19-14「勝算」
戦争においてもっとも困難なことは、実を言うと、戦いに勝つことでは無い。
個々の戦闘に勝利すること自体は、さほど難しくはない。様々な不確定要素によって左右されることは多く、そこでは個々人の思想や判断がものを言うが、事前に十分な情報収集を行い、必要な兵力を十分な補給によって活動させることができれば、戦闘に勝つこと自体は決して、難しくはない。
大勢力が小勢力に対して有利とされるのは、このためだ。
そして、相手よりも劣る戦力で、劣勢を覆(くつがえ)して勝利を得た者が、一種の「芸術家」として称賛される理由でもある。
困難なこと、不可能だと言われたことを成しとげたからこそ、歴史上に幾人もの英雄、偉人たちの名が刻まれている。
では、戦争においてもっとも難しいのは何だろうか。
それは、戦争を終わらせることだ。
戦争が、一部の権力者たちだけのものであった昔なら、物事は今の様に、複雑で面倒なものでは無かった。
乱暴に言ってしまえば、戦場で戦って相手を「ぎゃふん」と言わせてしまえば、それで決着がついてしまうことが多かったからだ。
だが、戦争の規模が国家対国家、その国民対国民にまで拡大してしまった現在、戦争を終わらせることは、困難を極める様になった。
それは、戦争が一部の権力者たちのものではなくなり、その国家を形成する全ての国民のものとなってしまったからだ。
近代の戦いは、それまでには無かった規模で行われる様になった。
それまではいくつかの重要な戦いに勝利すればいいだけであったのに、今では1度相手を撃破したとしても、敵国民が戦意を失わない限りその次がすぐさま現れ、また戦いを挑んで来る。
戦いは大規模化し、戦争の決着は何度も、何十回でも戦闘をくり返さなければはっきりとしない様になった。
国家と国民は、一度戦端が開かれてしまえば、その全てを動員して戦い、力の続く限り戦い続けてしまう。
誰もブレーキなどかけられない、膨大(ぼうだい)な資源と人命を浪費する消耗戦。
それが、今の戦争だ。
だからこそ、この戦争、「第4次大陸戦争」は何年にも渡って続けられている。
それは、連邦の人々も、帝国の人々も、自身の勝利を信じて疑っていないのか、あるいは、すでに失ってしまったものがあまりにも大き過ぎて、もはや引き返すことなどできなくなっているからだろう。
連邦にとっては、帝国の君主制という体制それ自体が許容できないことであり、この世界から根絶しなければならない悪そのものだった。
また、帝国にとっても、連邦とは自身の権威と矜持(きょうじ)を傷つけようとする敵であり、完膚(かんぷ)なきまでに叩き潰さなければならない存在だった。
連邦と帝国が、長きに渡って守られてきた王国の中立を破り、攻撃してきたのは、どちらかが力つきるまで続くこの戦争から抜け出すためだった。
一刻も早く敵対者を屈伏させなければ、本当に自国のありとあらゆるものを、戦争の中で失うことになる。
決して表には出てこないそんな深刻な危惧が、連邦と帝国を動かした。
連邦は王国を迂回路として帝国本土へと突破を図り、帝国はそれを王国領内で迎え撃つために王国を侵略した。
そして、今では逆に、帝国が王国を突破して、連邦の本土へと攻め込もうとしている。
彼らは総力戦となった戦争に勝利するために、ありとあらゆるものを利用し、消費していくつもりだった。
王国はそんな状況で、賭けとしかいうことのできない反攻作戦を開始しようとしている。
そこには、どんな意味があるというのだろう?
数という点で見れば王国は必ず敗れるはずであるのに、どんな勝算を持って行動を開始しようとしているのか。
王国にとっては、フィエリテ市の奪還は悲願だった。
そこは戦火によって焼きつくされてしまったが、それでも、僕たちにとっては故郷であり、離れがたい家だ。
それを取り戻したいと願うのは、少しもおかしなことでは無いはずだ。
だが、1度の勝利では、僕たちは戦争という状態から抜け出すことができない。
連邦も帝国も、僕たちがフィエリテ市を取り戻したからと言って、王国への侵略を止めてくれるとは限らない。
何よりも、彼らは王国よりもずっと強大だった。
例え王国にフィエリテ市の奪還を許すこととなったとしても、敵は再び僕らを上回る戦力を整え、攻撃してくるだろう。
そんな状況で、僕たちがフィエリテ市の奪還を果したとしても、無意味なのではないだろうか。
僕たちはまた開戦当初の時のように、連邦と帝国から挟撃され、そして、回復不能な打撃を受けて敗退し、そして、滅びることになるのではないだろうか。
王立軍が、いや、王国が持っている「戦争終結への道筋」、僕たちにとっての勝算は、あるのだろうか。そう疑問に思わずにはいられない。
僕らにとって幸いなことに、王国は首都を取り戻すというロマンや、とにかく自国領だったのだから、取り返すという条件反射的な考えで今回の反攻作戦を決定したわけでは無かった。
王国が注目したのは、この戦争が始まった経緯、連邦と帝国が王国を侵略し、戦っている理由だった。
第4次大陸戦争における主戦場は今でも、アルシュ山脈の向こう側にある北部戦線だ。
連邦も帝国も、この北部戦線における戦況が膠着(こうちゃく)し、どちらかが倒れるまで延々と消耗戦を戦わなければならなくなったからこそ、王国へと矛先を向けて来たのだ。
連邦と帝国がアルシュ山脈のこちら側、南部戦線で期待していることとは、北部戦線を迂回、突破して相手の本土へと攻め込み、終わりの見えないこの戦争に、自身の勝利という形で終止符(ピリオド)を打つことにある。
敵にとって王国を侵略する目的は、王国そのものの殲滅(せんめつ)ではなく、あくまでそれぞれの主敵に対するための「通り道」に過ぎなかった。
王国はそもそも、連邦にも帝国にも、脅威となり得ない。
王国は相応に強力な軍隊を持ってはいるが、それはあくまで自国の中立を守るための備えであり、こちらから連邦や帝国を侵略しようとする意図など持ち合わせていなかったし、国力差から言ってそんなことは鼻で笑う様な杞憂(きゆう)に過ぎないことだった。
連邦と帝国にとって何よりも優先されるのは双方の戦いであり、王国はあくまで、両者の思惑によって、理不尽かつ一方的に攻撃されているのに過ぎない。
だが、連邦や帝国にとって、主戦線である北部戦線の打開策と位置づけられて開始された南部戦線での戦いは、良い状況とは言えない。
連邦も帝国も一撃で粉砕できると考えていた僕たち王立軍が案外粘っているというのもあるが、南部戦線でも北部戦線と同じ様に戦線が膠着(こうちゃく)しつつあり、その当初の構想であった「王国を主戦線の迂回路とする」というものはすでに破綻(はたん)している。
フィエリテ市では帝国軍が連邦軍に対して勝利をおさめたが、一方では王国への上陸作戦が失敗しているため、このまま連邦領へ向かって突き進むということはできなくなっている。帝国軍がこのまま有利に戦いを進めるとしても、連邦本土へと攻め込めるのはずっと先のことになる。
膠着(こうちゃく)する北部戦線の打開策として形成された南部戦線は、すでに連邦と帝国にとって現状を打破するためのものではなく、主戦線である北部戦線から多くの戦力を奪い、それぞれの主敵と戦う上で重りとなる足枷(あしかせ)になりつつあった。
そんな状況で、王国がフィエリテ市を奪還する。
負けることは許されない戦いだから勝つという前提で考えてみると、この作戦が成功した場合、南部戦線から連邦軍も帝国軍も姿を消すことになる。
王国が持っている勝算とは、この状況を利用することだった。
連邦にとっても帝国にとっても、南部戦線はすでにその目的である北部戦線の迂回には使えなくなりつつあり、むしろ、主戦線から多くの戦力を奪う足手まといと化している。
そんな状況で、王国がフィエリテ市を奪還し、そこに強固な防衛線を築けば、連邦と帝国は南部戦線における直接的な接触を失うことになる。
南部戦線で再び連邦と帝国が戦うためには王立軍を撃破する必要が出て来てしまうが、それが容易にはできないということは、これまでの戦いで彼らもよく承知しているはずだった。
僕たちがフィエリテ市を奪還すれば、それは、連邦と帝国にとって、もはや不良債権となり果てている南部戦線から手を引く、いいきっかけとなるはずだ。
連邦や帝国が本気を出せば、王国などひとたまりもない。それは揺るがない事実だったが、だからと言って王国に対して力を注いでしまうと、連邦も帝国も主戦線である北部戦線を手薄にしてしまうことになる。
北部戦線から主力をごっそり引き抜き、王国のために注ぎ込むことは実行できないだろうというのが、王国の見通しだ。
連邦も帝国も、一度は王国を屈伏させることを本気で考えて実行に移しはしたが、その目論見はいずれも失敗した。
彼らが「十分」だと考えていた戦力では、王国を倒すことはできなかったのだ。
連邦も帝国も、思い通りになっていない南部戦線の状況を解決するために、主戦線となる北部戦線からこれ以上、兵力を引き抜くことは望んでいない。
王国が描いた戦争終結への勝算は、連邦も帝国も南部戦線から手を引きたがっているという状況を利用し、あるいはその方が得だと相手に思わせることによって、連邦と帝国と休戦協定なり、講和条約なりを結ぶというものだった。
領土的な拡張も、賠償金も、一切、得ることはできないだろう。
それでも、王国は平和を取り戻すことができる。
それこそ、僕たちが戦ってきた目的であり、僕たちにとっての勝利だった。
もっとも、その「勝利」は、あくまで全てが王国の思惑通りに行けばという話だ。
連邦や帝国がその意図した通りの結果を得られていない様に、王国の思い通りにうまく行くという保証はどこにも無い。
それでも、荒唐無稽(こうとうむけい)な様に思えるものでも勝算があることは、僕らにとっては大きな希望だった。
少なくとも、終わりのないと思い始めていたこの戦争に、終わりがあると、そう信じることができるからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます