19-26「市街戦」
王国は、勝利しつつある。
Aiguille d’abeilleが開始されてから続く王立軍の優勢は、僕たちにそう信じさせるのに十分なものだった。
帝国軍は航空優勢を失いながらも頑強に抵抗し続けていたが、王立軍はその抵抗を排除し、フィエリテ市の中に帝国軍を閉じ込めることに成功していた。
包囲下にある帝国軍の将兵は、少なくとも20万名にもなる兵力だ。
それは、帝国が王国に差し向けて来た主力部隊そのものだった。
帝国軍は王立軍による包囲を解除するために、粘り強く、執拗(しつよう)に戦った。
例えば、彼らはフィエリテ市に逃げ込んだ戦車部隊などを集めてフィエリテ市の東側へと突進し、王立軍による包囲を突き破ろうと試みたが、頻度(ひんど)の高い航空支援と正確な砲撃支援を受けた王立陸軍は帝国側の反撃を退けることができた。
また、帝国は、比較的包囲網が薄いと思われる個所に向かって夜襲を行い、包囲を解こうと試みもしたが、一部で部分的な成果をあげつつも、包囲網そのものの突破には失敗した。
これらの勝利に加えて、何よりも王国の優勢を僕らに印象づけたことは、帝国軍が、その航空戦力をフィエリテ市の周辺から、どうやら撤退させたらしいということだった。
帝国軍は、王立空軍が実施した攻撃によって大きな打撃を受け、その上、航空優勢を取り戻すために実施した鷹の巣穴への空襲の失敗によって、フィエリテ市の周辺に展開していた航空戦力のほとんどを失っていた。
帝国には前線へと送り込める兵力が後方にあり、僕らは前線を補強するためにそれらが順次、送り込まれるだろうと予想していたのだが、帝国はフィエリテ市の周辺が王立空軍による攻撃圏内にあることを危惧(きぐ)し、そこに大きな戦力を展開することを諦(あきら)めた様だ。
これは、Aiguille d’abeilleが開始されて以来の航空撃滅戦に王立空軍が勝利をおさめたことを確定させる出来事だったが、同時に、今後も厳しい戦いが続くということを予感させる出来事でもあった。
何故なら、帝国軍機はあくまでフィエリテ市の周辺から撤退したというだけで、まだ、王国から完全に出ていったというわけでは無いからだ。
帝国軍機は、どうやら、開戦前まで王国と帝国の国境地帯だった辺りにまで後退していったらしい。
帝国はその場所に大きな航空基地群を築いている様で、彼らはそこに戦力を結集し、王国に対して反撃に出て来るつもりでいる様だ。
いつ帝国側の反撃が始まるかは明らかでは無かったが、この帝国側の動きによって、王国は少しでも早くフィエリテ市に立て籠もる帝国軍を制圧しなければならなくなった。
王国は作戦失敗までのタイムリミットを2か月間と見積もっていたが、帝国が大胆な航空戦力の後退を実施し、その戦力の立て直しを図ったことから、予想よりも早期に反撃に転じて来ると思われたからだ。
ここにきて、王国はその当初の作戦計画に微修正を加え、フィエリテ市に立て籠もる帝国軍への総攻撃を新たに計画した。
一時的に航空撃滅戦に投じなくて済む様になった王立空軍と、包囲を維持するために必要な戦力を除いた王立陸軍の全戦力でフィエリテ市へと総攻撃をしかけ、包囲下にある帝国軍主力部隊を早期に殲滅(せんめつ)するか、降伏させる。
帝国がその航空戦力を後方の基地で立て直し、本格的な反撃に転じるまでに勝敗を決しなければ、王国が勝利を手にすることは不可能だった。
だが、包囲下にあるとはいえ、フィエリテ市の帝国軍を早期に撃破することは、簡単なことではない。
何故なら、そこには20万名にも及ぶ兵員を有した帝国軍がおり、彼らは包囲を受けているにも関わらず、少しも戦意を衰(おとろ)えさせていないからだ。
しかも、敵軍が立て籠もっている場所は、かつての王国の首都であり、頑丈な石造りの建物が建ち並んだ市街地だった。
かつての街並みは長く続いた戦乱によって荒れ果て、無事な建物は1つも残っていないという様な状態だったが、建物の残骸はそれ自体が強固な防御陣地として機能するものであり、また、視界の悪い市街地では、どこで敵が待ち伏せているのか、全く分からないという状況だった。
実を言うと、フィエリテ市を包囲している王立軍の数は、包囲されている側の帝国軍と、それほど大きくは変わらない。
王立軍が優位に戦いを進めているのは、帝国軍がフィエリテ市を手にしてからまだ日が浅く、連邦軍との交戦による消耗から十分に立ち直ることができていない状況を狙ったことと、それに加えて作戦開始直後の航空撃滅戦で予想以上の戦果をあげることができたからに過ぎない。
もし、防衛側にとって有利な市街地への攻撃で大きな損害を被ってしまうと、帝国軍が本格的な反攻に打って出て来るよりもずっと早く、Aiguille d’abeilleは失敗に終わってしまうかもしれない。
そういった大きな危険があるにもかかわらず、王国はわずかな可能性を手にするために全力を投じなければならなかった。
作戦があまりにも順調に進んでいたから忘れかけてしまっていたが、王国にとって、この反攻作戦、Aiguille d’abeilleは、僕らの命運を賭けた、後に引けない戦いなのだ。
僕らにとって有利な点は、フィエリテ市に包囲されている帝国軍が、外部からの補給を受けられないという点だった。
彼らは武器、弾薬を使えば使うほど弱体化していき、それどころか、食糧を確保し続けることさえ困難になっていくはずだ。
20万人という帝国軍の将兵は僕らにとっての障害であるのと同時に、帝国軍にとっての弱点ともなっていた。
飢えがどんなにつらいものか、王国の人間であれば、誰でも知っている。
僕らは連邦からの戦略爆撃によって飢餓の危機に直面し、食糧が尽きるかもしれないという事態を深刻に、現実に起きるものとして想像しなければならなかった。
その時の不安感や、焦燥感はかなり大きなものだったし、空腹な状態でいると考えも悲観的になりやすく、その辛さは骨身に染みている。
そう考えてみれば、僕らは無理な突進を行わずとも、包囲下にある帝国軍に消耗を強いて、物心共に少しずつ衰弱させていけばいいだけだ。
王立軍が立てた総攻撃の計画は、そういう考えに根差したものとなった。
徐々に帝国軍に対する包囲網を狭め、その兵力や物資の消耗を強いて、抵抗を断念させるということが、王立軍の目標だ。
帝国軍が防衛陣地としている場所には入念な航空支援と砲撃支援を実施し、少しずつ、確実に、友軍部隊の損害を抑えながら前進する方式が採用された。
帝国軍を消耗させ、物心共に疲弊(ひへい)させて、徐々に無力化していくのだ。
王立陸軍は包囲網を確実に狭めるために、自身が装備している戦車部隊を積極的に投入することを決定した。
投入される戦車には、予備の履帯を装備させるなどして防御力の強化が施され、歩兵部隊との連携の下、歩兵を敵弾から守る盾となり、また、その主砲火力で敵の陣地を制圧する任務が与えられることになった。
この方針には、一部の戦車兵たちから反発も起こった様だった。
戦車という兵器はその機動力を生かして戦場を縦横無尽に駆け回るものであり、身動きが取れず、戦車の機動力を発揮できない戦場に投入することは間違っているというのが、その主張するところだった。
それはそうなのかもしれないが、かといって、敵がどこに待ち伏せをしているのかも分からない市街地に歩兵だけで突入させるのは、可能な限り自軍の兵員の損失を抑えつつ勝たなければならない王国にとってはできないことだった。
戦車は、少なくとも機関銃や小銃などの小火器で撃破されることは滅多に無いはずの物だったし、その主砲によって、航空支援や砲撃支援を待たずとも、自力で敵の陣地を無力化するだけの攻撃力も持っている。
市街戦でも、戦車にしかできない任務というのは、確かに存在している様で、戦車兵たちには不本意な任務であっても、王国にとっては必要なことだった。
なるべく損害を抑えながら、しかし、確実に帝国軍への包囲網を狭めるというのが王国に求められていることで、そのためには、使えるものは何でも使わなければならない。
僕たちは、勝っている。
だが、この優勢は、いつでも逆転されかねないものだった。
使えるものは何でも使うというのは、僕らの様な王立空軍の戦闘機部隊でも同じことだった。
王立空軍ではすでに、爆撃機の不足を補うために防空旅団に所属する戦闘機部隊を爆装させて戦闘に投入していたのだが、航空撃滅戦のための制空部隊としてこれまで空中戦を主体として戦ってきた僕たち、第1航空師団と第2航空師団の戦闘機部隊にも、爆装して出撃することが新たに命じられた。
これは、帝国軍機がフィエリテ市の周辺から一時的に撤退し、空中戦が発生する機会が大きく減ったことから決まったものだ。
フィエリテ市の市街地を利用して築かれた帝国軍の防御陣地をより確実に撃破し、突入する友軍部隊の損害を最小限とするためには、なるべく多くの砲弾、爆弾を敵陣へ浴びせる必要がある。
そのために爆弾を落とせる機体は、多ければ多いほどいい。
僕にとっての最初の出撃任務は、ファレーズ城に籠もる友軍を支援するための地上支援任務だった。
だから、爆装しての出撃も一周まわって元に戻って来たような感覚で、抵抗は感じない任務だったのだが、他の部隊では一部で反発する声もあった様だ。
特に大きな反発があったのが、大陸外の諸国家から集まって来た義勇兵たちで編成される義勇戦闘機連隊で、一時はパイロットたちが部隊の指揮官に詰め寄るほどの事態に陥(おちい)ったらしかった。
だが、最終的には彼らも納得してくれて、今では爆弾を装備した機体で出撃をくり返している。
市街地を防御陣地とした帝国軍は、強固だった。
だが、王立軍は持てる全ての火力を動員してそれを攻撃し、自身の損害は抑えながらも、少しずつ、確実に前進を続けている。
作戦開始当所の様な、目覚ましい、華々しい戦果はすっかり聞かなくなり、毎日、単調な、けれども苦しい任務が続く様になった。
それでも僕らには、確実に、勝利へと近づいているという実感があった。
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