19-13「賭け」

 帝国軍が王国の東部への上陸作戦に失敗し、姿を消したのとほとんど同じ時期に、王国の北部でも戦況に大きな動きがあった。


 帝国は誕暦3699年の春の訪れとともに、王国の北部戦線、南部戦線で大きな攻勢を開始していた。

 北部戦線での攻勢作戦は、例年のごとく一進一退の泥沼の消耗戦となって行ったが、南部戦線では、王国との戦いで弱体化していた連邦軍に対し帝国が優位に立ち、帝国軍はフィエリテ市で連邦軍を包囲することに成功していた。


 連邦軍は補給を断たれ、圧倒的に劣勢であるにもかかわらず、ほとんど意地だけで帝国軍に抵抗を続けていたが、それがとうとう、降伏したのだ。


 僕はその事実を、いつもの様に、帝国からのプロパガンダ放送で知った。


 荘厳な帝国の国歌斉唱。高らかに鳴り響く勝利のファンファーレ。

 帝国は連邦に対して獲得したその勝利をありとあらゆる言葉をつくして賛美し、全世界に対して、この戦争における帝国の勝利がまた一歩近づいたと誇った。


 だが、実際のところ、帝国軍が得たその勝利は、戦略面に置いてさほど意味を成さなくなってしまっている。


 帝国が組み立てていた構想では、彼らはフィエリテ市で連邦軍を短期間で破り、次いで王国の東海岸で行われる上陸作戦に呼応して南進し、王国を挟撃して完全に屈伏させるはずだった。

 だが、フィエリテ市では、包囲に窮(きゅう)しながらも連邦軍が粘りに粘って、戦いは長期化した。

 しかも、王国の東部で実施された上陸作戦は、王立軍による全力の反撃によって頓挫(とんざ)し、王立空軍と王立海軍が挑んだ決戦によって、帝国は大打撃を受けて撤退することとなってしまった。


 確かに帝国軍はフィエリテ市で連邦軍に勝利した。

 だが、その勝利は時機を逃し、次の勝利に生かすことのできない、局地的なものに留まってしまっている。


 だからと言って、王国にとって、帝国が依然として脅威であることには何の変わりも無い。


 王国は帝国の攻撃を退けはしたものの、受けた損害も大きなものだった。

 帝国はそれ以上の打撃を受けてはいるものの、国家としての生産能力の違いから王国以上の速度で損害を補填することは明らかで、態勢を立て直して王国に再攻撃して来ることは確実だ。


 帝国軍が再び王国に侵攻して来たとしても、王立軍は勇敢に戦うだろう。

 だが、前線で将兵が勇猛果敢に戦うことと、戦争全体での勝利はイコールではない。

 個々の戦いでは勝つことができても、戦争では負けてしまう。

 それが、自身よりも遥(はる)かに強大な勢力との戦いを強いられる、弱者の定めだ。


 王国は弱い。

 これはもちろん、相対的に、という話だ。

 個々の将兵の質、兵器の性能、作戦と指揮能力。それは連邦にも帝国にも引けを取らないという自負はあるが、その規模から言って、僕たちはどうしても敵に及ばない。

 戦いで勝つことはできても、最後まで立っていることができるのは敵の方だ。


 僕たちはこれまで戦い続けてきたが、そのことをすっかり思い知らされている。

 初戦における大敗と、首都、フィエリテ市の失陥。シャルル8世の死。そして、年明けまでは連邦の猛攻が続き、次いで僕らは飢餓に恐怖し、そして今度は帝国の精兵と戦った。

 いくら戦っても、何度守っても、キリがない。


 王国がやっている戦争というのは、初めから最後まで、そういうものだ。

 頭で分かっているつもりになっていたことを、体感として、肌ですっかり覚えさせられてしまった。

 僕たちは、勝ち目のない戦争をしているのだ。


 それでも、勝利のために力をつくす。

 勝算が限りなくゼロに近似しているのだとしても、わずかな可能性を探り、王国を、僕たちが自分たちとして生きていくことのできる居場所を存続させる。


 そのために戦い続けるということが、王国にとっての戦争だった。


 僕たち王立軍将兵の中にある、連邦や帝国に屈することはできないという決意に少しも揺らぎはなかったが、それでも、自分たちの未来について、悲観的な理解、諦(あきら)めの様なものが芽生えつつあった時、王国は大胆な決定を下した。


 それは、かねてから計画されていたフィエリテ市の奪還作戦を、この際に実行に移そうというものだった。


 それは、無謀としか思えない決定だった。

 王国は、自分よりも強大な勢力を相手として戦っている。

 ここしばらくの間、王国は敵の攻撃を退け、勝利と呼べるものを手にし続けてはいるが、その立場は少しも変わっていない。

 弱い者が、強い者に攻撃をしかける。それは、不自然なことだ。


 王国が何度か勝利を重ねて来ることができたのは、それは、あくまで王国が守る側にあったためだ。

 王国は敵によって追い詰められているが故に、常にその兵力を狭い範囲に集中し、その全力で敵に対処することができていた。

 その上、王国にとっての生産拠点である地域が戦火にさらされたため、兵站に要する距離が極端に短く、王国は最大限の速度で兵力を補充し、展開することができていた。

 守る側にとっての利点を最大限に活用できたから、僕たちは勝てたのだ。


 それに、いくつもの幸運が重なったというのが大きい。

 ケレース共和国をはじめ、いくつもの国々から食糧の支援を得ることができたのが、そのいい例だ。

 王国がまだ滅びていないのは、実際に戦っている僕たちからしてみれば悔しいことではあったが、「偶然」の産物に過ぎない。


 いくらそれが王国にとっての悲願であるからと言って、フィエリテ市の奪還を開始すれば、どうなるだろう。

 フィエリテ市は王国にとっての首都だったが、これは過去形のものだ。そこが僕たちの故郷であるのだとしても、すでに地の利は敵に渡ってしまっている。


 敵は、フィエリテ市周辺にいくつも構築されていたかつて王立軍の基地や拠点だったものを利用し、フィエリテ市を取り戻そうとする僕たちを攻撃してくるだろう。

 僕たちが防衛側として享受(きょうじゅ)してきた「守る側の利点」を、今度は敵が得てしまうのだ。


 攻撃を行う側にも、作戦遂行上の主導権を得られるという利点はあるものの、結局はその利点も、敵がこちらよりも数で多いという動かしがたい事実によって相殺されてしまう。


 王国はこの作戦で大きな被害を出し、しかも、勝てないかもしれない。

 そして、僕たちがそこで大打撃を受けてしまえば、もう、王国を守れるものは何も無くなってしまうのだ。


 それでも、王立軍の司令部は決断した。


 何故なら、現在の状況が、王国にとって唯一の「好機」だと考えているからだ。


 僕たちが戦っているこの戦争は、かなり特殊なものだ。

 王国は連邦と帝国による侵略を受けているが、その連邦と帝国はお互いに共闘しているわけでは無く、双方が激しく憎み合って戦っている。

 通常の戦争であれば、戦いの当事者となった者は敵対する陣営のどちらかにつき、戦争はA対Bという2者の戦いへと集約していく。

 だが、王国が戦っている戦争は、3者がそれぞれの思惑の下で戦うという、複雑なものだった。


 この奇妙な戦争は、僕たちにとって不利に働きもしたし、有利に働きもしている。

 不利に働いたのは、開戦当初の戦いだ。連邦も帝国もお互いに何か取り決めをしたわけでもないのに全くの同日、同時刻に王国へと攻撃を開始し、それによって王国は混乱した。

 その混乱の中で、王国が自身の中立という立場を守り、王国民とその主権を守護するために鍛えて来た「王国の盾」となるはずだった王立軍は、大敗した。

 一方で、3者が互いに戦うという状況は、王国がフィエリテ市を失陥した後の一時的な戦線の停滞となって姿を現し、王立軍がその防衛態勢を立て直すという点で、大きく有利に働いた。


 だが、大陸の南部戦線におけるこの特殊性がここにきて大きく動いたというのが、王立軍司令部の見解だった。


 数カ月前まで、フィエリテ市の周囲には連邦軍と帝国軍がおり、対峙(たいじ)し続けていた。

 もし、両軍がそこで戦い合っているままの状態で王国がフィエリテ市を奪還しようと反攻作戦を開始したとしたら、王立軍は連邦軍と帝国軍、そのどちらとも戦い、撃破しなければならない。


 だが、王国に展開していた連邦軍の主力部隊は帝国軍に敗北し、降伏した。

 それで連邦軍の姿が皆無となったわけでは無かったが、それでも、戦況にとって意味を成さないほどには弱体化している。

 今、フィエリテ市の周辺で健在なのは、帝国軍ただ1つだ。


 つまり、連邦軍と帝国軍、2つの軍隊を相手として戦わなければならなかったのが、帝国軍ただ1つを相手にすればいい状況ができあがっているのだ。


 敵が半分になったからといって、王立軍がその兵力でまだ敵に劣っているという事実は動かない。

 帝国軍は僕たちよりも大きく、強大なままで、そこにある。


 それでも、こんな機会は、もう2度と訪れないだろう。

 王国に存在する連邦軍も今は大きく弱体化しているが、時間が経てば、再び大きな兵力を展開して来ることになる。

 帝国軍だって、そうだ。再び王国の海岸線に上陸作戦をしかけ、王国を挟撃しようとするかもしれないし、そうなったら今度こそ王国は滅亡してしまうかもしれない。

 あるいは、今度は連邦軍が似た様な構想で上陸作戦をしかけてくるかもしれない。


 時間は王国にとって味方をしてくれず、ただ自身に残された領域に引きこもっているだけでは、王国にとっての敗北の時はいつか必ず、やって来る。


 フィエリテ市に存在する敵が、帝国軍だけとなった。

 この唯一の好機に反攻作戦を開始し、勝利する。


 それは、危険な賭けだった。

 だが、王国がこの戦争を生きのびることができるかもしれない、唯一の機会でもあった。


※作者より

本節より、王国は戦争終結のための反攻作戦を開始することになります。

終話まではまだかかりますが、完結に向けて今後も頑張らせていただきます。

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