するのと比例する様に、王立軍による進撃速度は鈍っていった。

 補給量が増大したことで、帝国軍は節約していた弾薬を躊躇(ちゅうちょ)なく使用するようになり、またその将兵も、以前よりも闘志をさらに増して、頑強に抵抗して来る様になったからだ。


 王立軍は、王立空軍の全力をあげた航空支援と、できる限りの砲撃支援を継続し、じりじりとフィエリテ市の包囲網を狭めつつあるものの、この調子でいけば、完全に前進が停止してしまうのも、時間の問題だと思われた。


 この戦争に、勝てる。

 僕らは、Aiguille d’abeilleが開始されてから、強くそう思う様になっていた。


 だが、作戦の開始から2週間近くが経過してしまった今となっては、そんな、楽観的な気分は全て、吹き飛ばされてしまった。


 今日も、フィエリテ市の夜空に、帝国軍機のエンジン音が響いてくる。

 カイザー・エクスプレスはとうとう、1日に50機を越える数で飛来するほどにまで拡大し、より多くの物資を、フィエリテ市で包囲下にある帝国軍へと投下しはじめた。


 それは、どうあがいても、20万名もの帝国軍の将兵を養うためには不足する量でしかなかった。


 だが、そのわずかな物資が、帝国軍にとっての希望となり、そして、僕らにとっての絶望となりつつある。


 何とかしなければ。

 気持ちは焦るばかりだったが、しかし、僕にはいい考えなど何も浮かばない。


 数日前は、勝利を信じることができたのに。

 今は、焦燥感だけがどんどん、強くなるばかりだった。


※作者注

 王立軍によるフィエリテ市の包囲成功から、帝国軍の空中補給に頼った抵抗は、史実のスターリングラード攻防戦、そしてインパール作戦などから構想した展開です。

 前話(18話)から続く王立空軍の爆撃機兵力の不足を原因とし、そのために戦闘機部隊を航空支援に投入しなければならず、結果的に帝国の空中補給を阻止することができない。

 小国ゆえの兵力劣勢による苦境にどう立ち向かっていくのかを、お楽しみいただければと思います。


 ちなみに、連邦人は、自分たちの思想を正義として信じるあまり、他人の意見を聞かないということで有名だったりします。

 帝国人の気質についてはお話しできたのですが、作中では出せなかった設定なので、ここでご紹介をさせていただきました。

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