19-17「鷹(たか)の巣穴」

 鷹(たか)の巣穴という名前を聞いた時、僕は違和感を覚えていた。

 この世界に巣穴を作る生き物はたくさんいるのだが、鷹が地面に穴を掘って巣穴を作るという話は聞いたことが無かったからだ。


 だが、その基地はまさに、鷹の「巣穴」だった。


 基地が作られたのは、フォルス市の東側、鉄鉱石などを掘り出すための鉱山がいくつも作られている、丘陵が点在する地域だった。

 フォルス市の東側にあるこれらの鉱山の歴史は古く、大昔から王国の鉱業を支えて来た場所だ。

 そのため、そこには廃鉱となった鉱山が、いくつもあった。


 鷹の巣穴は、そういった廃鉱山を利用して築かれた基地だった。


 王国では来(きた)るべきフィエリテ市の奪還作戦のため、多数の王立空軍機を運用することができ、同時に、敵からの反撃にも耐えることができる強固な航空基地を必要としていた。

 これは、反攻作戦を実施するためには大規模な航空兵力の投入が必須であるということと、開戦当初に実施された航空撃滅戦でいくつかの要因が重なったとはいえ、多数の王立空軍機が飛び立つ間もなく撃破された戦訓からの要求だった。


 こういった要求を満たす航空基地とは、僕たちがフィエリテ市の防空戦を戦っていた時に使っていたような簡略化された設備の秘匿飛行場ではなく、機体を守るための多数の掩体を備え、どんな機体でも問題なく離着陸を行うことができる整備された滑走路を何本も持つ、巨大な基地だ。


 だが、そんな設備の整った基地を、短期間で作り上げることは難しい。

 機体を守るためには頑丈な鉄筋コンクリート製で屋根のついた掩体を作ることが理想だったが、何百機もの航空機用の掩体を作ることは、時間的にも労力的にも、そして資材的にも困難だ。

 しかも、きちんと舗装された滑走路を複数、用意しなければならない。


 そこで注目されたのが、フォルス市の東側にいくつもあった廃鉱山という、点在する丘陵にいくつもの横穴が存在するという地形だった。

 無数に存在する廃鉱山の横穴を拡張して補強すれば、航空機を敵の攻撃から守る掩体として、簡単に改造することができると考えられたのだ。


 しかも、この廃鉱山がある周辺には、フォルス市から太い鉄道がのびている。

 これは、王国を南北に貫く様に建設された幹線鉄道であるイリス=オリヴィエ縦断線から分岐する大きな支線で、今でも稼働している鉱山から大量の鉄鉱石などを輸送するのに使われている、現役の線路だった。


 王国の中でももっとも設備の整った路線である上に、そこからいくつもの線路が枝分かれして、あちこちに散らばっている廃鉱山にもつながっている。

 それらの線路は鉱山の閉山と一緒に廃線となっていることも多かったが、撤去費用が高額となることからそのまま放置されていたところも多く、再利用できる状態の区間がたくさんあった。


 堅固な航空基地群として求められる掩体や滑走路などの建造のために、必要な資材の搬入経路がすでに存在するということが、ここが王国の命運を左右する航空基地群の建設予定地として選ばれる決定的な要因となった。


 廃鉱山であるだけに地質の状況がすでに知られており、工事のために改めて調査する必要がほとんどなかったおかげで、工事はハイペースで進められた。

 廃鉱山が存在する丘陵地帯の岩盤は、かなり安定したもので、多少、乱暴な工事を行っても問題が無く、そのことがより工事に有利に働いた。

 王国はこれら廃鉱山の岩盤をダイナマイトによる爆破などを駆使して掘り広げ、短期間で掩体へと改造していったのだ。


 掩体の作成には、新しい技術も投入された。

 普通、トンネルというものは、土圧を支えるために強固な柱や壁、天井を作る必要があるのだが、元々安定した岩盤を持つこの地域では、これを大きく簡略化することができた。


 その方法は、ダイナマイトで爆破して必要な空間を確保した後、セメントをトンネル内面に噴きつけて固化させ、そこに杭を打ち込んで強度を高め、それでトンネルの完成としてしまうものだった。


 普通、トンネルは大きな土圧に押しつぶされてしまわないよう、分厚い壁や天井などを作って補強しなければならないのだが、安定した地盤であったり、十分な調査と計算を行ったりした上であれば、こういった工法も可能だった。

 これはまだ登場してから数年しか経っていない新しいトンネルの掘削法だったが、王国では以前からトンネルの掘削などに使用していた実績があり、その経験を生かしてわずかな期間で数百機の航空機を収容できる掩体を作り上げた。


 「巣穴」というのは、それらの掩体を指して名づけられた言葉だ。

 実際に空から見下ろすと、丘陵にいくつも作られたトンネルは、生き物が作った巨大な巣穴の様に見えた。


 廃鉱山の横穴を利用して作られた掩体の間は転圧された誘導路で結ばれ、そして丘陵の間に何本も作られた滑走路へと続いている。

 滑走路はアスファルトやコンクリートなどでは舗装されていなかったが、マカダム舗装という砕石を用いた舗装が施されており、今回の移動の様に荷物を抱えていても離着陸が可能な状態にされている。


 しかも、滑走路は丘陵の間にあるスペースを使って何本も作られており、そこを使う僕たちは、風向きや、敵からの攻撃など、その時の状況によって複数の滑走路を使い分けることができる様になっている。

 ある滑走路が敵からの攻撃を受けていても、僕たちは攻撃を受けていない別の滑走路から飛び立って迎撃できる様になっている上に、爆撃で破壊されても比較的容易に復旧できる様な、強靭な造りになっている基地だった。


 鷹、すなわち僕たち王立空軍が安全に翼を休めることができる、よくできた巣穴だ。


 もっとも、基地には未完成な部分も多くあった。

 連邦軍が実施した戦略爆撃によって王国の経済、産業が一時的に混乱してしまったため、工事に少なからず遅れが出ているのだそうだ。


 これほど大規模な基地であれば、当然、敵機の攻撃に反撃するための対空砲や機関砲などを備えた堅固な陣地が備わっていなければならないのだが、それらはまだ準備されている途中で、当面は移動式の野戦対空砲や機関砲に頼らなければならない状態だった。


 防空レーダーなどの設置も進んではいるが、一部は未完成な状態であり、航空基地の西方や南方から接近する航空機については、部分的な探知能力しか持っていない。

 今のところは、基地の周囲に作られた監視哨からの目視や聴音による観測に頼らなければならない部分が多く残ってしまっている。


 航空機を管制するための設備は優先して作られたのかほとんどでき上っており、僕たちは管制官からの誘導を受けて目的の滑走路に難なく着陸することができたのだが、着陸してみると、未完成な部分は他にも幾つもあると分かった。


 例えば、たくさんの兵士を生活させるための兵舎などの設備が足りていない。

 一部は廃鉱山で使われていた労働者向けの施設を改修することで用意されているのだが、それでも数百機の航空機を運用する基地群としては不足気味で、掘立小屋の様な、とりあえず屋根と壁があればいいといった感じの建物や、場合によってはテントなどに頼らなければならない様な状態だった。


 それに、厨房などの設備が不十分で、これまでの様に「基地に帰ればいつでも温かい食事にありつける」というのは、期待しない方が良さそうだった。

 当分は、缶詰や固焼きのパンなど、保存食に頼るか、自分たちで自炊などをするしかない様だ。


 掩体として作られたトンネルの内側も、吹きつけられたセメントが剥(む)き出しで、表面の仕上げなどはされていないためにデコボコと波打っていて、いかにも突貫で作りましたという感じだった。

 しかも、長さが数十メートルしかないとはいえ、トンネルであることには間違いないので、空気がひんやりとしていて、少し湿っている様な感じがする。


 そこに納められた僕たちの機体も、薄暗い電灯の光に照らされているので、クレール第2飛行場の明るい格納庫で見る印象とはかなり違って、重苦しい様子だった。

 だが、その掩体は、少なくとも敵機からの爆撃では容易に破壊されることはない、頑丈そうな出来栄えになっている。


 あまり住み心地は良さそうではなかったが、少なくとも、戦うという目的のためであれば、十分に使うことができる様だった。


 そう、僕たちはここに、戦いをするために来たのだ。

 戦って、勝って、この戦争を終わらせる。

 平和だったころの記憶はもう、ずいぶん遠く、霞(かす)んでさえいるが、きっと、取り戻して見せる。


 そのための、鷹の巣穴だ。

 今はこの武骨な造りの殺風景な航空基地こそが、僕たちが拠るべき砦であり、家だった。


※作者注

 掩体を作った工法は、現実でもよく用いられているNATMというものです。

 これはオーストリアという国で最初に考え出されたことから、こういう名前(New Austrian Tunneling Method)で呼ばれている工法なのですが、登場したのは1960年代と、イリス=オリヴィエ戦記が舞台としている1930年代末~1940年代までの時代からすると、かなり早い採用になっています。

 ダイナマイトで吹っ飛ばして、セメントを噴きつけて表面を固め、杭を打ち込んでがっちり強度を出す、何とも漢らしい工法なのですが、杭打ちに専用の機械(しかもけっこう大掛かりになるらしいです)が必要となるなど、それなりに準備が必要な工法だったりもします(それでもシールド工法などよりは簡易になると思います)。

 こういった工法を使っているのは、物語進行上の「ご都合」もあるのですが、開削工法とかシールド工法とかしか知らなかった熊吉にはなかなか新鮮で驚きだった工法だったので、今回、読者様にもご紹介させていただきたいと思い、使わせていただきました。

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