19-18「意外な再会」

 鷹の巣穴には、毎日の様にたくさんの航空機が飛来した。

 戦闘機、爆撃機、偵察機。その他にも、戦闘任務には直接つかない様な補助的な任務につく様々な機体が、続々と集まって来る。


 それと並行して、鉄道を利用して大勢の王立軍の将兵や、たくさんの物資が運び込まれてくる。

 鉄道だけではなく車両なども最大限動員されて、短期間で作戦準備を完了させるために、王国は全力をあげている。


 僕たちが鷹の巣穴へと着陸したその翌日には後発隊も列車に乗って到着し、301Aは戦闘準備を整えるために奔走(ほんそう)することになった。

 機体を十分に整備することはもちろん、そのために使う機材や予備部品などを使いやすい様に整理して配置し、基地の施設の状態に合わせて、可能な限り効率的に作業ができる様にしなければならない。


 基地の状態については事前情報がほとんどなかったから、1つ1つ確かめながら進めなければならなかった。

 それでも、僕たちはパイロットも地上の支援要員も関係なく協力して準備を進め、予定通り、移動開始から4日後には、いつでも出撃可能な体制を整え終えていた。


 僕たちが暮らすための施設も、僕たち自身の手で準備しなければならなかった。

 鷹の巣穴には、そこを建設するために王立陸軍の工兵隊や民間から雇い入れた労働者などが大勢で働いているのだが、工事の遅れなどもあって、僕たちのことにまで十分に手が回らない様な状況だった。

 このため、僕たちは機体の準備と並行して、仮の宿舎となるテントや掘立小屋などを建設しなければならなかった。


 いろいろ大変だったが、とにかく、僕たちはどうにかここで戦っていくための準備を整えることができた。


 反攻作戦の開始まではまだ時間があったが、かといって、それまでの間、僕たちがのんびりしていることはできなかった。

 何故なら、僕たちは王立軍が反攻作戦を準備していることをなるべく敵に悟らせないために、飛んで来る偵察機などを迎撃しなければならなかったからだ。


 鷹の巣穴の建設工事は大規模なもので、上空から見て目立つような滑走路などの建設も行われていたから、当然、「そこに基地ができつつあること」は帝国軍にも知られていた。

 帝国軍がどれだけの情報を得ているかは僕らには分かり様がなかったが、王国がフォルス市周辺に多くの兵力を集めていること自体は、帝国軍にすでに知られていると考えた方が良い。


 だが、王国が何かをしようとしていることは分かっても、その戦力の展開状況を正確に把握することができなければ、僕たちがいつ、何をしようとしているのかを帝国軍が把握することは難しくなる。

 帝国は王国に動きがあることを察知して対策を取ろうとするだろうが、こちらがいつ、動き始めるのかだけでも隠すことができれば、僕たちがやろうとしている反攻作戦が成功する確率はずっと高くなる。


 帝国軍は少しでも多くの情報を得るために鷹の巣穴に向けて頻繁(ひんぱん)に偵察機を飛ばしてきたが、僕たちはそれを撃墜するために毎日忙しく飛び回ることになった。

 何しろ、僕たち301Aは、王立空軍の中でももっとも早く鷹の巣穴へと移動し、戦闘準備を整え終わった部隊だった。

 他の部隊が到着して準備を整えるまで、敵の偵察活動を阻止できるのは僕たちしかいない。


 幸い、鷹の巣穴の北側と東側、つまり帝国軍機が飛来する危険の大きな方向には防空レーダーの設置が終わっており、僕たちはレーダーからの情報を得て、敵の偵察機に対して効果的な迎撃を行うことができた。


 出撃は、いつも分隊規模の小さなものだった。

 これは、まだ鷹の巣穴に展開を終えている戦闘機部隊の数が少なく、不定期に姿を見せる帝国の偵察機にいつでも対処できる様にするためには僕たちの部隊の中だけでローテーションを組む必要があり、また、飛んで来る偵察機も、いつもせいぜい1機か2機だけだったからだ。


 飛んで来る偵察機は、流線形の美しい機影を持つ帝国軍の双発偵察機で、かつて戦った時にはその高速で悩まされた相手だった。

 だが、僕たちが今乗っているベルランD型は、かつてそれらと戦った時のベルランB型よりも最大速度で時速100キロ以上、高速だった。

 僕たちの技量が向上していることもあって、僕たちは敵の偵察機が飛んで来る度、必ずそれを撃墜することができた。


 だが、偵察機が撃墜され続けたことで、帝国側もすぐに新しい工夫を行ってきた。

 彼らは偵察機を超低空で飛行させ、防空レーダーに可能な限り捕捉されない様に接近し、鷹の巣穴の手前で急上昇して基地の撮影を行い、すぐに引き返して逃げて行く様になった。


 これには、かなり困らせられた。

 敵が低空で接近してくるためにそれを察知することが遅れ、慌てて迎撃に上がっても間に合わないということが増えてしまったからだ。


 これは、基地に十分な戦闘機部隊が展開して迎撃機の数が増え、帝国軍機がよく使うルート上に移動式の対空砲や機関砲を配備して防御されるようになると阻止できる様になったが、残念ながらいくらかの情報が敵に渡ってしまったはずだった。


 基地の体制が整ってきたことで、僕たちにも少し余裕ができて、ようやく一息つくことができた。


 それに加えて、嬉しいこともあった。

 念願の厨房設備が僕らの下へと到着し、その設置が完了して、とうとう、いつでも暖かな食事にありつける体制が出来上がったのだ。


 その厨房設備は、基地に到着してそこにそれが無いことを知ったハットン中佐が必要なものとして配備を要望していたもので、王立陸軍が野外での炊事用に開発したユニット式のものだった。

 それは王立軍でよく使われている汎用車両であるジャンティの様なありふれた車でも牽引(けんいん)して運べるように軽量で小型化され、車輪のついた装備で、王立空軍では「野外炊事車」などと呼ばれているものだ。

 それ1台だけで、例えばシチューなどの煮込み料理であれば、1度に僕らの部隊全員に行き渡るだけの量を作ることができる。


 この待望の新装備が来るまでの間、僕たちは毎日、缶詰と、固焼きのパンだけで食事を済ませていた。

 しかも、何かの手違いなのか、最初からそういう計画だったのかは分からないが、僕たちの部隊に当面の食糧として供給された缶詰は豚肉のハムだけで、それを何日も食べ続けたせいで、すっかり飽き飽きしてしまった。


 肉の缶詰は、決して、不味いわけでは無かった。

 味は、ソーセージの中身だけを取り出して詰め込んだような感じだ。1つ文句をつけるとしたら脂っこ過ぎることだったが、体力勝負の兵士たちに必要なカロリーを供給するための味つけだから、納得はできる。


 たまに食べるくらいだったら、美味しいと思うことができただろう。

 だが、それが毎日、毎食、同じものとなると、うんざりしてしまう。


 だから、野外炊事車が配備され、温かい食事が振る舞われた時は、それは、それは、嬉しかった。

 しかも、その味わいは、何だか懐かしい様な感じだ。

 まるで、自分の実家に帰ったような……。


 久しぶりの暖かいシチューを喜んで食べていた僕は、そこで、違和感を覚えた。

 あまりにも、似過ぎているのだ。

 僕の家の味に。


 この料理の味を出せるのは、この世に恐らくは2人しかいない。

 1人は、言うまでもないが僕の母さんだ。

 そして、もう1人は。


 以前にも、こんな様なことがあった様な気がする。

 そんな既視感(きしかん)と一緒に、野外炊事車が配置されているテントまで僕が向かうと、そこには、僕が思った通りの人物がいた。


「アリシア! 何で、ここに!? 」


 にこにことしながら、今日の役目を終えた野外炊事車を掃除していたアリシアにそう声をかけると、彼女は僕に気がつき、それから得意げな笑みを浮かべた。


「兄さん! やぁっと、私に気がついたの? もう、ずっと一緒にいたのに! 」


 僕は、とてもとても、驚かされてしまった。

 てっきり、アリシアはクレール市に残るものだとばかり、そう思っていたからだ。


 信じられないことだったが、アリシアは本当にここにいる。

 アリシアはクレール市には残らず、後発隊と一緒になって僕の部隊へとついて来てしまったらしい。


 どうしてついて来たんだ、ともう一度たずねると、彼女はぬけぬけと言った。


「だって、兄さん、頼りないんですもの! この前なんか、海に落っこちて。だから、私がしっかり美味しいものを食べさせて、力をつけてあげないとダメだって、そう思ったの。感謝してね、兄さん? ……あ、手紙はちゃんと母さんに渡して、父さんたちの分も頼んでおいたから、心配しないでね! 」


 僕に何の相談も無しについて来てしまったことには少しムッとさせられる気持ちだったが、それ以上に、アリシアの料理が食べられることは嬉しいことだった。

 たまにドジなところのあるアリシアだが、料理の腕前に関して言えば、間違いはない。


「でも、どうやって? アリシアは基地で働いてはいたけど、民間人じゃないか」

「ハットン中佐にお願いして、こっちで雇い直してもらったのよ。ハットン中佐は優しいお方よ! お酒を召し上がっている時にちょっとおつまみを作って行って、「私を雇っていただければ、いつでもお好きな時に美味しいものをお作りいたします。ですが、私を置いて行けば、このお料理はもう食べられませんよ! 」ってお願いしたら、すーぐに、許可をして下さったんだから」


 アリシアの自慢話を聞きながら、僕は、彼女の行動力のすさまじさに感心する他は無かった。

 ブロンのダイエット作戦の時も思ったことだが、何と言うか、彼女は、強い。


 何となくだが、アリシアの背中に、母さんの姿が見えた気がした。

 妹の成長とたくましさは嬉しかったが、しかし、彼女もいつか、母さんの様になっていくのだろうか?

 時の流れというものが、何だか恐ろしいものに思えて来てしまった。


※作者より

 SPAMスパムSPAMスパムSPAMスパム……


 ちなみに熊吉は、SPAMは割と好きです。

 焼いて食べてもいいですが、そのまま缶詰ごと食べることが多いです。

 SPAMと一緒にクラッカーを食べると、どこでも手軽に、常在戦場気分を味わえます。


 あと、作中で野外炊事車と言っているものは、陸上自衛隊などで使っている野外炊具1号などをイメージした、諸外国ではフィールドキッチンと呼ばれる装備の1種です。

 王国の場合は大量のスープやシチューなどを作って供給できる他に、パンなどを焼いたりできる感じです。

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