19-25「包囲環」
フィエリテ市の周辺にあった帝国軍の航空戦力は、事実上、壊滅した。
作戦初日に失った航空優勢を奪還するべく行われた帝国軍機による反撃は大損害を出して失敗し、フィエリテ市の周辺にあった帝国軍の航空戦力は以後、大きな作戦行動を起こすことができなくなってしまった。
王立空軍はこの機を逃さず、帝国軍に対して容赦のない追撃を実施した。
敵機を迎撃したその日の午後には部隊の態勢を整え直し、フィエリテ市周辺に残留する帝国軍機に対しての航空撃滅戦を徹底的に行ったのだ。
帝国の戦闘機部隊によるささやかな抵抗はあったものの、僕らは何の問題も無くそれを排除し、王国の爆撃機部隊は整然と隊列を組んだまま、正確な爆撃を実施した。
ほとんどの帝国軍機をすでに撃破することができていたため、この攻撃目標は、帝国軍機の活動を支える飛行場の設備に対して向けられ、多くの燃料や物資を焼き払うことに成功した。
王国にとっては、全てがいい様に噛み合わさっていた。
Aiguille d’abeilleはその開始直後から王国の想定を上回る成果をあげ、順調に、しかも予定以上のペースで進行しつつある。
王国はこれまでずっと苦しい戦いを強いられてきたが、それが嘘の様な状況だった。
順風満帆(じゅんぷうまんぱん)、僕らの行く先を遮(さえぎ)るものは何も無い。
作戦開始から3日目以降も王立軍による優勢は続き、このままいけば、フィエリテ市の奪還もすぐにできてしまうのではないかと、そういう希望的な観測を持つ将兵が徐々に増えつつある。
僕も、そんな1人だった。
実際、フィエリテ市の上空は王立空軍の支配下にあり、見かける帝国軍機はほとんどなく、僕たちは出撃しても、のんびりと地上の様子を観察している余裕さえあった。
空とは違って、地上では激しく戦いがくり広げられていた。
王立空軍による航空撃滅戦の成功を受け、王立陸軍も順調に進撃を続けてはいたが、地上の帝国軍全てが消えてなくなったわけでは無く、彼らはまだそこにいて、しぶとく抵抗し続けている。
かつて、王国がフィエリテ市を連邦軍から防衛していた時、そのために築かれた防衛線は、長い長い、塹壕線によるものだった。
これは第4次大陸戦争の数十年前に戦われた戦争、第3次大陸戦争の頃から採用されていた戦術で、王立軍は当時の戦訓を忠実に継承して利用していた。
結局、フィエリテ市の防衛はできず、王立軍が築いた塹壕線は連邦軍によって突破されてしまったのだが、その堅固さは十分に現在でも通用するものだった。
だが、空から見下ろしてみると、帝国軍の防御陣地は、王立軍がかつて築いたものとは異なっている様だった。
王立軍が築いた防衛線は塹壕がひと繋ぎになったようなもので、空中から見るとどこに前線が存在するのかがとても分かり易かったのだが、帝国軍が築いている陣地はそんな風にひと繋ぎになっていない。
塹壕はもちろん用いられているのだが、帝国軍の陣地は、戦術上の要地を守る様に築かれており、地上に一線を引いて「ここからこっちが自軍のモノ」という分かり易い分け方ではなく、重要な地点だけを守る様に特化されている様だった。
それでいて、決して、それぞれの陣地が孤立している訳でもなかった。
帝国軍の陣地は相互に援護し合えるような距離にあり、そこに装備された野戦砲や機関銃などの射撃によって、陣地と陣地の間に入りこんで来る敵に十字砲火を浴びせることができる様になっていた。
そして、その陣地と陣地の間では、帝国軍の戦車や、装軌式の走行車両などに搭乗した歩兵部隊などが進退することができ、陣地からの攻撃で射すくめた相手を機動部隊が自由に攻撃できる様になっている。
よくできた防御陣地だった。
塹壕を前線に沿って延々とのばしていく方式も強固な防衛力を発揮するが、帝国軍の陣地はより能動的で、守るのも、そこから反撃に転じるのもやり易く、効率的だった。
王立陸軍は開戦以来強化を続けられ、新型の戦車や兵器などで武装していたが、帝国軍の防御陣地を簡単には攻略できていない様だった。
王立陸軍が戦前に持っていた戦車というのは2種類あって、1つは車体に大口径だが短砲身の榴弾砲を装備し、その車体の上に37ミリとかの小口径だが高初速の戦車砲を装備した、装甲の厚く動きの遅い戦車と、野戦砲よりは少し小さいが敵の砲座や銃座などの陣地を吹き飛ばす威力を持った戦車砲を装備した、装甲が薄く走破性の高い戦車があった。
今では野戦砲クラスの大口径で砲身の長い戦車砲を砲塔に装備し、機動力も高い戦車が主力となり、それを、機関砲を装備した軽戦車や、その軽戦車を改造して車体に固定式で野戦砲クラスの戦車砲を装備した自走砲などが支援する様な形になっている。
これは、連邦や帝国の装甲部隊とほとんど同じ構成の編成で、帝国軍とも対等に渡り合えている様だったが、それでも陣地と連携する帝国軍は強力で、機甲部隊の力だけでは突破することができない様だった。
だが、僕たちは帝国軍に対し、航空優勢を握っている。
王立陸軍が自力では攻めあぐねてしまった時は、航空支援や、砲撃支援が要請される。
こちらに航空優勢がある状況で、航空支援は最短の時間で、しかも正確に実施されるし、砲撃支援も観測機からの弾着修正を受けて、精密に攻撃目標を痛打した。
航空支援や砲撃支援が終わると、帝国軍の陣地は目に見えて弱体化していた。
そこに配置された火砲などの重装備が失われ、陣地を構成する鉄条網や塹壕なども被害を受け、王立陸軍に対して放たれる攻撃の量が明らかに少なくなった。
しかも、陣地と協働して王立陸軍を迎え撃っていた帝国軍の装甲部隊も損害を受け、王立軍の装甲部隊を押しとどめる力を失っている様だった。
支援が終わった後に王立陸軍が攻撃を再開すると、強固だった帝国軍の陣地は陥落し、残余の戦力が次の防衛拠点を目指して逃げ出して行く様子が見て取れた。
もちろん、王立陸軍はそれを許さず、容赦なく追撃戦を実施し、できる限り戦果を拡大することに務めている。
逃げる相手を背中から撃つのは、心情としてはあまり快くないものかも知れなかったが、彼らを見逃せば、次の敵陣を攻略するのに支障が出てしまう。
敵が白旗をあげてくれば一番いいのだが、帝国軍は戦意旺盛で、戦況が不利であるにも関わらず、頑強に抵抗し続けている。
よく、帝国人は誇り高いと言われることがあるのだが、それは、どうやら真実である様だった。
もちろん、連邦人や王国人に誇りが無いということではないのだが、帝国人は自身の矜持(きょうじ)に執着する度合いが強い様だ。
だからこそ、帝国軍の将兵は陣地を捨てることになっても、それが全体の敗走とはならず、次の陣地にたどり着けば再び頑強に抵抗して来る。
その頑迷さが、好ましくもあり、この場合は疎(うと)ましくもあった。
自分のやっていることに誇りを持つということは、例えばカイザーの様に、職人気質で質実剛健な仕事ぶりにつながる。だから、好ましい面もある。
だが、敵とした場合は、とても厄介だった。彼らはあくまでも自身の負けを認めようとせず、例え武器や弾薬が尽きたとしても、戦い続けようとする。
連邦人も、頑迷さという点で帝国人とは引けを取らないが、その理由は少し異なっている。
帝国人の場合、その矜持(きょうじ)は、自分たちの国家、民族が持っている長い歴史と伝統に根ざしたもので、他に対するある種の優越感によるものだったが、連邦人の場合、その矜持(きょうじ)は、自己の側に絶対的な正義があるという確信によるものだ。
連邦はかつて君主制を打倒して成立した諸国家によって作られたものだったが、彼らは君主を打ち倒して権力を民衆のものとしたその歴史に誇りを持っている。
自由と平等こそが彼らの理念であり、それを民衆の手で実現したことは素晴らしい成果であり、それを守り、世界中に広げていくことが、正義であると信じ切っている。
連邦と帝国の両国がこれまで何度も戦って、なおも戦おうとするのは、彼ら自身の誇りと、頑迷さによるものだ。
それに王国は巻き込まれてしまっているのだから、自分たちが何のために戦い、命を賭けているのかと思うと、本当にやりきれない気持ちになる。
僕らが戦うのは、あくまで、自分たちが自分自身として生きていくことのできる場所、王国を守るためであり、もう一度、あの平穏な暮らしに戻りたいというためだ。
その願いは、どうやら、叶いつつある様だった。
王立陸軍は帝国軍からの激しい抵抗を受けながらも進撃を続け、その様子は、空から見ているとよく分かった。
王立陸軍は帝国の強固な陣地に遭遇する度に何度も停止を余儀(よぎ)なくされたが、それでも、友軍機の支援や、砲兵隊の支援を受けてすぐに前進を再開し、徐々にフィエリテ市の周囲に包囲網を作り上げていった。
そして、作戦の開始から5日後。
誕暦3699年5月26日。
その日、フィエリテ市の北側で、フィエリテ市の西と東から帝国軍の陣地を突破してきた王立陸軍の部隊が合流を果たし、お互いに勝利を喜び合った。
とうとう、フィエリテ市の包囲環が完成し、王国はそこに帝国軍の主力部隊を封じ込めることに成功したのだ。
※作者注
今回、作中にちらっと出て来る自走砲は、ドイツのヘッツァーみたいなものです。
ベルランの設定紹介で、「ベルランに20ミリ機関砲を優先して装備させた結果、大量の武装無し軽戦車ができてしまった」という趣旨の設定をご紹介したのですが、その武装無し軽戦車の利用法として、自走砲とするのはどうだろうというご意見をある読者様からいただきまして、今回、ありがたく使わせていただきました。
ただでさえ数で劣る王国にとっては、この種の車両は貴重な戦力となるもので、うまく利用法を作ることができて良かったと思います。
ご意見、ありがとうございました。
ちなみに、王国の戦車ですが、戦前はルノーB1戦車の様なものと、ソミュアS35戦車の様なものの2本立てで、開戦後はM4シャーマンやT34戦車の様な中戦車を主力としたものに変わっています。
どうも、史実のWW1とWW2の間の戦間期は、各国で「重装備で重いの」と「軽装備で軽いの」の2本立ての戦車戦力を構築している例が多く、そこから野砲クラスの戦車砲を装備した中戦車を主力とする構成に変化していく様なので、作中でもそれを取り入れてみました。
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