19-16「前線へ」

 部隊の移動は、可能な限り素早く実施された。

 王国にとってのチャンスは今だけなのだから、反攻作戦の開始は早ければ早いほどいい。1日でも早く前線へ部隊を展開させ、準備を整えなければならなかった。


 僕たち301Aの移動は、三段階に渡って行われることになっている。

 第一段階は、まず整備班やその他の地上支援要員の半数を先発隊とし、船と列車、車両を乗り継いで前線基地へと移動させ、航空機の受け入れ準備を整えてもらう。

 第二段階は僕たちパイロットが機体を操縦して、先発隊が受け入れ準備を整えた基地へと機体と共に直接移動する。

 第三段階で、残りの地上支援要員と追加の機材などが輸送される。

 そして、先発隊の出発から4日以内に、戦闘準備を整える。


 各部隊の移動は王国が保有する輸送能力の都合で段階的に行われ、王国南部に展開している王立空軍の諸部隊が展開を完了するまで、2週間はかかる予定だ。


 フィエリテ市の奪還作戦は、王国では誰もが「いつか必ず実行されるもの」と考えていた。

 戦火に焼かれて、すっかり廃墟となっているとはいえ、そこは今でも多くの王国の人々にとっての帰るべき家だった。


 だから、時が来れば必ずまた北へ向かうということは誰もが覚悟していたことだったが、それでも、今回の移動は急だった。

 帝国軍の上陸作戦を退(しりぞ)けたばかりであり、次に大きな動きがあるのはもう少し先のことだと思っていたからだ。


 だが、作戦はすでに実施が決まっている。

 そして、大きな不確実性を内包しながらも、王国には勝算がある。

 王国がこの戦争を生きのび、僕たちが自分自身としてこれから先も生きていくことのできる場所を守るために、僕たちは何とか、定められた期間の内に移動を完了しなければならない。


 先発部隊の移動は、本当に慌ただしかった。

 先発部隊として指定された人員は、身の回りのものは最低限のものしか持つことができず、必要最小限の機材などを準備するだけでも手一杯という状態だった。

 それでも僕たちは全員で協力し合い、先発隊と一緒に移動させる機材などを木製のコンテナに詰め込み、どうにか準備を間に合わせて、彼らを送り出すことができた。


 僕たちパイロットの移動は先発隊が出発したその翌日に行われることになっている。

 移動先の基地はフォルス市の近郊に新設された基地で、飛行距離は400キロ以上になる予定だ。


 移動する際には、僕たちの機体にもできるだけの機材が積み込まれることになっている。

 例えば、今後の作戦でいくつも使うことになるはずの増槽タンク。飛行距離的には全く必要のない装備ではあるが、これからいくらでも使う予定があるのだから、僕たちは空の増槽タンクをぶら下げて、機体と一緒に新しい基地へと運ぶことになっている。


 その他にも、操縦席後方にあるわずかな荷物の搭載スペースや、胴体内部の余剰空間などに積めるだけのものが積み込まれた。

 離陸重量がいつもよりだいぶ増えてしまって、機体の重量バランスもいつもと変わっているから、離着陸が少し大変そうだ。


 準備でいろいろと忙しかったが、それでも、新しい基地まで、飛行機であれば離着陸の時間を考慮しても2時間ほどでついてしまう。

 おかげで、僕にはほんの少しだけ、ここに残る人々とお別れをする時間ができた。


 僕はわずかにできた余裕時間を使い、担当官に頼み込んで外出許可をもらって、クレール第2飛行場に隣接するように作られている「新工場」へと向かった。

 そこは僕たちが乗っている機体、「ベルラン」の生産工場で、僕の母さんが働いている。


 僕は運よく、母さんと話すことができた。

 母さんは以前見た時と同じように、似た境遇を持つ母親たちと一緒に、僕たちの戦闘機を作っていた。

 母さんたちの間には、相変わらず笑顔が絶えない。この戦争という状況の中にあっても、決して暗い気持ちにならないよう、ありとあらゆることを笑い話にしようとしている様だった。


 そのたくましさが、僕には少し眩(まぶ)しく思える。

 きっと、母親たちにも、多くの辛いことがあったはずだった。

 自身の子供を、戦争に奪われてしまった人だって、家族や友人を失ってしまった人だっているはずなのだ。


 それでも、母さんたちは笑顔を絶やさない。

 辛さに負けて泣き暮らすよりも、自分たちの手でこの戦争を終わらせてやるのだと、母さんたちも戦っているのだろう。


 反攻作戦が実施されることについては軍事機密とされているために話すことができなかったから、僕はただ「母さんの顔を見に来ただけ」としか言えなかった。

 僕は現在の戦況を聞き出そうとあれこれ質問をくり出してくる母親たちに困りながらも、どうにか平静を保っていたが、それでも、母さんとの別れ際には少し、涙腺(るいせん)が緩みかけてしまった。


 僕は生きて帰ってくるつもりだったが、どうにもならないことだって、あるだろう。

 母さんと話すのがこれで最後になるかもしれないと思うと、どうしても目頭が熱くなってきてしまう。


 母さんは僕のその様子に気がついて何かを察したのか、それとも僕の必死の演技に疑いを持たなかったのか、何も言ってはこなかったが、僕に「また特製ターキーを作ってあげるからね! 」と約束してくれた。


 些細(ささい)なことでも何でも、生きて帰って来なければならない理由が増えるのは、悪いことではない。

 心残りがあれば、追いつめられてしまってもきっと、諦(あきら)めずに僕は戦い続けることができるだろう。

 諦(あきら)めなければ必ず生き残れるというわけでも無いだろうが、そういう気持ちでいた方がしぶとく生きのびることができるはずだ。


 母さんとの別れを済ませて基地に戻った僕は、妹のアリシアにも別れを言いに行った。

 妹は母さんと違い基地で直接働いているから、反攻作戦が行われることについてもすでに把握している。

 だから、少しだけ母さんよりも話をし易く、僕は母さんや父さんたちに向けた手紙を彼女に預かってもらった。


 どういうわけか、別れの挨拶をし、家族への手紙をアリシアに託(たく)そうとする僕を見て彼女は不思議そうな顔をしていたが、それから、何だかおかしそうに笑って「分かったわ、兄さん! 母さんと父さんにきちんと手紙は出しておくわ! 」と言ってくれた。

 何だか変だな、とは思ったが、とにかく、僕としては心残りが無くなって、すっきりとした気持ちで飛ぶことができるから、嬉しかった。


 やがて、予定された時間がやって来ると、僕たちは機体に乗り込み、半年近くにも渡って慣れ親しんだクレール第2飛行場を飛び立った。


 以前の移動では、僕らの部隊の愛すべきマスコットであるブロンも、ライカの機体に便乗して一緒に移動していたのだが、彼は今回、ライカとは別行動だった。

 ライカいわく、出発前になるとブロンは自発的に鳥籠(とりかご)の中に入り、ライカと一緒に空を飛ぶつもりでいたらしいのだが、残念だが今回の飛行に彼を乗せて行く余裕は無かった。


 ブロンは僕たちにとってすでに欠くべからざる友人だったが、限られた時間の中で作戦の準備を整えなければならない以上、アヒル1羽分の重量であっても、他に優先して運ぶべきものがいくらでもある。

 彼はライカと一緒に飛べないと分かってずいぶんとガッカリしていたということだが、後発隊と一緒に後から来てもらうしかなかった。


 飛行は、天候に恵まれたこともあって、とても順調だった。

 この半年で僕たちはすっかりベルランD型の操縦に慣れ、そのクセや性能などをよく理解して自身の手足のように扱(あつか)うことができる様になっていたから、今日の様にただ飛ばすだけであれば、ずいぶん気が楽だった。


 荷物をいっぱい積み込んだので機体が重く、重量のバランスが普段と少し違うという点だけは常に頭に置いておかなければならなかったが、実際に飛ばしてみると、被弾したまま飛行する時よりはずっと簡単だ。

 後方から前線へ飛行機を運ぶ任務を任されていたこともあるカルロス曹長がついていてくれるのだから、航法も何も問題はなく、僕たちは予定したコースを予定通りに飛んで、予定していた到着時間に、新しい基地の上空へと到着した。


 フォルス市の東側にこの戦争が始まってから新しく作られたその基地は、僕たちがそれまで使ってきた飛行場の様に番号では呼ばれておらず、固有名称を持っている。


 その基地の名前は、「鷹(たか)の巣穴」。

 イリス=オリヴィエ連合王国が今回の反攻作戦に備え、全力で作り上げて来た巨大な航空基地群だった。

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